主人公が女の子になるのは間違っているだろうか 作:エルフ好き
早朝の朝、路地裏に響き渡る剣戟音。木刀と白色の鞘が激しくぶつかり合い、激しさを増していく。そんな最中でリューは空色の瞳を剣のように細くした。
──成長している。いや、単なる成長ではない。
動きのキレ。一撃の重さ。あらゆるものが劇的に進化している。リューの感覚が間違ってなければ。
「器を昇華させましたか……」
「あ、はい。やっぱり戦うとわかる物ですか?」
「ええ。別人のような動きです……しかし、ラグナさんは最近冒険者になったのでは?」
「えーと、もうすぐ三週間ぐらいですね」
ラグナの言葉にリューは固まる。【ランクアップ】の最短記録を大幅に更新している。
アイズ・ヴァレンシュタインの一年という数字は驚異的だった。それを二週間で更新したのは【スキル】が関わっているのだろうと容易く推測できる。
だがそんな規格外の【スキル】を保有していたとしても、格上の挑戦は【ランクアップ】に必要不可欠。
リューが知らないだけで、とんでもない戦いに身を投じていることは訓練をしてるだけで伝わってくる。
おそらく【ランクアップ】したのはインファントドラゴン討伐だけが理由ではないだろう。
「(この速度の成長はベルさんのためですか……)」
最下層攻略を成し遂げなければ少女の病は治らない。そして病は彼女の命を枯らしていく。その制限時間が彼を強くしたのだろう。
その思いの強さは計り知れるものじゃない。そしてそんな少年に懸想の念を抱いている同僚がいることを思い出す。
「……訓練を再開させましょう。チュールさんも支援魔法を」
「は、はい」
「……行きます」
弟子であり贖罪の対象であるベル。恩人であり友でもある酒場の同僚。その二人が争う姿は想像に易い。リューは思考放棄するため訓練に没頭するのだった。
⬛︎
お昼過ぎ。本日のダンジョン探索は早めに切り上げ、ラグナはバベルを見上げた。何度見ても目を奪われるほど壮大な建築物。
今日の目的は二つある。一つ目は防具の購入である。今のラグナが身につけてるのは
これから中層を目指すなら防具の新調は欠かせない。だが防具の新調にも色々と問題があるのだが……そこは置いておく。
そして二つ目はもちろん鍛治士のヴェルフ・クロッゾと出会うことだ。バベルでは多くの【ヘファイストス・ファミリア】の鍛治士が出入りしている。そのためヴェルフ・クロッゾがいる可能性は低くないだろう。
「エイナさんは八階に良い値段の武具が置いてるって話だったけど」
向かって確かめるしかない。ラグナは門を潜って
長い階段を登り、八階層。円周に沿って商店が並んでおり、近づくとたくさんの武具が並べられている。
その中で防具だけが並べられている店に入って吟味していく。武具に詳しくないラグナでもわかるほど、どの防具も熱心に作られている。
その中で《
作品名はともかく、これを打った鍛治士の名前はヴェルフ・クロッゾ。間違いなくラグナが求めている鍛治士だった。
「……軽くて丈夫そうだな」
武具などには詳しくなくても熱を込めて作られた防具だとわかる。そして軽くて丈夫なのはラグナの戦闘スタイルとも合っていた。
力と速度を重視した高速戦闘。ベートの徒手格闘、アイズの効率化された剣技を参考にした戦闘スタイルでは重たい装備は足枷になる。
そのため
「……値段も安いし、買うか」
原作のベル・クラネルが手にするはずだった防具。何より鍛治士の熱が伝わってくるような防具に惹かれて購入を決意する。
幸い資金の方は【ソーマ・ファミリア】で使うはずだった大金がある。お金の問題はないので、その鎧を持って店員のいる方に向かっていく。
その時だった。複数の足跡がドシドシと響き渡る。そのことに警戒して瞳を鋭く尖らせる。《聖火剣》に手をかけた瞬間、勢いよく手を上げられる。
