割とこれまでとテイストが変わるような話もやっていくので、寛大な心で見て頂ければと思います。
銀行強盗及び借金のすゝめ
死に場所を誤った戦士の旅路は、ただただ呪いの未来だけが待ち受けている。
生きる時間全て。待ち受ける未来全て。悔恨と失望で塗り潰され。死ねなかったあの日を忘れられぬ。死ぬべきだったあの日の記憶が現在を追いかけていく。
それが、己が臆病によってもたらされてしまったのならば。よりその悔恨は深く、深く、過去から現在を追いかけ。未来へと追い立てていく。
この先にどれだけの幸福が待っていようとも、それを許容できぬ。己が醜い臆病で生き永らえたその身で、守るべき国も、忠誠を誓った主君も、全て失った上で。のうのうと生き延びた幸福を享受出来るほどに器用に人間が出来てもなく、さりとて命を投げ捨てられる程の蛮勇さも無かった。
あの時恐怖に吞まれ死ねなかった故に、生き延びてしまった今だからこそ理解できる。――悔恨を抱えながら生きていく事は、死ぬよりも辛いのだと。
それを知っていれば。こんなにも、惨めな思いをせずとも済んだであろうに。
ずっと、ずっと、後悔し続けている――。
●
「おいおい。これが本当に――あの魔王を滅ぼした勇者様って?マジで?」
「.....」
「いやいやビックリだよ。こんな奴が、今や大貴族様って?」
「こんな奴か....。おいおいちょっと興味あるな。俺はどんな奴に見える?もう今じゃあ素直にどんな風に見えるのか言ってくれる奴もいなくてなァ」
ジャカルタ首都から東に離れた城塞都市内。その中央にある銀行内。
その中には、忙しなく働いている業務員も、客も、なんなら――銀行内に貯蔵されし貨幣もなくなっていた。
代わりに存在するのは。武器や杖を構える武装集団が十数名と。その十数名のど真ん中に鎮座し、両手を術式付きの荒縄で縛られた男が一人いるのみ。
「どんな奴か?教えてやろうかマヌケ。とても大貴族には見えねぇアホ面だな。覇気も無ければやる気もねぇ。気品もねぇ。ついでに言えば脳味噌もそこまで煮詰まってなさそうで運もねぇ。可哀想なチンカス野郎だ」
「おい!言いすぎだろ!少しはリスペクトしてくれよ泣くぞ!」
「うわ、自分でやれって言っといてなんか言い返して来やがった。ちっとは黙ってろテメェは人質なんだからよ」
レロロ・レレレレーロ。
現在ジャカルタ東部の領地を治める大貴族。かつて魔王を討ち果たしたる勇者の一人。ジャカルタを巣食う女神教と腐敗貴族を一掃し、現王の信頼を勝ち取り、貴族の頭目の一人にまで成り上がった人物。
そんなジャカルタにおいて指折りの影響力を持つ人物が――何故か銀行の中。荒縄で両手を縛られ床に転がされております。まる。
「そらそうだろうけどよ!――人質交換でやって来た挙句”こいつ本当に貴族か...?”ってマジの疑問符つけられて門前払い受ける所だったんだぞ!繊細な俺の心もちったぁ理解しろこのクソボケ犯罪者共が!」
「そりゃ疑問符なら今でもついているぜアホ貴族。――評議会用の金印持っていなければ、そのまま死体にして門前払いしていた所だこの間抜け面の山猿が」
「金を得る為にこんな猿よりも短絡的な手段選んだテメェ等に言われたかねぇわバァカ!」
人質の身分でありながらぎゃあぎゃあと喚き散らかす大貴族様の醜態を見ながら――銀行強盗犯は顔を顰めている。何だコイツ。肝が据わっているのか、はたまたただの馬鹿なのか。
経緯としてはこうだ。
ジャカルタ東部の、レロロ統治下にある領地内にて銀行強盗が発生した。軍事訓練を重ねたであろう強盗の面々は疾風の如く銀行内部を掌握し、業務員並びに客を拿捕。そのまま人質にする。
そして――その事件を受け。人質の解放を条件に、領主であるレロロが代わりに捕らえられる事となったのであった。
外の見張りも含めて十数名以上の人員を投じて行われた銀行強盗。レロロは、その渦中に人質交換という形で足を踏み入れたのであった。
「というかそろそろその口閉じろ。テメェは人質だってわかってんのか?望むならその口縫い合わせて下の口でしか会話できねぇようにしてやろうか?ああん?」
「甘いな。まだまだ甘いぜ罪人共。俺は下の口すらも熱した剣先でグチャグチャにして笑い散らかせる異常者と旅してきた猛者だぜ。そんな脅し文句で怯える程ケツの締まりは悪くねぇのよ。むしろテメェ等のケツが今後どう調理されるか楽しみで仕方ねぇなァ」
