主人公が女の子になるのは間違っているだろうか 作:エルフ好き
「【
美しい声と共に放たれる魔法。もう見慣れた光景だが、何度見ても異常な魔法だとリリは思った。
詠唱最速、威力絶大、全てが理想的。レベル1の魔力であれほどなのだ、成長すればどれほど恐ろしい魔導士となるのだろう。
「ふっ!」
そんな後衛すら置き去りにする前衛。黒髪の少年ラグナ。彼は黒色の剣で怪物を両断していく。既にレベル2のような動きを見せる彼は、間違いなく第一級冒険者に至れる才能を持っている。
その成長性も、冒険者らしからぬ優しさも、リリには眩しかった。盗みを働くようなリリとは全く違う世界に生きてるようだった。
断らないといけない。【ヘスティア・ファミリア】に改宗することはできないと、伝えなければ。
だが言えない。昨日言おうと決心したはずなのに。この居心地の良さがリリを狂わせる。
彼等と共に冒険したい。彼等をサポーターとして支えたい。そんな想いが一緒に探索しているだけで浮かび上がってくるのだ。
苦しい、苦しい、苦しい。この二人は恐ろしいほど人を惹きつける何かを持っている。それにリリは捕まってしまった。
「……リリ、大丈夫?」
「っ……はい!大丈夫です、それより薬の件はどうなりましたか?」
「ああ、昨日【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院に届けて行ったけど……正直、薬が完成するかは分からないらしい」
白髪の少女の病は『スキル』に変質している。その病気が原因で発生する発作を抑える薬の製作、その難易度は思っているより難しいものらしい。
ベルの身体に合う薬を製作するためにも、しばらく入院が必要とも言っており、白髪の少女と探索が出来ない日が多くなるかもしれない。
「10階層を超えるには、正直薬がないと怖い」
「地上まで帰還するのに時間が掛かりますからね……その間にベル様になにかあれば、そう考えると恐ろしいです」
薬が無ければ、10階層で停滞することになる。なので薬の確保は絶対である。もしも薬が出来上がらない場合は、ベルを置いていく選択を選ぶことになるかもしれない。
「……だとしたら、スライムの
「そうだな……薬を作ったとしても量も必要になるだろうし……ただ昨日と同じ感じで、霧を晴らさないといけないよな……」
そのためには『魔法』の使用は避けられない。【ケラノウス】の激痛を想像して、ラグナは顔を顰める。しかし、やるしかないだろう。そんな中で白髪の少女が小さく手を挙げる。
「……僕にやらせてもらえない?」
「やらせてもらえないって……どういう?」
「言うの忘れてたんだけど、新しい『スキル』が発現してて……多分、それを使えば僕でも霧を晴らせると思うから」
「スキルが発現……?」
ラグナは知らないことだったが、白髪の少女は一つ『スキル』を発現させていた、『英雄一途』、その効果は能動的行動に蓄積実行権が与えられるというもの。
まだ一度も使用していない。だが、その威力は凄まじいことになると主神であるヘスティアが言っていた。道中の敵は全て『福音』だけで片付くので使用機会がなかった。
「スキルの試行運転は必要だよな……任せてみようかな」
「うん、ちょっと待ってて……」
何度かベルは白い手を開閉させる。そして力強く握り締めた瞬間、白光が掌に集まり始める。それと同時に鳴り響く、
──これは、英雄願望?
