主人公が女の子になるのは間違っているだろうか 作:エルフ好き
【フレイヤ・ファミリア】の本拠、
【ソーマ・ファミリア】の件が終わって早々だが休む暇はない。一刻も早く強くなるためには、この場所の修行が一番効率がいい。
凄まじい猛攻を凌ぎながら、ラグナは静かに漆黒の魔力を解放させる。
「【白い雪──】」
「魔法を使う気か!」
詠唱文を口にしたラグナに周りの戦士の視線が釘付けになる。
実際は修行のためなので、魔法を使う気はさらさらないのだが……そんなことを知らない戦士たちはさらに攻撃の手を強くする。
やはり昨日戦った【ソーマ・ファミリア】の眷属とは格が違う。能力も経験も技と駆け引きも全てが段違い。
それは彼等が洗礼で磨き上げたものでありラグナが盗まなければならないものである。
「……ぐぁ!?」
しかし格上の戦士に囲まれればどうしようもなく、ラグナは隙をつかれて吹き飛ばされる。その間も魔力制御は手放すことはなく、魔力暴発は起きない。
そのことに戦士たちも違和感を覚え始める。詠唱を紡ぐ隙はあったのにも関わらず、それをしなかった少年。
「どうして詠唱を止めている!」
「並行詠唱の練習です……」
傷ついた身体を起こしながらラグナは答えた。その言葉に衝撃を受ける眷属たち。
このバトルロワイヤル形式の殺し合いで魔法の発動は命取りだ。並行詠唱の技術か、超短文の詠唱でもなければ潰されて終わる。
前回のラグナは隙をついてたまたま魔法を行使できただけだ。今のように魔法を警戒されている状況では発動することは難しい。
だからこそ魔法発動は諦めて、魔力維持状態で魔力の熟練度を上げようとしていた。そのことに気づいた眷属たちは瞠目した。
ずっと続いてきた洗礼の歴史でも初めてのことだ。魔力維持しながら戦闘する人間など。
それを駆け出しのレベル1の冒険者がしようとしている。
「……舐めるな!」
そのことに呼応するように、周りの戦士たちは吠える。そうしてまた無限の闘争が始まった。
⬛︎
戦いの野の屋敷内。室内の窓から『洗礼』の様子が見える、この場所で一人の少女が黒髪の少年を見つめていた、
その髪は灰色で、瞳は絵の具を塗りつぶしたような黒色で、服装は魔女の弟子のような装いの美少女。
「……憎い、憎い憎い憎い憎い!」
見てるだけで、憎しみの感情が溢れ出してしまう。あの漆黒の髪を見るだけで、黒曜石の瞳を見るだけで、勇ましい戦いを見るだけで、震えてしまう。
思い出すのは『インファントドラゴン』の戦い。敬愛するフレイヤの視界から見てしまった英雄の戦い。
フレイヤの手によって、導かれた竜。それと対峙する少年。到底勝てるはずがない格上の相手。
だというのに、主神を守り、見ず知らずの子供を救った。それだけに飽き足らず魂までを代償に竜を屠った。
その光景にヘルンは言葉も出なかった。ただフレイヤから伝わった感情だけが、ヘルンの全てを襲った。
それは弱い者を守り、格上すら倒した少年に対する愛情。それは魂を削らせてしまったという後悔。それは少年を自分の物にしたいという欲望だった。
「やっぱり殺さないと……!
「──そういうことだったのね」
「っ!」
室内に入ってきたのは、この世の物とは思えない美貌の女神だった。そのことに目を剥くヘルンは、慌てて膝をついた。
「ラグナの魂が傷ついて壊れる前に、殺す……確かにそれなら、天界に還っても問題なく転生することができるものね」
「違います!私は……」
「他にも理由があるんでしょうけど……一番はそれなのでしょう?」
そのフレイヤの言葉にヘルンは静かに下を向いた。
【スキル】とは、その人間の精神性を大きく表すと言われている。そんな中で魂を代償にするスキルを発現させた少年の精神性など、簡単にわかってしまう。
そして今現在も進み続けている少年は、いつその【スキル】を使用してもおかしくない。圧倒的な格上が現れた場合は躊躇なく使うだろう。それを止める方法はない。
「……あの前にしか進めない獣を止めるには……殺すしかないと思ったのです」
「それが私を裏切ることになっても?」
「……はい、たとえフレイヤ様を裏切ることになったとしても、これだけは私にしか出来ません」
あの少年の魔力に焼かれず、立ち向かえるのは自分だけだ。ヘルンは女神を前にしても臆せず答えた。その答えにフレイヤはしばらく沈黙して口を開く。
「あの子を殺すことは許さない。けれど貴方の想いも理解したつもりよ」
「……」
「だから一度殺すという手段は置いて、彼の応援をしてみない?」
「応援、でしょうか?」
困惑するヘルン。小悪魔のような笑みを浮かべて、フレイヤはヘルンの手を取って、どこかに向かった。
⬛︎
荒い呼吸音。オレンジ色の空。歪む視界の中でラグナは精神力回復薬を飲んで、なんとか平静を取り戻した。
「……し、死にかけた」
魔力維持を続けていれば、当然精神力も消費する。そのため途中で精神疲弊に陥ってリンチにされた。
というか、終始ボコボコだった。少しは成長したかと思ったが、やはりレベル1では同じ土俵に立つことはできない。
ただ魔力維持をしながらの戦闘にはかなり慣れてきた。並行詠唱の進歩には大きく繋がっただろう。
「立てますか?」
「……ありがとうございます」
今日も一日中回復してくれた、薄紅色の治療師ヘイズの手を取って、ラグナは立ち上がった。相変わらず貧血でガクガクと震える両足。
