「――フェルメノーツ殿が銀行内に潜入いたしました。それでは手筈通り、レロロ様が結界を解除したら私が建物の二階から潜入し囮になりますので。アーリア殿は正面から警官隊を引き連れ突入をお願いいたします」
「はい!承知いたしましたクレオメイド長!」
城塞都市、中央街。
強盗により張られた結界で区切られた外側にて、二人の女。
一人は、眼鏡をかけ、無表情のまま現場を見やる女――クレオであった。
普段身を包んでいるメイド服を脱ぎ、術式が編み込まれた暗殺者用の黒衣に身を包んだクレオは――両腕に鎌刃が仕込まれた手甲を装着。結界の解除をジッと見守っていた。
もう一人は、海のように澄んだ青色の長い髪を後ろ手に縛り上げた女であった。
女は左右それぞれに長さの異なる剣を腰先に下げ、真っすぐな姿勢で、真っすぐな視線を正面に向けている。
アーリア、と呼ばれたその女は。何処までも凛然とした佇まいをしていた。
二人の背後には。正門前を陣取る警察隊が陣取っている。
銀行強盗の最中、人質交換で領主が囚われている状況。――市民と領主が人質交換されるなど前代未聞であり、報告を聞いた警察長官は泡を吹いて倒れたという。
しかし。レロロが銀行に入り込む事によって――明らかに状況は好転しだしている。
結界の内側からけたたましい悲鳴が聞こえ来ると共に、結界が消える。
指示通り。クレオは風の様な軽業をもって建物を蹴り上げ空中へ向かい。天井の木材を切断すると共に建造物の中に侵入していく。
それと同時に銀行内の悲鳴が更に深まると共に――アーリアは腰先の剣を引き抜く。
「突撃ィ!」
正門を蹴り壊し――アーリアもまた、警察隊と共に突撃を始めた。
●
――クソ、クソが!
銀行強盗犯は、一転して地獄に叩き落されていた。
――畜生。判断を誤った。クソッタレが.....!
彼等は、元々は皆貴族お抱えの魔法使いや兵士であった。
女神教の不正が暴かれると共に、ジャカルタにひしめくように存在していた貴族は皆々大小の粛清が敢行され。その多くが爵位を奪われる羽目となった。
その結果として。粛清された貴族の下にいた者は、その多くが職を奪われる羽目となった。
腕や能力があれば、別の場所で働く事も出来る。
彼等も、それなりに腕はあった。実際に銀行強盗を淀みなく出来るだけの腕と計画性をしっかりと持ち合わせており。大魔法使いの境地に達したものもいる。
だが。彼等もまた――女神教の庇護のもとに、多くの不正を働いた過去が暴かれた存在であった。
故に、能力があれど別の勢力に拾われる事も無くこれまでを過ごしてきた。
だから。大金を稼いで、この国とおさらばする予定だった。
その為の計画を立て、実行した。
ジャカルタ東の、新領主レレレレーロ領を狙ったのは、当然実利の部分が一番であったが。それと同時に....女神教を暴き、自分たちをこうして追い詰めた勇者の一人であるレロロに、見返してやりたいという想いが無かったと言えば、嘘になる。
転移魔法の術式が完成するまでの間、人質を使って時間稼ぎを行う。計画を実行に移した。
その時に、領主と市民の人質交換を行う――などという手段を取ってしまったのは、自覚していないうちに、その心理が動いてしまったのだ。
己が人生を滅茶苦茶にしたレロロの目の前で、泡を食わせてやりたいと。
当然。市民よりもレロロの方が人質としての価値が高い。領主を人質にすれば、間違いなく警察も領邦軍も動けない。そこに関しても、実利優先の考えであった。
だが――レロロは己の肉体にしっかりと仕掛けを付与し、己が身をかけてこちらと勝負をしたのだ。
たかだか銀行強盗如きに。たかだか市民如きの為に。
勝算はあっただろう。周到な準備も行っただろう。だがそもそも、前提があり得ない。何故たかだか市民なんぞの為に、貴族が――それも領主が――己が身を危険に晒す?
