木場祐斗side
駒王学園は戦いの喧騒に包まれていた。僕――木場悠斗は、地上に降りてきた『
戦いは一進一退、僕もかなりの数を斬り倒したが、いかんせん相手が多すぎる。数人の魔術師に取り囲まれ、戦況はやや膠着状態になっていた。
そんな、血飛沫やら悲鳴やらが飛び交う戦闘から切り離されたかのように、学園の中庭で、二人の男が向かい合っている。そのうちの一人が、後ろに控えている方々に呼びかけた。
「……俺がやる。いいな? サーゼクス、ミカエル」
眼前にいる異世界からの侵入者に対して、真っ先に名乗りを上げたのは常闇色の翼を持つ男―――堕天使総督アザゼルだった。
不敵な笑みを浮かべつつ、アザゼルは前魔王の末裔カテレア・レヴィアタンから“大教祖イブール”と呼ばれた人物に話し掛ける。
「で、お前さん達は一体何が目的で禍の団に協力しているんだ?」
「……貴様らが知る必要は無いが……そうだな、我らの目的と利害が一致したからだ」
アザゼルの問い掛けに対し、あまり関心を示さず曖昧な言葉で返すイブール。……利害の一致、つまり、
アザゼルも同じことに思い至ったのか、苦笑を浮かべる。
「ま、異世界からの侵略者にとっては、そのほうが都合がいいわな。でも、言っとくが、俺らは強いぞ? ――――あまり、この世界を舐めるんじゃねえよ」
ゾクッ……!
これまでは、飄々とした態度を崩さなかったアザゼルから、凄まじいオーラが発せられた。堕天使総督が本気になった、ということだろうか? 僕に向けられた殺気ではないというのに、肌が粟立つ。
しかし、彼と直接相対する男の返答は極めてそっけないものだった。
「結構。私はただ、“我が神”に奉仕するのみ」
そして、その言葉とともに、男の周辺に暗黒が激しく渦巻き、稲光が轟わたり……黒闇の中から魔獣が現れた!
――イブールが
人間の時でさえ底知れぬ力を感じさせていたが、その肉体に押し込められていた膨大な魔が、一気に噴き出したかのようだ!
ワニの頭、黄色い
「それがアンタの本性ってワケか。人間のときの方が見た目は良いんだがな……。強けりゃ姿形にはこだわらないクチか?」
「来るがいい。異界の墜ちたる天使共の長よ。その力、この大教祖が見定めてやろう!」
宣戦布告がなされた次の瞬間―――周囲が凍る。イブールの、もはや人間とは思えぬギラギラした歯がずらりと並ぶ大口から「輝く息」が噴き出した!
空気中の水分が凝固した幾億もの氷の刃が、吹き荒れる奔流に乗ってアザゼルに襲い掛かった!
「ふん、リュカのやつが言う通り、確かにブレス攻撃ってのは便利だな、だが――ッ!」
アザゼルが自分の身長を遥かに超える光の槍を生み出し――― 一閃ッ!
「ほう、“海破斬もどき”か。ならば、これはどうかな? イオナズン!」
続け様に放たれたのは極大爆撃呪文イオナズン! リュカさんの使役する魔物の中でも高位の者が扱う強力な攻撃呪文! 校舎の残骸を巻き上げつつ、魔力の爆風が吹き抜ける!!
「チッ!」
大爆発に晒されたアザゼルは十二枚の翼を操り、何とか体勢を保った。
あれ程の爆撃を受ければ、たとえ耐えたとしても並の者なら隙ができるだろう。でも、そこは古の堕天使だ。驚くべきことに、そのままの体制から反撃に移る。
一瞬の間にアザゼルの周囲、空高くに展開される膨大な量の光槍。それを釣瓶打ちに放ちながら、間断なく異形の怪物を攻め立てる!
「ぬッ―――!?」
爆撃呪文の弾幕を貫き、殺到してくる槍の群れ。ほんの僅かの間も無く、幾百もの光がイブールに降り注いだ。
轟音が鳴り響き、土煙と爆風が巻き起こる!
離れた場所にいる僕達でさえ衝撃で吹き飛びそうなほどの大破壊。堕天使総督アザゼル……やはり僕達とは比べ物にならないバケモノだ。
相対する異世界の魔人であっても、今のは一溜まりもないだろう…………この場にいる者は全員、そう思ったに違いない。
しかし――――
「くっくっくっ……、確かに“魔王”と張り合っているというだけはあるな。流石に効いたぞ」
立っている……! あれだけの攻撃が直撃したというのに! 平然と哄笑している!
よく見れば、着ている儀式装束の所々は破け、全身を覆う鱗は数か所が剥がれ墜ち、あるいは多少の傷がついているかもしれないが……、しかし、ほとんど無傷と言っていいレベルの傷だ。
これは……―――そうか、暗黒闘気かッ!?
