主人公が女の子になるのは間違っているだろうか 作:エルフ好き
レフィーヤ・ウィリディスにとって、ラグナという少年は脳裏に焼きついて離れない鮮烈な冒険者だった。
『
そもそも手加減など知らない
駆け出しの冒険者。
拳、蹴り。単純だが、第一級冒険者のソレはどんな武器よりも強力で恐ろしい。その一撃を見ただけで黒髪の少年に抱いていた嫉妬心や猜疑心は吹き飛ぶことになる。
何度も血が飛んだ、何度も苦悶の声をあげた、レフィーヤは見てられず途中から目を覆うほど。
それでも彼は立ち上がる。異常とも呼べる精神力。一方的に嬲られる訓練でも不屈の意志を滲ませた。
そこから敬愛するアイズ・ヴァレンシュタインが背後を襲った時はレフィーヤも顔面蒼白とさせたが、それでも少年は折れなかった。
前後を第一級冒険者が襲う。その不条理に文句一つもこぼさず、強くなるために一途に進む。
その姿を見ると心が無性に熱くなる。負けたくないと魂が叫ぶ。そんな影響を受けてるのはレフィーヤだけじゃなく、他の構成員もそうだった。
駆け出しの冒険者がここまでやっている。それを見て熱くならないものなどいない。
何より末端でも【ロキ・ファミリア】の一員であるならば、あの少年のように過酷に立ち向かわなければならない。
たった数日。それだけで【ロキ・ファミリア】を変えた少年。会話を交わしたことはない、それでも知りたいと思った。
この少年がどのような環境で育ってその精神力を育んだのか。どうしてそこまで立ち上がり、強さを求めるのか。レフィーヤはその冒険者と話したい。
だが、話しかける前に事件は起こる。『
そこから怪物が脱走したのである。それだけじゃない、最近【ロキ・ファミリア】を騒がせている新種の怪物まで現れて、その日は祭りどころじゃなかった。
その事件が終息してしばらくたった頃だった。少年が脱走した『
上層最強。怪物としては最強とされる竜種。レベル1の冒険者の集団が複数で囲んでようやく倒せるのがその竜。
それを駆け出しの冒険者が単独撃破を成した。彼の訓練を見ていなかったらレフィーヤは信じられなかっただろう。
それほどの偉業だ。そして確信する。その少年はアイズたち第一級冒険者に並ぶ才能を持っていることを。
いつか必ず彼は下界の希望になることをレフィーヤは確信した。
「ぐぎぎぎぎ……」
【ロキ・ファミリア】本拠。黄昏の館、その大食堂。食事をしていたレフィーヤや構成員に届いた一報は騒然とさせるものだった。
【ヘスティア・ファミリア】所属のラグナ。レベル2に【ランクアップ】。所要期間は約二週間。
その一報が届いた瞬間は情報を受け入れるのに時間を要した。
なぜなら冒険者の間で【ランクアップ】とは最短で一年、十年以上の月日を掛けてもレベル1の冒険者が大半なのだ。
それを二週間。冒険者の常識が崩れていきそうな情報を簡単に受け入れることはできない。
「アイズさんの記録が抜かれた……いや、こんなの
「誰も抜けるはずねえ、二週間なんて……」
「やっぱり、
その偉業に打ち震えるもの、立ち尽くすもの、そして納得するもの。構成員たちは少年の昇格に対して否定の言葉は吐かなかった。
それもそうだ。誰もが少年の戦いに熱を伝播された。あの戦いを見た者に否定の言葉は吐けない。
驚くものは構成員だけじゃなく、幹部の冒険者もそうだった。
「うっそー……二週間で【ランクアップ】って」
「都市中がまた大騒ぎになるわね……」
双子の
「……あの野郎ッ」
情報紙をくしゃくしゃにしながら悪態をつくのはベート・ローガ。黒髪の少年に地獄を見舞った第一級冒険者だ。
先程まで【剣姫】に先越されたことで苛立っていた。しかし、今はどこか歓喜すら滲ませた表情だった。
「……ねえねえ、最近ベート機嫌いいよね」
「よほど、あの少年を気に入ってるのね。酒場では罵ってたくせに」