「おうおう、随分強気だな?自分の立場ってものがわかってねえようだな?」
「そりゃ強気にもなるぜ。――お前等が俺を殺せる訳がねぇんだからな」
レロロがそう言うと同時。そろそろ堪忍袋の緒が切れ散らかしたのだろうか。
その顔面に、腰の入った容赦のない前蹴りが放たれる。
が。――レロロの顔面を真正面から捉え蹴りつけたはずが。何故だかその蹴りは顔面から軌道を外れていく。
「俺がタダでこんな所に来たと思ったかクソ馬鹿共め。――俺を縛っている縄に仕掛けた術式で魔法を使えなくしているようだが、事前に仕込んだ魔法効果まで打ち消せる訳じゃねぇだろ?」
「....女神教の守護霊か」
苦虫を噛み潰したように、強盗の表情が歪む。
「――アーレン・ローレンがこの城塞都市にいるのか?」
「いねぇよ。女神教の魔法を修めている奴はアイツだけじゃないんでね」
さあて、と。レロロは呟く。
「まあそれに、仮に守護霊が無かったとしても。お前等が出来る事と言えば精々俺を痛めつける事くらいだろ?俺を殺しちゃあ、ジャカルタはその面目にかけてお前等を殺さにゃならんくなるからねぇ」
「....」
「随分高度な結界を使っているし。ここの連中のうち二人位は、大魔法使いレベルの魔力を持ってるな。――お前等、取り潰しになった貴族お抱えの魔法使いだったろ?」
「....」
レロロは、――強盗共の顔を一人一人見ながら、言葉を紡いでいく。
「恐らくこの銀行を狙ったのは、東の国境線に一番近い銀行だったからだろ?南はジャカルタの支配下である旧ハレドで、北と西は女神教絡みで国交は無くなっている。東側諸国も情勢的にはあんまりよろしく無いが、あちらは経済恐慌の真っ只中で国境警備すらままなっていない。あちら側にコネと賄賂の用意があるなら、ジャカルタから逃げ出すには一番都合が良さそうな場所だ」
「こっちの銀行から金を奪って、転移魔法を使って東の国境線から逃げ出す。お前等の狙いはそんな所だろうな」
「お前等は強盗した後にこちら側に逃走路の確保と城門の開放を要求したが、恐らくそいつはブラフ。結界で封鎖した銀行内から外へ逃げ出すつもりなんだろ?」
「で。何で今になってもそいつを実行しないかというと。転移魔法を用いる為の術式の準備がまだ出来ていないから」
「転移魔法は高位魔法にあたる。魔力の損耗も激しいし、二つの術式間を魔力で繋げる作業が必要になる。専門の魔法使いがいなければ、即座に作動する術式は作れない。だから、恐らく丸一日は時間稼ぎをしたいから結界を張って、人質を取って膠着状態を作った」
「俺の守護霊を認識しながらも破壊しにかからないって事は、魔力の無駄遣いもしたくねぇって心の表れだな」
「どう?推測だけど当たっている?」
見る。
レロロの言葉によって揺れる内心を。
図星を突かれたか。それとも見当違いであると嘲ているか。
その目を見て――レロロはその口元に笑みを浮かべている。
「――随分解ったような口を利いているが、そんなもん知ってどうする?魔法も使えねぇ今のお前に何が出来るって?」
「さあなぁ。何が出来るんだろうな?だが、今お前等よりも俺の方が――間違いなく情報を得る事が出来ているぜ。どうだい、気持ち悪いだろう?何が出来るか解らねぇってのは。まあ魔法が封じられていると言っても、魔力探知が出来ない訳じゃない。銀行内に張り巡らされてる術式の内容くらい俺にも把握できる」
けけけ、と。レロロは笑みを浮かべる。
「実際――お前等は俺に仕掛けられていた守護霊の存在すらも見抜けなかっただろうがマヌケ」
「よ~く考えろよ。俺に女神教の守護霊がいるって事は、コイツを付与した魔法使いがいるってこった。これも、俺という存在を目印にした立派な術式だろうが」
その瞬間――ハッと、魔法使いの一人は気付く。
「――そうだ。女神教の守護霊は、本来は裁判の証人保護の為に使われるもので。この守護霊の魔力を目印に、転移用の術式も籠められて....!」
かつて。
破戒僧、アーレン・ローレンは王宮にて毒殺を目論んだメイドに守護霊を仕掛け、それを目印とした。
――転移魔法行使の為の、目印に。
