主人公が女の子になるのは間違っているだろうか 作:エルフ好き
「──ふざけないで」
白髪の少女は怒っていた。その深紅と灰色の瞳を細め、身体から発せられる純白の魔力が煌めきを放ち、凄まじい圧を放っていた。
「どうして【剣姫】の依頼に同行なんか……しかも、その末に【スキル】なんて使って……死にたいの!?」
「ッ」
ベルが怒っている理由は一つだった。黒髪の少年ラグナが独断で【剣姫】と同行した結果、起こった様々な出来事。その一つである【
魂の摩耗の代わりに第一級冒険者と肩を並べられるほどに自身を強化する【スキル】であり、それを24階層の食糧庫で使ってしまったのである。
もちろん命の危機、異常事態の連続。あらゆることが重なった結果なのだろう。それでも元は第一級冒険者の依頼に同行しなければいい話であり、そこに対してベルは怒りが収まらなかった。
「……ベル様」
それを見てリリは拳を握りしめる。ラグナが発現させている【スキル】のことを先程リリは知った。その代償の重さ、それに気づかないほどリリは愚鈍ではない、何よりベルがあれほど怒る姿を見れば嫌でも気づく。
【スキル】の使用。それをリリは咎める気にはなれない。なぜなら聞いているだけで頭が痛くなるような
深層級の新種の怪物である『食人花』はもちろん。第一級冒険者に相当する怪人《クリーチャー》などを相手にして生還しただけで偉業。生きていてくれてよかったと、安心するほどだった。
それは白髪の少女も同じだろう。それでも怒らないと黒髪の少年は勝手にどこか遠いところで死んでしまう。そんな必死な想いをぶつけられてラグナは真っ直ぐと言葉を受け止めていた。
「……頼ってくれないのは、僕が弱いから?」
「違う。あの時は時間もなかった、何より俺の独断で同行を決めた。それに巻き込めなかったんだ……!ベルが弱いなんて思ったことは一度もない」
「それは本当なの?もし僕たちがラグナと同等、それ以上に強かったなら……頼ってくれてたんじゃないの?」
「それは──」
もしもベルがリリがエイナが。レベル2、いや第一級冒険者ほど強かったなら。頼っていたかもしれない。そう思ってしまってラグナは言葉を詰まらせた。だからこそベルの瞳は揺れ、拳は握りしめられる。
どこかに飛び立ちそうな決意を刻んだ瞳を見てラグナは震えた。そして、そんな少女の手を握ったのはブラウンの髪色を揺らす
「……ベルちゃん。私も今は同じ気持ちだよ」
「同じ気持ちって……なに?」
「……強くなりたい。強くならないとラグナくんは一人で危険な戦場で戦う、私たちを置いてたった一人で。だから誰よりも強くなりたい、それが今の私の気持ち。ベルちゃんと同じじゃないかな?」
そのエイナの言葉にベルは小さく頷く。そうだ、同じ想いだ。誰よりも、少年よりも強くならないと彼は救えない。それがわかって心と身体は暴れ回りたい気分であり、今すぐダンジョンに特攻したい気持ちだった。
エイナも、自身の力不足に心を震わせていた。少年がエイナを頼れない理由は分かりきっている。それは単純な力不足である。
ダンジョンの知識こそ豊富なエイナだが、他の全てに関しては平均的な冒険者よりも劣っている。肉体も精神も、あらゆる面において未熟。才能こそ王血を引いているため誰よりも恵まれている。それでも少年が頼れるような存在にはなれていない。
それが悔しく、エイナは今まで以上に強くならねば大切なものを失うと理解して覚悟を決めていた。そのエメラルドの瞳は美しく、漆黒の瞳を穿つ。
「──ラグナくん。私たちは君のことが大切。だから君も自分自身を大切にしてほしい」
「……エイナさん」
「自分のことを大切にする。冒険者としても、人間としても当たり前のことを、しっかりしてほしいの」
例えばエイナが魔法発現した当初のこと。彼は治癒魔法を確かめるため、その拳を傷つけた。他にも自分を大切にしていない行動は共に行動していて感じていたこと。
だからこそ今回の件も同じようなことが起こったとエイナは考えている。それは英雄思想による行動で、それこそ少年の良いところなのかもしれない。しかし、それで少年が傷つくことは看過できるものではない。
「リリもエイナ様と同意見です。冒険者である以上、常に命賭け。時には自分を駒として扱い戦う必要がある。それでも自分を軽視しないことは大切なことだと、リリは思います」