「……確か、報告にあったな。異世界の“仙術もどき”か。それに魔法も重ね掛けしてるのか?」
「その『仙術』とやらを詳しく知らぬが、おそらくはそれであっていよう……
仙術は気、つまり生命に流れる大元の力であるオーラ、チャクラと呼ばれるものを重視し、源流とするもの。悪魔の魔力や天使の光力とは別の力で、直接的な破壊力は低いが、生物の内に秘めた未知の部分を用い気……オーラの流れを読むことで対象の動きを把握したり予知したりできる。他にも肉体の内外強化や生命の流れ……治癒や成長を操作したり、相手の気を乱し、断つことでダメージを与えたりするなど、かなり多彩だ。
リュカさんの話によれば異世界にも近いものがある。それが闘気だ。以前、修行の最中に少しだけ見せてもらったが、その性質はやはり仙術に近い。だが、闘気にもいくつか種類があり、その中にはリュカさんにも扱えないものがある。―――その一つが『暗黒闘気』だ。
暗黒闘気―――怒りや憎しみを源とする悪の気。その特徴は三つ。通常の闘気よりも更に暴力的なまでの破壊力。屍などの命なき者を操る操作力。そして、敵が立ち直るのを決して許さぬ回復阻害力……だ。
以前に戦ったドーピングによりにわか仕込みの暗黒闘気を身に付けたフリード・セルゼンとは桁が違う。周囲の空間が歪んで見えるほどの暗黒によって覆われたその姿はさながら悪鬼羅刹そのもの。
「しかし、この私が暗黒闘気の上に重ねて
堕天使総督を見据えながら、呟くように話すイブール。異世界の単語の意味が分からないから判断が付かないが、ニュアンスからしてこの堕天使総督すら、過小評価していたらしい。
それは改めたようだが……異世界の軍勢、その力の底は窺い知ることができない。
アザゼルもそう思いはしたのだろう。しかし、堕天使の長は不敵な態度を崩さなかった。
「フン、その“天空人”というのがどんなモンなのか知らねえから何ともコメントしづらいが、お前一人にかまけている暇は無いんでな。さっさと終わらせてもらおうか」
そう言うと、いたずらっぽい笑みを浮かべたアザゼルが、懐から短剣らしきものを取り出した。
――――――――――――――
リュカside
「う~ん、困ったなぁ……」
駒王学園の中庭――ここでテロ組織『禍の団』・旧魔王派幹部、カテレア・レヴィアタンと対峙しながら、僕は途方に暮れていた。
どうにかして彼女と和解したいのだが、その糸口がつかめない。
彼女は自分が魔王レヴィアタンに選ばれなかったことを、相当深く根に持っている。つい先程、出会ったばかりの僕が、どんなに「魔王でなくてもいい」と言ったとしても、「魔王じゃない君も愛そう」と伝えたとしても、カテレア・レヴィアタンがそれを受け入れてくれるとは到底思えない。
こういうときには、いつもなら「霜降り肉」か「星降りのオーブ」でも使うんだが……どうも、この世界の魔物は勝手が違うんだよなぁ……。仮に「霜降り肉」でも与えようものなら、却って火に油を注ぎそうだ。
「どこを見ているのですッ!!」
「―――おおっと!?」
ぼんやり考え事をしていたら、カテレアが強烈な魔力弾を飛ばしてきたので慌てて避ける。
元居た場所には巨大なクレーターが出来き、他に逸れた魔力弾がサーゼクス達の張る結界に直撃して、外界と遮断された空間が揺さ振られる。
確かに、戦いの最中に余所見は良くない。そもそも、魔物を仲間にするには、自身の力を示さなければならない。彼女を仲間にしたければ、まずは僕の力を認めてもらう努力をすべきだろう。
そう思い立ち、全身、指先から髪の毛に至るまで闘気をみなぎらせ、身構える。
「それじゃあ、せいっ!」
「――――ッ!!」
とりあえず牽制に放った『真空波』でもって、空中にいるカテレアを吹き飛ばし、撃墜する。
そしてそのまま一気に距離を詰め、彼女の懐に飛び込む。
「えい!」
軽い掛け声とともに繰り出したのは格闘の基本技の一つ「正拳突き」。
取り敢えず、それなりの威力は持たせたが……
「ハァッ!!」
カテレアの周囲があっという間に魔力の防御壁によって覆われる。大鐘を鳴らすかのような甲高い轟音が鳴り響き、数枚の結界を貫いたが、彼女の肢体に届く前に僕の拳は止まってしまった。
「ほう、やるね」
この世界の悪魔の魔力は応用が利く。サーゼクスくんが言っていたとおりだ。攻撃から防御まで自由自在。
僕の正拳突きを止めるとは……やはり少々侮りすぎたかな……?
