主人公が女の子になるのは間違っているだろうか   作:エルフ好き

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35話 ヤンデレとナイフ

 

 時間は昼頃。まだ改宗は完了してはいないが、サポーターの少女の問題解決に目処が立って、ラグナは安堵していた。

 

今後の探索においても、目標に関してもリリルカ・アーデというサポーターの存在は必要不可欠だ。

 

しかし、彼女の意思に反して仲間に加えることはどうしても嫌だったので、こうして彼女自身がラグナに協力してくれることになるとは思っていなかった。

 

「まずは、金だな」

 

「それなんだけど、金のアテって、もしかして借金なの?」

 

 エイナが心配そうな顔を向ける。その心配も無理はない。【ヘスティア・ファミリア】は零細で、最近活動を始めたばかり。

 

冒険者という職業は安定とは程遠く、回復薬や武器などに多くの資金を回さなければならない。そのため借金をして破産する冒険者も少なくはない。受付嬢のエイナも、そういう冒険者を数多く見てきた。

 

そんなエイナの心配に対して、ラグナはしばらく沈黙する。

 

「……交渉次第だと思います」

 

「交渉次第……そもそもどこに、頼み込むの?」

 

「それは……」

 

 金のアテというのは、ラグナがあまり関わりたくないと思っている銀髪の美神である。都市最大派閥という肩書き。それを無しにしても、彼女は自身の美貌で世界で一番稼いでいてもおかしくはない。

 

「すいません。それは言えないんですけど」

 

 【フレイヤ・ファミリア】の情報を易々と話すことは出来ない。そんなラグナの返答にエイナは、少し頬を膨らませた。

 

「ごめんなさい、ラグナ様」

 

「いや、気にするな。これは俺のためだし……今日早速行ってこようと思うけど……今日のヒューマンの冒険者には気をつけてほしい。ずっとリリを狙ってくるだろうから」

 

 ラグナは一つ忠告する。今日話しかけてきたヒューマンの冒険者。おそらくリリが【ソーマ・ファミリア】を脱退したあとも、狙ってくる可能性は捨てきれない。

 

とはいえ、リリには変身魔法がある。今までは猫耳など小さな部位を変化させていたが、男装などを行えばバレることはないだろう。

 

「わ、わかりました。それで、リリはこれからどうすれば……」

 

「脱退するなら早めがいい。今日金が用意できたら、そのまま【ソーマ・ファミリア】に行く。それで、大丈夫か?」

 

「……はい。まだ心の準備が出来ていませんが、大丈夫です!」

 

 まだ戸惑っていそうなリリ。それを見てラグナは外出の準備を始めた。

 

⬛︎

 

 戦いの野。【フレイヤ・ファミリア】の本拠であり、その建物は壮大で、いくら掛かっているか予想もつかない。

その場所に他派閥が入り込む隙間はない。屈強な門番があらゆる場所に配置されているし、何より中に侵入しても最強の戦士が対応する。

 

「……入れ」

 

「ありがとうございます」

 

 苦虫を噛み潰したような表情で、門を開く門番。感謝しながらラグナは迷いなく歩いていく。

 

フレイヤの命令で、ラグナは唯一【フレイヤ・ファミリア】を出入りできる他派閥の人間だった。

 

【フレイヤ・ファミリア】じゃなくとも、普通なら他派閥の冒険者を本拠に招き入れることなどはない。

 

よほどの信頼関係。もしくは同盟関係者じゃなければ、ありえない。ラグナがこうして入れているのは全て美神のおかげだった。

 

そのままラグナは庭に向かった。しばらく歩いて聞こえてきたのは、武器がぶつかり合う金属音と、濃厚な魔力の気配。

 

「──うおおおおおおお!」

 

 今日も今日とて『洗礼』は行われているようで、血が飛び交う戦場にラグナは少し苦い顔をした。ここに来ると思い出してしまう、あの蹂躙を。

 

「おや、ラグナじゃないですか。今日は洗礼に参加を?」

 

 庭に足を踏み入れたラグナにいち早く気づいたのは、薄紅色の治療師。ヘイズ・ベルベット。二つ名は【女神の黄金(ヴァナ・マルデル)】で、治療師ながらレベル4に至った冒険者。

 

その情報を聞いた時には驚き、目を剥いたものである。レベル4という領域に辿り着くには生半可な偉業では成し遂げられない。おそらく彼女は昔は戦闘職だったのだろうとラグナは思った。

