主人公が女の子になるのは間違っているだろうか   作:エルフ好き

56 / 64
56話 血筋

 

 太陽が英雄の都を暖かく照らす。その日差しに晒されながら、剣戟が響き渡るのは壁上だった。まるでダンスでも踊っているかのように流れるような攻防を繰り広げるのは黒髪の少年ラグナと金髪の少女アイズだった。

 

──動きが変わってきてる。

 

 剣の鞘で攻撃を受け流しながらアイズはラグナの動きの変化に気づいた。彼はアイズが受けた依頼で激戦を繰り広げた結果、現在のレベルは3と第三級冒険者に登り詰めている。それは【スキル】の影響が大きく、普通の冒険者では不可能なこと。

 

前代未聞の成長。それによって引き起こされる器と肉体のズレ。それを調整するには相当量の時間が必要であり、全能感を律して能力を制御しなければならない。それがアイズとの訓練によって徐々に繊細な動きを取り戻しつつあった。

 

「──ふッ!」

 

「っ!」

 

 一撃の重みが鞘から全身に伝わる。既にレベル3の中でも抜きん出ている『ステイタス』にアイズは何度も衝撃を受けていた。最初の訓練の時の彼はいない。今目の前にいるのは僅かな期間で英雄の道を駆け登っている冒険者。

 

「(……凄い!)」

 

 訓練の最中で思い出すのは記憶の奥底で眠る大英雄()の剣技。アイズの戦闘スタイルの原点であり、アイズ自身は同じ剣技を習得することができなかった。そんな最強の剣技と近しいものを目の前の少年から感じてアイズはどこか安らぎを感じていた。

 

ずっとこの時間が続いてほしい。そんな願いすら抱くほどアイズは訓練の時間に幸福を感じていた。

 

だがそうも言ってられない。24階層の食糧庫以前から発生する問題で必ず現れる赤髪の怪人(クリーチャー)。第一級冒険者以上の力を持っている敵がいる。何より目の前の少年も同じく戦っている以上、アイズは彼の尊敬の対象となれるように格好のいい冒険者にならなければ。

 

「……剣技は問題ないと思う。けど、駆け引きが甘い。能力に頼り切りになっているのと、本命の攻撃を散らすことも大切」

 

「本命の攻撃を散らす……」

 

「うん、体術をもっと駆使したり……手数を増やすといいと思う」

 

 180C(セルチ)という恵まれた体格。騎士のようにスラリと伸びた手足は戦いにおいて大きなアドバンテージを発揮する。打撃に蹴撃が十分に必殺となる。それを活かさないなんてありえないだろう。

 

「……ラグナは小さい頃から鍛えてたの?」

 

「はい、三歳くらいから……色々と教わってました」

 

「三歳から?」

 

「説明は難しいんですけど、戦いに詳しい育ての親がいて……」

 

 幼少期に鍛えすぎると身長や筋肉に大きな悪影響を与える。そのため、その育ての親の計画通りに肉体を鍛えられたという。故郷である山奥を永遠と走り回り、怪物と戦わされることもあったという。なんて過酷修行(スパルタ)だとアイズは震えそうになった。

 

アイズも冒険者になって戦い始めたのが七歳の頃である。それでも十二分に早く、三歳なんて幼児と呼べるほど幼い。そんな子供が恩恵なしに怪物と戦わされる経験なんて想像しただけで恐ろしい。しかし、それを乗り越える精神力を少年は持ち合わせていた。

 

その結果、剣士として理想の肉体をその身に宿していた。それを手に入れるために一体どれほどの過酷と向き合って来たのだろうか。改めて、その精神の強さにアイズは瞠目した。

 

そして訓練を再開させるため立ち上がり距離を取る。

 

「……あの、アイズさん。ごめんなさい、本気出してくれませんか?」

 

「本気って……」

 

「昔の訓練を思い出すと、なんか物足りないというか……俺も死に物狂いでやりたくて……」

 

 命の危機。それがある状況だとラグナは実力以上の強さを発揮することを自覚していた。それは『戦いの野(フォールクヴァング)』で行われる洗礼で自覚したことであり、側から見ればドMとしかいいようのない発言にアイズがやっぱり……と目を見開いて頷く。

 

「でも、大丈夫?この場所は……」

 

 壁上でありアイズが吹き飛ばせば高所から落下する危険性がある。だから心配そうにアイズが周りを見渡すがラグナは首を振る。

 

「──全く問題ないので、お願いします」

 