「は、はははははッ! 無様ですね人間! 真の魔王の血を引くこの私を、素手で制そうなど、思い上がりも甚だしい!!」
「それもそうだね―――よぉし!」
確かに彼女とは分かりあいたい、理解しあいたい、愛しあいたい。でも、勝負は勝負だ。
まずは、早く決着をつけよう。それに彼女の言うように素手で戦うのも失礼だし、僕も久々に
そう思って、僕は袋から『最強の武器』を取り出した――――
――――――――――――――
兵藤一誠side
「……つ、強ええ……」
俺――兵藤 一誠と部長は苦戦の真っただ中にいた。
異世界からの侵略者「光の教団」の神官ラマダ……今まで戦った奴らの中でもかなり上の力を持っていやがる。
巨大なトゲつきの棍棒を軽々と振り回し、口からは火炎を吹き、更には上級魔法まで扱える怪物だ!
「カアアアア――――ッ!!」
「はぁぁぁああッ!!」
またしてもラマダが吐き出した激しい炎を、部長が滅びの魔力で相殺する! だけど、もうそろそろ限界だ。
部長も呼吸が荒くなり、額に玉のような汗をかいている……! 何とか状況を変える手を考えないと……!!
俺が必死に頭を使っているとき、ラマダの後方からか細い声が聞こえてきた……ギャスパーだ。
「部長……僕を殺して、逃げて下さい……!」
「お前、何言ってんだッ!!」
ギャスパーが目に涙を浮かべながら、俺達に訴えかけてくる。
「僕なんか死んだ方が良いんです……。臆病者で、役立たずで、それどころか、こんなチカラのせいで、また……迷惑を……! 僕なんかのせいでリアス部長とイッセー先輩が傷つくのはイヤです……! お願いだから、僕を殺して、逃げてください……!!」
「馬鹿な事を言わないで! 私は貴方を絶対助けるわ。それに、貴方を眷属にしたとき、言ったはずよ」
「…………え?」
敵に捕らわれ、会談を襲撃する道具として、俺達を誘き寄せるための餌として利用されたと思っているのだろう。心を閉ざそうとするギャスパーに、リアス部長は優しく微笑む。
「『私のために生きなさい。同時に、自分が満足出来る生き方を見つけなさい』……貴方は私の下僕で、眷属。私は決して貴方を見捨てない」
部長は強い決心の篭った表情で、そう言った。
部長…………部長は本当に俺達眷属を大切にしてくれる。下僕を思う気持ちは、きっと、あのリュカさんにだって負けてないぜ!…………いや、リュカさんの場合は特別だからなぁ、何と言うか、ベクトルが違うと言うべきか……。
それでも、部長と俺達眷属の絆は強いんだ! ギャスパーも、きっと分かってくれる!
だけど、そんな場面に割り込んできやがった奴がいた。ラマダの野郎だ。コイツ、にやにや
「げは、げは、げははは! 下僕の言っていることの方が正しいというのに、このバカ娘は何を言っているでげる?
勝ち目が無いのなら、早く次善の策に切り替えた方が利口でげる。このヴァンパイアの小僧が言う通りにさっさと殺してやって
こ、この野郎! 部長の気持ちを無視して……! 許せねえ!
部長もそう思ったのだろう。敢然とした表情で進み出た。
「おあいにくさま、私は私の下僕を大切にするの。誰に何と言われたとしてもね!」
そう、啖呵を切った部長は、ラマダの野郎を無視してギャスパーに語りかける。
「ギャスパー、私にいっぱい迷惑を掛けてちょうだい」
「……え?」
戸惑うギャスパーに語りかける部長の声は、どこまでも優しさに満ちていた。
「私は、何度も何度も貴方を叱ってあげる。慰めてあげる。絶対に貴方を放さないわ!」
「部長、部長………僕はッ!!」
目に涙を浮かべるギャスパー。でも、今までの涙とは違う! 悲しくて泣いてるんじゃない。悔しくて泣いてるんじゃない。部長の優しさが、『愛』が伝わったんだ!
それなら、俺も先輩としてもう一つ大切なモノを――『勇気』を伝えなくちゃな!!
「ギャスパァァアアアア!! 逃げるな! 恐れるな! 泣き出すな! 俺も! 部長も! 朱乃さんも! アーシアも! 木場も! 小猫ちゃんも! ゼノヴィアも! みんな仲間だッ!! 絶対にお前を見捨てねェ!!」
魂を込めて、全身全霊で叫ぶ! それと、俺が伝説のドラゴンを宿してるっていうなら、もう一つプレゼントを送ってやる!
「アスカロォォォオオオンッ!!!」
赤龍帝の籠手から、燦然と輝く聖剣が現れた――――!