 

それなら洗礼も、ダンジョンにも。偉業のチャンスは多くある。ただ疑問なのが、どうして治療師に転向したのかということである。そのことはヘイズ本人に聞くしかないのだろうが、今はそんな時間はない。

 

「今日は別の用事なんですけど……フレイヤ、様はいますか?」

 

 フレイヤの眷属がいる場所でフレイヤと呼び捨てすれば、何をされるかわかったものじゃないので、敬称を付け直すラグナ。

 

「はい、最近は本拠にずっと滞在しているので。また何か困ったことが?」

 

「いえ……ただの個人的な頼み事といいますか。今から会えますかね?」

 

「ラグナなら大丈夫だと思いますよ。少し待っててください、ヘルンを呼びますので」

 

 そう言ってヘイズは姿を消した。ヘルンとはいったいどういう人なんだろう。原作に出てきていた人物だろうか、記憶が薄くなっており、覚えていない。

 

実際に会えば思い出すだろうと、ラグナは気にしないことにした。その間も戦い続ける戦士たち。その動きを駆け引きを学びながら待っていると、ヘイズともう一人の女性が姿を見せた。

 

「私は洗礼の仕事があるので、あとは任せましたよー」

 

「……」

 

 戦士の治療に戻る治療師。残された女性はひたすら無言でラグナを見つめていた。美しい灰髪、しかし絵の具で塗りつぶしたような黒い瞳が徐々に鋭くラグナを睨みつける。

 

その姿に冷や汗を流しながら、何か怒らせたかと考えるが、身に覚えが全くない。そもそも名前も知らない、初対面のはずだしとラグナは勇気を出して口を開く。

 

「あの……あなたは?」

 

「……ついてきなさい」

 

「え?」

 

 ただ一言、そう残して少女は歩いていく。もしかしてフレイヤの元に案内されるのかと思い、ラグナはその後を追った。

 

「お名前とかって……」

 

「……ヘルン」

 

「ヘルンさん、ですか」

 

 やはり記憶にない。どうしてここまで不機嫌なのだろう。しばらく歩いて、急に立ち止まるヘルン。首を傾げていると、少女は徐々にラグナに接近してくる。

 

「……やはり、あなたはここで殺す!」

 

「──な、なんでぇ!?」

 

 いつのまにか握られていたナイフ。その突進をラグナはなんとか避けることができた。だが不利な体勢だったため、そのまま押し倒される。

 

「避けるな!貴方は私の胸に抱かれて、死ね!」

 

「いきなりなんなんですか!?あなたは!」

 

「うるさい、うるさいうるさいうるさい!貴方のせいで、崇高な女神が変わってしまった!貴方の行動のせいで、女神が汚染され……この私までも汚した。神が許そうと私が許さない。貴方はここで殺さなきゃ、新しい被害者が増えるばかり!」

 

「い、意味わからない……というか、力強っ……!」

 

 レベル1ではないことは間違いない。それでもなんとかラグナは身体を押し返して、抜け出すことに成功する。戦闘職じゃなかったのが、ラグナの命を助けた。

 

「落ち着いて、話をしましょう!」

 

「殺す殺す殺す殺す殺す」

 

「あ、ダメだこれ!」

 

 話をできる状況じゃないと悟り、すぐに走り始める。向かうのはフレイヤの自室。彼女を止められるのは、間違いなく主神であるフレイヤ一人だけだろう。

 

「──待ちなさい!」

 

「ひ、ひぃぃぃぃ!」

 

 背後を迫る、ナイフを持ったヘルン。その鬼のような形相に喉が軋むほどの絶叫が響き渡る。ベートとアイズとの訓練より、竜と相対した時より、洗礼の時より恐ろしい。

 

必死に逃走して、ようやくフレイヤの自室に辿り着く。そのままラグナは扉を開いて、室内に飛び込んだ。

 

「──ラグナ?」

 

「た、助けて……って……あ……」

 

 不運だ。あまりにも不運だ。ようやく逃げ込んだ神室、そこでフレイヤが着替えているなど。その着替えを手伝っている侍女も、フレイヤも目を丸くしている。

 

まるで芸術のような美。暴力的な美に青く染まっていたラグナの顔色が真っ赤に染まり、すぐに視線を逸らした。

 

