【悲報】魔王候補、逃走
あのクソ馬鹿共、まだ理解してないのか――。
今このタイミングで魔王を誕生させたところでもう一度滅ぼされるだけだと何故解らないのか。理解しようともしないのか。そもそもあの能無し共に、何かを理解しようという機能そのものが備わっていないのか。後悔はするが反省はしない生命体。ただでかい図体に皺の無い赤ちゃんの皮膚みたいなツルッツルの脳味噌を供えた脳筋人喰い化物共。解れよクソ馬鹿共め。
あの連中自分の事を人喰いの悪魔だとでも思っているのだろうが、魔王のいないお前等なんざせいぜい害獣がいいとこだ。害獣に堕ちた事が許せなくてさっさと新しい魔王を作りたくてしょうがないのだろうけどもうちょっと我慢を覚えろ。
あの悪魔共が存命の内に力も付けていない魔王が生まれた所でもう一回滅ぼされるのがオチだろう。
恐ろしい。
あの連中は、何よりも恐ろしい。まるで魔王と魔族を殺す為に作られたかの如く、完璧な悪辣さを供えていた。
今でも覚えている。
魔族は、魔王を頂点とした明確なヒエラルキーが成立している社会の中で生きている。
魔力を多く有した強力な魔族が魔王より術式を賜り。その賜った術式をもって魔族は己が領地や配下を強化し、軍勢を率いて人間の魂を奪い合う。
そうして。より多くの魂を奪い、魔王に献上した者が、更なる術式を授けられる。
逆に、術式も貰えぬ脆弱な魔族の領地や配下は、惨憺たる日々を送る事になる。
彼等は人の魂を捧げられぬが故に魔力を差し出すよう求められ。その身は日々脆弱になっていく。
強者は永遠に搾取する側の強者であり。弱者は永遠に搾取され続ける弱者。
特に――前代の魔王は狡猾さも持ち合わせていたが故に。この構図がいつまでも動かぬままであった。
魔王は魔界から、人間が住まう世界へ接続する”
そうする事で。ある程度の小規模な戦いを繰り返していた。
大国付近に”門”を置き、大規模な戦争を起こせば一度に大量の魂を手に入れられる。好戦的な歴代の魔王は常に強力な大国を相手に戦争をしおり、故に強大な力を持つに至ったが。大規模な戦争を繰り返すにつれ人間側が魔界へ侵攻する事でその命を散らせてきた。
その諸々を踏まえ。前代の魔王は小国にまばらな”門”を置き、手頃な戦いで手頃な魂を集め続けていた。
彼は解っていた。小さな国と小さな戦争を行えば。失われた人員や資源は大国から補充され、戦いを永続させられるのだと。
河川の上流と下流のようなもの。水源に近い上流から直接水を引けば、多くの恵みが得られるであろう。しかし、激しい上流から水を引くにはその分の労苦を背負う事になり、よしんばうまく水を引けたとて水源が枯渇すれば終わりだ。
ならば。上流から幾つも枝分かれした下流で水を集めた方が容易であるし、補充も利く。
そうして小規模な戦いを繰り返す方針に変わった結果。――大規模な戦争で功を積み、新たな大魔族が生まれるといった循環は喪われ。強者が永遠に強者のままな社会が生まれていた。
循環の無い、停滞した世界。停滞は格差による断絶を永続させ、ヒエラルキーの壁は時が過ぎるごと分厚くなっていった。
そんな中。
あの悪魔共は現れた。
これまで魔王を討ち果たしてきた数々の勇者とは違う。
彼等は大群の力でも個人の武勇でもなく。その悪辣と卑劣と策略によって、魔王を殺した。
長きに渡る搾取の果て。魔力を奪われ続けてきた最下層の魔族共。
彼等を甘言で操り、反旗を翻させ、反乱を巻き起こさせた――”感情”の魔力変換を行使する僧侶がいた。
そうして反乱を引き起こした魔族共を束ね操った、魔族に擬態した剣士がいた。
反乱による混乱の最中。”魔王の下に殺した人間の魂を蒐集する”術式を書き換えた魔法使いがいた。
そして――術式の書き換えにより魔王が集めた魂の全てを己が力とし。魔王城に厄災と死霊を撒き散らし、その主を何もさせずにぶち殺した最悪の召喚魔法使いがいた。
たったの四人。
だが。魔王により構築された社会とか、支配構造そのものを利用し。魔王を破滅へ導いた者共。
今まで魔力を搾取され続けてきた低級魔族。しかし――彼等の内側に宿る感情は、人間のそれとは比べ物にならなかった。
