既に日が沈んだ頃、ようやく豊穣の女主人に到着したベル・クラネル一行は店内に足に踏み入れる。
一行の先頭であるベルが店内をぐるりと見渡すと、テーブル席に先に座っている仲間の姿を見つけた。向こうも同時にベル達に気づいた。
「お~い、こっちだお前ら!」
「ごめん、遅れちゃって」
「アルス様はともかく、ベル様が約束の時間に遅れるとは珍しいですね」
「ああ、それはね……」
先に店内で待っていたヴェルフ・クロッゾとリリルカ・アーデに遅れた理由を口にしようとしたところで、ベルの後ろから不機嫌そうなダフネ・ラウロスが顔を出す。
「神様達に追い回されたのよ。巻き込まれたこっちはいい迷惑だってのに」
「あはははは…………はぁ」
舌打ちでもしそうなダフネに愛想笑いを浮かべていたベルは疲れたように溜息を吐く。
哀愁を漂わせるベルにリリルカが頬を引き攣らせる。
「ご、ご苦労様です。お疲れでしょう。さあ、席にどうぞ」
「ありがとう」
リリルカが着席を勧め、それぞれが席に着いていく。
全員が席に座ったところで、アルス以外の面々に疲れが見えることからヴェルフは苦笑を零す。
「ヘスティア様が成長促進系スキルに目覚めていることを暴露してしまったからこうなることは予想はしてたが、俺達は変装して正解だったな、リリ助」
「ええ、リリの場合は魔法でしたが」
ヴェルフは珍しく私服の着流しではなく、フード付きのローブを纏っていた。顔を隠して店内に入店したヴェルフを、先に『シンダーエラ』のお蔭で変装に手間がかからないリリルカが出迎えた時は誰かと思ったことは秘密にしておこうと心に決めて頬を手を当てる。
「ダフネ様達も追い回されたというのはどういうことでしょう? お二人はまだ改宗したばかりで、ヘスティアファミリアの内情にはまだ疎いというのに」
「噂の成長促進系スキルが目覚めたかとか、その具体的な内容、後は一年後に向けての勧誘とか。単純な数ならウチらを目当てにしてる方が多かったわ」
「け、眷属総出で追いかけてくるファミリアもあって怖かった……」
「最終的にはステータス差を活かして、距離を取ってからのアルスの『
プルプルと震えるカサンドラ・イリオンを横目に見て、同じ気持ちだったベルは遠い目をする。
「これからは迂闊に変装なしに出歩くことも出来ませんね」
半ば予想されていたことだが改めて突きつけられると気が滅入る。
「この件に関してはまた後日考えるとして、乾杯することにしましょう」
「ん、じゃあ、ベル。団長として音頭を取ってくれ」
「え、僕?」
「嫌ならアルスでもいいぞ」
→任せろ、乾杯!
え~、本日はお日柄も良く
「「「「乾杯!」」」」
アルスに音頭を取られたベルが愕然としている間に、木製のジョッキを打ち合わせる音が鳴り響く。
「…………で、これって
一応、礼儀としてジョッキを合わせたダフネは言いながら首を傾げる。
→敗北者に選択権などないのだ
ん~、流れ?
「そういうことです。諦めて下さい」
リリルカがアルスの言葉を補足してジョッキを傾ける。
「言ってくれるじゃん」
ダフネの感情をありありと示している表情と大きな音に、横でチビチビと飲んでいたカサンドラがビクンと体を震わせる。
「まあまあ、今では二人もヘスティアファミリアなんだから参加する権利はあるだろ」
それに、と年長者として仕方なさげに仲裁に入りながらヴェルフが静かに続ける。
「祝勝会は昨日やってるんだ。今日のは
「後、食事の場ならば喧嘩することなく話が出来ると思って。リリも挑発するようなことは言わないようにね」
「善処します」
釘を刺すベルに、リリルカはツンとそっぽを向きながら答える。
「…………そういうことなら、ウチも気をつける。アンタもいい、カサンドラ?」
「わ、私はダフネちゃんみたいに喧嘩腰になることはないから」
あまり集団の集まりでは自分から話すことのないカサンドラに親切で話を振ったら、思わぬ裏切りを受けたダフネの額に青筋が立った。
「ああ”ん、それが枕を見つけた恩人にいうことか」
ダフネが隣に座っているカサンドラの頬に手を伸ばして指で摘む。
「ひぃんっ!? 頬っぺたを引っ張るのは止めてよぉ」
「むぅ、柔らかい…………アンタらも引っ張っとく?」
→喜んで!
