そうして――レミディアスが散々暴れた挙句公務にて国外に出た後。
入れ替わるように、城塞都市にユーランが戻ってきた。
「おやおや、レロロ殿ではないか。お久しゅうございます」
「ああ。久方ぶりだなァユーラン殿」
ユーランは実にいつもの風情であった。馬に跨りながらもその口元には変わらずモクが咥えられ。旨そうに肺に煙を吸い込んでいた。
ユーランは、いつも通りであった。
「で――この背後にいる連中は何なのさこれ」
ユーランは己が配下の騎馬隊を引き連れ、凱旋するように城塞都市へ戻ってきた。
城門を通り過ぎた後、わざわざ各地区へと騎馬隊を走らせ。市街へその姿を見せつけながら。実に長い遠回りをしながら、ユーラン率いる騎馬隊は宮廷へ辿り着いた。
「ん?これかい?――哀れな罪人共だねェ」
その騎馬隊の後ろ脚には――ロープに括られたボロ衣を着込んだ連中がボロ雑巾の如き風情で、引き摺られていた。
「財産を持ち逃げして粛清から逃れようとした貴族共だよ。周辺諸国の国境線から逃げようとしたこいつ等を先回りしてとっ捕まえてね。現在市中引き回しの真っ最中という訳だ」
「よく足が付いたな」
「今、ジャカルタの周辺諸国は基本的に二分されている。女神教の排斥の方針から関係が危うくなっている所か。ハレドみたいにこちらから攻め込んで支配下に置いた国や、威圧によって恭順している国のどれか。――前者の国に無断で国境越えしたら粛清されるし、後者に逃げればこちらに情報が回る。詰んでいる連中を走り回ってとっ捕まえてきたってわけ」
「成程ねぇ」
現在ジャカルタは未曽有の状況に置かれている。
ジャカルタに派遣された司祭騎士二人を排除し、王の交代と共に女神教の排斥を宣言。その宣言と共に魔王を打ち滅ぼせし勇者四人を国の要職に置いた。
その為。当然、女神教の影響下にある周辺諸国は大きく反発し。これまで国交を結んできた国々との関係にも溝が出来始めていた。いつ戦争の火蓋が切られてもおかしくない状況である。
故に。――クラミアンの方針転換により粛清の危機にあった貴族たちは。逃げるに逃げられぬ状況に追い込まれた。
「これからは戦争の時代だからねぇ。今がボーナスタイムだよ」
「ボーナスタイム?」
「そ。ここからの一年は、女神教関連で没収した貴族共の財産を市民に還元すると共に。没収した財で軍備の強化を図る時期だ。――これまでの国とは一新するというのを、市民の目に見せないとならんのよ」
だから、と。ユーランは煙を吐きながら言葉を続ける。
「こうして――これまで舐め腐って生きてきた貴族共を痛めつける様を、ちゃあんと見せる必要があるってことだね。なのでこうして市中引き回しを行っている」
「成程ねぇ。おそろし」
「この連中は後々中央広場にて女神教の幹部共諸共に公開処刑の予定だ。――女神教が勃興してから溜め続けた市民たちのガス抜きをきっちり行ってからがこの国のスタートって訳。取り敢えず、今の時期は基本となる方針に従って政策を行って。これまで邪魔で仕方がなかった馬鹿共を粛正すればするだけクラミアン様の支持が高まるボーナスタイムだ。ここで稼いだ支持で、こっからの戦争のやりやすさが変わる。その事をクラミアン様は理解しているから――こうして大規模な粛清を解りやすく敢行している訳だね」
「....しかしクラミアン様も変わられたもんだねェ」
王権を授与されるよりも前のクラミアンの姿を思い出す。
権力闘争の最中にて、死の危険に晒され。そして身近な者が実際に死に。人を信じれなくなった可憐な少女だったのに。
今や王権を使いこなし、恐れる事無く次々と大鉈を振るう女傑へとその姿を変えていた。一体何があったらここまでの変貌を遂げられるのだろうか。
「全くそうだねぇ。――私もこんな事になるとは思わんかったよ」
「意外なのはそっちも同じだ。やけに大人しくクラミアン様に従っているじゃないか、ユーラン殿」
「....本当にね」
ユーランは当初、クラミアンを即位させたのち。自身にとって都合がいい駒に仕立て上げるつもりだと言っていた。
ユーランは有能であるが、根本として貴族としての責任感や他者への献身性が存在しない。
自身の利益だけを追い求める為だけに生き、王さえもその為の道具でしかなかったはずで。
そんな彼女だが。現在彼女は、クラミアンを陰で操るどころか。彼女の懐刀として、もっとも頼られている存在となり。ユーラン自身もその立場に真面目に応えている。
不気味。あまりにも不気味だ。
彼女は――誰かの手足として動くことを良しとするような人間であったか.....?
