「――という訳で。これから遠足だ。忘れ物はしてねぇなお前等」
さて。
そういう訳でこれから――遠足のお時間である。
ジャカルタ首都で行われる御前試合。その出場者であるカイロウとアーリアの二名と、レロロとその付き人であるクレオが――これより屋敷より出立する。
「それじゃあフェルメノーツ爺。留守は頼んだぜ」
「は。仰せのままに、レロロ様」
執事長のフェルメノーツに後の事は任せ。レロロ含め四人が屋敷を出立した。
領主たるレロロは、周囲から馬車移動を勧められたが”視界が担保されない状態で旅なんぞ出来るか”と一蹴し。そのまま徒歩移動を選択。
これまで、幾度となく送り込まれてきた女神教の手先から味わわされてきた襲撃の記憶は、未だレロロの脳裏にこびりついているのだ。キャリッジで視界が塞がれたまま移動するなぞ絶対に御免だとギャン喚きで主張した果ての姿である。
歴戦の勇者ゆえの用心深さか。はたまた心根に染みついた臆病故か。
「――護衛はお任せください。この命と債務をかけて、必ず守り通してみてます!」
「命をかけるのは勝手だが勝手に債務をかけてんじゃねぇ。テメェの借金はまだ消えねぇよクソ馬鹿野郎」
「レロロ様。レミディアス様の召喚体より書状を賜っております」
「なになに――首都に着いたら近況の報告をしに来いだってェ?面倒くせぇ.....」
「お断りしますか?」
「断った方が万倍面倒な事になるのは目に見えているからなぁ.....」
はぁ、と一つ溜息をつく。
久々に領主の務めから解放されたとて、肩肘張る時間は続いていく。
「まあ色々考えるのは到着してからでいいか.....何にせよ遠足だ。楽しい楽しい....遠足だァ....」
魔王討伐からすっかりもう旅なんぞしなくなった身分になってしまった。
あの時は本当にロクな目に合わない日の方が少ないレベルであったが。今度は自分の領地から首都に行く程度の遠足だ。
楽しい旅に....なればいいなぁ....。
●
それから。レロロ含む四人は屋敷を出立した。
東の国境沿いにあるレロロの所領から、首都までは中々の距離があり。更に他領を跨いで移動しなければならない為、結構な時間がかかる。
その上レロロの方針により――真っすぐ首都に向かうルートから外れ、わざわざ南側へ迂回しながら向かうルートを選んだ。
「――何故遠回りを?」
「最短のルートは予測がつきやすいから待ち伏せされやすいからだ。――暗殺のリスク回避だ」
アーリアの質問に、レロロはそう簡潔に答える。
「どれだけ実力があろうが、事前に綿密に準備してきた相手には基本的に敵わねぇのよ。――今回の御前試合の主催に嫌って程学んだことだ」
「御前試合の主催....現在の王宮執事長、カスティリオ様ですね」
「あの野郎の悪名はお前等にも届いているだろう?」
「うむ。俺が一介の傭兵だった頃から既にその名は轟いていた。――カスティリオ様の悪名が響き渡るごとに、闘技場での振舞いも皆変わっていったな。主催側から提供される飲食物は口にしない、むやみに他の出場者と関わりを持たない、得物の手入れも必ず自分で行う。闘技者には蛇蝎の如く嫌われていた御仁であると共に、様々な教訓を与えてくれた必要悪的な人物でもあったな」
「嫌われるのも当然の所業だわな。――今度はそいつが闘技大会を運営する側になるんだから、世の中解らねえもんだな」
かつて――闘技場で卑劣の限りを尽くし、荒らし回ったカスティリオ・アンクズオール。
現在彼女はかつての仮初の姿を脱ぎ捨て、本来の武人としての姿になっている。
「今回の御前試合、勝者には賞金とは別に優勝者にはカスティリオから特別な褒美があるらしいな」
「特別な褒美?」
「曰く、カスティリオの権限の範囲内で叶えられる範囲の願いを叶えるという。賞金じゃなくて。その褒美の方を目的に参加する連中もいるらしい」
――現在、ユーランと並びクラミアン王の懐刀としてその辣腕を振るうカスティリオが、その権限の限りで願いを叶える。
多額の賞金と併せ、この褒美も併せ。大陸中より様々な武闘家が現在ジャカルタに集まっているという。
「うむ。俺もそちらの方が本題だな」
「ああ....。そっちの目的叶える為に、借金してこんな所にわざわざ来たんだな....」
「そういう事になりますな」
「うっせぇドヤ顔すんじゃねぇ引っ叩くぞ」
「――アーリア殿とカイロウ殿はもうカスティリオ様に願う内容は決めていますか?」
「私は....まだ決まっていませんね。今でも、十二分に願いが叶っていますので」
「俺は決まっているが....まあそれはお楽しみという事で」
「....」
レロロは、――カイロウを注意深く眺めていた。