「──お、落ち着け」
「……誰ですか?」
「俺は【ヘファイストス・ファミリア】所属の鍛治士だ。聞きたいことがあり、近づいただけだ、攻撃する気はない」
証拠に【ヘファイストス・ファミリア】のエンブレムを見せられて、ラグナは武器から手を離した。鍛治士たちは深く息をついて安堵する。
「聞きたいことですか?」
「ああ。直接契約は結んでいるのか?」
「直接契約、ですか?」
聞き覚えのない単語に首を傾げるラグナ。その様子を見て鍛治士たちは拳を握りしめる。
「直接契約ってのは、鍛治士と冒険者が交わすものさ」
冒険者は鍛治士のために迷宮から『ドロップアイテム』を持ち帰り、それを使って鍛治士は武具を作り格安で譲る。
鍛治士としても武具を作るためには素材が必要。冒険者は『ドロップアイテム』を譲るだけで、超格安で武具を手に入れられる。
その直接契約は多くの鍛治士が結んでおり、より有名な冒険者と契約を交わすために日々争っているのだと話す。
「それで英雄候補のお前に話をしたってわけだ!」
「直接契約はしてないんだよな?」
「してませんけど……」
『おおおおおおおおお!』
天井に拳を上げる鍛治士。まだ契約したというわけじゃないのに、すごい熱気でラグナは思わず汗をかいた。
「俺だ、俺は鍛治士として鍛えて五年。もうすぐ【ランクアップ】して鍛治のアビリティも手に入れる。今のうちに契約しておいた方が後のためだぞ!」
「いや、ワシだ。防具系統なら絶対にワシだ!」
「いいや、私だね。こんなむさ苦しいオッサン共と契約するより、私としなね!」
血眼で争う鍛治士たちにラグナは死んだ目をしながら乾いた笑みを浮かべる。
「あの、ごめんなさい。直接契約は結びません」
「……な、なぜだ?」
「この防具を打った鍛治士、ヴェルフ・クロッゾさんと契約したいからです」
ラグナがそういった瞬間に鍛治士の視線は鋭く尖った。その名前は下級鍛治士たちにとって嫉妬の対象だった。
どんな鍛治士より強力な魔剣が打てるのにも関わらず、頑なに打とうとしない。それどころか下級鍛治士たちが死ぬほど欲しい直接契約は全て、ヴェルフ・クロッゾに集まった。
だからこそ下級鍛治士はヴェルフ・クロッゾを嫌っている。
「魔剣目当てなら、アイツは打たんぞ」
「魔剣目当てじゃありません」
「それじゃ、なんだという?」
「俺の目標まで共に歩んでくれる。そんな防具を打ってくれるのは、ヴェルフ・クロッゾしかいない」
全幅の信頼。それを感じて鍛治士たちは戦慄する。
「アイツと知り合いなのか?」
「いえ、一方的に知ってるだけです」
物語を通じて見たヴェルフ・クロッゾの力は大きい。武具関連の強化もだが、戦闘能力も高い。魔法も尖った性能をしている。
何より彼ならば最下層攻略という目標を支えてくれる。そんな鍛治士はヴェルフだけだと確信している。
「……そうか、邪魔したな」
ラグナの言葉に鍛治士たちは諦めたように解散していく。何とか諦めてくれたようで一安心する。
そのまま鎧の会計を済ませて、防具の店から出ようとする。
「『竜殺し』が俺の防具を求めてくれるなんてな」
「えっ?」
店の入り口。そこで壁に背中を預ける赤髪の鍛治士がいた。首には手拭いを巻き付け、腕に抱きかかえるのはラグナが購入した《兎鎧》に酷似した防具。
「少し、話せるか?」
ヴェルフ・クロッゾは真剣な眼差しでそういった。
⬛︎
休憩所に設置された椅子に座り、話を始める。
「実はな、お前が俺の防具を手に取った瞬間から見てたんだ」
「えっ?」
ヴェルフの言葉に目を見開く。見られていたことに気付かなかった。視線に敏感なラグナが気づかなかったのは鍛治士たちの熱い視線のせいだろう。
「驚いたんだぜ、俺の防具を買ってくれる冒険者が現れるなんて……それも英雄候補って呼ばれてる冒険者にな」
