主人公が女の子になるのは間違っているだろうか 作:エルフ好き
【ディアンケヒト・ファミリア】の談話室のソファーに座るのは黒髪の少年ラグナと治療院で入院している白髪の少女ベルだった。
お見舞いのために足を運んだわけではなく、治療師の人間がわざわざ教会までに『ディアンケヒト様がお呼びです』と伝えに来て今に至る。
「待たせたな」
「久しぶりだな、ラグナ」
「ディアンケヒト様とミアハ様……お久しぶりです」
老人のような白い髪の医神と若々しく容姿端麗の男神。その二柱に立ち上がって挨拶をするラグナ。薬の製作をミアハに頼んだのは冒険者になってすぐのことだった。そこから会う機会はなかったが、ミアハのおかげでベルの発作の薬が完成に向かったのは間違いない。
「単刀直入に話そう。まず、発作を抑える薬は完成した」
ディアンケヒトは瓶に入れられている黄金の液体を机に置いた。10階層の霧に乗じて隠れている
あの
「材料さえあれば薬は作れる」
「また10階層で探す必要があるってことですね」
「そうだ、そして検査の過程でわかったことだが、ベルの症状は
「軽い、ですか?」
「そうだ。本来ならば『毒』『麻痺』『機能障害』などあらゆる状態異常が身を襲うことになる。だがベルにはその症状が見られん」
「症状が進行すれば、このいずれかが発症する可能性が高い」
「……そんな」
その言葉にラグナは震えるしかなかった。その状態異常の数々がベルを襲う未来を想像して拳を強く握りしめる。
「それは解毒薬でも治せないほど強い呪いだ。それを抱えながらダンジョン探索は難しいだろうと私たちは考える」
「ベルよ、覚悟はあるのか?」
数多の状態異常を抱えながら戦いに挑む。それは想像を絶するほど過酷なものであり、無限に湧き出るダンジョンでは凄まじい
「……僕の力が必要とされるなら、どこにだって行きます」
「その先が地獄でもか?」
「はい。その末路がどんなものでも、僕はラグナの隣に立っていたい」
「……ベル」
その深紅の瞳と灰色の瞳に宿る意思を感じとった医神は静かに頷くしかなかった。
「ならば【ディアンケヒト・ファミリア】は全面的に協力しよう」
「協力、ですか!?」
「ああ。回復薬、治療施設。要望があるなら言え、最大限支援しようではないか」
【ディアンケヒト・ファミリア】は都市随一の医療系のファミリアである。その力を借りれるのはファミリアにとって大きいものであり、ラグナはその言葉にしばらく固まった。
「私たち【ミアハ・ファミリア】も【ディアンケヒト・ファミリア】より力はないが、それでも協力しよう」
「ミアハ様も……本当にいいんですか?」
「なぁに、お前らが最下層に辿り着いて請求するだけよ、ふははははははは!……だからこそ死ぬな、ラグナ。絶対にベルを守り抜け」
「……はい。絶対に守ります」
ディアンケヒトの瞳に貫かれてラグナは頷き答える。ベルは命に代えても守ってみせる。その意思に満足した医神はもう一度大笑いを響かせるのだった。
⬛︎
早朝である。未だに空が青白く、太陽が昇っていない時刻。【ロキ・ファミリア】ホーム『黄昏の館』の庭で杖がぶつかり合う。
長杖で襲いかかるのは翡翠色の髪と瞳のハイエルフ、リヴェリア・リヨス・アールヴであり、その長杖をブラウンの髪を靡かせるエイナが必死に受け止める。
「うっ!?」
「杖にだけ注視するのは良くない、敵の全体の動きを把握しろ」
「は、はい!」
昨日の話し合いの末にエイナとリヴェリアは師弟関係を結んでいた。そして本日の早朝から早速訓練を開始していたのだった。その訓練内容は単純で杖術という、後衛が最低限身を守る術を教わっているのだった。
後衛魔導士の仕事は支援を届けるか前線に火力を届けるかの二択である。だがダンジョンという無限に怪物が産まれる場所では後衛も最低限の防衛術を学んでいなければ危険極まりない。
そのため詠唱術や魔法に関するものよりも先に杖術を学んでいた。とはいえ受付嬢で戦闘経験もなく運動も得意でないエイナは習得に苦戦していた。溢れ落ちる汗、学区にいた頃に戦闘について学んでいればと後悔する。
「そうだな……一度杖術の訓練は終わろう。次は魔法だな」
「わ、わかりました」
「少し待っててくれ、レフィーヤを呼んでくる」
その間は休息を取っていていい。そう言われてエイナは地面にへたりこみ、荒い息を必死に整える。額からこぼれる汗が何滴も地面に滴り落ちる。
改めて自分は運動が得意ではないことを再認識する。冒険者という職業で、この不得意は大きな弱点になる。支援魔導士という立場であるエイナだが、いつまでも守ってもらうだけでは足を引っ張ってしまう。
