『
「フレイヤ様――」
恐らくロキと並んで世界で最も有名な神であるフレイヤの、正しくこの世のものとは思えない美貌に波のようなさざめきが起こったかと思うと、一転して時が止まったかのように静まり返る。
老若男女、立場などに関係なく女神の美に誰もが支配される中、筋肉でパツンパツンになって今にも破れそうな燕尾服を着たオッタルを従えたフレイヤは煩わし気に手を振る。
「遊びに来ただけだから何時ものように過ごしなさい」
美の女神の言葉に聴衆達は時止めから解放されたように動き出した。
魅入られた招待客達は何時ものようにと言われてもゲームに興じたり次元違いに劣る下界の女達に興味を示すことなくフレイヤに群がっていく。その流れに逆らうように
「突然の退室、無作法で申し訳ありませんでしたな、皆様」
「仕方ありませんよ、
「フレイヤ様が来店されたとなれば他の何よりも優先せざるをえますまい」
「寧ろ我々の所へ戻ってきて良かったのですかな?」
謝罪する
「挨拶は既に済ましておりますし、私が独占してしまっては皆様方の不評を買いましょう」
「オラリオに住んでいてもフレイヤ様を目にする機会は中々ありません。
「いえいえ、そんな……」
謙遜する
「しかし、流石は言わずと知れた美の女神。あれだけ見目麗しい女性達に見慣れていたはずなのに、比べることすら烏滸がましいほどにお美しい」
招待客の一人が姿は見えなくとも一度見てしまえば脳裏に焼き付いて離れないフレイヤという、容姿端麗な神々においても随一の美貌を思い起こしながら零す。
「美しいと言えば、
「おおっ、私も聞きましたぞ。何でも遠い異国の地から娶ったのだとか」
「ほう、是非我々にも見せて頂きたいものですな」
「皆さんも耳が早い。ええ、新しい愛人として迎えたのです。折角ですので、紹介しましょう」
フレイヤが登場した後ではインパクトに欠けるが、請われたのならば応えないわけにはいかないという
合図を受けた青年給仕は恭しく礼をして一度
「初め、まして…………アンナと申します」
ドレスのスカートの裾を持ち上げ、名乗る少女の可憐さに招待客達だけではなくアルス達も見惚れる。
「これはまた器量良い……」
「フレイヤ様には及ばずとも、正しく女神にも迫る美しさ」
「よく見つけてきましたね、
「実は異国の地で巡り合いましてな。きっと神々の御導きだったのでしょう。この愛らしさと美しさに私めも直ぐに虜になってしまったのです」
諦念に支配されたアンナを傍に侍らせた
(下衆共が……)
アンナと同じ女としてダフネ・ラウロスはスコット・オールズの姿で嫌悪が顔に出ないようにしなければならなかった。
正体が露見しないように注意しなければならないのは、モルド・ラトローに変化しているヴェルフ・クロッゾとガイル・インディアに変化しているカシマ・桜花も同じだが、唯一素の顔をしているアルス・クラネルはジロジロとアンナを見る。
いっそ不躾ともいえるが招待客達とは違う種類の視線にアンナと
「『
→同じ名の娘が親の借金のかたに売られたと聞いた。これは偶然か?
オーナー、彼女を一日貸してくれ!
