主人公が女の子になるのは間違っているだろうか   作:エルフ好き

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九話 感情の芽生え

 

金髪の少女は走っていた。疾走と駆け抜ける姿はまさに風のようだ。

 

【ロキ・ファミリア】の遠征の帰り。ミノタウロスの集団と戦っていた時にそれは起こった。唐突に怪物が逃げ出したのだ。

 

知性を持たない怪物の異常行動に呆気に取られること数秒。ミノタウロスは少しずつ上の階層に逃げていった。

 

ミノタウロスは強い。【ランクアップ】を果たした人間の攻撃しか通らないほど頑丈な肉体。中層でも恐れられている怪物だ。

 

そんな怪物が上層に逃げたら大惨事が起こる。もしもレベル1の冒険者が出会ってしまったら、太刀打ち出来ずに死ぬだろう。

 

【ロキ・ファミリア】でも敏捷が高いアイズとベートは、洞窟を駆け抜けていく。上層は入り組んだ地形が多い。遠くから聞こえる怪物の声だけを頼りに追う。

 

そしてアイズは見つけた。ミノタウロスが黒髪の冒険者に止めを刺そうと攻撃を仕掛けている姿を。

 

抜剣と同時に一閃。アイズが怪物を解体する。数秒も掛からずに怪物は細切れになって灰と化した。そしてミノタウロスの血に塗れた、黒髪の冒険者の無事を確認する。

 

「大丈夫、ですか?」

 

「大丈夫じゃ、ないです」

 

黒髪の冒険者はそう言うと。安心したように気を失った。アイズは、そんな彼の身体を見る。防具には罅が入っており、これが黒髪の冒険者の命を救ったのだろう。

 

そして地面に落ちている剣の柄の部分が落ちていた。刃は粉々に折られている。アイズは気付いた、この冒険者はミノタウロスに抗ったのだろうと。

 

上層を探検する冒険者がミノタウロスに立ち向かうことなど出来るのか。アイズは不思議と少年のことが気になった。

 

「地上に連れて帰らないと……」

 

後ろから来る仲間の足音を聞いて、アイズは小さく呟いた。

 

⬛︎

 

覚醒する。眠っていたラグナは身体の痛みがないことに気付く。

 

元から怪我してなかったように消えていた。回復薬を使ったのだろうか。それとも誰かの回復魔法を使ったのか。

 

無事に生きてることに感謝しながら周りを見渡す。ここは治療院のようだった。隅々にまで清潔にされていて前世の病院と遜色ないほどだった。

 

朧気な記憶が正しければだが、ここは【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院だろう。迷宮都市最高の治療院にラグナは瞠目していた。

 

この部屋にはラグナ以外の人間は入院しておらず、静寂に包まれていた。その理由は【戦場の聖女】の力だろう。彼女の回復魔法はどんな者でも癒す。

 

それこそ死ぬ一歩手前の人間でも治せるらしい。なんとも信じ難い話だ。

 

ベッドの上で身体の無事を確認して思う。そういえば、白髪の少女は大丈夫なのだろうかと。

 

投げ飛ばして遠くなっていくベルの顔は、捨てられた子犬のようだった。謝らないといけない。そう思っていたら扉がが大きく開かれた。白髪の少女は潤んだ瞳でラグナを見つめていた。

 

「ラグナぁ……」

 

「ベル?」

 

そのまま駆け抜けてラグナに飛びついてくる。危ないと心の中で思いながら受け止める。ベルは目が赤くなるほど泣いていた。

 

今も子供のように泣きじゃくっている。それを見たラグナはベルの頭をゆっくりと撫でた。珍しいと思う。彼女が甘えてくるなんて、小さい頃の時だけだった。

 

ベルは顔を上げてラグナと目を合わせる。美しい深紅は曇り空のようで、いつもの輝きはなかった。

 

「ラグナ…冒険者辞めよう…?」

 

ベルは耳に残る咆哮を思い出して体を震わせる。耳朶に焼きついたラグナの怒声は忘れることができない。

 

何より最後に安心したような表情をしたラグナの顔が、頭に残り続ける。

 

約束したのにベルはラグナに頼られていなかった。その事実にベルは表情を青白くさせる。

 

せっかく隣に並ぶ力を手に入れた。そう思ったのは幻想だったことに気付く。ベルは何の力も手に入れていない。どれだけ強力な【魔法】を手に入れたところで、ベルは何も変わってない。

 

英雄譚のヒロインのように支えることはできない。最初から最後まで自分は守られる存在で終わるのだ。

 

今回のことで身に染みた。冒険者をやっていたら命がいくつあろうと死ぬ。どんな才能があっても冒険者は平等に死が訪れる。

 