「フレイヤ様がお呼びなので案内しますけど、大丈夫です?」
「ま、まあ……なんとか」
極度の貧血だが、大丈夫だろう。そのままヘイズの案内で屋敷の廊下を歩いていく。
そしてある一室に入ってラグナはそのまま、椅子に座らされた。そのままヘイズは慌ただしく、部屋から出る。
しばらくして、部屋に入ってくる美神と治療師の集団。彼女たちは風のような速さで、目の前の机に食事を置いていった。
「洗礼、お疲れ様」
「はい……ええと、これは?」
「料理よ。作ってみたの」
「料理?」
「貴方を襲った子、覚えてる?」
「はい…昨日のことだし」
「あの子と一緒に作ったの、償いも込めてね」
その言葉に目を剥くラグナ。あそこまで自分を憎んでいそうだった彼女が自分に?どういう理由かわからないが、ドーム型の鉄蓋を開けて目を剥く。
そこには食欲を削ぐために作られたような、青色のドロドロとしたナニカがあった。よく観察すると、それはミートパスタのようで、真逆の色に絶叫しそうになる。
「あ、そのパスタは私の自信作よ」
自信満々の笑みを見てラグナは乾いた笑みをこぼす。この神は料理下手だったのかと。
だとしてもここまで下手なことはありえるのだろうか。この料理なら神でさえ殺せそうな色をしている。
「……ちなみに、材料は?」
「回復薬に……薬草をすり潰したものよ」
「なるほど!」
それでこんな色になったのか。納得すると同時にラグナは震えた。なぜならフレイヤの瞳が輝いていたからである。食べてみて。そんな声すら聞こえて、ラグナは渋々パスタを口に運んだ。
「……お、オリジナリティが満載の味だぁ」
神の前で嘘は吐けないので、独特な言い回しで感想を伝えるラグナ。このパスタの味を正直に話すとこうなる。
回復薬の口に残る甘さと、薬草の嫌な苦さが合わさって、天国にも昇れそうな味だった。
なんとか口に残る甘さを消したくて、料理の蓋を開ける。中は普通の米料理のようで、見た目も匂いもいい感じでラグナは救いを求めて口に入れる。
「……美味しい」
あの灰の髪の女性が作ったものとは思えないほど優しい味。フレイヤの料理との落差も相まって、最高の美味さだった。
「さあ、私の料理もまだまだあるわ。どうぞ、食べて?」
「は、はい……」
遠くから見守るヘイズの瞳が光った。食べなければわかっているな。そんな視線にラグナは怯えながら、必死に口に入れる。今日の洗礼よりも遥かに難敵。ラグナは涙目になりながら、なんとか完食した。
「……ご、ごちそうさま」
「一瞬で食べちゃったわね、足りなかった?」
「ま、満腹です」
お腹をさすりながら答える。これほど衝撃的な料理、もう一度食べてしまったら耐えられないだろう。
「ごめんなさい、ラグナ。食事の後で申し訳ないけれど……ヘルンと会ってくれないかしら?」
「それは大丈夫、ですけど」
料理の感謝も伝えたかったところだったから、構わないと了承する。しかし、どうして会わせたいのかラグナには全く見当もつかない。
殺意が滲むほど憎まれているのは間違いない。あの感情が消え失せるなんてことはないだろう。またナイフを構えられても、今の貧血の状態じゃ抵抗なんて出来そうにない。
近くに治療師がいるとはいえ、恐ろしいものは恐ろしい。震えながらラグナは待った。
「……失礼、します」
礼儀正しいノック音が聞こえ、フレイヤが入室の許可を出す。そのまま室内に入った彼女は顔色が非常に悪かった。
「あの、大丈夫ですか?顔色……悪いですけど」
「……貧血で真っ青の貴方に言われたくはないです」
お互いに顔色は悪い。そのまま彼女はテーブルに目を向けて、目を見開いた。
「まさか、完食したのですか」
「……は、はい」
「……そんな、馬鹿な」
ヘルンは手を震わせて、先ほどの出来事を思い出す。フレイヤに連れられた先は戦士たちが食事をする大食堂だった。
そのキッチンで、突如として始まった料理。困惑する中で料理は進められて、ヘルンは地獄を味わった。
料理などと到底呼べないものを口にして、神を傷つけないように遠回しにアドバイスを送る。じゃなければ、少年は最悪の死を迎えてしまう。
だが修正する時間は全くなく、それ以前にヘルンは体調を崩した。レベル2のヘルンが味見で体調を崩したものを、レベル1の少年は完食した。
それは紛れもない偉業である。
「あの、ヘルンさん。料理美味しかったです、ありがとうございます」
「……貴方はおかしい。私は貴方を殺そうとした恨むべきでしょう。憎むべきでしょう」
「ヘルンさんも俺を憎んでるのに、料理を作ってくれましたよね」
「それは……」
「それに、殺されかけたぐらいで恨みとかないです」
どれだけ傷つけられても恨みも憎悪も抱けない。これまであらゆる痛みを体験しているからか、ナイフでの強襲も恐怖こそ感じたが、それ以上の感情は湧かなかった。
「──お人好し」
「え?」
「自分の痛みに鈍感な阿呆。戦闘中と平常時で雰囲気を変えて、温度差で女を落とす怪物。その優しさでいったいどれほどの女を堕とすつもり?許せない、許せない!」
「え、え、えー?」
そのまま扉から飛び出して消えていくヘルン。それに呆然とするラグナ。近くにいた治療師たちも瞠目する。
「……な、なんだったんだあれは」
嵐のような女性にラグナは困惑しながら、唖然と呟くのだった。