仕方ないな
柔らかくも瑞々しい弾力を堪能して段々と楽しくなり、調子に乗ったダフネの提案にアルスが勢いよく立ち上がる。
「喜んでではありませんよ、アルス様。ダフネ様もあまりカサンドラ様を揶揄ってはいけませんよ」
「り、リリルカさん……!」
「これは揶揄ってるんじゃないわ。躾けてるのよ」
「では、仕方ありませんね」
「リリルカさん……っ!?」
リリルカが溜息を洩らしながらカサンドラを庇う。その行動に思わず感動したカサンドラだったが、直ぐの掌返しに愕然とした。
呆然とした目を向けられたリリルカはつらっと顔を逸らす。
「すみません。躾けという言葉には弱いのです」
「そこでアルスを見るのは止めておこうね、リリ」
逸らした顔の先にはさっさと座って食べ物を摂取しているアルスがいて、暗に誰のことを言っているのか分かってしまったのでベルは苦笑しながら注意する。
しかし、そんなベルをお前なに言ってんのとばかりにヴェルフが見る。
「仕込んだのはベルだろ」
ヴェルフの指摘にベルはニコリと満面の笑みを浮かべた。
「弟を躾けるのは兄の義務だよ」
「躾けるって言ってるし……」
ダフネが何とも言えない表情でベル達を見る。だが、その手は今もカサンドラの頬を引っ張ったままである。
「だ、誰も助けてくれない……」
→よっ、仲間!
俺も頬を引っ張らせてくれ。向こう側に行きたいんだ!
「や、止めて下さい……!」
いい加減に手も疲れたのでダフネはカサンドラから手を放して居住まいを正す。
「カサンドラのお蔭でオチはついたし、冗談はここまでにして」
「冗談!?」
オチ扱いされたカサンドラは目を大きく見開いていると、ウエイトレスがベル達のいるテーブルに近づいて来る。
「おっまちどう!」
ドンドンドン、とまだ料理にあまり手をつけていないのに、追加の料理と飲み物が次々とテーブルに乗せられていく。
え、なにごと、とばかりに全員の視線が料理と飲み物を運んできたアーニャ・フローメルを見上げると、注目を集めた彼女はニカリと笑みを浮かべる。
「ミア母ちゃんから伝言にゃ! 後でシルとリューを貸してやるから存分に笑って飲め! 後は金を使えにゃ!」
「え? 今日はサービスじゃあ……」
「祝勝記念に3割引きなんて滅多にないにゃ! ミア母ちゃんの太っ腹ぷりに感謝するように! 偶には羽目を外して酒にも挑戦してみるといいにゃ!」
「あ、ありごとうございます!」
「リリはお酒は結構です。
「じゃあ、果実汁でも飲むにゃ!」
全員の前に
「頂きます。しかし、3割引きですか」
一口口にして、間違いなく果実汁だと確信できたリリルカは一安心したが別の問題に頭を悩ませる。
本来ならばサービスだと聞いていたので無料を想像していたが、流石に都合が過ぎたようだと反省しつつ前向きに捉える。
「まあ、いいでしょう。今は資金が潤っていますし、昨日今日ぐらいは財布の紐を緩めても罰は当たりません」
「リリ…………熱でもある?」
リリルカの守銭奴な面を散々見てきたベルからすれば正気を疑う発言だったので額に手を置く。
やんわりとベルの手を遠のけるリリルカ。
「失礼ですよ、ベル様。これでもファミリアの金庫番として、使うべきところを見極めているだけです」
「常時締め付けているよりも、偶には緩めた方がファミリアの士気も上がるしね。良い判断だと思うよ」
「分かって頂けますか、ダフネ様!」
ダフネからも後押しされたリリルカは目を輝かせる。
「分からいでか。巨大なアポロン様の石像にお金が使われるよりかはずっとマシさ」
「…………アポロンファミリアでは苦労されていたのですね」
カサンドラの脳裏にホームの一室に大量に並べられたアポロンの姿をした石像が思い浮かぶ。
アポロンファミリアの団員の大半が主神アポロンを崇拝、または敬愛していたので予算の使い道として承認されていたが、特に夜中などにあの光景を見てしまったら悪夢となってうなされること間違いなし。