たった数日の鍛錬で師匠心でも芽生えたのだろうか。いや、あの狼のことだからそれはない。ただ単に気に入ってるだけなのか、ティオネは面倒くさくなって考えるのをやめる。
「あれ、アイズは?」
「……本当だ、さっきまで食事してたのに」
そして一番黒髪の少年を気に入っているであろう金髪の少女は姿を消していた。そのことからティオネは意味深な笑みを浮かべ、ティオナはどこ行ったのかなーと呑気な表情を浮かべた。
⬛︎
走る、走る、走る。黄昏の館を飛び出して都市を疾走する。その疾走の理由はただ一つ、少年に会いたいと心が叫んでいるからだった。
黒髪の少年ラグナ。冒険者になって一ヶ月も経過していない新人の冒険者。第一級冒険者の攻撃に怯えず立ち向かう精神力の持ち主。
そしてアイズと同じく竜を撃ち倒すために強さを求める冒険者。そんな冒険者が【ランクアップ】を果たした。それもアイズの一年という記録を遥かに短縮する形で。
その情報が記された羊皮紙を見てアイズは歓喜に満ち溢れた。どんな冒険者よりも最速の速度で強くなろうとしている。いや強くなってる冒険者に笑みが止まらなかった。
同時に確信にも至った。彼は自分の英雄なのだと。幼少期から憧れ、恋焦がれていた自分を救い、愛する英雄。
その英雄に会いたい気持ちが抑えられずに都市を駆け回ったことで気づく。この広大な都市で黒髪の少年を見つけ出すことは至難だと。
「……どうしよう」
彼の本拠も知らない。どうすれば彼に会えるかと頭を悩ませていると、大騒ぎする声が耳に入る。
「俺の
「神の追跡から逃れるとは、さすが竜殺し……」
「だが俺たちから逃れるには一光年早いのだよ!」
そこ声は神たちのものだった。誰かを探している、いや追いかけているようで額には汗が流れている。
そして話の内容から察するに神たちは黒髪の少年を追いかけているようだった。神の勘を利用すればラグナと会えるかも。
そう考えたアイズはそのまま神の後をついていくのだった。
「待ちなさいぃ!」
「レアリティURの冒険者は私のものよぉ!」
「俺をガチャのキャラみたいに言うなぁ!」
目論見通り、アイズはラグナの姿を視認した。レベル2の敏捷で駆け抜ける少年は悲鳴を上げながら駆け抜けていく。
それを追いかけるのは女神集団。容姿のいいラグナを手に入れるために神とは思えない疾走を披露する。
思わず呆然と見てしまったが、助けなければとアイズはレベル6に至った能力を活用して、ラグナを颯爽と攫った。
「え、え、え?あ、アイズさん……?」
「久しぶり、だね……」
俗にいうお姫様抱っこという形で颯爽と運ばれていくラグナは走った後だからか、それとも羞恥心からか顔を赤くする。
可愛い。アイズはそう思いながら駆け抜けて辿り着いたのは市壁の上だった。
あっという間に連れてこられて未だに状況が理解できていないラグナを前にアイズは少年の顔を見つめる。
「……【ランクアップ】おめでとう」
「あ、ありがとうございます。俺も助けてくれてありがとうございました」
「ううん。でも、あんなに追いかけられたのは……【ランクアップ】の情報が出回ったから?」
「はい。俺も今日発表されてるとは思わず、探索も休みだから修行のために繁華街に向かってたんですけど……」
いつのまにか神々に追いかけられていた。そう話すラグナの顔は引き攣っており、今後もこれが続く可能性があるのかと面倒くさそうだった。
神々としても最速で【ランクアップ】を果たした冒険者に目を付けないわけがない。それも竜殺しで名を挙げていた冒険者。容姿も整っており、どこにも弱点と呼べる箇所がない。
何より名があまり売れていない【ヘスティア・ファミリア】からなら、引き抜けるかもと中堅以下のファミリアの主神が押しかけたのだ。
そもそも