「……そう、だな。自分のためにも、みんなのためにも俺は自分を大切にしないといけない」
それを刻み込むようにラグナは傷だらけの掌を見つめた。無茶が染み付いているラグナにとって、それは至難と呼べるものなのかもしれない。それでもみんなを心配させないためにも、意識を変えなければならないと考える。
「ベル。エイナさん。リリ。みんな、ごめんなさい。俺の身勝手で、ここまで悩ませてしまって……」
「……この件に関しては色々なことが重なったことだと、リリは考えます。責めるつもりはありません」
「私もリリちゃんと同じで責めるつもりなんてないよ。大事なのは次だと思う」
「……もう2回目。次に勝手なことをしたら、一生許さないから」
その三人の言葉にラグナは頷く。こんなことは二度と起こさない。今度は仲間を頼り、共に乗り越える。そう決意していると、黒髪のツインテールを揺らしてヘスティアが立った。
「──色々と話が落ち着いたら、これからのことについて話そうと思う」
「これから、ですか?」
「うん。まず『怪人案件』に対する対応だね。みんなもわかってると思うけど、この件はあまりにも危険だ」
「それは、はい。新種のモンスターはもちろんのことですが、その
「この件。普通なら手を引くのが間違いなく
「───まさか」
ベル、リリ、エイナの表情が固まる。ここまで来れば大体予想はつく。少年は『怪人案件』に関わる気なのだと。
「危険です!敵の戦力も目的も何もかも不明な戦場……そこにラグナ様が関わることなど……!」
「そう、ボクもそれが懸念事項だ。情報不足の状態でラグナくんを戦わせるつもりはないよ。だから都市最大派閥、【ロキ・ファミリア】と【ヘスティア・ファミリア】は一時的な協力関係を結んだんだ」
「協力関係……ですか!?」
「ああ。といっても『怪人案件』に関わる情報を得た場合は交換すること。そして戦いの際は増援として駆けつけること、それぐらいの協力関係さ」
しかしながら零細派閥が都市最大派閥と協力関係を結んだ事実に三人が衝撃を受ける。
「だからロキからの情報次第ではボクたちの動きも変わる。だから無理な戦いに挑むってことはない。けど、それでも戦うなら間違いなく危険が付き纏うのは間違いない」
「……この件に関わると決めたのは俺だ。だから本当は俺だけで対処するべきなんだと思う。けど、もしよかったらみんなの力を貸してほしい」
「……それはもちろんだよ。けど、どうして……この戦いに関わるの?」
「【ロキ・ファミリア】だけに『怪人案件』を押し付けることは違うと思った。あの冒険者たちに全てを任せて、知らんぷりはしたくなかった。俺の、我儘だ」
「我儘、か」
高潔。英雄とも呼べる精神。それによって危険な戦場に巻き込まれることに普通の冒険者ならば、ふざけろ!と怒るべきところなのだろう。しかし、少女たちは既に瞳に覚悟を宿している。
何を言っても少年は戦場から離れることはない。ならば、常に戦場で共にあろう。そして一人で戦わせないように、その背を──隣を守ればいい。
「ですが、戦力として戦うにはあまりにもリリたちでは能力不足です」
「レベル1じゃ……」
「ラグナ様の【
「……ラグナは急成長するには、ダンジョン以外で方法はあると思う?」
「急成長……俺がレベル1の時に一番能力値が上がったのは『洗礼』だと思う」
「洗礼、ですか?」
「えーと、説明するぞ」
『洗礼』についてラグナは説明する。【フレイヤ・ファミリア】で行われているレベル1からレベル4までが殺し合いを行う戦場。その場所はダンジョンよりも遥かに効率良く経験値を稼ぐことができたと語るラグナにリリたちは固まっていた。
そもそもなぜ【フレイヤ・ファミリア】と関わりがあるのか、それは一度置いておいて、強くなるための計画を練る。
「た、確かにレベル4などが混ざっている場所で戦うことは効率が良いのは間違いないです。しかし……」
「痛いし、苦しい。普通の精神じゃ乗り越えることは絶対にできないと思う」
あの戦場で『
しかし、ダンジョンよりも効率はいい。なぜなら敵は普通の冒険者より圧倒的な力量を持つ戦士が相手なのだから。
「でも、俺はベルたちをあそこで戦わせることは反対だ。効率が良くても、心が傷つく」
「だったら、やっぱりダンジョンだね」
「中層に挑む準備は整っています。リリは今日戦い始めたので、そこが唯一の不安要素ですが……」
