タイトルは選択されなかった選択肢です。
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ギルドの談話室で背後を振り向いたベル・クラネルと、ドアを開けたミィシャ・フロットの後ろにいるアイズ・ヴァレンシュタインの目がピタリと合った。
「…………」
「…………」
二人の視線が交錯し、アイズが何かを言おうと口を開きかけたところでベルは脱兎の如き早さで窓を開けて逃げて行った。
恩恵を刻んでおらず、一般人と何ら変わらないエイナ・チュールとミィシャには突風が吹いたと思ったらいなくなったベル。明らかに自分を見て逃げ出したベルにアイズがショックを受けていると、その様子を見ていたアルス・クラネルの脳裏に選択肢が浮かび上がる。
→追え!
スカート捲れ!
「!」
アルスの叫びにアイズが躍動する。
一歩で間のソファ二つと机を飛び越え、部屋奥の窓枠に足をかけて先を行くベルの後を超速で追って中庭に出た。
(なんでなんでなんで!?)
アイズが部屋を出た頃には、中庭を挟んだ向かいの部屋の窓が開いていたので勝手に侵入したベル。事務仕事をしていたギルド職員の資料を自身が生み出した突風で吹っ飛ばしながらドアを開けて廊下を走る。その頭の中にあるのは、なんでという疑問だけ。
(エイナさんは自分の客じゃなくて僕達の客だと言っていたから、アイズさんが来るのを知っていて僕も知っていて当然という感じだった)
ギルド内の廊下なので人の行き来はそれなりにあり、最高速を維持する為に時に壁を走り、天井を走り、人々に驚かれながら走るベルの思考が加速する。
(アルスに驚いている様子はなかったから、話がそこで止まっているということ。もしかして謀られた?)
あの双子の弟ならやりかねない。
辿り着いたロビーを瞬く間に一過し、玄関口を速攻で潜り抜けたところで背後から急速に迫ってくる気配を感じ取る。この清涼な風のような気配は断じてアルスではない。
「くっ」
ギルド前はダンジョン帰りの冒険者を目当てにした露店が立ち並び、買い物客の中には一般人も多い。この中を全力疾走するのは危険と判断したベルは近くの建物の
Lv.2中位になって特に上昇幅が目立つ『すばやさ』を活かして屋根伝いに逃走を続けんとした。次の屋根に飛び移ろうと飛んだところで、突風が後ろからベルの横を駆け抜けていき、着地しようとした屋根に先回りされた。
空中ではジタバタするだけで逃れようのないベルは突風の主――――アイズの胸に自分から突っ込んで行った。
「わぷっ!?」
体重移動だけで優しく受け止めたアイズの胸に丁度顔が収まったベルは羽毛のような柔らかさに耽溺する。
「ごめんね。大丈夫?」
聞こえてきた声に顔を上げれば、表情に乏しいながらもアイズが心配そうにベルを見下ろしている。
「っっ――――す、すいませんっ!?」
「後ろに下がったら落ちるよ」
女性の胸に顔を埋めている状況を理解して慌てて離れようとしたら、両手で背中を抑えられて余計に胸に顔を押し付けてしまう。
このまま甘えたい衝動に駆られ、顔どころか全身が真っ赤になった。
「直ぐにどきます!」
足元の感覚から屋根の形状を素早く判断して、横にずれてせめて胸から顔を離すことに成功する。
開いた距離でアイズの顔を見上げると、どことなく不満そうに見えるのを気のせいだと断じて三角の屋根の上で土下座を敢行する。
「申し訳ありませんでした!」
割と急角度の屋根の上で土下座は厳しいが、そこは血迷ってもLv.2中位に至ったステータスを活かして堪える。
頭を屋根に押し付けていると、トンと軽い音がベルの前で鳴った。
「私こそ、ごめんなさい」
え、と顔だけを上げると目の前には、ベルと同じように急角度の屋根の上に足を下ろしたアイズのニーソックスに包まれた足とスカートの間の絶対領域に目が惹かれる。
「私が倒し損ねたミノタウロスの所為で君達に迷惑をかけて、君にも直接謝りたかった……」
「ち、違います!悪いのは迂闊に下の階層に潜った僕達で、貴女は寧ろ命の恩人で!」
そこまで叫んで、先のデスコピオン戦でも助けてもらったことを思い出して奥歯をグッと噛む。
「…………一度ならず二度までも助けてもらって、直接にお礼に伺わなかった僕の方に非があります。ごめんなさい!」
機会は何度でもあった。自分さえ望めば会いに行くことが出来た。なのに、しなかったのは憧憬の人に会うのは今ではないとベルが勝手に思っていたから。
なんとも身勝手な理屈にベルはようやく気付いた自分の邪な感情に恥じ入るしかなかった。
「遅くなりましたけど、何度も助けて頂いて本当にありがとうございました!」
ガンと額を屋根にぶつけながら礼を口にした。
下の喧騒の音さえ遠く感じながら、額を屋根に押し付けながらアイズの反応を窺う。
「強く、なったね。君もあの時とは別人みたいだ――――そっちの君も」
こんな屋根の上に二人以外の人物はいないはずで、ベル以外の人物を示していて顔を上げる。
