「さて。君の名を聞いてもいいかい?次代の魔王様?」
「はい!クルルシカ・ドーエンであります勇者様!」
「よしよし。とても元気な返事だ。威勢がいいね!」
クルルシカは――最早自棄になっていた。
己が魔界から逃げた理由である、悪魔の如き勇者。そのうちの一人が、己が眼前に現れた。
何たる不幸。何たる不運。
しかし。これは不運でも不幸でもない。まさしく必然だという。
「ボク等のパーティには術式改造の化物がいてねぇ。――先代の魔王が死んだのは、その術式を改造され魂の蒐集が出来なくなったからだけど」
「は、はい....」
「魔王の術式というのは、魂を蒐集するだけがその権能ではなくてね。魂の蒐集により魔力をストックし、蒐集した魂から新たな術式を開発し、それを魔族に分け与える。ここまでは解っていたけどね。ボクの仲間が言うには、魔王が死んだ後にその術式を他の魔族に受け継がせる所までがワンセットの術式だったらしいんだ」
「....へ?」
そうなの?
「そうなんだ。で、術式が発動して他の魔族に受け継がれる条件は二つ。一つは魔界に残存する魔族の数が一定数に達し、魔界が復興を遂げている事。二つに、術式を受け継ぐに相応しい、個として強力な魔族が生まれる事。魔王が討伐される程の大戦争が起きた後にこの二つの条件が揃うまでおおよそ百年近くかかるという寸法だ」
「え...?じゃあなんで私、術式が受け継がれているんですか?」
「そりゃあ――その術式改造の化物が術式の条件を変えたからだねぇ」
「え....ええええええええええええええええええええ!?」
――魔王を倒した際。レロロはもう一つの計略を立てていた。
ただ魔王を討伐したとしても、また同じ繰り返しが行われるだけである。
魔界に引っ込んだ魔族が力を蓄え。強力な軍勢が出来上がった所で人間の魂を蒐集しに戦争を仕掛ける。
「今回の魔王がかなり強力なテストケースを作ってしまったものだからね。大国と全面戦争するのではなく、小国との小規模な戦争を引き起こして定期的に魂の蒐集を行うという方法論をね。それを学習してしまった魔王は、また同じことを繰り返すかもしれない」
「.....」
「だから、この辺りの魔王の誕生に時間的猶予を持たせる術式の条件を全部失くしたのさ。魔王が死んだらシームレスに次の魔王が誕生するように仕組んだのさ」
「じゃ....じゃあ、私がこんな目に合っているのは、その人のせいなんですか....?」
「そうだね★」
「ざけんじゃね~~~~~‼」
本当に、ざけんじゃね~!
「何のためにそんな事を!?嫌がらせ!?」
「そりゃあ君たち敵だからねぇ。嫌がらせの一つや二つするさ」
アーレンは意地の悪い笑みを浮かべながら、クルルシカに説明する。
「我々は魔界に魔力探知用のマーカーを設置していてね。魔界とこちらの世界を繋ぐ”門”が開かれたら、真っ先にボクに通知が向かうようになっていたのさ」
「.....」
「ボク等の狙いは、今度は魔王の討伐ではなく”拿捕”。力も十分でないままの魔王を捕らえ、こちらの手の内に収める。――つまり君の状況というのは不運でも不幸でもなく、こちらが意図した通りの必然という事になる」
「.....」
え?
つまりこの状況――全て仕組まれていた.....ってコト⁉
「多くの力ある魔族が殺され。魔族そのものの数も大きく減退しているタイミングならば――次に魔王が生まれた時に拿捕が出来ると考えたんだ」
「なんでそんな事を....?」
「ボク等には敵が多いからね。――利用できるものは全部利用する腹積もりだったのさ。たとえそれが――魔王であったとしてもね」
ニコリ笑みを浮かべながら。
アーレンは微笑む。
「大国との戦争を避け。小国との戦争に転換した。それでも魔王は討ち滅ぼされた」
「....」
「今度はこういうのでどうだろう。――人間側で用意した戦場で、君等は魂を蒐集するんだ」
「.....え?」
クク、と笑みを浮かべ。アーレンは言う。
「これから、こちらの世界では夥しい程の戦争の時代となる」
「ボク等が――それを引き起こす」
「この地を覆っていた支配構造を破壊する為の戦いだ」
「この戦に、ボク等は勝利しなければならない。その為にここまで勝ち続けてきたんだ」
アーレンは、魔力探知に引っ掛かった存在を認識すると――笑みを浮かべ、正面を見据えた。
アーレン・ローレンと、クルルシカ・ドーエン。
両者が現在いるのは――ジャカルタにより攻め滅ぼされたハレド。その元属国であった。
「見えるかい、クルルシカ。この地に蔓延る死者の山が」
ハレド周辺に位置する属国は、今も尚戦の最中であった。
ハレドがジャカルタにより実効支配され。ハレドと属国を通過する河川の治水権を除くあらゆる支配から解放した結果。
今度は――属国同士が戦争をする羽目となった。
単純な話で。今まで実効支配されていた属国同士を併合しようとする動きが起こり。それにより多数の派閥が生まれ、戦が起こってしまったのだ。