「全く、予想外の人生を生きているよ。それもこれも君の所為だぞ、レロロ殿」
「は?俺?」
「おうとも。――君の助言を受けてクラミアン様は私の弱みを握り、新たな関係を作ったのだからな。君から言ったのだろう?人が信じられないのなら、自ずから関係を作れと」
「.....」
いや。
確かに言った。言ったが....。その助言を受けしょっぱなからやらかす事が、ユーランの弱みを握る事だと?
ユーランの有能性の肝となる部分は。その情報収集能力だ。
王宮に間者を忍ばせ情報を握り。そして自身にとって都合のいい情報だけを相手に握らせる。そうやって彼女は政敵を排除し、そしてあのジャカルタの王権争いにても、秘匿した情報を利用して勝利を収めていた。
当然。情報戦の匠であるユーランの弱みを握る事は容易ではないはずだが。彼女は、それを成し遂げたのだという。
「クラミアン様はとんでもない傑物だよ。くっくっく....私の観察眼もここに来て誤ったようだね。甘い蜜を啜る日々を送りたかったんだがねぇ」
「それにしちゃあ満足気じゃないか」
「今の所満足しているよ。――なにせ、自分で啜るよりも耽溺できる蜜を餌に啜れているからね」
にこやかな顔で、ユーランは――牢に連れていかれている、ボロ衣の連中を眺めている。
彼等がユーランに向ける絶望混じりの濃い憎悪の視線を合わせ。馳走を味わうように陶然とした表情を浮かべていた
「こんな数の政敵を自分で消す事なんて出来やしないからね。なんて心地よさだ」
「....良かったね」
「まあそう言う部分を抜きにしても、悪くはないよ。――他者に求められるって感覚は、存外にいいものだよレロロ殿」
ふふ、と。
今まで見たどれとも重ならない、ユーランの笑みがそこにあった。
モクを吸い込んだ時の、悦楽の笑みとも。邪魔者を消す時の捕食者の笑みでもない。
親が子に向けるような情愛が籠った。他者の未来の先を見ているような。――優し気な笑み。
「自己だけで完結する幸福というものも存在はするがね。他者に必要とされる幸せというものも、また確実に存在している。私は今、クラミアン様に頼られている事に、確かな生き甲斐を感じているよ」
「.....」
「私は快楽主義者だから――二つ幸福があるのなら、両方味わってみたいのさ。意固地になって片方だけ啜るような真似はしないのさ」
レロロは内心「ええ....」と、ドン引きしていた。
モクカスの利己主義者。利己の為に数え切れぬ程の政敵を滅ぼしてきた大貴族の女傑。それが、ユーラン・アレクシャスという女であったはずだ。
そんな女がのたまう言葉の中に「他者から必要とされる幸せ」などという文言。これは一体どういう事だ。陸に打ち上げられた魚が空を泳ぎ出したかのようなあり得ざる心境の変化がここに存在している。
何をやったんだ、クラミアン。
「はっはっは。まあまあレロロ殿。己に起きた変化には素直になった方が、人生というのは楽しめるものだよ」
「はぁ....」
そのレロロの表情の変化を一瞥し。ユーランは笑みを浮かべてそう言った。
心中のドン引きは、しっかりと伝わってくれたようだ。
「己の外側であろうと内側であろうと。訪れた変化に対して意固地になっても損するだけだ。貴方も、今の立場になったのは心底不本意だろうがね。否応にも変化が訪れてしまったのなら、楽しまねば損損」
「.....」
「折角手に入れた大貴族の立場だ。せいぜい楽しんでくれたまえ。――それではな、レロロ殿。私はこれよりクラミアン王との謁見だ」
晴れやかな笑顔と爽やかな声音で、ユーランは軽く手を振ってレロロから離れていった。
▼▼▼
「やあやあレロ君。君の愛しのアーレン・ローレンが帰ってきたよ~」
「.....」
クラミアンへの謁見に向かったユーランを見送ると。入れ替わるように――国外へ出ていたアーレンが戻ってきた。
「いやはやいやはや。この不安定な情勢下。可憐な女の子の一人旅。不安で仕方がなかったがね」