アポロンに関わることになると途端にタガが外れる周りを止める役割を性格上担っていたであろうと予測が出来てしまい、同情的な眼差しを向けるリリルカにダフネは清々しい笑みを浮かべる。
「今はその苦労から解放されて清々してるよ」
プハァ、とダフネがジョッキを掲げてグイッとエールを勢いよく呷る。
肩から重い荷を下ろした様相のダフネに、リリルカは非情な宣言をせねばならなかった。
「残念ながら一時の解放感です。副団長権限で、ダフネ様には金庫番を引き継いでもらいます」
「なんで!?」
「人が増えてきたので、リリが副団長と金庫番を兼務する理由がありません。望むならば副団長の座をお譲りしますが? 今ならばギルドとの折衝役もセットで付きますよ」
「くっ、どちらを選んでも地獄とは……!」
ギルドとの折衝役を務めるということは、異常な急成長を遂げるヘスティアファミリアには付き物で面倒事の予感しかしない。逆に金庫番だけなら簡単に聞こえるかもしれないが、面倒なのはアポロンファミリア時代に経験している。
ダフネは頭を抱えて葛藤するが、どちらを選んでも地獄だと知っており苦悩する。
大変そうだなあ、とカサンドラが呑気に考えていると、リリルカの目が彼女をロックオンした。
「あ、カサンドラ様は料理番で決定ですから」
「ぇ、えっ!?」
突然話題を振られて驚くカサンドラに、ヴェルフは
「俺も含めて男連中の料理は雑だからなぁ」
「ヴェルフ様は焼くだけ、アルス様は食べる専門、ベル様は簡単な物だけ、ダフネ様は金庫番なので消去法で」
「カサンドラさんはヘスティアファミリアの料理長ですね」
「他に料理係がいない長だけどな」
「ぅ、う~……」
至って呑気なベルに反対する理由のないヴェルフが追従して全員が視線を向ける中、逃げ場を失ったカサンドラは顔を真っ赤にして身を縮こまらせる。
視線の圧力に耐えかねた彼女が話を変えようと口を開いた瞬間。
「ベルさん、アルスさん、
「おめでとうございます、皆さん」
更なる追加の料理と飲み物を持ったシル・フローヴァとリュー・リオンがベル達のテーブルへとやってきた。
「さあさあ、たくさん食べてお飲みになって下さい。あ、私が取り分けますね」
テキパキと各人の皿に追加の料理を取り分けるシルは今にも鼻歌を歌いそうなテンションだった。
「なんだか機嫌が良さそうですね、シルさん」
シルのテンションの高さにベルが思わずそう尋ねると、彼女は目をキラリと輝かせた。
まるで待ってましたと言わんばかりに、ニッコリと微笑んで頬を赤く染める。
「皆さんがお変わりなく店に来て頂けて、なんだか嬉しくて」
「ありがとうございます、シルさん。そう言ってもらえるとなんだか面映ゆいですね」
そこまで喜んでもらえれば誰も彼もが満更でもない表情を浮かべ、ベルなど照れくささからジョッキに入ったエールを一気飲みする始末。しかし、やはり『憧憬一途』の効果で酔うことはなく、酒精に呑まれることはない。
「照れることはありません。自らの力で掴み取った勝利ならば誇るべきです」
「リューさん……」
リューはシルから追加の料理を受け取ると、ベルに手渡す。
「ねえ、あのエルフってもしかして助っ人の……」
「え、なんだって?」
「だから、助っ人の」
「え! なんだって!」
リューを間近で見たダフネが流石の観察眼でヘスティアファミリアの助っ人として現れたエルフと推測してヴェルフに確認するも、当の本人は聞こえなかったようなリアクションを繰り返す。
「…………そういうこと?」
「そういうことです。ヴェルフ様の下手な演技で察してもらえて助かります」
「別にいいけどさ。どこにだって秘密はあるものだけど、酒場の給仕ってみんな強いわけ?」