「修行ってどこで……?」
「えーと、それは言えないんですけど」
「っ!」
その言葉に衝撃を受けるアイズ。怪物祭の後も様々な事件が起こり、それを解決するため奔走している間に、少年は別の誰かと修行していたのだ。
【ランクアップ】もその修行のおかげだとしたら。顔面蒼白するアイズに首を傾げる少年に顔を近づける。息すら感じられる距離でアイズは言った。
「修行、しよう!」
「……は、はい?」
「あの、訓練中止になったから……まだお礼できてない、よ?」
ラグナが訓練をした日数は三日。期限は正確には決まってなかったため、アイズはそのことを持ち出して少年と手合わせを望む。
「訓練ならお願いしたいですけど……回復薬とか持ってませんし」
前回と同じ訓練だとすれば血は飛び交い、骨折ぐらいは軽くするだろう。現在のラグナの装備は《聖火剣》だけ装備した状態で、その訓練をするには準備が足りていない。
「それに、教わるならベートさんにも……」
「──ベートさんにも」
凍りつくアイズ。やはりだ、やはり師匠として信頼されてるのは自分よりベートなのだ。アイズは膝を抱えて、誰が見ても落ち込んでるのがわかるような暗い表情をする。
「あ、アイズさん?」
「……ラグナは痛いのが、好きなんだよね」
「すごい勘違いをされてる!別に痛いの好きじゃないですよ!」
「え、でも……ロキが言ってたよ。真性のどえむ?だって」
「ロキ様ぁぁぁぁぁ!?」
なんという風評被害だろう。思わず絶叫が迸ってしまった。アイズはこてんと首を傾げる。
「でも、ベートさんを選ぶ理由に容赦なくボコボコにしてくれそうだからって」
「あれは変に手加減してほしくなかったからです。他の人だと絶対手加減してくれるから」
「そう、なの?」
「はい。だからドMってわけじゃないです」
勘違いだったと気づいてアイズは改めて訓練のことを思い返す。第一級冒険者が駆け出しに対して容赦ない一撃を加え、その上で前後を挟んでした地獄の訓練。
今考えるとまずいことをしてる気がする。アイズは改めて顔を青くする。普段はあまり表情が変わらないアイズがコロコロと顔色を変える姿にラグナは困惑する。
「……とりあえず、軽い訓練でもします?」
どこか落ち込んだ様子の少女を見てラグナが提案をする。それに首が取れそうな勢いで頷くアイズだった。
「模擬戦で……怪我しないぐらい、軽く」
「……うん」
お互いに剣の鞘を使って訓練を始める。アイズは鞘を構えてから待ち構える態勢。あの時からどのような進化してるのか試すための不動である。
その不動に対してラグナがじわりと汗を滲ませる。やっぱり第一級冒険者と相対する圧力は凄まじい。それは『洗礼』で味わうものよりも遥かに重いものだった。
重圧を味わいながら、ラグナは攻撃の選択肢を探す。だが一切の隙は見当たらず、仕方なく隙を作るために軽い一撃を見舞うことを選ぶ。
「っふ!」
軽い一撃。それでもレベル2の
「……強くなってるね」
「あまり実感は湧きませんけど……ね!」
脇腹を狙い剣を振るう。今度もまた弾かれることを予想して左脚から回し蹴りを行う。
予想通り、鞘は弾かれる。そのまま隙となった左脇腹に蹴りを放つも後退されて回避される。
そのまま追撃を入れようとして、ラグナはふと背後を振り返る。アイズもまたラグナの背後をじっと見つめた。
「──盗み見をしてすまないな」
「あなたは……?」
黒のローブを全身に纏った不審者。それにアイズは愛剣《デスペレート》を構え、ラグナの一歩前に立つ。
「攻撃する意思はない。私はただ【剣姫】に依頼を受けてもらえないかと、近づいただけだ」
「……依頼?」
「ああ。24階層で怪物の大量発生、突然異常が起こっている。それを調査、鎮圧してほしい」
その黒衣の人物の言葉にアイズとラグナは目を見開いた。