普段は実にふざけた態度とやけに明るい振舞いをしているが。
何というか――意図して自分の人生を投げているようなフシが時折見えるのだ。
生来持ち合わせた明るさというより。明日がない故に暗くなっても仕方がないから、明るくしている感じ。
明日世界が滅びるから今を精一杯生きよう、的な。向こう見ずで借金を抱えまくっている現状も、そういう感覚の延長線上のようなものを覚えていた。
「――今日の所は、街道沿いにある村の宿場に泊まります。夕刻までにそちらに辿り着けるよう頑張りましょう」
●
「レロロ様、ようこそいらっしゃいました。――小さな宿場ではございますが、どうぞごゆるりとお過ごしください」
「ああ。一晩だけだが、世話になる」
街道に面した村に入ると、宿場に入る。
宿場はこじんまりとしていた。
煉瓦造りの壁に古民家じみた内装。大きな暖炉がリビングにあり、そこから幾つかの部屋が分かれている。
「それじゃあこっからは男女で部屋分けだ。俺とカイロウ、それでアーリアとクレオ。――皆お疲れ。後は自由にしてくれ」
「レロロ様はどうされます?」
「少し休んだら近くの酒場でも行って来るよ」
「――それならば、私が護衛を引き受けます」
「いいっていいって。今は業務時間外だ。お前等はお前等で好きに過ごしていてくれ」
そう言うと、レロロはさっさと自室へと入っていった。
「――アーリア殿。レロロ様が外に出向かれる際は私が護衛いたしますので。ここからは自由に行動して頂いて大丈夫ですよ」
「いえ、クレオ殿....護衛は本来、騎士たる私の本分でありますので....」
「それで言うなら、今の貴女の本分は御前試合に問題なく出場し、全力を尽くす事でしょう。――英気を養える時に、しっかりと養ってください」
「.....」
何というか。
レロロも、その付き人であるクレオも。こちらを見る目線が、あからさまに親からのそれなのだ。
レロロは主従の関係で。クレオは立場上、アーリアの上役である。
だというのに――どうにも、彼等からは確かな気遣いを感じてしまう。気遣うべきは、こちらであるにも関わらず。
何というか。クレオはともかくとして、レロロに関しては心底心配してしまう。
あまりにも領主然としていない姿は間違いなくレロロの魅力の一つだろうが。恐らく身内に裏切られて権力の座を追われる危機となっても、そのまま何の抵抗も無くその席を退くだろうという確信がある。
人を見る目があるのは確かなのだろうが。一度目利きした人間にはとことん信用するきらいがあり、裏切られる事を一切想定していない。
カイロウに関しても口では散々に罵りつつも、根底にある人間性に関しては絶対の信頼を置いているのだろう。
基本的に相当に用心深いくせに、身内に対しては何一つ警戒しないアンバランスさが見える。一度懐に入れてしまえば、立場や身分関係なく、相手を見てしまう。
この性質が恐らく、あの曲者ばかりの
どうしようもなく、その性質故の不幸がいずれ破滅をもたらすのではないかと。
分を弁えていないとは重々に自覚しているが。――仕官してから、レロロ本人の気質も併せて、己が主への感情というより友人に対してのそれを抱え始めているような気がしている。
「....では、お言葉に甘えさせていただきます」
「はい」
「では――私は村近辺の森に行って、食料を探してきます!」
「普通に村に迷惑かけるし俺のメンツもあるから止めろクソ馬鹿!小遣いくれてやるからおとなしく店で飯食え!」
「そんな!領主様にこれ以上金の無心をするわけには....!」
「いいからサッサとどっかいけ!頼むからおとなしくしていろ!」
レロロは無理矢理カイロウの手に金を持たせると、そのまま宿の外に蹴り出した。
本当に、何というか....苦労しているお人だ....。
「....」
まあ、少しでもレロロを慮るのなら、せめてあの馬鹿が暴走しないかを見守ってやるか――と。
レロロが押し付けた金を申し訳なさげに見つめ、すごすごと村へ向かうカイロウの後を追っていった。
「.....」
カイロウとアーリアの双方が宿場を離れたのを確認した後。
レロロは、自室にクレオを連れて行く。
「どうされました?」
「――万全を期したつもりだったが、どうやら俺が甘かったらしい」
舌打ちと共に、レロロは足元に術式を形成し、魔力探知を行う。
その探知の反応を見守る。
「――暗殺者ですか?」
「解らん。ひとまず解っているのは、――カスと同じ”変化”の術式の感じを、村に入る時に覚えたって事だな」
「カスティリオ様と....?」