貴族の毛一本、爪先一本の為に平気で蹴散らされるのが平民というものだ。地面に転がる枯葉よりも軽く脆い命の為に、勝算如きで動くなぞ、あり得ない。
そのあり得ざる行動を、至極当然とばかりに行使する。その異常性の異様さに、警戒するべきだった。
結果――。
「ぎゃああ!」
眼前に、化物がいる。
老人が、一人。
老人は静かな動き出しと共に、まるで水が流れるような自然なステップで拳を突き出す。
それだけで――腕利きの戦士の得物は叩き割られ。頬を掠る様な力の無い正拳が顎先を揺らし意識を刈り取る。
老人の肉体に付与されしは、究極の加護。
立ち向かう者共全てに、悪果をもたらす、最悪の加護。
魔法を仕掛ければ暴発して自滅する。
剣を振り上げれば、柄から抜け出た刃が己が足先を貫く。
ただ軽く暴力を振るうだけで、意識を吹き飛ばす最悪の威力を叩き出す。
神に愛されたが如き奇蹟を身に纏う、バケモノがいた。
その背後に佇みながら、――レロロは銀行全体に張り巡らせた結界と、転移用の術式を改造し。その魔法効果を掻き消していた。
この瞬間より――銀行強盗の計画は全て失敗に終わった事が決定的となった。
「くそ...!」
バケモノから逃げる。
建物の上階から逃げ出そうとした連中の悲鳴が更に聞こえてくる。
そこには――逃げ出さんと殺到してきた連中の足先に氷を張り転げさせ、その隙に足先を斬り裂く女の姿。
然程の魔力も無く、使っている魔法も下級のものしかない。だが――己に降りかかる魔法全てをその身のこなしと、氷魔法のみで回避し続け。地を這う蛇の如く両足の腱を、手甲の刃にて斬り裂いていく。
バケモノから逃げ出した先には、更なるバケモノ。
そして――。
「――武器を捨て投降しろ!」
両手に剣を握りし女を先頭とした、警察部隊が突っ込んでくる。
終わりが、見える。
「ふざけるな....!」
こんな所で。こんな所で。
また踏み躙られるのか?
忌々しい勇者一行。その一人、レロロ・レレレレーロ。
こんなふざけた名前の男に。元々は何処とも解らねぇ辺境貴族の爪弾き者如きに。――またしても敗北を味わわされるのか?
計画を実行する為の合理性。その目を曇らせた、レロロへの恨み辛みが――窮地の最中において、男の無意識に沈めた感情から噴出していた。
このまま――ただただ負け続きで終わらせてたまるか....!
「せめて....最後の最後くらい、煮え湯を飲ませてやる....!」
男は――己が全力を籠めた。
国境超えの為、全力で学んだ転移魔法。
その術式はレロロにより掻き消されたが――即席で作った術式でも、せめてあの正面の警官隊くらいならば飛び越えられないだろうか。
転移魔法が失敗すれば、その末路は悲惨だ。基本的に己が肉体を魔力で分解して、特定の地点で再構築するという手続きで行使されるのが転移魔法であり。その失敗例として、転移の途中で肉体が投げ出されるのは最も幸運な例だろう。肉体の一部が再構築されぬまま消滅したり、最悪そのまま次元の彼方へと肉体が消失し死亡する事も珍しくない。それ故に術式の構築に手間をかけねばならない魔法なのだ。
そんなリスクを、男は――ただその一瞬抱いてしまった爆発的な感情により忘れてしまっていた。
忘れたまま。即席の術式で行使した。
――その果て。
「があああああああああああああ‼」
男は――己が左耳の構築に失敗し、激痛と共に血が噴き出す事となったが。
転移そのものは、位置もズレることなく成功した。
正面から突入した警官隊の背後へ転移し、その背中に魔法を叩きつける。
突如として背後から爆炎を味わわされた警官隊は――突入の勢いも併せ、もんどりうって倒れ込む。
「――逃がすか!」
爆炎が襲い来る瞬間――完全なる本能により、風を纏い防御を行ったアーリアは、二刀を掲げ魔法使いを追いかける。
――己が主が、その身を賭してまで追い込んだ罪人。
ここで逃がす訳にはいかぬ。
目を大きく見開き、――アーリアは逃げ行く強盗の背後を追っていく。
●
アーリア・サンドバルは、かつては貴族の娘であった。
かつて、と言っても。ほんの数年前の話であるが。
家の継承権は己が兄にあり、そして――女神教に庇護されるまま、不正を重ね続けてきた家に心底嫌気が差し、彼女は騎士の道を志した。
