主人公が女の子になるのは間違っているだろうか 作:エルフ好き
「……なんだこれは」
【ソーマ・ファミリア】の酒蔵の大広間で無数に倒れている自身の眷属たちを見て、ソーマは目を呟いた。
少し前に聞こえてきた雷鳴音。何事かと管理塔から降りてきたら、この有様だった。
幸い死亡者はいないようだが、全員がピクピクと身体を痙攣させており、何者かの襲撃を受けたことは間違いない。
しばらく眷属たちの周りを歩いていると、見知らぬ人間が紛れ込んでいることに気づいた。
黒髪の少年で、左半身に火傷を負っている。自身の眷属ではないということは、もしかするとこの少年が襲撃者なのだろうか。
だとしたら、一人でこの量の眷属を倒したということになる。そんなことあり得るのだろうかと、初めての出来事に困惑する。
「──ラグナ様!」
「?」
しばらく呆然と立ち尽くしていたら、聞こえてきたのは
リリルカ・アーデ。彼女もまたソーマの眷属だった。神酒を飲んで、それに飲み込まれ、ソーマが見限った眷属の一人。
そんなリリルカが、どうして襲撃者である少年を介護するような立ち振る舞いをしているのかわからず、さらに困惑する。
「「ラグナくん!」」
「……」
さらにリリの背後を追って現れたのは、黒髪のツインテールの女神とブラウンの頭髪のハーフエルフだった。その二人もソーマを無視して、黒髪の少年の元に駆け寄る。
「……酷い火傷」
「ああ……それに、この惨状は……」
エイナが少年の状態を確認して顔を青くする。そしてすぐさま魔法の呪文を唱え始めた。ヘスティアは周りで倒れている冒険者を見て顔面蒼白になる。
バイト帰りで教会にいたヘスティアと教会に待機していたエイナを呼んだのは小人族の少女だった。
有無を言わさない形相で、ついてきてくださいと懇願する彼女に導かれて、この場所に辿り着いたのだ。
「……サポーターくん。君についての話はエイナくんに聞いているけど、これはいったい?」
エイナから聞いたのはサポーターとして雇っていた、リリルカ・アーデを改宗させるために、ラグナとリリが【ソーマ・ファミリア】の元に向かったということだった。
それ自体に驚きはない。ファミリア脱退のために団長が出張ることは珍しいことではないからだ。
リリが【ヘスティア・ファミリア】に改宗することも問題はない。サポーターの少女を勧誘したという話はヘスティアも聞いているからだ。
しかし、そこからどうして、こんな惨状になっているのかヘスティアは見当もつかなかった。
「……ラグナ様とリリは改宗の交渉のため、ザニス様とお話をしました」
目を伏せて話し始めるリリ。
交渉内容は単純で、改宗のために主神であるソーマと会わせてほしいという内容。改宗のためのお金も準備していて、断られる理由はなかった。
だがザニスは主神の多忙を理由に会わせようとはしなかった。
「……それで、ザニス様はソーマ様に会わせる条件として神酒を飲めと言って」
「待っておくれ。お酒を飲むことがなんで条件なんだい?」
「……俺の神酒は子供が呑めば、思考能力が低下し、神酒のことしか考えられなくなる」
「どぅわ!?い、いつのまにいたんだい!?」
「さっきからいたんだが……まあいい。それで、酒を飲んだ結果、この惨状を引き起こしたのか?」
「い、いいえ。ラグナ様はお酒を飲んでも顔を赤くした程度で、平常でした」
「──なに?」
そのリリの言葉にソーマは衝撃を受けた。今まで神酒を飲んで、思考能力を奪われなかった子供はいなかった。
今回の件は神酒を飲んで、暴れた冒険者による事件だと思っていたが全く違うようでソーマは目を見開く。
「ザニス様は約束を反故にして……ここにいる冒険者をラグナ様に」
「……それで返り討ちということか」
この数を一人で。そのことに驚くしかない。
「レベルは?」
「レベルは1だけど……」
「なに?ザニスはレベル2だぞ……」
他にもレベル2は交じっている。その冒険者集団をレベル1の少年が打倒した。信じられないことにソーマは目を疑った。
黒髪の少年に目を向けるソーマ。エイナの魔法によって治癒されていく肉体、そのままゆっくりと少年は目を開けた。
「……エイナさんとヘスティア様?」
「大丈夫!?痛みとか……」
「痛みは全くないです……ありがとうございます」
炎の魔剣と【ケラノウス】によって傷ついた身体が治っている。痛みなども発していない、そのエイナの魔法に感謝しながら、黒髪のツインテールを揺らす主神に目を向ける。
「ヘスティア様も……ごめんなさい、こんなことになっちゃって」
「話を聞く限り、君は被害者じゃないか、少しぐらい相談してほしかったってのはあるけど、謝る必要はないよ」
改宗の交渉からここまでの戦闘になるとはラグナも思わなかっただろう。今回のは事故のようなものだとヘスティアは思っていた。
「それより、本当に傷は大丈夫かい?」
「はい、エイナさんのおかげで全快しました」
「……ラグナくん、確認だけど【スキル】は使ってないよね?」
「もちろん使ってません」
【誓約代償】の使用を心配したエイナの言葉にラグナは答える。このような場所で、このスキルを使用するわけにはいかない。
その返答にエイナはほっとしたような表情になる。そのスキルの使用をしていたら、エイナは自分を許せなくなっていただろう。
