主人公が女の子になるのは間違っているだろうか   作:エルフ好き

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49話 英雄の一撃

 

「やれ──巨大花(ヴィクスム)

 

 掲げられた片腕と共に大柱に巻き付く巨大な怪物に一輪の巨花が蠢き、ゆっくりと侵入者たちに視線を向ける。産声の代わりにぺりぺりと剥がれていく音が耳朶に張り付き、冒険者の鼓動を加速させる。

 

「──散れ!」

 

 【凶狼(ヴァナルガンド)】の激声に反応して回避する冒険者、その頭上には巨大花が降ってきており、黒い影が追いかけてくるように迫ってくる、全員が汗を垂らしながらなんとか回避に成功する。

 

だが地面に響き渡り全身を揺らす地響き、粉塵が空中に舞い散る中でラグナはその生物に顔を青くした。

 

「……デカすぎるだろ」

 

 階層主を超える全長を持った食人花に呟きが溢れる。今まで戦った怪物の中で一番と断言できるほどの大きさであり、どんな攻撃を仕掛けて来るのか予想ができない。

 

「蹴散らせ!」

 

「っ!?」

 

 咆哮はない。ただ破鐘の音と共にそのミミズのように伸びた巨体を唸らせた。

 

「────っ!?」

 

 その一撃は今までの怪物の中でも重く鋭く、擦り傷すら致命傷になる必殺の攻撃だった。それを回避するため冒険者は全力を尽くし、なんとか回避に成功する。

 

大振りで重たい必殺の一撃、それだけならまだマシだっただろう。その巨大な蔦が鞭のように唸り冒険者たちを攻撃する。それに対して冒険者たちは必死に連携をして防御する。

 

このままではいつか必殺の一撃を喰らってしまう。一刻も早くこの巨大花の魔石を潰さなければと、その巨大な蔦を切断しながら思考を巡らせる。

 

「……チッ」

 

 現在の冒険者たちの最高戦力であるベートを見ると苦戦しているようだった。この巨大花も類に漏れず打撃などに耐性がある。そのため拳や蹴りを主体に戦うベートでは巨大花に対する有効打がない。

 

だったら【誓約代償(レギオン)】の効果適応中に《聖火剣(ウェスタ)》を持っているラグナがやるしかない。その状況を理解して深く呼吸する。

 

ここまでずっと戦闘しておりまともな休息が取れていない。体力に自信があるラグナでも限界が近づいている。やはり食人花の群れとの戦闘が響いていると苦悶を浮かべる。

 

だがやるしかない。この怪物を倒さなければ仲間を死なせることになる。

 

頭にフラッシュバックするのはエルフの青年が自分を庇う姿。もう二度とあんな無様は晒してはいけない。黒剣を握りしめてラグナは漆黒の魔力を解放させる。

 

「っ……来たか、巨大花、食人花……黒髪の男を止めろぉ!」

 

 第一級冒険者よりも早くあの黒髪の男を殺さなければ。それさえ達することができれば、この盤面は勝利に近づくとオリヴァスは確信して指示を飛ばした。

 

『オオオオオオオオオオオオオオ!』

 

「【白い雪、黒き終焉、終わりの(べる)が鳴る前に】」

 

 二度目の詠唱。迫り来る巨大花と食人花を目の前にしても一切の恐怖すら顔に出さずに呪文が紡がれていく。魔法を使う戦士や魔導士にとって重要な技術である並行詠唱は習得が難しく、多くの冒険者が挑んで諦めるほどの高等技術である。

 

何か難しいのかを挙げるとするならばまず魔力制御である。魔法使用には必ず使用するものであり、それを制御するためには慣れが必要であり、幼少期から魔法に触れる妖精などは魔力制御が得意である。

 

この魔力制御がなければ並行詠唱などできず即座に魔力暴発(イグニス・ファトゥス)が巻き起こり冒険者を殺すことになる。そのため第一に教わるのが魔力制御の練習法や動揺しない精神を作り上げる方法である。

 