この不得意を克服するために与えられた《マグル・ステッキ》で素振りを始めるのだった。
十分後、リヴェリアは山吹色の髪の少女と共にエイナの元に戻って来る。それに気づいたエイナは軽くレフィーヤと会釈する。
「私の弟子のレフィーヤだ。そして新しく私の弟子となったエイナだ」
「よ、よろしくお願いしますエイナ・チュールです。【
「い、いえ……わ、私なんてまだまだで……レフィーヤ・ウィリディスです。お、お願いします」
お互いに緊張しながらも握手を交わす。エイナの情報についてレフィーヤはリヴェリアから聞いていた。
【ヘスティア・ファミリア】所属の支援魔導士であり、リヴェリアと同じ特性の魔法を発現させた才能の原石。【ヘスティア・ファミリア】といえばレフィーヤの脳裏に焼きついているのは黒髪の少年であり、24階層の食糧庫の戦いは夢にも出てくるほど。
そんな少年との関係者でもあり、尊敬するリヴェリアと同じアールヴの血を継いでいる妖精にレフィーヤは極度に緊張していたのだった。
「早速だが、エイナ。魔法を見せてくれないか?」
「魔法、ですね。わかりました」
そうして杖を握り、魔力を解放させるエイナ。そのまま魔法の詠唱を始めるのだった。
⬛︎
「本当にダンジョンに行くのか?」
噴水広場でラグナは白髪の少女に問いかける。それに頷きだけ返すベルに本当に大丈夫かと心配の表情を浮かべた。
今日も通常探索の予定だったが退院したベルを見て今日は急遽休みを取ろうと思っていたのだが、ベルはどうしてもダンジョンに向かいたいと言い出したのである。
流石にいきなりダンジョンは危ないと言ったが聞く様子はなく、仕方なく待ち合わせ場所である噴水広場に来たのだった。しばらく待っていると
「ベル様、退院なさったんですか!?」
「うん、さっきのことだけど……今日からまたダンジョン探索に復帰するよ」
「ベル様がいるなら百人力です……!」
ベルという最恐の魔導士の復帰に素直に喜ぶリリ。そして見ない顔であるヴェルフと目が合う。
ヴェルフも白髪の少女の顔を見て息を呑んだ。雪のような純白の髪を腰まで伸ばしており、その病的なまでに白い肌には目が引き寄せられる。そして灰色の瞳と
そしてハッと気を取り直して自己紹介を始める。
「……お前がベル・クラネルか、しばらくパーティーに加わらせてもらってるヴェルフ・クロッゾだ、よろしく頼む」
「ここに来る途中で聞きました。腕利きの鍛治師だって、よろしくお願いします」
「腕利き、か……まだ何も作れてないんだけどな」
ラグナの【魔法】に耐える鎧を打つには鍛治のアビリティが必須、そのためにダンジョンに潜ってはいるが、偉業と呼ばれるものを成し遂げるにはまだ遠そうだった。
「ところで退院ってどういうことだ?」
「ベル、話しても大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ」
「……実は」
ベルの了承を得てラグナは病気について話し始める。治療法や治療薬のない不治の病が白髪の少女を蝕んでいること、それを治す薬の材料を手に入れるためダンジョン最下層を目指していること。それを聞いてヴェルフは凍りついていた。
「……すまん、言いづらいことを聞いたな」
「いえ、パーティーを組む以上は事情は説明しておきたかったので」
「そうか、俺にできることがあったら言ってくれ。なんだって力になる」
鍛治のアビリティを取得していない下級鍛治師だが、それでも役に立ちたいとヴェルフはラグナに告げた。その言葉に目を丸くしながらもラグナは微笑みを浮かべて「それじゃあ遠慮なく言います」と返すのだった。
エイナの到着までラグナたちは雑談に花を咲かせることになった。しばらく待っていると慌てた足音が耳に入る。
「ごめん、お待たせ……ってベルちゃん!?もしかして退院したの?」
遅れてやってきたエイナが白髪の少女の姿を見て目を剥いた。先程のリリと同じように早朝の出来事を話す。
「薬が完成したならひとまず良かった。退院おめでとう、ベルちゃん」
「……ありがとうございます、エイナさん」
「あの、エイナさんとても疲れてるみたいですけど……何かしてたんですか?」
「えーと、実は……リヴェリア様に訓練を付けてもらうことになってて……」
「リヴェリアさんに!?」
思ってもない人物の名前に驚愕する一同。エイナは昨日の出来事を簡単に説明した。
「エイナ様のお母様が都市最強の魔導士と親友の間柄ですか……凄い縁もあるものですね」
