魔王滅ぼしたけど多分新しい魔王ポジが生まれただけ   作:丸米

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お願い筋肉マイフレンド

「おはようございます債権者様――うぐぅ!」

「このお馬鹿!呼び名は領主様か、レロロ様かのどちらかだ無礼者!」

「す、すまないアーリア殿....いつもの癖で....。」

「借金を癖にするんじゃねぇバカタレが」

 

 レロロは事務仕事を一段落させると、邸宅を離れ、練兵場の様子を見に来ていた。

 彼はとにもかくにも――己が所有する軍に関しては、人一倍気にかけていた。

 と、いうのも。良くも悪くも、軍は己と領地の生命線であるからだ。

 単なる軍事力、という面ではなく。領地の施策における腐敗は基本的に軍から始まるという事を、身を以て知っているから。

 軍や警察が機能不全になると、転じてそれはレロロの領主としての命を縮める事になる。領民に第一に迫りくる脅威は外敵などではない。領内の軍人だ。

 

 ――元々は単なる辺境の田舎貴族であったレロロにとって、領民からの信頼の喪失は死と同義であると考えている。

 ジャカルタ市民にとって。レロロは突如として現れた外様の領主だ。

 外様が信任を受ける為の力は、信頼以外の何物でもない。なにせこの国で生まれ育ったわけでもなく、正当な支配権を受け継いできた訳でもない。王から信任を受けた事だけが、この国におけるレロロの価値である。

 

 銀行強盗の事件でわざわざ己が出張ってああいう事をしたのも、領民からの人気を高めるための一種のパフォーマンスだ。

 

 信頼とは得難いもの。得られる好機があるのなら、積極的に掴みに行くべし。

 その上で――積み上げた信頼が崩れ去るのもまた一瞬。

 積み上げる努力も、崩さぬ努力も。双方共にやらねばならぬのだ。

 別に信頼を失って貴族の身分から追われるならばそれはそれで構わない――どころか。当初の望みからすれば万々歳なのだが。残念ながら、己が目的の為に領民を痛めつけられるような性根をレロロは持ち合わせていなかった。

 

 と、いう訳で。レロロは練兵場へわざわざ足を運んだのだが。

 新しく迎え入れたカイロウは、こんな感じであった。変わらず馬鹿だった。

 

 レロロはアーリアを呼び寄せ、耳打ちする。

 

「――あの馬鹿、元々士官経験があると聞いていたから練兵を任せてみたんだが。どうだ。上手くやってる?」

「....認め難いですが、指導能力は非常に高いです。特に白兵戦の練兵に関しては目を見張るものがあります」

「そっかぁ....」

「腕があるのもそうですが。戦闘に関してはかなり理詰めの考え方をしていますし、言語化の能力も高いです。教官向きの性質をしています」

 

 アーリアの言を頭に入れた上で、レロロは仕事に戻ったカイロウの様子をうかがう。

 彼は練兵を任せた部隊の訓練の様子をじっくり見つめ、幾度か頷き。時折懐から紙とペンを手に取り何事かを書き。その後、訓練中の部隊員一人一人に声をかけていく。

 

「いいか?俺達のような近接戦担当の魔法使いってのは、魔法で相手を仕留める事は考えない方がよい。防御術式とか牽制用の魔法とかで相手の意識とか狙いを散らせた上で、あくまで本命は得物での差し合いだ。魔法は近付く手段であり意識を散らして集中力に負荷をかける手段。その意識を徹底しよう。――アンタは魔力が他よりも優秀な分、牽制や防御術式の扱いは上手いが、肝心の白兵戦が魔法頼りでちと雑だ。一旦、魔法は封印してみっちり剣術を詰めていく。いいな?」

 

「小柄な体躯は戦場じゃあかなり有利だ。身を屈めていりゃあそれだけで防御術式の範囲を狭める事が出来るし。相手の視界に映りにくくなる。――アンタは足元からの攻め手を増やすだけで相当役立つ。身を屈めながらの戦い方と、それに適した防御術式の構築をこれから教えていく」