極論、魔力制御さえ完璧ならば並行詠唱は誰にも行える技術である。だがそこに『攻撃』『回避』『防御』などの行動が加わることにより、その魔力制御の難易度が跳ね上がる。

 

これが並行詠唱の難しいところで、習得には膨大な時間と経験が必要になる。

 

「【破滅の雷霆、不滅の聖炎、届かない英雄の幻想(かげ)】」

 

 ではなぜラグナが高等技術である並行詠唱を完璧に操れているのか。それは二つの要因が挙げられる。一つ目は不動の精神。魔力制御と高速戦闘の同時並行は相当な度胸が必要であり、魔力暴発による恐怖心も並行詠唱の大きな壁になる。

 

だがラグナは異常な精神によりその全てをクリアしている。二つ目の問題は単純な視野の広さ、これは『戦いの野(フォールクヴァング)』で磨かれたものであり、このおかげで四方八方で怪物の攻撃が起ころうとも回避、防御が可能になる。

 

この二つの要因の他にも様々な理由があり、ラグナは並行詠唱という技術の一端を身につけていた。

 

だが今のラグナの並行詠唱を支えているのは【スキル】による感覚の超強化が一番の理由だった。世界が遅くなる感覚、触手の攻撃が余裕で見切れるほどの強化によってラグナは躊躇なく魔法の使用に踏み切ることができるのだ。

 

「【誓いはここに、終末(おわり)の刻まで駆け抜けろ】」

 

 魔法の完成。それにオリヴァスの顔面が青白く染まる。また先ほどと同じ魔法が降臨してしまう。必死に食人花を産み出そうとも巨大花に攻撃を指示しても傷一つすら付けられなかった。

 

「なんなのだ……貴様はなんなのだぁぁぁぁぁ!?」

 

「【ケラノウス】」

 

 鼓膜を揺るがす雷鳴が響き渡る、その轟音と共に全身を鎧のように包み込む黒き雷霆は身体中を焼き尽くしながら暴れ回る。

 

「──()()()()()()()

 

『────!』

 

 静かに、されど鮮明にラグナの声が冒険者たちに届く。そのままラグナは静かに雷霆を黒剣に溜め始める。今までの【ケラノウス】だと三割程度しか吸収させることができなかったのを全身の雷霆すら吸わせる勢いで込める。

 

「守りなさい、ラグナさんを……守れぇぇ!」

 

「ッ……あの冒険者を殺せぇ!」

 

 アスフィの激声とオリヴァスの指示がぶつかり合う。勢いよく暴れ回る食人花の群れを壁役が抑えて触手を中衛が斬り裂く完璧な連携によりラグナの守護に集中する。

 

たった一日背中を預け合った他派閥の冒険者。それでもラグナと【ヘルメス・ファミリア】の間には確かな信頼関係が構築されており、全員が少年のために命を張った。

 

「巨大花、来るぞ!」

 

「退け!」

 

 問題の巨大花の一撃、それが迫り来る中で第一級冒険者は空中からの踵落としにより、その巨大花の唸る攻撃の勢いを衰えさせる。その結果盾役が防ぐことに成功する。

 

ラグナは冒険者の信頼に応えるため全身の雷霆を黒剣に込めていく。その剣の大きさが進化を果たして大剣ほどになり、それでもまだ込めていく。

 

ラグナの脳に浮かんでいるのはベル・クラネルの『聖火の斬撃(アルゴ・ウェスタ)』であり、その力の一片でも再現するために全力を尽くす。

 

そして一分が経過する、ここまで雷霆を溜めたことはなく、その強大なエネルギーに全員が戦慄する。

 

「……行きます」

 

 一言と共に走り出す。片手には雷霆が籠った大剣が握られており、その眼は巨大花の首に向けられる。今までの傾向からして魔石の位置は間違いなく上半身から上に存在する。ラグナの全身全霊、今現在出せる最高火力。

 

「──【雷霆の大剣(つるぎ)】!」

 