原作のベル・クラネルの必殺技の一つ。精神力、体力を消費して英雄の一撃を召喚する、主人公に相応しい逆転するための切り札。
いつのまに、発現していたんだという驚きと……『福音』という魔法に、それが合わさったら、どれほどの威力になるのか想像が付かなかった。
「……しかも、魔法円が」
スキルの効果なのか、【ランクアップ】しないと得られない魔導の効果である魔法円が展開される。
さらにベルの魔法が強化されることに瞠目しながら、どこか不味いと直感が囁いた。
リリと共にベルと距離を取る。そして約10秒の蓄積が終わり、少女の方が開く。
「【
「───なっ!?」
音の魔力が爆発した。前方の霧ごと、階層を破壊していく一撃。その余波でリリが吹き飛んで行きそうになり、それをラグナが阻止する。それほどまでの威力の攻撃に、怪物の影すらない。
「な、なんなんですか、これは」
「おかしい……」
英雄願望は蓄積の時間に応じて威力をあげる。なのにたった10秒で、迷宮を削り取る一撃なんてありえない。【福音】だったこと、魔導の効果、それを勘定に入れても、威力がおかしい。
「っ……はぁ、はぁ」
「ベル!大丈夫か……?」
「……ごめん、なんか動けないや」
そのまま気を失う少女。それにラグナが目を見張る。英雄願望には体力と精神力を大幅に消費する必要がある。
たった10秒の蓄積で、削り取られる体力は少ないはずだが、それでも病人のベルにとっては致命的になる。
「……ベル様!」
「ごめん、リリ。ベルを頼めるか?」
「は、はい……早く地上に連れて帰らないと……」
動揺しているリリを尻目にラグナは、その破壊痕に瞠目する。
限界まで蓄積すれば第一級冒険者ですら餌食になるだろう一撃に、ラグナは背筋を凍らせていた。
そして同時に、この力を使わせすぎたらいけないことを直感する。
病気のベルはただでさえ体力が少ない。そんな彼女が『スキル』を使えば、寿命を減らすことになる。
「ラグナ様……?」
「大丈夫、行こう」
そのままリリとラグナは地上に走り出した。
⬛︎
「エイナが冒険者に転職するー!?」
絶叫がギルドに響き渡る。それも無理のない話だ。学区の頃から一緒だった親友のエイナが危険極まりない冒険者になるというのだから。
「声が大きい!」
「あ、ごめん。でも大きな声も出ちゃうよ!本当なの、冒険者に転職って」
「うん。もうギルド長にも報告したよ」
「は、早い……いくらなんでも展開が早すぎるよ!」
ミィシャは頭を抱える。どうして急に転職を?確かにギルドの受付嬢は多忙だ。特にエイナは優秀で容姿もよく、冒険者にも人気なので仕事は多い。
それが嫌になったのだろうか。でもだからといって冒険者なんて職業を選ぶ理由が全く見当が付かなかった。
「聞いてもいい?どうして冒険者に……」
「ずっと考えてたとかじゃないよ。ラグナくん、知ってるよね。私の担当冒険者の」
「う、うん。英雄候補って言われてる……」
最近で最も大きな事件といっていい怪物祭の出来事だ。上層最強のインファントドラゴンが脱走、それを一人の駆け出し冒険者が対峙して討伐を成し遂げだ。
それは前代未聞の偉業だ。レベル1でインファントドラゴンの討伐などミィシャは聞いたことがなかった。
容姿端麗で、背丈も高く、まるで物語の主人公みたいだとミィシャも思った。
「昨日話した時に思ったの。ラグナくんの力になりたいって」
「……それだけ、それだけで冒険者に?」
「うん」
力になりたいという気持ちは本当だ。でもそれだけで冒険者になろうとしているわけじゃない。
ただ彼は止まらない。ギルド受付嬢の力では背中を後押しすることもできないと知ったからだ。
このまま行けば彼の魂が壊れて、この世界から消えてしまうと知ったから。
だから、冒険者になって同じ戦場に立たなければいけない。
「エイナは知ってるよね……冒険者が危険だって」
「もちろん知ってるよ……ずっと見てきたもん」
荒くれ者の冒険者。その死亡率は高い。強さ、金、あるいはイレギュラーに巻き込まれて、冒険者は怪物の手で無惨に殺される。