 

「部隊ごとの動きだとか連携だとかは考えなくていい。今はそれぞれが何らかの役割を担えるだけのスキルを得る事の方がよっぽど重要だからな。細かい訓練内容は後で組んでおくから、取り敢えず個々人で基礎をこなしていけ」

 

 馬鹿だ馬鹿だと言っていたが、こと戦闘に関しては、カイロウはどうしてか中々言語化が上手い。簡潔に方針を説明しつつ、各人の体格や適性に合わせて動きの指導をしている。

 外様の傭兵、という立場もかなり噛み合っている。明確な上官の立場ではないので、指導されている者が委縮している様子が無い。互いに対等にコミュニケーションが成立し、指導されている側も臆することなくカイロウに動きを尋ねる事が出来ているようだ。この立場からのコミュニケーションの仕方が中々こなれていて、熟練の風情を感じていた。

 

 教導にとって重要な事は、正しい事を正しく教える事もそうであるが。その正しさを相手に納得させる事はそれ以上に重要であるとレロロは考えている。

 カイロウは、その正しさを理屈で説明できる術を持っている。

 一見すると聡明に見えてくるのが恐ろしい。いや、実際に眼前のアレは聡明そのもので間違いないのだが。聡明であれば起こるべくもない事をあれだけ巻き起こした希代の大馬鹿者が、ああいう言説を唱える事が出来る事実に。レロロは世界の奥深さと恐ろしさを見ていた。

 

「お前も御前試合に出るだろ?どうだ――アイツに勝てるか?」

「.....」

 

 アーリアは、レロロの質問に表情を歪め、

 

「....今の私では、彼に勝てるイメージが出来ません」

「....そうか」

 

 アーリアは今回の御前試合の出場者において、優勝候補の一角である。

 その彼女が”勝てるイメージが湧かない”とまで言い切る男が――多重債務者のクソ馬鹿槍使い、カイロウであった。

 

「御前試合で借金を返すってのも、全然現実的な想定だったんだな。案外、いい拾い物だったか」

 

 話を聞く限り、カイロウは御前試合で得られる優勝賞金を勘定に多数の債務を背負ったらしい。お前の頭の中には幻覚性物質入りの花畑でも埋め込まれているのかと、一度脳味噌を叩き直そうかと思いもしたが。――ここまでアーリアが舌を巻くレベルの強さがあるというのなら話は別だ。ギャンブルを仕掛ける資格はある。

 

 しかし、と。レロロは呟く。

 

 

「――そこまで腕があるなら何で無理に借金してまで御前試合なんぞに出ようと思ったのかね」

「大金を得る為じゃないですか?」

「大金を得る為に借金して人生を追いやられる馬鹿がこの世に存在するとは信じたくないな.....」

「でも、正直そんな道理も解っていなくてもおかしくない程には....馬鹿ですあの男....」

「馬鹿だよなァ....馬鹿なんだよなァ....」

「そもそもここまで見てきたあの男の馬鹿さ加減も、にわかには信じがたい程の代物では....?」

「.....」

 

 レロロの嫌そうな表情は、その形容を脱ぎ、まさしく”嫌”を刻み付けたそれへと移ろった。

 本当に、嫌だった。この世には――ここまでの愚か者が確かに存在しているのだという事実に直面せねばならない事実そのものを直視せざるを得ないのが、本当に嫌だった。

 世の中愚か者に溢れている。正直、あんな制御不能の化物共を引き連れて魔王を討伐せんとしたレロロ自身も賢者か愚者、どちらに分類されるかと言えば間違いなく後者だろう。

 とはいえ。愚者には愚者なりの道理と目的があり。その道理と目的の為に、どうにも愚者にならざるを得なかったが故にそうなってしまったのだ。

 だがアレは何だ。そもそもの道理が間違っているし、目的は何処にあるのだというのだ。何なのだアイツは。

 

「アーリア。もう一度確認しておくが――お前とカイロウは御前試合に出場するし、俺も観覧に出向かなきゃならん。カスティリオ主催のイベントだからな。元勇者の俺が出向かない訳にはいかねぇ」