「わかった、それじゃあ……行くよ」

 

 そして金属同士のぶつかる音が響き渡るのだった。

 

⬛︎

 

 【ロキ・ファミリア】ホーム、黄昏の館。その書庫でブラウンの髪色の半妖精と山吹色の妖精がハイエルフの第一級冒険者を教師に勉強に励んでいた。

 

「魔導士において一番重要なのは『大木の心』を持つことだ。どんな状況でも冷静に呪文を紡ぐこと。特に三つ以上の魔法を扱うことになるエイナとレフィーヤ、お前たちにはより必要になる」

 

 この都市で、いや世界から見ても三つ以上の魔法を扱える存在はリヴェリア、レフィーヤだけである。そして将来的にエイナも四つ以上の魔法を操ることになる。

 

「魔導士として魔法が複数扱えることはとてつもないアドバンテージになる。だが反面、技術も精神も未熟なものには手の余る代物となる」

 

 例えるなら目の前に武器がある。それは剣だったり槍だったり、あらゆる特性や威力が違うものだ。複数の魔法が扱える魔導士はその時に応じて最適な魔法を選択する必要がある。

 

魔導士という役割は一つのミスで前衛の、仲間の命を危機に晒すことになる。だからこそ選択の重みが他の魔導士とは圧倒的に違う。

 

「それを完全に扱うためにも不動なる精神を磨かなければならない」

 

「……精神を磨くにはどうすればいいのでしょうか?」

 

「知識、経験を積むこと。そしてあらゆる最悪を想定することだ」

 

「あらゆる最悪……?」

 

「そうだ。異常事態というのはどんな時にでも起こりうるものだ。特にダンジョンは悪辣で冒険者の精神を揺さぶってくる」

 

 怪物の大量発生はもちろん、他にも様々な異常事態は発生する。それを覚悟もなしに遭遇すれば動揺して魔力の制御を失うこともある。そうなれば魔導士のために命を張ってる前衛を殺すことになり、前衛が死ねば当然後衛すら怪物の餌食となる。

 

だからこそ常に最悪を想定することは冒険者にとって、魔導士にとって必要な考えである。とはいえ、いくら覚悟をしていたとしてもダンジョンの突然異常は想像を超える。だからこそ最後に必要になるのは積み重ねとなるとリヴェリアは話す。

 

「エイナ。お前の魔法の支援効果は凄まじいものがある」

 

「……はい」

 

「第一階位の『マギマ・レイル』の治癒能力も、第二階位の『マギガ・リルガ』の力と敏捷の能力上昇も、並の支援魔導士よりも圧倒的だ」

 

 昨日披露したエイナの『マギナ・ラグナ』という魔法はリヴェリアもレフィーヤも目を剥くほどの向上効果があった。第一階位と第二階位だけで支援魔導士としては重宝されるだろう魔法。

 

だがそれよりも遥かに恐ろしい魔法は第三階位の『マギア・アルヴィス』であり、長文詠唱から放たれる支援魔法の効果は全能力の向上であり、更には五感の強化まで行うというもの。

 

それを集団に付与することができる彼女の魔法は大規模な戦闘、特に階層主戦などで特に効果を発揮するだろう魔法。

 

「それに加えて詠唱連結まで加わることで、お前の魔法は仲間を異次元に強化することができる。そんな魔法を持つお前が磨くべきなのは詠唱術なのだろうが、ダンジョンで生き残るための術があまりにも足りない」

 

 駆け出しの初心者冒険者が、この魔法を十二分に扱うためにはエイナは何もかもが足りない。才能を扱うための技量が足りなすぎることをエイナは自覚して歯噛みする。

 

「だからこそ私は鬼となって、お前を導こう。そして──レフィーヤ」

 

「は、はい!」

 

「お前も姉弟子としてエイナに教えてやれ」

 

「お、教えてやれって……私がですか!?」

 

 唐突な指名に碧眼の瞳が丸くなった。【ロキ・ファミリア】の主戦力の魔導士として名を挙げている彼女は人に教えた経験などほとんどなく、自信などあるわけがない。

 

「指導をすることで見えてくる景色はある。何よりこれから下の者を導くことにもなるだろう」

 

「それは……そうかもしれませんが……」

 

「……レフィーヤさん。お願いします、先輩冒険者としてどうかご指導を!」

 

「せ、先輩冒険者……」

 

 その言葉にゴクリと喉を鳴らす。重圧感を肩に感じながら「わ、分かりました……私でよかったら」と頷くのだった。

 