「ラグナ、冒険者辞めよう?」

 

ベルは壊れたように笑みを浮かべた。それを見てラグナは思わず瞬きを繰り返す。理解できないといったラグナの仕草にベルは追い打ちを掛ける。

 

「ラグナには、才能がないよ。今回のことで分かったでしょ?冒険者なんて辞めて故郷に帰ろう?僕の病気を治そうとしなくていいから、僕のことなんて気遣わなくていいから…!だから辞めて…冒険者を!」

 

「ベル、落ち着け……」

 

「ラグナは僕のために、冒険者になったんでしょ?なら僕のお願いを聞いてよ!冒険者なんて辞めて、幸せになろう?その方が絶対…幸せになれる」

 

「……っ」

 

壊れてしまった。ラグナの死を間近で感じて、底しれない絶望と無力感に襲われた。もともと壊れかけていた心を砕くのには十分過ぎた。

 

ラグナは嫌な汗が流れていることを肌で感じた。怒ってる時とは違う。初めて見せた圧力は毒のようにラグナの自由を奪う。

 

答えは決まってる。冒険者を辞めるわけにはいかない。この世界は刻一刻と終わりが近づいている。それを知っているラグナだけは止まることを許されない。

 

でも断ったら。目の前の少女を傷付けることになる。だからゆっくりとラグナは口を開いた。

 

「才能がないなんて、俺が一番知ってる。このままじゃダメだって俺が一番よく分かってる。俺はベルを笑顔に出来ない。きっと安心させてやれない。前も言っただろ?俺は笑えるぐらい弱いんだ」

 

「そんな……」

 

「冒険者を辞めることはできない。俺は誓ったんだ、お前を絶対に治してやるって…その過程で何を失おうが、どうでも良い…!そのためにお前の力が必要なんだよ、ベル!」

 

真っ直ぐにラグナはベルと目を合わせる。矛盾していると自分でもわかる。ベルを治すために、ベルの力を借りるなんて。

 

それでもラグナは本心をぶつける。ベルの身体は震えていた。

 

ミノタウロスの戦いの時を思い出す。ミノタウロスが『咆哮』を使った瞬間。ラグナは動けなかった。石のように固まった身体を見て、正直死んだと思った。

 

それを救ったのは紛れもないベルだ。

 

「あの時、ミノタウロスに【魔法】を使ってくれなかったら。俺は死んでたよ」

 

「っ」

 

「お前の力は俺が知ってる!その力を俺に貸してくれ、頼む」

 

ベルは混乱する。彼に失望されたと思っていた。でも違った、彼が認めてくれた。

 

それが嬉しくて嬉しくて。でも同時に悲しかった。彼はベルを安心などさせてくれない。笑顔になんてさせてくれない。

 

なんともカッコ悪い台詞だ。こんなのは英雄譚には載ってなかった。ベルは思わず笑ってしまいそうだった。

 

心を壊していた黒い炎は鎮まっていた。自己嫌悪していた感情は今はない。

 

「僕は役に立てる?足手纏いにならない?」

 

「なるわけない。俺がお前のことを、そんな風に思うわけない」

 

「そっか…よかったぁ」

 

先程までの泣きじゃくっていたベルはいない。宝石のようにベルは笑みを浮かべる。それは今まで見た、どんな笑顔よりも輝いていた。

 

ラグナはそれを見て安心したように、顔を綻ばせた。

 

⬛︎

 

その光景を【剣姫】は見ていた。黄金の瞳には漆黒だけが映っている。

 

ラグナと言った少年。年は同じくらいだろうか。彼は冒険者になって一週間も経っていないらしい。そんな彼がミノタウロスに立ち向かったことにアイズは驚く。

 

そして白髪の少女を見てアイズは思ってしまった。

 

───羨ましい。

 

白髪の少女には英雄がいた。何を失っても戦う覚悟を決めた男が。あの漆黒の瞳はどこか、自分と似ている気がする。

 

誰が見ても美しい容姿をした少女は、少年のことが気になってしまう。

 

お母さんが言っていたことを思い出す。いつかあなたにも英雄のような人が現れるって。

 

でも誰も助けてくれなかった。英雄なんて現れなかった。心の奥底にいる幼いアイズは今も泣いている。だから自分が強くなる道を選んだ。

 

怪物を倒して、倒して、倒して。いつか竜を殺すために憎悪を燃やして。苦しいという感情も、悲しいという感情も燃やし尽くして戦った。

 

そんな少女は思った。もしも、私があの子なら。この心は満たされるのだろうか。

 

 




クソ難産だった……評価ありがとうございます。
たくさんのコメント嬉しいです。本当に感謝。

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