「.....」
「こうして帰ってきた訳だよレロ君。さあ、抱擁をよろしく頼む。なんなら熱いベーゼだって大歓迎――」
「なあおい。こいつ等誰だよ....」
レロロは――アーレンの両隣に佇む二名を指差す。
一名。明らかに怯えの表情で引き攣った笑みを浮かべた、背丈の高い小麦色の肌をした女。
一名。漆黒の僧服を隠すようにロングコートを着込んだ口髭の老爺。やけにピンと反り立った立ち姿の上、両手を背中で握っている。
「は....はは....」
女は、何処か自棄になったような笑みを浮かべ。
「ふむん....」
老爺は。興味深そうにレロロを眺めていた。
「アーレン君。どうやら彼は随分と戸惑っているようだよ」
「なに?何故戸惑っているんだい、レロ君?」
「恐らく我々二人がノイズになっているのかと思われるが.....」
「む....。ああ、レロ君!安心してくれたまえ!こう見えてもボクは結構一途なんだ!確かに彼女は可愛いし、先生はイケジジイで、ボクは男も女も両方イケるクチだけど、我々はそういう関係ではない!君は寝取られてなんていないよ!」
「お前と寝た覚えは一ミリもないし、むしろそこの二人がお前の愛人だった方が理由が解りやすくて安心するまであるが....」
「安心するなよ!愛しの女の寝取られの危機だぞ!全く、レロ君は薄情だ!」
「寝てから言えよ.....。純粋に誰だよこいつ等.....」
むぅ、と頬を膨らますアーレンの姿を見る。
いや....あの....。勝手に機嫌を損ねられても困るのはこっちなのだが....。
「なら仕方がないね。ネタ晴らしするか。――こっちの女の子が、クルルシカ・ドーエン。次代の魔王だ」
「あ....どーも~....」
「は?」
レロロの「は?」の声にビク、と背筋が反応し。あからさまに恐怖に身を震えさせている――次代の魔王ちゃん。
「そしてこちらが、フェルメノーツ先生だ。ボクの学生時代の先生で、そしてつい先日まで司祭騎士長だった人だ」
「ドーモ。元司祭騎士長のフェルメノーツです」
「は?」
司祭騎士長?
は?こいつ女神教の軍務機関のトップなの?なんでこんな所にいて、そして何でバチクソ破戒僧のアーレンと一緒にいるの?何が起こっているの?
「この前は屋敷を爆破し、襲撃を仕掛けて申し訳なかったネ。君は素晴らしい幸運の持ち主だ」
「は?」
もう「は?」しか言えねぇ。
なに。こいつが屋敷爆破した犯人なわけ?
「うむ。君が受け継いだ屋敷の持ち主から術式の在処を聞いてね。盛大な花火を上げさせてもらった」
「テメェェェェェェェェ!何やってくれたんだ!お前の所為で俺はなァ!一生物笑いの種になって擦られるネタを作られたんだぞ!ぶっ殺すぞこの口髭ジジイがァァァァァァァァァァァァァァ!」
レロロはフェルメノーツの胸倉を掴みグラグラと揺らし。フェルメノーツはその動きに合わせてにこやかに笑いながらなすがままになっていた。
「まあまあレロ君、落ち着きたまえ」
「これが落ち着いていられるか!せめて前歯くらい折らせろ!」
「よいぞレロロ君。私がやった事を考えれば前歯位安いものさ。――だが私の肉体は加護の術式によって守られている。同じだけの加護を纏わねば君の腕の方の骨がイかれる可能性があるので、そこら辺は留意して殴りたまえ」
「クソが!死ね!」
何だこのジジイ。
「でもねぇ、レロ君。先生の方はともかくとして。次代の魔王に関しては君の想定通りだろう?」
「....まあ、そりゃそうだけどよ」
「これで。ボク等の計画が実行できる手筈が済んだ」
にこやかに笑い。そうアーレンは言った。
「――アーケール、イムリス、ウルムスの三種の神器が揃い。そして魔王の術式も手に入れた。これで、聖典上の女神を呼び出せる」
アーレンの言葉に。
フェルメノーツの顔面にも――確かな笑みが刻み付けられる。
「女神教を滅ぼす手筈も――もうじき終わるよ」
奸臣一歩手前みたいな奴から信頼を得て忠誠を得る展開、結構好き