受付嬢になってから冒険者の死に向き合う日々だった。冒険者の死は恐ろしい。ダンジョンで遺体が残らず怪物の餌になることは日常茶飯事、そんなことエルフの血が入っているエイナは嫌だと思う。
「それでも止まりたくないの……彼の支えになるなら、私はなんだってやる」
「エイナ……そんなにラグナさんのことが好きなの?」
「ひ、ひぇ……す、好きってそんな……ただ、昨日から顔を思い浮かべると心臓がドキドキして、支えになりたいなんて本当は言い訳で隣にいたいと思ってる卑しい私がいて……」
「エイナ、ストップストップ!」
真っ赤に茹で上がるエイナを見て、ミィシャは冷や汗を流しながら止める。初めてだった学区の頃から一緒にいたが、こんなに真っ赤に男性のことを語るなんて。
「……恋って、やっぱり人を変えるんだねぇ」
しみじみと呟く。そしてミィシャは決心する。
「それじゃあ私はエイナの担当受付嬢になるね」
「ミィシャ……」
「私が担当になったからには、すぐに第一級冒険者まで登り詰めてもらうから!」
「うん、私も担当してくれる受付嬢はミィシャがいい」
受付の同僚にサポートしてもらう。そんなに頼もしいことはないだろう。
「それで、いつ冒険者に?」
「明日からかな……」
「そっか、明日から……いくらなんでも早いよぉぉぉ!」
そしてもう一度、ミィシャの絶叫が轟くのだった。
⬛︎
「すいません、エイナさん遅くなって」
夕刻。昨日と同じ相談室にラグナはいた。
「ううん、それよりベルちゃんは大丈夫なの?」
「はい、スキルの影響の疲労みたいで……薬を試すためにも入院ってことになりました」
先程までリリと二人で、【ディアンケヒト・ファミリア】で付き添っていたのだが、結局ベルは目を覚まさなかった。よほど『スキル』の反動が大きいようで、心配だった。
「ごめんね、色々あって疲れてると思うけど……伝えたいことがあって」
「伝えたいこと……ですか?」
真剣な表情にラグナの顔が引き締まる。伝えたいこととは一体なんだろう。
「うん。実は受付嬢を辞めて冒険者になるの」
「……受付嬢を、辞める?」
その衝撃的な報告にラグナは凍りつく。受付嬢を辞めるだけなら、まだ理解できたかもしれない。だが、どうして冒険者に。沈黙が相談室に流れる。
「昨日の話を聞いて思ったの、ギルド職員じゃ君を助けてあげられないって」
「そんなこと……」
「そんなことあるよ。私が君にあげられるのは誰でも得られるような知識だけ。それじゃだめだと思ったの」
「っ……」
彼女は受付嬢の瞳を止めていた。美しいエメラルドの瞳は力強く、ラグナが押されるほど美しいものだった。
だが本当にいいのだろうか。彼女を地獄の道に引きずって大丈夫なのか。さまざまなことが頭によぎって、ラグナは俯いた。
「冒険者になったら、たくさん傷つくことになりますよ」
「そうだね……きっと想像もできないような困難に巻き込まれるんだろうね……でもいいの。君と一緒に歩めるなら」
既に覚悟は決まっていた。そんな覚悟を踏み躙る言葉できない。ラグナは深々と頭を下げる。
「エイナさん……ごめんなさい。──ありがとうございます」
本来なら受付嬢として平和に生きていたはずだったのに、それを捻じ曲げたことに謝罪する。
そして仲間として戦ってくれる彼女に感謝する。彼女の力がどんなものなのか、それはラグナは知らない。
ただ勉強熱心で、心優しい彼女なら共に歩む仲間として頼もしかった。
「ううん、私が決めたことなんだから……君が気にする言葉ないよ」
「でも、出会ったばっかりの俺のために、命を懸けてくれてる。気にしないわけがないです」
「……それなら一緒に考えてくれない?」
「考える、ですか?」
「うん、私は運動は全然ダメで。冒険者としてどうやって行こうか迷ってるの、だから先輩冒険者に相談したくて、だめかな?」
「……まだ冒険者になって一ヶ月も経ってない、俺で良ければ、相談になります」
「ありがとう、ラグナくん」
そうして相談室にて、今後の冒険者活動について話し合っていく。それは夜まで続いた。