「はい」

「なので。一週間後、俺とお前とカイロウ、そしてクレオで王都まで向かう」

「.....」

「世話は頼んだぞ」

「.....私なんですね」

「そりゃそうだ。クレオは俺の世話係だ。なら後はお前しかいないじゃないか」

 

 嫌を刻み付けた表情のまま、レロロは――ただそう冷たくアーリアに告げていた。

 アーリアの表情もまた、鏡のように同様のものが刻み込まれていた。

 

 

 

 

 ジャカルタ王都、城塞都市。

 街はクラミアン王の戴冠以来初となる御前試合で、大きな盛り上がりを見せていた。

 

 王宮執事長であるカスティリオが企画し発足した本大会。優勝者には莫大な賞金が出ると同時、カスティリオの権限で行える範囲内でその願いを叶えるという特典も付いている。

 対理各国より腕自慢が集まり、大陸中より選び抜かれた戦士たちが集結し始めていた――。

 

 そんな中。都市の裏通りを抜けた先にある貧民街の一角にある、酒場。

 そこでは――沈痛な面持ちの男共がいた。

 

「――いけると思うか?」

「いや。ダメだろうな....。どうしたもんかなぁ....」

 

 グラスに注がれた安酒を煽りながら、「畜生...」と男共は呟く。

 

「今回、女騎士アーリアが鉄板だと思っていたが....。まさか直前であんな大物が入ってくるとはなぁ....」

「一気に読めなくなってしまったな....。ちっ、これで鉄板はあの女の胸だけになってしまった」

 

 彼等は――御前試合を用いた賭けをしている連中であった。

 貧民街の裏社会。そこでは、あらゆるものが賭けの対象となる。

 賭場で行われし諸々もそうであるが。こうした武闘大会の結果や、小国家同士の戦の結果。――果ては、かつての勇者一行がジャカルタで行った動乱まで、賭けの対象となっていたという。

 故に。王の御前試合というめでたき催事でさえも、彼等にとっては賭けの一種でしかない。

 

「――”錬鉄槍”カイロウ。ここ二年近く姿をくらましていたと聞いていたが....」

「くらましていたんじゃなくて、その間廃人同然だったって話だったぜ。稼いだ金を切り崩して山奥の村で死んだように暮らしていたってな。――今更武闘大会に出るなんざ考えもしなかったぜ。馬鹿みたいな借金まで抱えやがってな」

「今頃――あの変態も頭を悩ませてんじゃねぇかね」

 

 固有名詞のない”あの変態”という文言。だがそれを耳にした方も――口にした者と同じ存在を思い浮かべていた。

 

「いいやぁ。あのポジティブ変態野郎がこの程度でへこたれるわけがねぇや。――まあ何するか解ったもんじゃねぇから。暫くあの野郎には近づかない方がいいだろうねぇ....」

 

 

 

 

 何が美しく。何が醜いか。それを如何に定義するかが――人間としての在り方なのだろう。

 絵画の精緻さに、戦の蛮性に、財宝の輝きに、権力による支配に、魔法の妖しき力に、――人は、その各々の感覚質により、各々の輝きをその生に見る。己が見出した輝きを追う事こそ、人生における幸福なのだと。

 

「――人生は、苦難の連続だわぁ」

 

 うふふ、と。どうしようもない声が響く。

 どうしようもない、というのは。どれだけ着飾ろうとも、隠そうとしても、溢れ出す代物である。

 その声は可能な限り柔らかく、女性的な発声で放たれているが。どれ程声を変えんとすれども、隠しきれぬ巌の如き力強さと年輪を重ねた大樹の如き太さが溢れ出る。

 

「人生は、苦難を愉しむものよぉ。そびえ立つ壁を前に必死に爪を立てるの。たとえ爪が割れ、腕が痺れ、その壁に血と汗を流そうとも。――己を鍛え上げるその心こそが、この人生を豊かにしてくれるわぁ」

 