いや、違う。ラグナが少しでも傷ついただけで、エイナは自分を許せなかった。ただファミリアから脱退するだけだから大丈夫と油断していた。
本当ならば無理矢理にでも隣を歩かなければならなかったのに。その甘えせいでラグナに傷を負わせてしまった。
「……ごめんね、ラグナくん。近くにいなくて」
「エイナさん?いえ、俺もこんなことになるとは思わなくて……」
「私もラグナくんの悪運を甘く見てた。──もう次からは、こんなこと起こさせないから」
「あ、はい……」
その笑みにラグナは気圧されながら、頷く。
そしてラグナは立ち上がり、ゆっくりと男神に近づいた。
「ソーマ様、初めまして」
「……
無駄な話はしたくないとソーマが先を読んで、リリの移籍問題の答えを口にした。しかしラグナは首を傾げて口を開く。
「いえ、それはもちろんですが、もう一つ言っておきたいことがあって」
「言っておきたいこと?」
「はい。今後、ここにいる冒険者が悪事を働いた時、【ソーマ・ファミリア】を壊滅させます」
「──!?」
その言葉にソーマはもちろん、ヘスティア達も目を剥いた。
「なので、眷属たちの手綱を握っておいた方が良いと思います」
続けてそういう少年にソーマは身震いしながら小さく頷いた。その様子にラグナは安堵した。
今回の件で、団長であるザニスは雷で脅したため復讐なんて走らないだろうが。他の眷属たちはわからない。もしかすると強力な冒険者を雇い、襲ってくる可能性まである。
その可能性を潰すには【ソーマ・ファミリア】の主神を脅してでも、変える必要があった。
ヘスティアも卑劣な行為をした、【ソーマ・ファミリア】の眷属に対して警告は必要だと思っていたが、その条件に対して唸り声をあげる。
実際、この量の冒険者を壊滅させたラグナなら【ソーマ・ファミリア】を相手取ることも可能だろう。
しかし今日負った傷のように、魔剣の物量など、色々な異常事態が起こる可能性はある。
そのことは後で注意しなければならないとヘスティアは思った。
「ヘスティア様、ソーマ様。ここにいる人たちが起きる前に改宗をお願いしてもいいですか?」
ラグナは周りの冒険者を見渡して言った。もし途中で目を覚まされると面倒なことになりかねない。
「俺は問題ない」
「……ボクも大丈夫だよ。とりあえず中に入らせてもらっていいかい?」
こんな場所で改宗するわけにもいかない。ヘスティアはソーマに、そう問いかける。
「仕方ない。こっちに来い……リリルカも」
「は、はい」
こうして管理塔に入っていく三人をラグナは見送るのだった。
⬛︎
管理塔二階の一室。椅子に座り、背中を晒すリリにソーマが自身の神血を落とす。そしてソーマの指が特定の動きを描いて、ステイタスが明滅を始める。
そのあとにヘスティアも同じように神血を落として、改宗が完了する。ふー、とヘスティアは一仕事終えたように汗を拭う動作をする。
「……ヘスティア様。あの、本当にリリをファミリアに入れてよかったのですか?」
「なんでそんなことを言うんだい?」
「リリは……小人族で、サポーターです」
「うーん。種族とか役割とかボクはあまり詳しくはないけど……ラグナくんがここまでするってことは、君がどうしても必要なんだと思う」
目的のために一直線に進む少年。その少年がサポーターの少女を救ったということは、彼女が夢のために必要だと思ったということだ。
「ボクとしてもラグナくんと共に歩む覚悟があるなら、文句なんてない。サポーターくんも、もう覚悟してるんだろう?」
「それは……もちろんです!リリは……リリを救ってくれたあの人を助けたい。この命に代えてでも……!」
「なら問題ないさ。これからよろしく頼むよ、サポーターくん!」
「ヘスティア様……お願いします!」
そうして握手を交わすヘスティアとリリ。そして変化したリリを見てソーマは戸惑いを隠さなかった。
神酒に溺れ、獣のように金を欲していた少女はいない。英雄に救われ、そして前を向いて輝いている少女にソーマは絶句する。
ここまで変わるものなのか。不変の神だからこそ、その子供の成長に瞠目した。
「ソーマ様、ありがとうございました」
「礼を言われるようなことはしていない。俺は神酒に溺れた眷属に見切りをつけていた。むしろ恨まれるべきだ」
「……確かに、何度も恨みました。けど、ラグナ様と出会えたのも、このファミリアがあったからです」
「……」
「もう会うことはないと思いますが、お元気で」
そのサポーターの少女の表情は晴れており、ソーマはそれ以上何も言えなかった。そのまま管理塔から消えていくヘスティアとリリ。ソーマは小さく頑張れ、とつぶやいた。
⬛︎
月が空に浮かび、迷宮都市を照らしている。そんな都市を歩いているのは【ヘスティア・ファミリア】だった。
「なんとか終わったな……」
「はい……ラグナ様、ごめんなさい。あんな怪我までさせて」
「リリがさせたわけじゃないだろ。そんな申し訳なさそうな顔はやめてくれ。俺はリリの笑顔のために戦ったのに、あんまりだろ?」
ラグナがそういって笑う。一切の曇りなき笑みを見て、リリもエイナもヘスティアも自然と笑顔になった。
「改めて、ようこそ【ヘスティア・ファミリア】に。これからよろしくな、リリ!」
「──はい!リリは今日から【ヘスティア・ファミリア】のリリルカ・アーデです。皆さんを精一杯サポートさせていただきます!」
その笑みは月明かりに負けないほど輝いていた。