ダフネが豊穣の女主人に来たのはこれが初めてであるが、給仕のウエイトレスの中には明らかに動きが一般人と思えない者達がチラリホラリと目にしたが故の言葉だった。
→豊穣の女主人は修羅達のいる場所……
豊穣の女主人は都市最狂の魔境……
「こ、怖い……」
アルスの言うことを真に受けたカサンドラが豊穣の女主人に悪い印象を植え付けられてしまったようだ。
「変な風評を被害を立てないで下さい、アルスさん…………ミア母さんに躾けられますよ」
ボソッと零したシルの言葉に、アルスは全面降伏を宣言した。
「さあ、食べて飲みますよ!」
場の空気を切り替えるようにシルが掲げたジョッキに皆が応えた。
ある程度、食事が進んだところでリューがヘスティアファミリアの面々を見る。
「――――それで皆様は今後、どうするのですか?」
やや抽象的な問いではあったが、ベルは団長として今後の方針は既に決めていた。
「冒険者としての本業、ダンジョン探索を再開するつもりです。ヴェルフが装備を新調してくれるとのことなので、明日から中層に進出しようかと」
「おう、ばっちり作ったぜ」
装備を酒屋に持ってくるわけにはいかなかったので、ヴェルフの工房にまだ全部置いてある。
「アルスには『はじゃのつるぎ』とアポロンファミリアからの貰い物で『ライトシールド』、古代にあったユグノアって国で作られたっていう『ユグノアのかぶと』『ユグノアのよろい』はレシピで作ったやつだ。後は『きんのネックレス』と『ちからのゆびわ』から『ようせいの首飾り』と『バトルチョーカー』に変えられる」
アルスは『ゾンビキラー+3』と『やすらぎのローブ』以外はほぼ全替え。
「ベルは殆ど装備を更新したばかりだから貰い物の『はやぶさの剣』だけだな」
「…………なんか安心したような、だけど残念なような」
逆にベルは片手剣が『はがねのつるぎ』から『はやぶさの剣』に代わった。
「同じくリリ助もあんま変わらんな。両手杖が『いかずちの杖』になって、頭が『ぎんのかみかざり』に代わっただけだ」
「十分変わっていますよ。それでヴェルフ様は?」
「俺は斧が『カルサドラアックス』になって、追加で『ようせいのローブ』で、『ようせいの首飾り』と『バトルチョーカー』はアルスと同じだな」
コテン、と代わった装備を聞いたリリルカが首を傾ける。
「貰い物である『アポロンのオノ』は使わないのですか?」
「ありゃあ、今の俺にはまだ分不相応だ。もうすこしLv.が上がってからにしとく。『アポロンのかんむり』も良い防具なんだが、俺達には合わないんだよな」
しかし、とヴェルフが続ける。
「両方とも正直な話、アポロンファミリアが持つには過ぎた武具だろ。第一級武具だぞ、あれは」
性能は勿論、意匠も凝っており一般では中々手に入れられないレベルの武具。アポロンファミリアの運営資金が潤沢であったとしても、造るにはかなり資産を使っただろうに扱える冒険者はいないのが不思議だった。
有体に言えばアポロンファミリアが持つには過ぎた武具。
「あの二つは、アポロン様が自分の名を冠する武具を作ろうって言い出して、どうせ作るなら最高級の物をってことになった結果なのよ。その所為で扱える者がいなくて倉庫に死蔵されていたんだから意味ないわよね」
折角作ったのだから自由に使ってくれて構わないとも続ける。やはりヴェルフは今の自身でも『アポロンのオノ』は扱いきれぬと固辞することになるのだが。
話題を変える為にヴェルフはダフネとカサンドラを改めてみる。
「お前達二人の分も用意しようと思うんだが、何か希望はあるか?」
「え、ウチらのも作ってくれるの?」
「今は同じヘスティアファミリアの仲間だからな。遠慮なんかしなくていい。ダフネは鞭と短刀、カサンドラはステッキで合ってるよな?」
「ええ、ウチは得物の種類さえ同じなら他に特に希望はないから任せるわ」
「わ、私も……」