「そんな大層な冒険者じゃないですけど……」
「大層だろ。駆け出しで『竜』討伐なんて聞いたことないぞ?」
世界中とまではいかないかもしれないが、都市中には『竜殺し』の情報は広がっている。ギルドが顔の絵と共に提示版に貼ったのもあるし、何より噂好きの神たちによって一気に噂は流れ込んだ。
「そこらの【ランクアップ】した冒険者より、名が挙がってるのがお前だ。そんな冒険者に直接契約したいなんて言われれば、鍛治士としてそれ以上の名誉はねえ」
頬を吊り上げ、僅かに赤らめながらヴェルフは鼻の下を指で擦る。そして背筋を伸ばしてラグナと視線を合わせる。
「だからこそ、お前の言葉を聞いて飛び上がるほど嬉しかった。今までの苦労が報われた気がした」
「大げさですよ」
「大げさなんかじゃない。今までの連中は俺の名前を聞けば魔剣のことだけを口にした。俺の作品なんか興味もねえって、ひたすら魔剣を打てって迫りやがる!」
血と汗を捧げて作った作品は棚の端に置かれて、売れなかった作品はいくつも返され、努力が報われたことはなかった。
「お前は魔剣じゃなく俺の作品を求めてくれた。契約を結びたいと願ってくれた。それに応えたい」
「……それじゃあ、直接契約を?」
「ああ、お前と結ばせて欲しい」
その熱い意思にラグナは手を差し出す。それに呼応するようにヴェルフも勢いよく掴み握手を交わした。
「……それともう一つお願いしたいことがある」
「お願いですか?」
「そうだ、俺をお前のパーティに入れて欲しい」
その言葉に瞳を大きく見開く。驚いた様子のラグナにヴェルフは淡々と説明を始めた。
「俺たち鍛治士は大きく二つに分けられるんだ。下級鍛治士と上級鍛治士だな。その差は簡単で鍛治のアビリティを持っているかいないだ」
「さっきの鍛治士の人たちも言ってたけど……【ランクアップ】が必要ってことですか?」
「ああ。この鍛治のアビリティがあるだけで他の武具とは一線を画した物になる」
だからこそダンジョンに潜る鍛治士は多くいる。しかし、ダンジョンを
「だがアイツら俺をノケ者にしやがる……そのせいで同時期に入団したヤツには先を越される始末だ」
「だからパーティーに……」
「ああ。無理な願いかもしれないが……頼む」
「いや、実は俺もパーティーメンバーを探してたんです。だからヴェルフさんの話は願ってもない話で……もちろん受けます!」
前衛の確保。それは現在の【ヘスティア・ファミリア】の死活問題だった。後衛が三枚、前衛が一枚というアンバランスなパーティー構成が変わる。これで中層で一番必要だった前衛というピースが埋まる。
「そうか……なら明日から頼んでもいいか?」
「はい、よろしくお願いします!」
再度握手を交わす。こうしてパーティメンバーの確保ができて安堵するラグナだったが、ヴェルフは《兎鎧》を見つめる。
「それじゃあ、契約記念に防具を新調するか?サイズ合ってないんだろ?」
「その件で、要望があるんですけど、大丈夫ですか?」
「要望?」
「俺の付与魔法に耐えられる鎧が欲しいんです」
その言葉に首を傾げるヴェルフ。それもそうだ、付与魔法とは武具の強化こそしても、破壊するほどの威力なんて聞いたことがない。
そもそも付与魔法は威力も効果も微妙なのが多いのが、冒険者の常識である。そんな様子の鍛治士にラグナは【ケラノウス】の説明を行った。
「能力を魔法威力に変換する魔法……」
「はい、そのせいなのか……とんでもない威力で」
「……正直、まだ想像も付かないのが本音だ。鎧を用意するから、明日のダンジョンで、その魔法を実際に使ってみてくれないか?」
「わ、わかりました」
【ランクアップ】を果たしてレベル2になってから、まだ一度も【ケラノウス】は使用していない。いったいどんな威力になってるのか想像もつかない。またあの痛みを味わうのかとラグナは表情を青くした。