 なんとなく。なんとなく大好きだった英雄譚から技名を取って解き放つ。その斬撃と共に巨大花の首は吹き飛んで、凄まじいスパークが巻き起こる。冒険者が目を覆いながらその偉業を目撃した。凄まじい衝撃と共に巨大花が地面に倒れる。

 

一撃。たった一撃で階層主よりも巨大な怪物を斬り飛ばした。その光景に誰もが絶句する。その成し遂げられた偉業に立ち尽くす。これが竜殺しの、英雄候補の一撃。

 

「……ッ」

 

 そんな中でラグナは精神力の大幅使用により雷霆を解除して膝を突いた、凄まじい疲労感が全身を襲う。

 

「──そんな、馬鹿な!」

 

 オリヴァスは膝を突いて、目の前の現実に髪を掻きむしる。今までの怪物とは訳が違う性能だ、何より長い時間を掛けて育てたそれを一撃で消し去った。こんなことあり得てはならない、あってはならない。

 

「いや、まだだ……まだ二体残っているのだ。──ッ!?」

 

 片手を掲げた瞬間だった。大空洞の一角が爆発する。凄まじい粉塵と共に全員の視線が向く中で飛び出してきたのは赤髪の女だった。矢のように間に合えない速度で吹き飛び壁に激突する。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 そして壁面から現れたのは金髪の少女アイズ・ヴァレンシュタイン。鎧や戦闘衣(バトルクロス)は破損しており、汗が滴り肩で息をしている姿から相当な激戦を行っていたと容易にわかる。

 

その少女の姿にベートとレフィーヤは安堵の笑みを。そしてラグナは赤髪の女の圧倒的な威圧感に目を奪われた。原作知識が朧気ながらも覚えている女、その名前はレヴィスであり、ソード・オラトリアでも強敵として何度も【剣姫】と交戦する化け物。

 

その強さは正確には覚えていないが第一級冒険者よりも上だったことは間違いない。その強さの化け物相手とアイズが戦闘していたことに目を剥きながら生きているならば、すぐにでも助けに向かわなければと脚を動かす。

 

「レヴィス……仕方あるまい、目覚めろ巨大花!」

 

「馬鹿、よせ!」

 

 レヴィスが苦戦しているのを確認したオリヴァスは先ほどと同じように片腕を掲げて命令を下した。その瞬間先程と同じように巨大生物が地に落ちる。そのまま命令に従い、アイズに向かって飛んでいく。

 

「死ね、【剣姫】!」

 

「アイズさん!」

 

 レフィーヤの悲鳴が響き渡る最中、アイズは一言だけ愛剣に語り目を見開く。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】」

 

 風が少女を中心に纏っていく。そしてその風全てを愛剣《デスペレート》に集中する。その圧倒的な魔力にラグナが冒険者が気圧される。そして地面を砕きながら接近してくる巨大花に対して、その最高出力の一撃を見舞った。

 

先程のラグナが全力で溜めて放った雷霆よりも遥かに強力な一撃が巨大花の上半身を消し飛ばした。そのことに全員の顔に驚愕に染められて呼吸の仕方すら忘れる。

 

「──すげえ」

 

 ラグナはその一言だけ呟いて子供のように破顔した。まるで英雄譚の英雄のような一撃、半端なく強力で……原作のベル・クラネルが憧れてしまうのもわかるほどの圧倒的な強さ。

 

攻防全てが一級品の風の魔法。血肉を削ぎ落とし戦いのために全てを捧げた『戦姫』だけが辿り着ける領域。それにラグナはひたすらに見惚れていた。

 

「ッ……食人花!」

 

 そして最後。オリヴァスはアイズに追い詰められて食人花を呼ぶが、風を纏ったアイズには無意味。一方的な蹂躙で徐々に追い詰められていく。オリヴァスはボロボロの肉体で赤髪の女の元に辿り着く。

 

「レヴィス……!」

 

「面倒が省けたな」

 

 レヴィスはオリヴァスの胸ぐらを掴むと、そのまま胸に手刀を突き刺した。神速の一撃、そして引き抜かれた極彩色の魔石。オリヴァスは何が起こったのかわからないまま怪物と同じように灰と化した。