「とりあえず中層に挑むということで、方針は決定しよう」
「──そして最初の話に戻るけど、これについても話し合おう」
ヘスティアは机に置かれた二冊の『
「魔法を増やすこと、それだけで【ヘスティア・ファミリア】にとって大きな力になる。ということで、誰が使うか話し合おう」
「まず、俺は使うつもりはない」
既に【ケラノウス】だけで手一杯であり、これ以上の地雷魔法が発現する可能性も考えると使用したくないとラグナは話す。だとすれば残りは三人、ベルとエイナとリリになる。
「僕は
「……え、エイナ様はともかくリリですか?」
「ああ。リリの『ステイタス』は魔力の伸びもいいし……変身魔法だけなのは勿体ないと思うから、いいと思う」
リリの魔法の空き欄は一つ。二つ目の空き欄を開放させて魔法が発現するのは低確率だが、それでも使う価値はあるだろうとラグナは考える。
「それじゃあ、エイナくんとサポーターくんが使うってことでいいね?」
「……はい」
「ひ、ひえぇ……わ、わかりました」
ヘスティアの言葉に頷き、二人は魔導書を抱きしめる。その価値が数千万だと思った途端に、とてつもなく重さを感じる。
「早速だけど、ここで使ってくれるかい?もしかしたら盗まれたりする可能性も十分に考えられるからね」
その言葉にコクリと頷き、エイナとリリは手に持つ魔導書の一頁をゆっくりと捲るのだった。
⬛︎
魔導書の使用。それによってエイナは真っ白な空間に立っていた。ふわふわと地に足が着かない感覚。しばらくすると目の前に現れるのはもう一人の自分。
ブラウンの髪色。エメラルドの瞳。
『始めるね』
エイナと全く同じ声色、口調で告げられる。何かが始まる、エイナは覚悟して身構える。
『あなたにとって魔法って、どんな存在?』
──自分に齎された不相応の武器。その力がないと私は何もできなくて、何の役にも立たない。不釣り合いの武器。
『あなたはどんな魔法が欲しい?』
──彼を守る魔法を。支えるだけじゃなく、彼を傷つける存在を倒せるような魔法が欲しい。
『怪物を、人を傷つけることになるかもしれないよ?』
──それでも、今のままじゃラグナくんを救えない。なら、変わらないといけない。
『じゃあ、最後。あなたはどんな魔導士になりたい?』
──リヴェリア様。
攻撃、防御、回復の全てをこなせる魔法を操る最強の魔導士。知識も精神も経験も、全てがエイナの理想の存在。そんな存在になることができたならば、きっと黒髪の少年を守れると確信していた。
──あの方みたいになりたい。
『不遜だね』
──それでも、ならないといけない。
惰弱、脆弱。この身を脱却するためには大きすぎる目標を抱く必要がある。その覚悟にもう一人のエイナはどこか寂しそうな表情をした後に笑った。
『なら、成し遂げないとね』
その言葉と共にエイナは冷や水を浴びせられたように、現実に引き戻されるのだった。
⬛︎
───赤い。
魔導書を開いて、リリが目覚めた場所──空間は全てが真っ赤に染まった血の領域だった。見る場所全てが赤く、ここにいるだけで発狂してしまいそうな、そんな最悪な場所。
『……始めましょう』
誰?そう思っても言葉には出せない。声はもう一人のリリのよう。しかし、真っ赤に染まった視界では、その存在に対して確信できない。
『あなたにとって、魔法はどんなもの?』
──大いなる力。リリの身では、贅沢な必殺の力。
勝手に答えていた。まるで自身の本質が引き摺り出されている、そんな感覚に陥りながら、リリはこれが魔導書の効果なのかと冷静な思考を浮かべた。
『あなたは魔法を使って、何をしたい?』
──そんなの決まっています。ラグナ様とベル様と共に戦うこと。あの雷霆のように、あの音撃のように。駆け抜ける二人と共に進みたい。
『あなたは魔法で、何を成し遂げたい?』
──それは一つです。ラグナ様の悲願を、ベル様の病を治す。それを成し遂げることは、リリの存在理由です。
『その道は地獄だとしても?』
──もう既に地獄から救ってもらいました。なら、ラグナ様たちが地獄を歩むなら、その隣をリリが歩きます。
『最後に。この真っ赤な世界をどう思う?』
──そうですね。糞ったれ、だと思います。
素直に自分の感想が口に出る。それで真っ赤に染まっていた目の前の誰かは、どこか笑みを浮かべた気がした。そのままリリもまた現実に引き戻されるのだった。