「おう。――変化の術式は術者の肉体を変える。術者の肉体内で完結する仕組みの術式だから、魔力の漏出が最低限に終わる。魔力探知に引っ掛かりにくい優秀な魔法だが....通常、変化させた術者の肉体の変化と共に、魔力の歪みが生じるんだ」
「へぇ....そうなんですね」
「実際、カスティリオがそうだった。変化の魔法を行使した際に、自身の魔力に歪みが生じて、そこを逆探知してくる敵がいてな。――その弱点を見抜いた時に、アイツと一緒に術式の改善に協力していたから。この”歪んだ魔力”の気配が解る」
村全体の魔力反応を探知し終わると、レロロは立ち上がる。
「村の奥手にある山から反応があった。――魔力探知を逆手に取った罠の可能性も十分にあるが、仕方ねぇ。行くぜクレオ」
「.....アーリア殿とカイロウ殿を引き連れなくて大丈夫ですか?」
「御前試合前に怪我されても困る。――まあ俺等二人でどうにもならんレベルだったら出動してもらおう。という訳で、頼りにしているぜクレオ」
「――承知いたしました」
術式の展開を終え。レロロが立ち上がると同時に、クレオが両腕に仕込み鎌付きの手甲を装着する。
「――何を目的にしているか知らんが。何かされる前にぶっ潰す」
☆彡
「うふ。――プロファイリング通りだわ」
宿場から離れていくレロロとクレオの双方を、物陰から見ている者がいた。
「カリスマというよりも、根底にある善性と行動力で人望を集めるタイプは――全部の情報が出揃うまでは基本的に人を動かしたがらない。特に、後々に大事な用向きがある人はね。捨て駒を基本的に用いたがらないもの」
「肉体としてはまあ凡人が精々頑張ってるわね程度だけど。ヒトとしては一番好きなタイプかもしれないわぁ、レロロ領主サマ❤」
「――ごめんなさいねぇ。万が一でも貴方を殺す訳にはいかないのぉ。だから、その善性を利用してちょっと現場からは離れてもらうわぁ。カスティリオ・アンクズオールと組んでいた貴方なら、変化した肉体の魔力の歪みをいち早く察知してくれるものだと、ちゃあんとこっちは踏んでいたのよ」
「このウィンブル・ガジェンナム。たかだか闘技場で勝つためだけに魔王討伐メンバーを敵に回せる程蛮勇ではないの」
「さてさて。――レロロと言う邪魔な駒を引っ込めさせて、ようやくこのアタシも動くことができるわァ」
その者は、貧相な老爺の商人の姿をしていた。
物陰にて風呂敷を拡げ。宝石類を並べている。
老爺はレロロとクレオが山奥へ走っていく様を見送ると――天に向け、パチンと指先を鳴らす。
瞬間――貧相な老爺の姿は、岩石の如き筋肉に覆われた肉体へと戻っていく。
「さあ――”錬鉄槍”カイロウ。貴方が築き上げてきたもの、魅せてもらうわぁ....!」
☆彡
「....何じゃこりゃ」
そうして。
魔力の痕跡を追い、山奥に入り込んだレロロとクレオが目にしたものは――。
樹木に吊るされた、死体のような何かであった。
それは首はなく。上半身を三等分。下半身を二等分に輪切りにされた後に接着されたそれは――死体同士を歪に繋ぎ合わせた肉と骨の含有物といった風情の何かであった。
「輪切りにされた死体をそれぞれくっつけている....?これに魔力が籠められているのか?」
レロロがその悪趣味で不可思議なオブジェじみた代物を見つめていると。
傍に立つクレオは――別な気配に、勘付いた。
「レロロ様――構えて下さい」
「ん?」
「どうやら敵は――死霊術の使い手です」
山奥の土くれが蠢き、そこから何かが現れる。
それは――骸骨の群れであった。
「骸の兵か....死霊術の基本だねぇ」
「この程度であらば、数秒で片付けて見せます」
死霊術の基礎中の基礎が、人骨という肉体の最小単位に魔力を籠めて動かす事。
どれだけ魔力を籠めようが、骨は骨。動きは鈍く、脆く、単純にそれだけでは純粋な戦力としては心許ない。歴戦の暗殺メイドであるクレオの敵ではない。
だが。
その瞬間――樹木に吊るされた輪切りのオブジェが、魔力の輝きを放つ。
輝きは光の筋となり、骸骨へ降り注ぐ。
降り注いだ光は――その骸骨を”変化”させる。
骨が隆起し、喪った肉を纏い、神経が通り、皮膚が形成される。
鉄骨の如き骨格。隆起した筋肉。ぱん、と張った皮膚を身に纏った骸骨は――それぞれ、輪切りになったオブジェが完全に接着された首無しの肉体へと変貌を遂げる。
「――前言を撤回いたします。これを完全に片付けるのは、結構な時間がかかりそうです」
「だろうな。――クソッタレ。嵌められたか」
強力な筋骨を纏いた死者の群れ。それを目前にして、レロロは実に絶妙な苦笑いを浮かべる。
魔王討伐を果たし、領主になって尚――こんなクソみたいな曲者につけ狙われなければならないのかと。