開放されたプランテーションの利権を巡る内紛も勃発し、国の自治もままならない混乱期に乗じて多数の犯罪組織も入り込んでいる。
ハレドが実効支配していた頃より。遥かに多くの死者が生まれている。
「こういう状況になってしまったら、この混乱を鎮める目的でジャカルタが軍を出す事になるだろう。ここに住まう市民もきっとそれを望む。――望まれて支配されるという手続きを、クラミアン王は重視している」
「....」
「ひとまずボクに協力してもらってもよいかな、クルルシカ?――君を狙うろくでなしが現れたぞ」
アーレンは、左手を天に掲げ術式を刻み込むと。その手に得物を呼び起こす。
それは――かつてジャカルタにて司祭騎士を務めていたファウムが用いていた神弓イムリスであった。
「久方ぶりだね、フェルメノーツ
魔力の奔流が見える。
その奔流は幾重にも重なる術式となり。アーレンとクルルシカの眼前に現れる。
夥しい数の天使と、翼の生えた鎧騎士の群れが術式より生まれ――天を埋め尽くすほどの群体となり視界を埋め尽くす。
イムリスを手にかけ、紫電を帯電させた手で弓を番える。
天使が形成する電撃の術式に向け――アーレンは矢を放つ。
電撃と、紫電を宿した矢がぶつかり合い。天をヒビ割るような光の軌跡が、雷鳴を轟かせる。
「祝砲を上げよう。――今日より女神教最高の騎士は終わりを告げるのだからね」
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「――アレはファウム君のイムリスの矢か。ふむん」
フェルメノーツは空に轟く雷鳴を耳にし。一つ納得するように頷いていた。
「この短期間で神弓を使いこなすようになっているとは....君はやはり天才だね、アーレン君」
微笑みを浮かべ。老齢の男は少しずつ歩を進める。
「私は、破戒僧になった今でも君の事は認めているよアーレン君」
「いや....むしろ破戒僧になった君の事は、より高く評価している」
「私も君も女神教の神が存在していたかどうかについて懐疑的であった」
「その懐疑について。君も私も同じ結論に達したのだろうね。所詮はこれはただ、威を成す為の道でしかないのだと」
「たとえそれが虚飾であろうともその威を作り上げてきた道を評価した私と。虚飾に塗れた道を破壊せんと新たなる道を作り始めた君」
「――そして。君はどうやら本気でこの道を破壊せんとしているようだ」
女神教が信仰する神など、いないのだろう。
それはフェルメノーツもアーレンも、双方ともが出した結論であった。
「楽しみだ。――君が勝つも、私が勝つも、何かが変わるのだろう」
フェルメノーツもまた左手を空に掲げ、彼の得物をその手に呼び起こす。
それは、一冊の古ぼけた灰色の聖典であった。
「――神典、”ウルムス”」
それは――現在女神教が発行している聖典の原型となった代物。
汎用性を強める為に簡易化した詠唱と術式が刻み込まれた現在の聖典より。より詠唱の言い回しが難解となり、より煩雑な術式が刻み込まれている。
しかし。内容の難解さは解釈による拡張が可能となり。煩雑な術式は重ね掛けによる強力な魔法の行使を可能とする。
神弓イムリス、神槍アーケールと並び――女神教の聖遺物、最期の一つであった。
「決着を付けようか、アーレン君。――魔王は女神教が貰い受ける」
▼
「さて――クルルシカ。君も術式を発動したまえ」
「え、え、え」
「この戦いの中で――君もまた新たなステージに立つんだよ」
空から生み出された天使と聖騎士の軍勢。
それはかつて、女神が大地に蔓延る悪魔を滅ぼす為に遣わせし御使いであったという。
純白の羽にて空を舞う天使はその歌声にて雷鳴を呼び込み。騎士は身に纏う聖なる鎧にてあらゆる攻撃から身を護った。
故に。天使は術式にて雷鳴を生み。騎士はその身に”因果操作魔法”を纏っている。
「まだまだこんなもの小手調べでしょう先生?――安心してください。こんなもの、全て跳ね返して見せましょう」
アーレンは、軍勢がいる空よりも遥か上。その頭上に向けイムリスを向ける。
放たれた矢は青空に溶けるように消え、術式を生み出す。
瞬間――術式からは暗雲が立ち込め、轟々と響く雷鳴が生み出されていく。
「――『魔なる空よ。堕天の雷雨を降らせ』」
聖典には存在しない詠唱がアーレンから生み出され。
魔女の魔法が組み込まれた術式が空に現れる。
紫電が軍勢を飲み込むように空を駆け巡り。暗雲より降り注ぐ雨は、イムリスの矢となり降り注ぐ。
紫電による広範囲の攻撃が天使を焼き尽くし、そして聖騎士たちの因果操作魔法の効果を拡散させ。後に降り注ぐイムリスの雨にてとどめを刺す。
――フェルメノーツが、女神教の魔法の深淵にまで踏み込み。その原典を用いて己が解釈と技術によってより強力な魔法を生み出すならば。
――アーレン・ローレンは、女神教の聖典の魔法に外法の術式を組み込み別魔法として昇華させた。
互いが互いに、女神教の深淵に触れた魔法使い。
その極限の戦いが、雷鳴と共に始まった――。