 

食人花を倒し切ったアイズは魔石を喰らう姿を目撃した。それはラグナやベートと達も同じで、今すぐ助けに向かわなければ。そう思った瞬間に赤髪の女の地面が抉れる。

 

「ッ!」

 

 反射できないほど圧倒的な速度と威力で弾丸のようになったレヴィスの一撃にアイズは目を剥く。風を使用しているのにも関わらず互角、そのことから一つの答えに辿り着く。

 

強化種。冒険者が恩恵を更新して強くなるのと同じように目の前の怪人も魔石を喰らって劇的に自身を強化したのだ。そのありえないことに混乱したがらも必死に押し返す。

 

「まだ足りんな」

 

 そのまま地面に拳を突き刺して何かを引き抜く音と共に一つの剣が姿を現す。異形の紅の大剣、天然武器を即興で作り出してもう一度戦いが始まる。『誓約代償』を使用しているラグナでもあの戦いに入り込む自信がない。

 

能力値はレベル4、それに超感覚、自動回復まであったとしても……精神力が尽きている今では戦いに入り込めない。どうするかと悩んでいるうちにベートとレフィーヤ、そしてフィルヴィスが駆けていく。

 

ラグナはサポーターの少女に介抱されながら、体力と精神力の休息を取ることを決断する。そんな最中でアスフィはベートたちとは反対方向に走っていく。

 

「あっちもやばいですが……」

 

 アスフィが気になるのは食糧庫で栄養を垂れ流す大柱に寄生している『胎児の宝玉』である。敵の情報や狙いを知るためにも、あれを確保しておくのはこの先において重要になると判断してアスフィは大柱に近づく。

 

「ぐぁ!?」

 

『───』

 

 しかし、それを阻止するためか横合いから攻撃が突き刺さる。凄まじい『力』によって特製のマントから衝撃を貫通させる。その衝撃音にラグナが振り返るとそこにはまたしても仮面の人物が大柱に向かって駆け抜けていた。

 

「完全ではない、だがエニュオに持っていけ!」

 

『ワカッタ』

 

 レヴィスの言葉に不気味な言葉で返事を交わした仮面の人物。直感で止めなければまずいと悟り走り出す、だがそれよりも早く赤髪の女レヴィスが残った巨大花に対して命令を下した。

 

「際限なく産み続けろ!枯れ果てるまで力を搾り尽くせ!」

 

『───』

 

 24階層の全体が脈動する。全員の脚が止まり、その肌を逆立てる。大柱に寄生している巨大花が何かを吸い取るように震え、不気味な音響を轟かせる。限界を迎えたように大柱が砕け散っていく中で、ラグナはそれに呼吸を止めた。

 

天井、壁面、全ての蕾が一気に開花した。極彩色の花弁が、極彩色の怪物が強制的に目を覚まされる。ありったけの怪物が産まれ落ちようとしていた。全員の思考が完全に一致する。

 

────怪物の宴(モンスターパーティ)

 

ダンジョン10階層から発生する迷宮の異常事態であり、多くの冒険者を屠ってきた最悪の物量攻撃である。それを食人花で起こそうとしていることがわかり、ラグナは身震いした。地響きと共に食人花が動き始める。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオ───!!!』

 

「──ッ」

 

 疲れ切った肉体に鞭を打ってラグナは群れの中に突撃する。自殺とも呼べる特攻により、全身が鞭により撃たれ穿たれ鮮血が舞う。100、200、300、もう数えきれないほどの食人花を相手にするには防御を捨てるしかない。

 

──やれるのか、いや、やらないと!