なにせ。もう幾世紀もの間変わらなかった支配構造の、その最下層にて燻ぶり続けてきた代物だ。
火さえつければ。その感情は無限に近い魔力を生み出す。
守護霊付きの下級魔族の集団。彼等は術式持ちの大魔族の軍勢をもものともせず、狂ったように彼等の領地を破壊し続けていった。
彼等の感情に火をつけたのは、偽物の”英雄”であった。恐怖によって下級魔族を押さえつけていた大魔族を彼等の目前にて殺し、その感情を煽り育てたるは、魔族の姿に擬態した人間であった。
次々と蜂起が起こり、魔界全体が動乱の渦中に巻き込まれる中。魔界全体に行き渡る魔王の術式を解析し、魔王が集めていた魂を簒奪され、そうして――最後は。集めた魂が魔界全体を揺るがす程の厄災を引き起こさせ。夥しい程の死霊を召喚し魔王城を崩壊させ魔王を殺した。
あの様を、近くでまざまざと見せられていた。
あんなものが生きている間に新しい魔王を立てて何をするつもりなのか。
魔族の連中は知性というものがないのか。あの連中が巻き起こした厄災で魔界の三割の領土を破壊された様を覚えていないのか。
奴等は一刻も早く新たな魔王を立て――あの悪魔共に一矢報いると躍起になっている。
そんな中。
――己に刻み込まれた、魔王の術式を見た。
こんにちは。
私の名前はクルルシカ・ドーエンでございます。
転生先で――最悪の貧乏くじを引かされました。
魔王が滅ぼされる一月前に転生し。魔王が滅ぼされてゆく地獄を見せつけられました。
そうして魔王が滅ぼされた後。――己の肉体に、魔王の術式が刻まれました。
本来。魔族に新たな魔王の術式持ちが現れるかどうかというのは年数レベルでかかるガチャのようなものでして。下手したら数百年レベルで現れない事もある。そうして次の術式持ちが現れるまで魔界に引き籠るのが魔族の常なのですが。
現れてしまいました。
魔王が滅ぼされて、そのほんの後に。
「.....」
嫌だ。
絶対に嫌だ。
あんな連中が生きている間に魔王に担ぎ上げられるなんて、絶対に嫌だ。
「そういう訳で――」
さらば!
「せっかくだから、私は魔界から逃げ出す事にするぜ!」
じゃあの。
あんな悪魔共が生きているうちに魔王になるなんざ絶対にごめんじゃ~!
▼▼▼
「――レロロ様」
「どした?」
レロロ・レレレレーロは笑みを浮かべながら屋敷を歩き回っていた。
割と楽しそうにしている。
虚ろな表情のまま、屋敷の内装を整えていた。
好みの観葉植物を配置し。壁紙を張り替え。装飾品をちまちまと置いていく。そうして暫くの間動き回ると、自ずから厨房に赴き、料理を作りだした。
「食事のご用意でしたら、私が行いますが....」
レロロの背後に付き従う、妙齢のメイドがそう言うと。「嫌じゃ」と突っぱねる。
「今日はなぁ。全部俺の好きなようにやらせてもらうと言ったはずだ。料理も全部俺が好きなようにやらせてもらう。全部俺の好きなものを作るんだ」
「そうですか....」
そう言うと。レロロは大鍋を用意し、ズタ袋から取り出した骨をぶち込んでいく。
そこに更に大量の野菜カスや干し肉なども入れていき。それを手製の竈の上に載せ、加熱していく。
そうして、上蓋をネジで固定し閉じると、術式を刻み込む。
「....魔法を使うのですか?」
「鍋の中の空気を逃がさないようにする魔法だ。こいつを使うと、旨味の抽出が上手くいく事上手くいく事」
ふんふん、と鼻を鳴らして。レロロは今度は付近の市街で購入してきた野菜と肉を切り分けていく。
「この世界、”出汁を取る”って文化がないじゃん。基本的に塩で味付けして上からソースかけるタイプの料理が主流でさぁ。アレはアレですごく美味しんだけど、時々は馬鹿みたいに旨味をブッ込んだ飯が食いたいのよ」
「....そんなものがあるのですね」
「あるんだよ~。ラーメン~、カレ~、ああ~。久々に何を食おうかなァ~。アヴァ~」
――新領主、レロロ・レレレ―ロ。
前領主が不正が暴かれた事で粛清を受け。新たにやって来るは――魔王を滅ぼせし勇者が一人、レロロ・レレレ―ロであった。
正式な着任は三日後であり。彼はその間、自身の新たな住まいとなる屋敷や、所領の視察などを行う予定であったが。