 声の主は、鉄の如き筋肉で覆われていた。

 髪が完全に抜け落ちた鉄球の如き頭部。樹木の如き首。大蛇の如くうねる筋肉を纏いし胴体と両脚。

 その肉体の一片までも、岩石の如き筋肉を纏っている。

 それは天性の肉体美ではなく。その者が、並々ならぬ努力と研鑽の果てに作り出された肉体であった。肥大化した筋肉の一つ一つに術式が刻み込まれ、躍動を続けている。

 術式の種類は多岐にわたり。筋肉の過剰発達を阻害するミオスタチンの生成量を抑える術式と、常に己が肉体に負荷をかけ続ける術式が主たる代物であり、その他筋肉を発達させるための様々な手法を取り入れ――その者の筋骨を強靭なものにしていた。

 術式を付与され、過剰な負荷をかけられた肉体は軋みを上げ続ける。常人ではもう立ち上がれない程の倦怠感と激痛に襲われ続けているが――その負担すらも愉しむように、涼やかで穏やかな表情をしていた。

 その者はマゾヒストという訳ではない。苦痛そのものを快楽として受け入れられるような肉体や精神性を有している訳ではない。

 ただ、その苦痛の果てに、己が追及する肉体が存在しているが故――苦痛すらも愛する事が出来るようになった、というだけで。

 

「――愛。愛こそが、死霊術の骨子。アタシはアタシが見出してしまった美しき者に囚われ続けている。この肉体が、そしてこの肉体に囚われし魂が」

 

「死霊術は本来魂を操りし魔法。魂を知覚し、術式で魂を操れる者が足を踏み入れられる領域。アルデバランが復活させた禁呪の技巧。アタシはその領域には届かなかったケド。それでも、魂を包括する肉体の本質へと近付くことが出来たわァ。これでいいの。いや、――これがいいの」

 

「何故ならばアタシは、筋肉を愛しているから。男や女という区分じゃない。ヒトの身に詰まった、鍛え上げられた肉体の内側に在る筋肉の躍動こそが、アタシを昂奮させるの。魂を通さずとも、その肉体の全てを知覚するだけで。アタシは”人”を理解する。理解する事が出来る」

 

「肉体にだって、魂と同じように――その人間が辿ってきた軌跡が刻み込まれているわ。惰性で生きてきた肉体。戦の為に作り上げた肉体。魅せるための肉体。天性を与えられた肉体。その肉体の構築の仕方が、その者の人生を表している。アタシはそれを読み解くの」

 

「アタシは――その全てを手にし、呼び起こす」

 

 

 その者は、地下にいた。

 かつて女神教司祭騎士ファウムが己が思うが儘に拷問するべく、地下深くに結界を張っていたように。

 この者もまた、己が欲求を満たすべく――貧民街の奥深く。己が住まいであるボロ小屋の地下深くに結界を張り、己が人生を懸けた探求を行っていた。

 

 そこには――氷漬けにされた多くの死骸があった。

 その多くが、豊かな筋骨を持つ者達であった。

 

 優れた体躯の死骸は勿論の事。小柄な肉体にあらん限りの筋肉を積んだ者や、筋肉の上に脂肪を纏った肉体。中には、恐らくは肉体の研究の為であろうか。輪切りにされ標本となっている死骸もある。

 

「――うふふ。アーリア(あの小娘)の対策がようやくできたというのに。またまたまたまた新しい敵が現れたのね。上等だわぁ」

 

 陶然とした面持ちで、その者は――どかりと、地下の中央に鎮座する巨大な椅子に腰かける。

 

「楽しみだわぁ。――廃人同然の状況から這い上がった傭兵の肉体。きっと、今まで見た事のない地平の筋肉が見れるはずだものねぇ」

 

 蠢くように太き二つの腕を眼前に運び。祈るように、静かに合わせる。

 瞬間――地下で氷漬けにされていた筋肉もまた、鼓動のように、蠢き始める。

 

 

 

「――ウィンブル・ガジェンナム。御前試合を制するは、この肉体派死霊術師たるアタシをおいて他にないわ」

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