 

自動回復。それに全て頼り切った戦いにより斬っては捨てていく戦いを繰り広げるだがそれでも数は減らない。【ヘルメス・ファミリア】の団員たちも奮戦しているが、被害が出るのは時間の問題だった。

 

いや、問題はそれだけじゃない。

 

「──食人花」

 

「ッ!」

 

 アイズもまた食人花と怪人レヴィスに挟まれ不利な戦いを強いられることになっている。絶体絶命の状況、誰もが決死に奮戦する中でラグナは『精神摩耗』寸前だというのに魔力を解放させる。

 

「【白い雪】」

 

「──ラグナ!」

 

 この大群を相手に魔力を使用すれば当然呑み込まれる。自殺とも呼べる判断にベートが声を飛ばす中でラグナは覚悟を決める。魔法使用は行わない単純に惹きつける目的で魔力を餌にする。

 

その意図に全員が気づいて背筋を凍らせる。自己犠牲の精神、いや救うための決死の行動。それにより【ヘルメス・ファミリア】の前衛の負担が減少して脅威が減る。だがそれはつまり少年の犠牲があってのこと、漆黒の魔力を蹂躙するため軍勢が進行する。

 

「──私は……私は!」

 

 何もできない。偉大なるファミリアの一員なのに、脚を引っ張り、逃げ惑い、ただ憧れるだけの無能。剣を持って共に戦うことも、盾を持って仲間を守ることも……何もできない!

 

「──テメェらは守られるだけか?吠えることもできねえのか!」

 

 苦悩する中で戦場に響き渡ったのはベートの声だった。食人花の群れを蹴撃にて駆逐していく最中で鋭い眼光で冒険者を睨みつける。

 

「──聞こえねえのか、アイツの……雄の雄叫びが」

 

『──ぅぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!』

 

 食人花に囲まれながらも咆哮をあげる冒険者。それにレフィーヤは気づいて思わず碧眼の瞳に熱い意志を灯した。

 

「──ぅ、お、おおおおおおおおおおお!」

 

 ラグナを庇ったエルフの戦士が剣を持って立ち上がり食人花を斬り裂く。次々と上がっていく咆哮。それにベートは鼻を鳴らしてレフィーヤの元に近づく。

 

「ここはテメェがなんとかしろ、俺はアイズのところに行く」

 

「……ッ」

 

「いいか、お前は雑魚だが、その魔力だけは認めてやる。今ここでリヴェリアを、クソババアを超えてみろ!」

 

 そう言い残して消えていく強者にレフィーヤは静かに震える。今の自分にできることはただ一つだけ。前で戦う冒険者に魔法を届けることだけ。

 

「──私を守ってください」

 

「任せていいのですか?」

 

「──私は、魔導士です!私を守ってくれるあなたたちを救ってみせる!」

 

「……陣形を整えます、全員【千の妖精(サウザンド・エルフ)】を死守しなさい!」

 

『うおおおおおおおおお!』

 

 アスフィは碧眼の瞳を見て指示を飛ばす。命賭けの防衛戦が始まろうとしていた。既に数えきれない食人花を切り捨てながらラグナはその身をボロボロにしていた。

 

既に上半身を纏っている戦闘衣は消え失せており、筋肉質な肉体が血に濡れている。誓約代償の力である自動回復(オートヒール)の効果はラグナが思っている以上に強く致命傷ですら回復できる。

 

それを知ったラグナは防御を完全に捨てた特攻をしており、全身を触手の嵐が突き刺さり、骨が何度も砕け、内臓すら損傷する。全身を痛みが襲ってもなお進み続ける。

 

仲間のため。目標のため。辿り着くべき未来のため。英雄の代わりが務まるように必死に肉体を酷使する。

 

『【ウィーシェの名のもとに願う】』

 

「ッ!」

 

 聞こえたのは妖精の歌声、そして溢れんばかりの魔力。それによってラグナに群がっていた食人花の姿が激減する。レフィーヤ・ウィリディス。ソード・オラトリアにおいてもう一人の主人公の立場として死闘を潜り抜ける少女。

 

その少女が命を賭して魔法を行使しようとしている。それを知ったラグナは黒剣を握りしめてさらに戦闘の速度を上げた。

 

「【森の先人よ、誇り高き同胞よ、我が声に応じて草原へと来れ。繋ぐ絆、楽園の契り、円環を廻し舞い踊れ】」

 