⬛︎

 

「……おいおい、一体何をしてたんだ?」

 

 赤髪の鍛治師ヴェルフ・クロッゾは黒髪の少年の姿を見て動揺した。普段の戦闘衣が穴だらけになり、その肉体には凄まじい剣撃の跡が刻まれていた。

 

「訓練をちょっと。ボコボコのメタメタにされてきました……」

 

 第一級冒険者の力を肉体で味わい尽くして全身に激痛が走っているが平気そうに笑った。一体どんな訓練をしていたのかとヴェルフが戦慄を走らせる中で、ゆったりとした足取りで白髪の少女が姿を見せる。

 

「あ、ベル。どこ行ってたんだ?」

 

「リューさんのところ。久しぶりに訓練を付けてもらいに」

 

「本格的に魔法戦士に転向するつもりなんだな」

 

 それにベルは静かに頷く。魔法戦士という役割ならば【疾風】リュー・リオンはトップクラスの経験と力量を持っている。そんな彼女は魔法戦士となるベルにとって理想の師匠だろう。とはいえ、ラグナとしては心配事もある。

 

「……心配してるの?」

 

「まあな。攻撃の矢面に立つのは前衛だから」

 

 近距離も中距離も遠距離すらも冒険者として最凶の才能を持つベルだが、それでも明確な弱点は存在する。それは長時間の戦闘ができないことだ。上層の敵は全て瞬殺しているため今は表に出ていないが、戦闘に時間が掛かれば症状が進行する。

 

その果てには発作、もしくは病気の進行による状態異常の発生すら考えられる。だからこそ連続で怪物と接敵する前衛という職業は大きなリスクも存在する。

 

「……無理するなよ」

 

「それ、僕に言うこと?無茶してるのはラグナでしょ……?」

 

「あ」

 

 ボロボロの肉体にベルの白い手が触れる。どれだけ容赦のない一撃を喰らったのか、骨にまで罅が入っていることをベルは直感で知る。触れても表情一つ変えない少年に呆れつつ、ジト目で見つめる。

 

「誰にやられたの?」

 

「えーと、それは……」

 

「──もしかして【剣姫】?」

 

──ギクゥ!

 

そんな効果音が聞こえそうなほどラグナは分かりやすく目を逸らした。それにベルは静かに純白の魔力を纏い始める。嫌な予感、いや想像はしていた。入院している間に変な女が寄ってきていないかと。

 

半妖精のエイナはまだいい。ラグナに不躾な視線は向けているが、あくまでも同じ眷属として仲間として接しているからだ。リリも同じくラグナに熱い視線を向けているが、彼女には恩があるためまだマシ。

 

だがあの女は違う。容姿も健康も肉体も、名誉も強さも持っている。その上で自身の唯一の存在であるラグナを奪おうとする『悪魔』だ。

 

「──殺す」

 

「ちょっと待って!あ、相手は第一級冒険者だぞ?」

 

「……関係ない。泥棒猫には制裁を与えないと付け上がる」

 

「ど、泥棒猫って……」

 

 不動の精神を持つラグナはベルの本気の怒りに震え上がった。故郷にいた時は怒ることはなく、こんな姿を見せることはなかった。迷宮都市に来てから無茶を重ね、そして女性と関わることによって受け継がれた神血が開花したのだ。

 

超絶破壊衝動女(ハイパーウルトラヒステリー)』の血を。あの祖父(クソジジイ)を追い続けるヤンデレを司る女神ヘラ。その血にラグナはひたすら怯えることしかできなかった。

 

助けを求めようとラグナは近くにいたヴェルフに目を向ける。だがヴェルフは真っ青とした顔で首をブンブンと振る。あれは関わっちゃいけないと男の直感が囁いていたのだ。ラグナは頼みの綱が消えたと絶望する。

 

「……待て待て、ベル。アイズさんに」

 

「名前?」

 

「……ヴァレンシュタインさんに傷つけば、【ロキ・ファミリア】と抗争になる。そうなればヘスティア様やみんなだって無事じゃ済まないぞ」

 

「……」

 

 ラグナの絞り出した説得。それにベルは徐々に純白の魔力を沈めていった。

 

「あ、諦めてくれたか?」

 

「……ヘスティア様には恩があるから。ラグナは今後【剣姫】に訓練を付けてもらうの?」

 

「……それは、お願いしようかなと思っている」

 

「……なら、僕も同行する。あの泥棒猫が変なことしないか見張らないと、ね」

 