今でも――彼女は後悔していた。
嫌気が差して、騎士の道へ行った。
それは。己が正義心だったり、克己心の発露のように見えて――ただの逃避でしかなかったのだと後々気付いた。
己が血族の所業を見たくなかった。
心底軽蔑している者と共に生きていたくなかった。
己は――騎士へ”進んだ”のではない。
ただ。逃げただけであった。
レミディアス・アルデバラン。
彼女は悪徳の限りを尽くした己が一族を、その身一つで粛清を果たしたという。
かつて積み重ね、そして隠された罪を暴き立て。アルデバランの一族を根絶やしにした。
アーレン・ローレン。
彼女は、大陸を巣食う宗教組織に堂々と反旗を翻し。枢機卿を打ち滅ぼせし”破戒僧”となった。
大陸最大の宗教組織。彼等より死罪を言い渡されようと。彼女は、破戒僧であり続けた。
そして、現在の己が主であるレロロ。
彼は――辺境貴族から追い出された身で、魔王の討伐まで果たした。
彼等と比べ。己が存在の浅ましさは何だ。
見たくないものから目を逸らし。耐えられぬから逃げ出した己の存在は。
ジャカルタから女神教と悪徳貴族の全てを粛正した勇者達は――決して目を逸らしはしなかった。
その影を。その憎悪を。常に視線に収め、逃げず、顧みず、己が心のまま――叩き潰した。
彼等によって。己の肩書から貴族の身分は消え。ついでに王宮騎士としての道も立ち消えてしまったが――当然の末路であると、その事実を受け入れた。
至極当然の報いだ。
目を背けていたものが、目の前に到達してしまった。ただそれだけなのだから。
見たくないものを見て。己が手に収まらぬ出来事に対して立ち向かう。その為には――間違いなく、勇気が必要となる。
その勇気がなく、逃げるように生き続けてきたアーリアにとって。
――まるで悪鬼羅刹の如き恐れられている彼等は、アーリアの目からは、紛う事なき勇者に映っていた。
王宮騎士としての道が途絶えた後。彼女は――レレレレーロ領への士官を求め、その門戸を開いた。
もう二度と、逃げる事はしない。
その確固とした意志を持って。
●
一方その頃。
「――何やらあちらで騒動が起きているようだな諸君」
街角にて追い詰められていたカイロウは、遂に己を取り囲む三人のうち一人に、胸倉を掴まれていた。
「諸君。約束する。俺は決して逃げない。ただ――この騒動で誰かが困っているのを見て見ぬふりだけはしたくないのだ。話し合いは必ず続ける。俺の借金の事だ。責任をもって。納得するまで君たちとの話し合いは行う。その意思を俺は持っている。だから、行かせてくれないか....?」
「信用するとでも?」
「頼む....!今まさにあちらでは戦闘音が聞こえていて、悲鳴も微かながら聞こえているんだ。子どもの声だってする。こういう時にこそ、戦える人間は前に出なきゃならない。だから――すまない!」
そう言うと。
カイロウは胸倉を掴まれ捕らえられている状態から――するり。まるで水が流れるような滑らかさで、三者の間をすり抜けていった。
「あ、てめ....!」
「そこで待っていてくれ!十分以内に戻る!いいか、絶対待っているんだぞ!」
そう言うとカイロウは――段々と鮮明になっていく悲鳴の最中に飛び込んでいった。
中央街の銀行。そこに集まった大量の野次馬が――血相を変えて、パニックになりながら逃げ惑う姿が見える。
「皆、こちらに来るんだ!こちらの防御術式で避難路を確保する!」
カイロウは手早く術式を編むと共に、結界術式を張る。
石畳を術式で壁に作り上げ、魔力で補強する。戦場で簡易的な塹壕を作るための魔法だ。
壁で区切り市民を影に隠すと共に、退路を確保。
カイロウは周囲を見渡し――人波に押しのけられている背丈の低い子どもや、非力な女性を別口のルートへ手早く誘導する。
手慣れた動きで市民の避難を完了させると共に――銀行の正門から聞こえ来る魔法の音を聞き咎める。
「.....銀行強盗か」
カイロウは――その目に、憤怒の感情を浮かべていた。
それは義憤ではなく。ただ純粋な、燃え上がる様な怒りであった。
「――他人様の金を暴力でもって奪おうなどとは言語道断!金が欲しければ、キチンと手続きして金借りろこの狼藉者がァ!」
カイロウはそう叫ぶと、己が背から長槍を取り出し――怒りのまま走り出していた。