「よし、任された。一応、明日の朝に合わせをしたいから俺の工房に来てくれ」
ダフネとカサンドラの了承を得たヴェルフが深く頷く。
「Lv.4が二人にLv.3が四人。装備も充分であり、各々の役割のバランスも良い。中層どころか下層にも挑めるでしょう」
「単純な強さだけならそうかもしれないね」
話がある程度まとまったところで、話の突端となったリューがヘスティアファミリアの面々を見渡して言った言葉にダフネが含みのある言い方で付け加える。
「なにか含みがある言い方ですが」
「上層と中層は違うってことさ」
「ええ、
例えば
実際に到達階層が中層20階層のダフネと、
「油断していると命取りになるというわけですね。気をつけます」
「中層のことでお困りかぁッ、ヘスティアファミリアさんよぉ」
「え?」
唐突に聞こえてきた濁声に、店内であったから周りをそこまで警戒していなかったベルは聞こえてきた方に顔を向ける。
「中層攻略の手伝いが欲しいってんなら、俺達のパーティーが助けてやるぜ」
酒を飲んだと分かる酩酊して紅潮した顔をした中年の冒険者の男が今にもベルの肩に手を置きそうな勢いで絡んでくる。
「今、話題をかっさらっているヘスティアファミリアに助力を出来る良い機会だ。なあに冒険者同士、困っている時は助け合いってやつよ。その代わりに、噂の成長促進系スキルに肖らせてくれればいいぜ」
冒険者らしい二人を背後に従えた男は魂胆が丸見えのまま酒臭い吐息を浴びせかけてくる。
「もう末端にまで噂が出回っているのですね。予想はしてましたが随分と早い」
ベルが酒臭さに表情を歪めていると、リリルカが冷静に事態を評価していた。
食べるだけのアルスは頼りにならず、仕方なくヴェルフが男の相手を買って出ることにした。
「…………はぁ、お前さんらのLv.は?」
「Lv.2だが、俺達はこれでもずっと中層に籠っている。中層初心者の
近くの椅子を勝手に引っ張って来てベルの横に座る冒険者の男。
口を開く度に酒臭さが漂ってきてベルが顔を顰めて沈黙していると、勘違いして肯定とみなしたのか馴れ馴れしく体を寄せてくる。
「ヘヘヘ、パーティー結成祝いだ。えれぇー別嬪所が揃ってるんだから少しぐれぇ貸してくれよ、な?」
男とは反対側にいるリューの眉間に僅かに皺が寄った。
→もう一回、人生やり直してから出直して来い
止めておけ。ここにいるのは別嬪の皮を被った猛獣達だぞ
ピュッとベルの肩を掴もうとした男の手は、唇を皮肉気にゆがめたアルスの投げたフォークによって機先を制される。
「な、なんだと……っ!」
「僕もそこまで言う気はないけど、アルスと気持ちは同じかな」
ガタガタ、と椅子を動かして距離を取りながら忌避感も露わにベルもはっきりと口にした。
男の目がエルフのリューやウエイトレスのシルときて、ダフネを通り越してカサンドラの胸にいったのを女性陣は見逃さなかった。
ことに自分をスルーされたダフネの口がアルス同様に皮肉気に吊り上がる。
「そうだね。
「う、うん……!」
心持ち男から身を隠しつつカサンドラも同意する。
元々、冒険者嫌いのリリルカは典型的なタイプの男に嫌悪感を剥き出しだった。
「というわけです。いらぬお節介をする前に自分達のことを顧みることをお勧めします。端的に言うなら、私達ヘスティアファミリアにあなた達は必要ありません」
それはもうはっきりばっさりと切り捨てたリリルカに、酒を飲んでいて自制心が薄い男の堪忍袋の緒が切れるのは簡単だった。
「テメェら!?」
椅子から立ち上がった男が間近にいたベルの肩に手を伸ばす。
「彼らに
「ぐっ!? いっでででででででぇっ!?」
リューがテーブルに置いていた空ジョッキを掴んで男が伸ばしていた手を容器の中に入れさせ、そのまま体捌きと捻りで男の動きを封じ上げる。
後ろ手になった男は関節をキメられ、動こうとすれば痛みで悶絶する。