アイズは三角屋根の尾根を見ており、そこには体を向こう側で隠しながらこちらを覗き込むアルスの顔があった。
「10階層にいたこともそうだけど、追いつくのにここまでかかるとは思わなかった。君達は、凄いね」
「いっ、いえ、10階層にいたのは追われてたからで、まだ9階層も攻略出来ていませんし、色んな人に協力してもらったお陰というか、戦い方だって我流というかアルスと二人で試し試しやっているところもあるので――」
憧れの人から褒められて照れ臭さを誤魔化す少年を見ながら、アイズはミノタウロスや酒場の件の後でアルスから聞いたファミリアの内部事情を思い出していた。
「君達はLv.1で、先達もいないのだから仕方ないよ」
話を聞いた当時は、発足して一ヶ月も経っていない団員が二名しかいない零細ファミリアだという話だった。
あれから二週間と少しが経過してパーティーメンバーも増えたようだが、装備や負傷状況などを見るに同格かそれに近いレベル。師とまではいかなくても戦い方を教える者がいない中で経緯はどうあれ、10階層にいて生き残ったのは事実。
(あの足の速さと、あのモンスターを倒した一撃)
アイズの目算ではベルの足がどれだけ早かろうとギルド内で追いつくはずだったが、外に出られてしまった。そしてウダイオスの黒剣の力も大きかっただろうが、あの
そのどちらも駆け出しの冒険者から急速に成長している二人の強さの秘密に、今アイズの関心は向けられていた。
「あ、隠していても意味はないので言うんですけど、僕達Lv.2になりまして」
ちょっと面映ゆそうに頭を掻くベルと、屋根尾根を乗り越えて滑り落ちてきて縁で止まったアルスの二人を見て、アイズはピシリと固まった。
「Lv.2?」
「はい。申請はこれからなんですけどね」
肯定されて目を見開くアイズ。
自身が持つ同時最短更新記録を大幅に更新してみせた二人を困惑したように何度も見る。
「ほ、本当に?」
「本当です」
「本当に?」
ベルの次に問われたアルスは数秒考えた。
→本当
嘘でーす
アルスも認めたことで嘘ではないと分かっても、中々現実を受け入れられず呆然自失していた。
ベルのランクアップを知ったリリルカが似たような状態になっていたので耐性のあるアルスは、オロオロとしているベルを放っておいて大事なことを思い出した。
→あの大剣、貰っていい?
胸、触っていい?
いきなり切り出したアルスの手をベルが引っ張る。
「ちょ、ちょっとアルス……!」
「…………うん、いいよ。あの剣は君達に上げる為に持って行った物だから」
まだ現実を受け入れ切れていないが、自分に関係のある問題だったのでアイズもなんとか平常運転に戻った。
「いやいや、どう見ても第一級武具をタダでもらうわけにはいきませんよ!」
ウダイオスの黒剣をどさくさ紛れに自分の物にしていたアルスが、そのままでは使えないのでヴェルフに預けて使い物になるように頼んでいることをベルは知らない。
「あれはウダイオスを倒した時に得たドロップアイテムで、私はあまり大剣を使わないから必要はないんだ。
「同じファミリア内の人にあげた方がいいんじゃ……」
「むぅ、君達にあげたいと思ったの」
か、かわいい……などと、アイズの膨れた頬にベルが胸をキュンキュンさせているとアルスが肩に手を置いた。
→ここまで言ってくれているのだから、人の善意を断るのは良くない
ぱふぱふ! ぱふぱふ……!
アルスの言うように善意を断り続けるのも体裁が良くない。
「…………分かりました。でも、ただ貰うだけでは申し訳なさ過ぎます! 代わりに僕達に出来ることならなんでもさせてください!」
願ってもいない展開になって、小さなアイズがほくそ笑む。
「それじゃあ、私と一緒に訓練しよ?」
アイズは少年達の早過ぎる成長の秘密を知りたい。だが、ステータスやスキルを別ファミリアが知るのは不可能に近く、ダンジョンに共に潜ることも出来ない。ならば、残るは少年達が求めている戦いを教える者になるしかない。
「え? 待って下さい。とても嬉しいし助かりますけど、それだと僕達の方が得をしています!」
第一級武具を貰うのに、第一級冒険者に手解きを受けるなど理屈に合わない。必死に抗弁するベルにアイズは醜い打算を口にする。
「私は短い期間でランクアップした君達の強さの秘密を知りたい。けど、簡単に秘密を教えてもらえるとは思っていない。だから、交換条件」
「そんな! 秘密なんて――むぐっ!?」
交換条件などと言わずに今すぐにでもステータス表記が変わったお蔭と言いかけたベルの口をアルスの手が物理的に封じた。
→神様に口止めされてるだろ
アイズと訓練なんて俺達に得しかないだろ
ヘスティアに秘密を口にしないように厳命されていたことを言われてはベルも黙るしかなかった。
「ダメ、かな?」
小首を傾げて不安げなアイズの提案を断れるベルではなかった。
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