 高らかに澱みのない詠唱。レフィーヤの魔力に寄せられて群がる食人花を虎人が斬り裂き、盗賊が触手を斬り裂き、アスフィが『飛翔靴(タラリア)』を使用して空中から爆炸薬を振り撒き勢いを削ぐ。

 

「【至れ、妖精の輪】」

 

 限界まで高まった士気により【ヘルメス・ファミリア】普段よりも連携が早く、戦闘力するも向上させていた。それにより一体の怪物も通すことを許さない。

 

「【どうか──力を貸し与えてほしい】」

 

「【エルフ・リング】」

 

 山吹色の魔法円が翡翠色に変化する。【千の妖精(サウザンド・エルフ)】の二つ名の通り、彼女は同族である妖精の魔法を召喚することができる。これまでの迷宮都市の歴史でも類を見ない希少魔法(レアマジック)であり、これによって彼女は理論上千以上の魔法を行使できる。

 

「クソッ!デカブツが来やがった!」

 

 まだ詠唱は続く。なのに奥から現れたのは小型の食人花よりも何倍も巨大な食人花数体だった。

 

「どくんだ!」

 

「お、おい!」

 

「【盾となれ、破邪の聖杯(さかずき)】」

 

 超短文詠唱により魔法が即座に完成する。冒険者たちが息を呑む中で魔法名が唱えられる。

 

「【ディオ・グレイル】!」

 

 右手を前に突き出して放たれた巨大な聖なる壁が怪物を押し留めた。

 

「【間もなく、焔は放たれる】」

 

「【忍び寄る戦火、免れえぬ破滅。開戦の角笛は高らかに鳴り響き、暴虐なる争乱が全てを包み込む】」

 

「【至れ、紅蓮の炎、無慈悲の猛火。汝は業火の化身なり】」

 

 高速詠唱の技術を持って勝利を歌を紡ぎ続ける。碧眼の瞳には常に黒髪の少年が映っている。目を覆いたくなるほどの損傷を負いながら驚異の回復力で、狂戦士(バーサーカー)のように蹂躙する。妖精に好まれそうな騎士の顔立ちに戦の鬼を宿しながら戦う。

 

「【ことごとくを一掃し、大いなる戦乱に幕引きを】」

 

「【焼きつくせ、スルトの剣──我が名はアールヴ】!」

 

 大空洞中に広がる魔法円。その魔法が完成する。

 

「【レア・ラーヴァテイン】!」

 

 勇ましい声と共に魔法が召喚される。魔法円から射出して天井まで突き刺さる紅蓮の炎。その炎の残滅力により次々も食人花が灰燼と化す。ラグナが交戦していた食人花も炎によって消滅して、その威力に瞠目する。

 

最後の一体が消滅したのを見届けてラグナは膝を突いた。そして『スキル』を解除する。

 

「──が、ぁ」

 

 地面にこぼれる血液。『誓約代償』を解除したことによって、その反動が一気に襲いかかる。レベル2の器でレベル4の能力を扱いすぎた弊害だろうか。それとも魂が擦り減った結果か。薄れゆく意識の中でもラグナは不屈の精神により気絶はしない。

 

「──大丈夫ですか!?」

 

「ぁ、アスフィさん……無事ですか?」

 

「傷こそ負っていますが、平気です。他の団員も無事です、ラグナさんは……?」

 

「────」

 

「……気絶している」

 

 間違いなく今回の戦い。少年の活躍がなければ【ヘルメス・ファミリア】には甚大な被害を受けていただろう。それどころか全滅まであり得たかもしれない。それを救ってくれた少年に深い感謝を示しながらアスフィはラグナを背中に抱えて撤退準備を始めるのだった。

 

 

 




『誓約代償』補足説明。
倍加した能力を無理に行使すると身体が砕け散るのを自動回復が保護しています、そのため身体には絶え間ない激痛が走りますが、ラグナくんは『ケラノウス』で内側からの痛みに強くなっており、話の中では一切痛がっておりません。
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