ベル・クラネルは早朝に目を覚ました。
隣にファミリアの主神ヘスティアが寝ていたのには驚いたが、起きた瞬間に顔を真っ青にして共に寝ていたベッドから飛び降りた。
「ごめんなさい!」
「ふみゅっ!?」
床にジャンピング土下座した音とベルの声に、ヘスティアが変な声を上げながら飛び起きた。
「なんだなんだ!? またアルス君が何かやっ…………ああ、ベル君か」
スプリングでベッドの上で跳ね上がり、両腕を上げて防御の構えを取ったところでベッド脇で土下座をするベルに気づき、揺れていた大きな胸を撫で下ろした。
「ご心配をお掛けしました、神様!」
未だ土下座を止めないベルにヘスティアは嘆息する。
「碌な武装を持たずにダンジョンに潜って、朝にようやく帰ってきたと思ったら6階層まで潜っていたと、アルス君から聞いた僕の心労を察してくれ」
「はい……」
防具は何も身に着けておらずただの『布の服』だけで、持っていた武装も護身用のギルド支給の短剣だけ。
そんな装備でダンジョンに潜って帰ってきたベルは、アルスに肩を抱えてもらわなければ歩けないほどで、治癒魔法で直されたとはいえそこら中に血の痕を残していた。姿を見たヘスティアの顔が真っ青になっていたとは後になってアルスに聞いた。
「ごめんなさい」
「謝ってばかりだね、今日の君は。悪いと思ってるなら、ちゃんと反省してくれよ。後、ちゃんと連れて帰ってくれたアルス君には礼を言うように。君の血を拭いて着替えもしてくれたんだから」
「そこまで……ダンジョンで助けてくれたのは知ってましたけど」
ようやくベルが土下座から顔を上げる。
「結構しっかりしていることに僕も驚いたよ。ちゃっかり魔石とドロップアイテムも持って帰ってきてるし」
「ああ、そう言えば拾ってましたね」
ダンジョンでの出来事を思い出したベルが深く頷いた。
「アルス君は君と比べれば全然元気だよ。一休みしたら夕方には起きてロキ・ファミリアに行ってもくれたから。帰りに寄ったギルドの換金所の列が凄かったから諦めて、今日は朝から行くって言ってたよ。いないみたいだから行ってるみたいだね」
「え? 夕方?」
ベルがバッと顔を巡らせると、ボロボロの壁から隙間から外の太陽の光が室内に差し込んでいる。
どう見ても日中。決して夕方には見えない。
「ああ、ベル君、君は丸一日寝てたんだよ。よほど疲れていたんだろうね」
時間を勘違いしていた様子のベルに苦笑し、ヘスティアは未だ正座の姿勢のままの手を引っ張ってベッドに引き上げる。
「丸一晩ダンジョンに潜っていたんだ。ステイタスも上がっているだろう。更新しておこうか」
「はい、お願いします」
ステイタス更新の為、着ていた黒の長そでシャツを脱ぎかけたベルは先程のヘスティアの話に気になることがあった。
「神様、なんでアルスはロキ・ファミリアに行ったんですか?」
「簡単なことだよ。君を侮辱した落とし前として、武器を貰いに行ったんだ」
枕元に置いてあった、ステイタス更新用の針ケースに手を伸ばしていたヘスティアがなんでもないように答える。
「へ?」
「さっきからそこに立てかけてあったんだけど、気づいていなかったのかい?」
「…………うわぁ」
ヘスティアが指さした先の壁に無造作に並んでいる四つの武器『てつのつるぎ』『てつの大剣』『せいなるナイフ』『やいばのブーメラン』を見てしまったベルは、なんてこったとばかりに開いた口を手で覆った。
「ひゃ、百歩譲って謝罪の品を受け取るにしても、こ、これってどう見ても駆け出しの冒険者が持つような武器に見えないんですけど……」
ロキ・ファミリアからミノタウロス被害の謝罪として武器を貰っている前例があるから、貰うことに関しては自分を納得をさせることは出来なくはない。だが、どう見ても今、壁に立てかけられている武器は駆け出しのベル達が持つには質が高過ぎる。
「前の時点でLv.1の上位が持つような代物だったんだ。前回以上となればLv.2相当になっても仕方ないだろ?」
「ないだろって言われても分不相応ですよ!? まだ駆け出しですよ、僕達!」
「じゃあ、返すのかい? お前達の謝罪なんていらないって」
「そっちの方が失礼なのは分かりますけど、気分的にはそうしたいです。出来ないのは分かってますけど!」
「気持ちは良く分かるよ。でも、もう僕達は受け取ってしまったんだ。なら、その武器達に見合うように成長するしかないだろ?」
「ぐぅ……」
ぐうの音しか出ないベルは歯噛みしながらも飲み込むしかなかった。
肩を落として諦めて受け入れると、アルスが武器を受け取ってしまった時の情景がありありと思い浮かぶ。
「アルスは嬉々としてたんでしょうね」
「はは、その通りだよ。流石にランクアップするまでは使う気はないようだけど」
貰える物は喜んで貰うタイプのアルスの姿が脳裏に簡単に思い描けたベルに、ヘスティアが解説を加える。
「それとロキ・ファミリアから貰ったのは他にもあるんだよ。これとこれだよ」
「『きんのネックレス』とレシピですか?」
「ネックレスの方は二つあって、一つは先にアルス君が身に着けているよ」
ヘスティアがステイタス更新用の針と同じように枕元に置いてあったネックレスとレシピブックをベルに渡す。
――――――――――アルスは レシピブック 『よろい作り入門』を 手に入れた!