「──貴方は!……あ」

 

「ヘルン……?」

 

 そしてラグナを追ってきたヘルンも、その着替えを目撃して凍りつく。

 

「ヘルン……どういうことか、説明してもらえるかしら?」

 

 フレイヤの裸を隠すために奔走する侍女。必死に視線を逸らすラグナ。フレイヤの言葉にヘルンはナイフを地面に落とした。

 

⬛︎

 

 フレイヤの自室から離れた、もう一室の場所でラグナは待っていた。しばらくすると部屋に入ってくるフレイヤ。

 

「ごめんなさい、ラグナ。怖がらせてしまったわね」

 

「いえ……俺もごめんなさい」

 

 逃げることに必死で、着替えている美神の裸を見てしまった。他の男が知れば、血涙を流すほど羨ましがられるだろうが、ラグナは罪悪感でどうにかなりそうだった。

 

「顔真っ赤にしてたものね」

 

「……う、うるさいな」

 

 女性の裸など見たことはない。そんなラグナが美の神のものを見て仕舞えば、顔を赤くするのも仕方ない話だ。

 

しかし恥ずかしがるラグナを見て微笑むフレイヤ、一呼吸置いて口を開いた。

 

「ヘルンの処分についてだけど……」

 

「処分の前に……どうして俺を?確かに【フレイヤ・ファミリア】の眷属に恨まれるのは、仕方ないけど……さすがにあれは」

 

「あの子はちょっとだけ私への愛が重たいの。だからきっとそれが爆発したのね」

 

 それだけであんな風になるのかと思ったが、【フレイヤ・ファミリア】にはああいう人がいてもおかしくないかとラグナは納得した。

 

「あの子の処分だけれど……」

 

「それについては、俺からお願いしたいことがある」

 

 ラグナはリリに関する事情を話し始める。そして処分の代わりに、お金の援助してほしいと頼み込んだ。

 

「お金ならいくらでも渡せるけれど……本当にそれでいいのかしら?貴方は命を狙われたのよ?」

 

「正直、眷属の人が怒るのは当然だ」

 

 フレイヤの許可があったとはいえ、【フレイヤ・ファミリア】の本拠に足を踏み入れ。さらに神聖な戦場にまで参加した。何よりフレイヤに気に入られてることもあって、いつかこういうことは起きるかもと覚悟はしていた。

 

「それに、あの人はどこか苦しそうだったから」

 

「っ……そう、わかった。お金はすぐに渡すわ」

 

「ありがとう」

 

 これでリリの脱退の件はどうにかなりそうだ。とんでもない事件に巻き込まれたが、なんとか目標は達成した。しばらく待っていると、侍女らしき人が袋パンパンに詰まったお金を持ってきた。

 

その金額は一千万ヴァリス。現在のラグナたちで一番稼いだ金額は十万ヴァリスほど。なので100回以上探索しないと稼げない金額ということになる。

 

「多すぎる……!」

 

 リリの脱退資金に必要な残り金額は、あと百万ヴァリスほどだった。あまりにも多い金額に瞠目しながらフレイヤに指摘する。

 

「それぐらい色を付けさせて。それに【ソーマ・ファミリア】から脱退するには、それ以上が必要になるかもしれないわ」

 

 フレイヤの言葉にラグナは確かにと思った。金の亡者が蔓延る【ソーマ・ファミリア】。そこで大金を持ってきたリリを簡単に脱退させてくれないかもしれない。

 

「それに【ヘスティア・ファミリア】は零細でしょう。受け取れるものは受け取っておきなさい」

 

「……ありがたくいただきます」

 

 その気遣いに頭を下げて、ラグナは感謝する。

 

「……もう行くの?」

 

「時間はあまりないからな」

 

「そう、寂しいわ……お金だけ受け取ったら、すぐに消えちゃうなんて」

 

「クズ男みたいな言い方はやめろ……」

 

 髪の毛をくるくると指で巻きながら上目遣いで見てくる美神に、ラグナは溜息を吐きたくなった。

 

「……明日は洗礼に参加する。話があるなら、その時で」

 

「本当?それじゃあ楽しみに待ってるわ……約束よ?」

 

 寂しそうな表情から一変して、満面の笑みを浮かべる女神。相変わらずな女神にラグナは早々に戦いの野から立ち去り、本拠である教会に帰った。

 

 

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