初日。屋敷に出向いた彼がやったことは。
屋敷で働く使用人のほとんどを、支度金を持たせた上で解雇する事であった――。
「何故使用人を追い出したのですか?」
「別にあいつ等が悪い訳じゃないがな。
そう。
前領主は生粋の女好きだったそうで。領内の好みの若い女をかき集めては己が屋敷に雇い入れていた、随分なジジイであった。
屋敷にひしめくように若いメイドがいる様を一瞥し。レロロは即刻、ほとんどの使用人を追い出したのであった
「こんなクソ厄介な役目を押し付けられたんだ。もう身軽でいたい。女の怖さを知っているんだよ俺はよぉ」
「とはいえ。新たな使用人はどうする予定で?」
「この広さだったらまあ五~六人雇えば十分管理できるだろ?別に綺麗どころの女集めなくてもいいからよ。仕事にあぶれた奴を集めて働かせてやればいい。というか、基本的に肉体労働なんだから身体強そうな男も集めろ。そっちのが合理的だろ」
「とはいえ。客人を迎える場合もございますので、見目の良さも必要であるかと思われますが....」
「腐っても評議会貴族の俺に、使用人のツラの良し悪しでケチつけられる野郎がいるなら連れてきてみろ」
「そうでございますか....では、何故私はクビにされなかったのでしょうか」
「アンタ世の中どうでもいい~って面構えしていたから。そういう奴とは結構気が合いそうだし、一緒に仕事もしやすそうだな~って。あと流石に一人は仕事を把握している奴が残ってもらわなくちゃ話にならん」
「光栄でございます」
メイド長は、恭しく一礼し。その様を実に面倒くさそうにレロロは見ていた。
「とはいえ....着任から一週間の間は屋敷は来客も多いでしょうから。使用人の雇用はお早めにすることをお勧めいたします」
「来客ゥ?どうせ着任にかこつけて、粛清待ちの貴族が嘆願に来ているだけだろが。断れ断れ」
「それと。縁談の申し入れも....」
「断れ」
「ええ....こちらは恐らく、レロロ様と同派閥の貴族の方々からの申し入れとなりますが....」
「いいか。俺は何が間違えようと貴族の女なんぞとは結婚しないからな。絶対、絶対だ!」
「何故でございますか....」
「メリットがない」
「ないのですか....」
「一般市民同士でも結婚しちまったら、何処ぞともしれねぇ他人の親戚が増えて、その付き合いに苦労しなきゃならんだろうが。これが貴族になってみろ。政略結婚で出来上がった蜘蛛の糸みてぇなしがらみに絡めとられるのがオチだ。どれだけ俺の人生で労苦が増えると思う。嫌じゃ嫌じゃ。俺は元々田舎に引っ込んで悠々自適な暮らしをしたかったんだ。もうこれ以上人生の重荷は背負わんぞ。背負わんぞォォォォォ」
そうですか、とメイド長は呟く。
――新しい領主は、随分と愉快な人物のようであった。
「そういう訳で。着任までは夢の残骸を味わわせてもらうぜ。好きなように屋敷をいじって、好きなものを作って、好きなものを食べる。こういう生活が~。したかったんだ俺は~」
「左様で....とはいえ。一件ほど、無下に断る事は難しそうな御仁がおられますが」
「へ?」
「ユーラン様と同じく同じ評議会貴族である、ベルデン卿の一人娘。アーノルド氏との縁談の申し入れです」
「.....」
「ベルデン卿は以前行われたハレドへの出兵の際に多くの兵力を王宮に貸し出し恩賞を受けた方であり。ユーラン殿と並び、クラミアン王肝入りの名家の一つ。....これを無下にしてしまってもよろしいのですか....?」
「.....」
現在。
ぐるぐると、レロロの頭の中には天秤が回っている。
縁談の申し入れを断るか。一旦、見合いだけでもしておくか。
最終的に断りを入れるという結論はそのままで。どちらが己にとって面倒くさくなるかという分胴を置いていく。
「....畜生。ええい、旨い飯を食って今だけは忘れてやれ....!」
分胴の傾きを自覚しながらも。レロロは今だけはその事実を忘れ――飯を作る事にした。
忘れよう忘れよう。
まだ己は着任していないのだから。嫌な事は見てみぬふりして忘れるのが吉。
新領主、レロロ・レレレレ―ロ。
必死に手入れした屋敷が爆発炎上するまで、残り僅か――。