――――――――――せいどうのよろいの レシピを 覚えた!
「どっちも防御系の装備…………攻撃だけじゃなくて防御にも目を向けろというアドバイスでしょうか」
「こっちはロキと団長からの
口に出して言わないところがロキらしい、と顔を背けたヘスティアにロキ・ファミリアの主神とやはりなにかあるのかと考えたが、レシピブックを持ってベルは困った。
「レシピだけあってもどうにも出来ませんよ。うちのファミリアには鍛冶師がいませんし」
「そうなんだよねえ」
「どうしましょうか?」
「…………伝手もあるし、ちょっと僕の方で考えてみるよ。それよりも君を侮辱したあの狼人のことを覚えているかい?」
「え、ええ……」
ベルの場所からは狼人の顔をよく見えていたし忘れるはずもない。
沈んだ様子のベルに、ヘスティアはにんまりと笑った。
「あの狼人、酔っぱらっていたから翌朝にはなにも覚えていなかったらしいけど、罰としてロキ・ファミリアのホームの軒先に簀巻きにして吊るされているんだ。後二日は吊るされるらしいから行って笑ってやるといい。なんだったら石を投げてやったらいい」
「で、出来ませんよ、そんなこと!」
「そうなのかい? アルス君は散々笑って、何個か石を投げて来たらしいよ」
「なにをやってんのアルスは!?」
「ベル君も起きたし、僕も後で行く予定だよ」
「神様!?」
止めるべきなのだが、親指を立てて満面の笑みを浮かべるヘスティアの目が本気と書いてマジだった。
「さあ、君達の時間は有限なんだ。ステイタス更新を終わらせちゃおうよ」
促されるままにベッドに横になったベルは、このことは聞かなかったことにしようと決めて目を閉じた。
ヘスティアの血が背中に垂らされ、ステイタスが更新される感覚。
――――――――――ベルは、レベル2に あがった!
――――――――――ベルは、レベル3に あがった!
――――――――――ベルは、スライムブロウを覚えた!
「――――ふわっ!?」
バタン、と奇声を上げたヘスティアがベルの背中から転げ落ちた。
「か、神様っ!?」
慌てて起きたベルがベッド脇で尻もちをついているヘスティアに駆け寄ると、彼女は「あわわわわ」と言いながら目を見開いていた。
「だ、大丈夫ですか? というか、何が――」
よろよろと動き出したヘスティアが用意してあった紙に、ベルのステイタスを書き始めた。
震える手でステイタスを書き込んだヘスティアが、ベッドに座ったベルに向かって紙を渡そうとして一瞬躊躇する。
「ベル君、これが、君のステイタス、だ」
渡されたステイタスをベルは見た。
【ベル・クラネル Lv.1(レベル3)
HP:34
MP;10
ちから:13
みのまもり:8
すばやさ:15
きようさ:15
こうげき魔力:11
かいふく魔力:0
みりょく:4
《魔法》
《技能》
《スキル》
【スライムブロウ】 ・スライム種に対して投擲武器効果強化
【
《次のレベルまで:49》 】
上から下を見て、次は横に倒して見て、最後に上下を逆さまにしてみる。当たり前だが結果は変わらなかった。
「え?」
「これは現実だよ」
「…………現実ですかね?」
「残念ながらと言った方がいいのかな。これは変えようのない現実なんだ」
取り敢えずもう一度見方を変えて一巡してみるが、やはり結果はヘスティアの言うようにステータスは変わっていない。
「喜んだ方がいいんでしょうか?」
「難しい選択だ。他の冒険者と違うステイタス表記になってしまったわけだけど、早くもスキルが生まれている」
「そこは素直に嬉しいです」
「取り敢えず万歳でもしておこうか」
「はい」
「せーの」
「「ばんざいばんざいばんざーい!!」」
よく神々がやる万歳三唱をやって、気持ちを切り替えたベルは現実を前向きに受け止めることにした。
「そう言えばアルスは殆ど戦闘はしてませんでしたけど、ステイタス更新はしたんですか?」