「それで、その杖は……?」
「これはリヴェリア様に貰ったものなんだけど……」
半ば強引にプレゼントされたものであり初心者が扱いやすいように計算されて作られた杖だった。とはいえ【ロキ・ファミリア】の武器庫から選ばれたものでありその値段はそこそこ高い。
そんなものをプレゼントされるなど恐れ多いと受け取るのを渋ったエイナだったが、これがないと訓練は始められないと言われて仕方なく受け取った一品である。
「魔導士らしくなりましたね!」
「そうだな、杖を持つといきなりらしくなるよな」
魔導士の象徴とも呼べる杖。それを持つことで魔力制御がやりやすくなったり、魔法の威力が上がったり、他にも様々な効果が現れる。しかし、それを作ることができる『魔術師』の数は少なく、さまざまな効果を持つ杖を得るためには相当な金額が必要になる。
「ベルは杖は欲しくないのか?」
「……僕の魔法は魔力制御が必要ないし、もう少しダンジョンで試してみて考えるよ」
「そうか、必要だったら遠慮なく言ってくれ」
お金なら【ソーマ・ファミリア】の件で使わなかったものが、残っている。そのため装備品などを充実させることはいつでも可能だ。武具は冒険者にとって命そのもの、改めて必要な装備品があればいつでも言ってほしいとパーティーメンバーに伝える。
そしてダンジョンに出発するのだった。
⬛︎
「【
ダンジョンに入って早々のこと、ラグナたちの前に現れた『コボルト』がベルの魔法によって砕け散った。その圧倒的な速度による最速最凶の一撃にエイナとヴェルフは絶句する。
「……改めて規格外の魔法だなぁ」
「……音の魔法」
「あんなの反応することもできねえだろ……」
もしも敵として相対した場合、身体能力で接近したとしても超短文詠唱による魔法の一撃で為す術もなく倒されるだろう。そんな心強い魔導士に各々が震え上がる。
病を抱えている少女が持ち合わせている魔女の一撃に全員が瞠目する。そして釘付けになっているラグナたちに振り返り、ベルは首を傾げながら口を開く。
「先に進もう?」
「……ああ」
そのままパーティーは10階層を目指して進んでいく。
⬛︎
ダンジョン10階層。ほとんどの敵をベルの魔法で駆逐してラグナの出番はほとんどなかったが、この領域から怪物の量も質も上昇する。
『ブヒィィイイイイイ!』
最初に襲い掛かってきたのは『オーク』の集団であり、天然武器を装備して襲い掛かってくる。大型級の怪物の大量出現に武器を構える中で、ラグナは後方で見守ることにした。
それは単純にラグナが戦えば即座に戦闘が終了してしまうための配慮であり、味方に経験値を取得させるための作戦であった。そんな後方にいるラグナに白髪の少女が駆け寄ってくる。
「ラグナ、武器を貸してくれない?」
「武器を?別にいいけど、何かするのか?」
「うん、ちょっと見ていて」
どういう意図だろうと首を傾げながら白色の鞘から《聖火剣》を引き抜き、そして差し出す。ベルは刀のような形状の剣を感触を確かめるように握りしめて、そのままオークの集団に走り出した。
疾走は速くない。ベルは恩恵によって身体能力が向上しているとはいえ【スキル】の影響によって一般人レベルにまで下がってしまっている。ラグナがぎょっとしながらいつでも守れるように前傾姿勢を取る。
『プギィ……!』
ご馳走が目の前に来たとオークが醜く笑う。そのオークの集団を瞬く間に斬りつけていく。レベル3のラグナでようやく追えるほどの剣速、それによって怪物は瞬く間に解体され消滅した。
「……え?」
それはラグナが教わってきたゼウスの剣技であり、未だに習得できないと思っている神がかりの動き。それをそっくりに模倣したのだと理解するが、頭が混乱に包まれる。
今まで武器なんて持ったこともなかったはず。だか、その技術はラグナを上回っており、その才能の怪物に冷や汗を流す。
驚いたのはラグナだけじゃなく、エイナやリリ、ヴェルフまでもか言葉を失っていた。剣技などに詳しくなくてもわかるほど完璧に近い剣技。それを魔導士の少女が放った事実を受け入れられない。
「ベル、それは……?」
「お祖父ちゃんの動きを真似してみただけ。ずっと見てたから、
ここまでの斬撃は《聖火剣》の影響が大きいだろうけどと続けるベル。ずっと見てただけで、練習しただけで、あの祖父の剣技を模倣した。
──才渦の怪物。
魔法だけではなく、その圧倒的な才能までも受け継いでいた。熾烈なる剣技、凄絶なる魔法、それに加えて【英雄一途】という【スキル】。彼女がどこまで化け物となるのかラグナには想像できなかった。