「貴方達の手は必要ないと言っているのです。これは我儘で独善的な感情ですが、私は彼らに貴方達とパーティーを組んでもらいたくないと思っているらしい」
「モルドに何しやがる!」
「このアマッ!」
モルドと呼ばれた男の仲間二人が彼を助けようと動こうとしたが、その背後には椅子を振り上げたウェイトレスが二人。
「「あがっ?!」」
「ニュフフフ、後頭部がお留守にゃ」
「男ってのは、本当に面倒にゃー」
アーニャ・フローメルとクロエ・ロロの椅子の一撃を後頭部に食らって伸されて地面に倒れて動かない。
「なっ、何だっ、テメエラはぁっ!」
仲間のLv.2二人がよりにもよって酒場の給仕にあっさりと倒された現実に目を剥くモルドに、もきゅもきゅと頬に食べ物を詰めたアルスがフォークの爪先を向ける。
→言っただろう。修羅のいる場所だと
言っただろう。都市最狂の魔境だと
「言ってくれるねぇ、ボウズ……!」
ガツリ、とアルスの頭を覆って余りある大きな手が乗せられた。
→
やっべっ、生命のピンチだ。助けろ、おっさん!
頭を掴まれるまで全く接近に気付かなかったアルスは背後から発せられる波濤のような圧力に、顔中に冷や汗を垂らしながら全力で媚びた。
「…………騒ぎを起こしたいなら外でやりな。ココは飯を食べて酒を飲む場所さ」
豊穣の女主人その人であるミア・グラントは調子の良いアルスから視線を外し、硬直しているアーニャとクロエ、更にはモルドへと視線を移していく。尚、その手はまだアルスの頭をゴリゴリと撫でていた。
「その気がねえなら、さっさと金を払って寝ている仲間を仲間を連れて行っちまいな!」
「は、はいぃぃぃいいいいいいいいいいっっっっ!!」
ミアの怒号に、モルドは懐からヴァリスが入った袋を置いて気絶している仲間を抱えて店を脱兎の如き速さで出て行った。
完全にモルドの姿が見えなくなり、客達が徐々に喧騒を取り戻していく店内でミアはアーニャとクロエを見据える。
「さて、アンタ達」
「「ひゃ、ひゃいっ!」」
「喧嘩をするなとは言わないが、やるなら店の備品を壊すんじゃないよ。壊した備品代はアンタ達の給金から引いておくからね」
「「にゃっ!?」」
「それが嫌なら、最初に煽ったボウズ達に代金分飲み食いさせてやんな」
「了解にゃ」
「さあ、お前さんたち食え飲め歌えにゃー!」
なんという掌返し。
というか、ボウズ
「ボウズ達って僕も入ってません?」
「ベルさんが最初に同意しなければ皆さんも続かなかったからです。それだけ団長の発言は重いということですよ」
リューの説明にベルは反論も二の句も告げられなかった。
「うう、リュー様の言うことは分かりますが勉強代が高くつきそうです」
「ごめん、リリ」
「別に構わないんじゃない? どうせなら自分達でぶちのめした方が周りに示せてたのにね、力を」
「その場合、更に勉強代がかかるがな」
「なにはともあれ」
ぱんっ、と両手を叩いたシルに論争が続こうとした場が止まる。
「仕切り直しといきましょうか?」
シルの言葉に誰も否はなかった。
仕切り直しに率先して参加しようとしたアルスの頭がミアに止められる。
「アルス、アタシの店を修羅のいる場所だなんて言ったんだ。覚悟は出来ているだろうね? なあに、駄賃は用意してやるよ」
その後、アルスはめちゃくちゃ皿を洗った。
――――――――――アルスは レシピブック 『属性アクセのしおり』を 手に入れた!
――――――――――炎のイヤリングの レシピを 覚えた!
――――――――――氷のイヤリングの レシピを 覚えた!
――――――――――雷のイヤリングの レシピを 覚えた!
――――――――――風のイヤリングの レシピを 覚えた!
――――――――――土のイヤリングの レシピを 覚えた!
――――――――――光のイヤリングの レシピを 覚えた!