「なんのことだい?」
「だからアルスのステイタス更新――」
「なんのことだい?」
空っぽのガラスのような瞳が近づいてきて、ベルは三度目の問いを発することができなかった。
ベルが口を開けなくなると、ヘスティアが小声で「後少しでレベルがアップしてしまう。もしもレベルが二桁になってランクアップなんてことになったら……」と虚ろな瞳になっているので、それ以上の追及はお互いの為にならなかった。
「僕の新しいスキル、
「そこだけ言語が違うようで、読めないのは僕も同じだから黒塗りで書いたんだよ」
「へえ、そうなんですか。なんなんですかね、このスキル」
「僕が知りたいよ。このスキルが普通とは違うステイタスの原因なのかもしれないし、読めれば何か分かるのに」
ギリギリ、とベルのステイタスを書き写した紙を見ながら歯ぎしりをするヘスティア。
(しかも元からあったベル君の
スキルが生まれた経緯が経緯だけに書けなかったベルの
シクシクと痛み出してきた胃を抑えつつ、他の箇所もベルと一緒に読む。
「魔法はまだ発現してないんですね」
「技能があるからいいじゃないか」
「アルスと違って一つだけですし、どうして僕の方がレベルが低いんでしょうか? ずっと一緒だったのに」
「なんでだろうね。スキル発現の時期の違いか、何か他の要素があるのか……」
「うーん……」
まさか5階層でのミノタウロス撃破の経験値が加算されたとは夢とも思わない二人は一頻考えたが答えは出そうになかった。
「仕方ないんで、ちょっとダンジョンに行ってきます」
ベッドから立ち上がったベルの手をパシッとヘスティアが掴んだ。
「待ちたまえ。何故、ダンジョンに?」
「スキルって使う時にどんな感じかするか確かめたくて」
「実はウキウキだね、君は?!」
「だって仕方ないじゃないですか! スキルですよ! 能力なんですよ! 使ってみたいに決まってるじゃないですか!!」
「お、おう……」
予想以上の勢いにヘスティアが気圧されている間に、装備置きになっているクローゼットに向かったベルはバガッと音を立てて開ける。
「投擲武器となると、最初にロキファミリアに貰った武器の中にブーメランが…………あった!」
クローゼットには使わなくなったギルド支給のギルドの剣や、値崩れしていて売るには勿体なかったドロップアイテム等が入っている中から、最初にロキ・ファミリアに貰った四つの武器の一つ『クロスブーメラン』を取り出して掲げる。
「じゃあ、行ってきます!」
満面の笑みはとてもアルスと良く似ていた。
「流石は双子……じゃない! ソロでダンジョンに潜るなんて危険なこと、僕は許さないよ!!」
シュタッ、と片手を上げて部屋から出て行ったベルを慌てて追うヘスティア。
急いでヘスティアも部屋を出て、教会の隠し部屋から出た。
「あいたっ!?」
外に出てすぐの所でベルが足を止めていることに気づかず、背中に鼻からぶつかってしまった。
冒険者になっただけあって、ヘスティアがぶつかっても小動もしないベル。
当たった鼻を抑えながらヘスティアが横からベルの見ているものを見ようと体をずらした。
「へ?」
そこにいたのはギルド帰りと思われるアルスと、見覚えのない少女。
「初めまして、リリルカ・アーデと言います。今日からサポーターとしてよろしくお願いします!」
少女はヘスティアよりも小さな体にその体よりも二回りはデカいバックパックを背負い、ベル達のことを見上げて瞳を少し怪しく輝かせていた。
<昨日のリリルカ>
ゲド・ライッシュに酷い待遇を受けていたリリルカ・アーデは奇妙な噂を聞いた。
「
次の寄生先を決めた瞬間だった。
今話でベルがスライムブロウを習得していますが、本作では『とくぎ』ではなくスキルとして、劇中説明であるようにブーメランを投げるとスライム種に対する特攻効果が付与されるものとしました。
リリルカ・アーデのフライング登場です。