レロロの頭上より、光が浮かび上がる。
「――お迎えに上がりました、レロロ様」
「ご苦労フェルメノーツ爺。さあて、ここからはお前等の方に試練が襲い掛かるぜ」
レロロの守護霊を通じて術式が展開され、光の粒と共に現れたるは。
口髭を蓄えた、がっしりとした体躯の老年の男。かつては僧服を纏っていた身から、皺ひとつない執事服へと衣を変えながらも、その雰囲気はまるで変わっていない。
元、司祭騎士長フェルメノーツ。
かつて司祭騎士長であったこの男は。アーレンとの激闘の末に女神教の信徒としての身分を捨て。現在――レロロ直下の執事長として、第二の人生を歩み始めていた。
彼は手早く手刀にてレロロの腕の縄を切ると共に――強盗共と向き直る。
フェルメノーツは得物も杖も手にせず、構えを取る事も無く、更に言えば闘志すらも見せる事も無く。されど――その口元にごく自然な笑みを浮かべていた。
それはまるで日常の中でささやかな喜びを見出した時の様な。春の暖かな日差しの中を歩いている時の様な。とても穏やかな笑みでした。
「いやはや。ウルムスなしで戦うのも久方ぶりですな。久々に近接戦での戦いに興じれそうです。まあ――精々、新たな主の為にこの老骨に鞭を打ち、皆々方に地獄への門戸を開けて差し上げましょう」
●
さて。
「まあ。待て待て、落ち着こうぜ皆」
このお話の主人公は、魔王を滅ぼし、魔王の如き存在と化した勇者ではない。
「君たちは俺という存在に対して、投資をしてくれたわけだ。確かに俺は金を借りた訳だが....ちゃんと返済義務という存在は知っている。借金を踏み倒して醜い言い訳を並び立てるクズ共と同列を成しているなどとはまさしく心外だ。心外だよ。心底心外だ」
「俺は借金してでもやらねばならない事があった。この瞬間、たった今、どうしても金が必要だった。今ここに手元にある金こそが重要なのだ。だからこそ金を借りた。今に価値があるからだ。将来――この価値に見合うだけの利子をつけて返済する事をこの身の義務に課してね」
「俺は――これからジャカルタ首都の城塞都市に行って御前試合を行うんだ。女神教殺しのイカレ粛清王、ジャカルタ王クラミアン様の前で己が武勇を示すんだ」
「その為の諸々の準備の為に、確かに君たちに金を借りた。別に勝算が無いわけじゃないんだ。優勝さえすれば、賞金で十分返済できるはずなんだ」
「借りた金を返さず何が悪いとは言わないけど。返済とは未来なんだ。一秒だって時計の針は止まってはくれないが、俺が金を借りたという過去から連なり義務として返済する時限は、まだだ。まだなんだ」
「え?返済期間?.....う、うむ。確かに。期限というもので区切れば、義務というものに楔を付ける事が出来るね。成程。止まることなき時計の針に、確かなる指針が生まれるわけだ」
「まあ、だからだ。俺から君たちに言える事はただ一つ。――待っていてくれ。お願いだ、待っていてくれ。まるで戦場に旅立つ恋人を見送るように、俺への融資の先に確かにある雄姿を見届けてくれ。....あ、御前試合のチケットの融通とかは出来ないが....そこも自腹で....すまない....きっと優勝を手にするから....」
一人の男がいる。
男は術式が編み込まれた帷子の上、黒く塗りつぶされたような跡がある青のマントを羽織り。その背中に長槍を背負っている。
恐らくは、傭兵なのだろう。
そこそこに高い背丈の上に、頬に焼け痕交じりの斬撃痕が残る顔面が乗っかっている。その口元を傷痕ごと引き攣らせながら、――男は周囲を見渡しながら、軽薄で多弁な言葉を空に投げるように並び立てていた。
同じように軍服でも制服でもないが武装した三人ばかりの人物に囲まれ。その風よりも軽そうな言葉に、虫の羽音の風情を感じていた。
皆は街角にて。壁を背にして、青マントの男を囲んでいた――。
「男には成さねばならない事がある。人生を賭けなければならないことが。だから....頼む。待ってくれ。そう債権者に伝えてくれ君たち。後生だ....!」
男の名は、カイロウ。
各地の戦場を回る傭兵であると共に。突如としてその仕事すらも辞し、各地で借金をし回りジャカルタに赴き、――王の御前試合に出場する旨を伝えた男であり。
このお話における、主人公であった――。