 その言葉にラグナは頷くことしかできなかった。なぜなら今の彼女の背後にはドス黒い炎が渦巻いており、その恐ろしさには誰も逆らうことができないだろう。そうして数分後にリリとエイナが合流してダンジョンに出発するのだった。

 

⬛︎

 

「【福音(ゴスペル)】」

 

 ステイタス更新により飛躍した魔力によって強化された【サタナス・ヴェーリオン】がオークの魔石を貫き破壊する。その魔力によって威力がコントロールできないのか、それとも怒りからか過剰殺傷(オーバーキル)が巻き起こっていた。

 

「こ、怖い……ベル様が怖い……」

 

「ここまで全部のモンスターを殺して回ってるぞ……」

 

「……すごい」

 

 飛躍した【ステイタス】によってベルの全ての動きが繊細に、そして強力となっている。その【ステイタス】に振り回されることもなく、すぐさま適応したのも彼女の才能あってのことだろう。

 

「……私も頑張らなきゃ」

 

 杖を握り締めてエイナは強くなるために詠唱を唇に乗せる。ヴェルフも負けじと大剣を構えて走り出す。いつまで才能の怪物に圧倒されていては自分たちは成長できない。だからこそ眦を決して戦いに挑むのだった。

 

「……ラグナ様は、リリはどうすれば良いと思いますか?」

 

 後方で見守るラグナにリリが近づき問いかける。その言葉にラグナはどういうことだと返し、首を傾げる。

 

「ラグナ様の【スキル】は小人族(パルゥム)のリリでも、強くなれる可能性を秘めています。その恩恵を受けている以上、リリもサポーターはやめて戦った方がいいのでは……そう思っているのです」

 

「……焦る必要はない。今の状態でリリには十二分に活躍してもらってる」

 

 魔石を拾う作業も。道具や回復薬を運ぶことも。パーティーの潤滑油として頼りにしている。ラグナとしては変わる必要はないと考える。

 

「ここから先、ラグナ様たちが目指す先は深層。最下層です。そんな場所でサポーターの小人族の役目があるのか……」

 

 今なら戦闘職に転向することはできる。だからこその相談にラグナはしばらく思考を巡らせる。

 

小人族は最弱の種族と呼ばれるほど他の種族と比べて優れた能力がない。力も魔法も敏捷性も、あらゆるものが他種族に劣る。そのため上級冒険者の数は少ない。

 

リリも冒険者になった頃は戦闘職として戦おうとしていた。しかし、小人族の現実を思い知って雑用を任され、気づけばサポーターという役目に落ち着いた。

 

だがラグナの【英雄憧導(アルゴノゥト)】の効果を知って、自分の道にも色々あることを知った。

 

「……リリはラグナ様とベル様と共に冒険したい。そのためならなんだってしたいんです」

 

 その言葉にラグナは衝撃を受ける。ここまでの覚悟を目の前の少女が持っていてくれたことに。だからこそ、ここから先はリリルカ・アーデの運命を決定付けるものであり、慎重にならないといけないこと。

 

元々、ラグナが考えていたのはサポーター兼指揮官という役割である。後方でベルとエイナと同じ位置に立って、指示を飛ばす姿を想像していた。

 

だからこそ彼女が戦闘職として前に出る。そんな姿を想像することが難しく、身近な小人族の冒険者である【勇者(ブレイバー)】を思い出した。戦闘も指示をこなせる。勇者の名に相応しい冒険者。小人族の一族の希望の光であり、英雄の座を約束されている冒険者である。

 

そんな冒険者になれ。なんて口が裂けても言えない。あそこまでの冒険者に至るなど地獄をいくら潜らないといけないのか想像すらできないからだ。

 

では無理だから戦闘職は諦めろ。そう言うことは彼女の覚悟を踏み躙る行為であり、仲間としてそんな行為はできない。

 

「わかった。一度、武器を握ってみよう。ただ最初に言った通り、リリには十分に活躍してもらってる。だからこそ焦る必要は絶対にないんだ」

 

「……はい」

 

「ただ、リリがいてくれるだけで俺は頼もしいと感じてる。だから戦えなくても気にしなくていいんだ」

 

 前で戦うこと。それは覚悟と修練が必要不可欠だ。それを身に沁みて理解しているラグナは彼女の道が過酷となることを理解していた。何より彼女は小人族、普通の冒険者よりも戦いの難易度は高い。だからこそラグナは彼女が気に病まないように、そう話すのだった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。