「ふ、ふふ、子を売るなど酷い話もあったのものです。ところで、偶然で無ければどうなるのでしょうか?」
明らかに事情を知っているアルスの踏み込みに、一瞬頬がヒクつく
→非道を看過することは出来ない。きっと天罰が下ることだろう
何言ってんの? 馬鹿なの? 処すに決まってるじゃん
「私に有りもしない因縁をつけるほど『
アルスにこれ以上の話をさせないようにすかさず論点をすり替える。
「勝者は敗者に願いを聞き入れてもらうのです。そして勝者は求めるモノを手に入れることが出来る。『
そう言った
先程と同じように一度辞した青年給仕が戻ってきた時にはカートを押しており、乗せられた籠にはホールの物とは別の色をしたコインが大量に入っていた。
「ゲームに用いるのは全てこちらの1枚1000万ヴァリスの最高額のコイン。失礼ながらお手持ちのコインはこちらに交換させて頂きました。この
テーブルに乗せられるアルスの持ち分である1001枚のコイン。その間にもテーブルの周りには10人を超える、明らかに堅気とは思えない雰囲気を持った男達が周囲を固めていた。
一応、燕尾服を着てはいるが背中や懐に異様な膨らみがある者も多く、アルス達を逃がさないようにしている用心棒であることは明らかだった。
「まさか『
「脅しのつもりか」
「
周辺を囲むように配置された者達をチラリと見た
「日々、ダンジョンに潜る冒険者である貴方達には及ばないまでも、富や地位、名声も勝ち得た私達が真に欲するのは命懸けの緊張感。このゲームに乗りますかな?」
頷くアルス。
「皆様もどうですかな? ここは『
「ええ、では我らも是非」
「おお、流石は皆様方。『
→ドローポーカーならいい
フレイヤ様、お助けを!
「分かりました。では勝敗は、元手でのコインが全て無くなった時点で、その者は敗者となります」
そうしてゲームは開始された。
「――――おや、この老いぼれが勝ってしまいましたなぁ」
数ゲームの後、獣人の老紳士が勝利し、多くないとはいえアルスがベットしたコインが引き上げられていく。
勝ち続ける
「一度も上がれないとは…………どうやら運はジャックポットを引き当てた時に使い切ったようですな」
余裕綽綽のオーナーにダフネは舌打ちを漏らしそうになった。
「コインが随分と減ってしまった様子ですが、大丈夫ですかな?」
「良く言うぜ。お前ら、
ダフネと同じくアスカのコインだけが減り続ける原因に思い至っているヴェルフが吐き捨てた。
「おかしなことを仰る。証拠があるのですかな?」
「ここまでアルス
文句を言うだけで証拠を示せないアルス達に
「言ったでしょう、運を使い切ったのだと。そういえば、ジャックポットを引き当てた時の
「…………何が言いたい?」
「いえ、何も。ただ馬脚が現れたというだけです。直に真実も明らかとなるでしょう。ああそう、まだ私が勝った時の願いを言ってませんでしたな。私が勝った暁には、あなたが所属する『ヘスティアファミリア』には私の物となってもらいましょうか」
「それはどういう意味でだ?」
「新進気鋭のヘスティアファミリアは今後、ますます大きくなっていくことでしょう。なあに、邪魔などは致しませんとも。少しばかりのお零れに預かれれば、それで十分」
「労せず利益だけ掠め取ろうってかい」
「商売人ですからな。最小の労力で、最大の利益を追求しているだけです」
今まで黙っていた
「生意気な者や欲に目が眩んだ者、後はあなたのように正義感に目が眩んだ者…………私は全て食い物にしてやりましたよ」
次はお前達だと、副音声が聞こえそうな顔で嗤う
「面白い話をしているわね」
「ふ、フレイヤ様!?」
余裕を持っていた
フレイヤは一度テーブルに付いている者達を見渡し、
「このゲームは、敗者が勝者の願いを叶えてくれると聞いたのだけれど本当かしら?」
フレイヤの問いかけに我を取り戻した
「正確には私めに勝てば、限度はありますが願いを叶えるというものです」
「そう…………私も参加させてもらってもいいかしら?」
「い、いえ、しかし……」
まさかの要求に然しもの
「正確には私の代理としてオッタルを。それなら構わないわね」
決定事項として告げるフレイヤに
神であるフレイヤには下界の者の嘘を見抜く能力がある。心理戦であるポーカーは基本的に神は神同士で行うのが鉄則なので、フレイヤの参加を断る理由になるのだが冒険者のオッタルを代理とするならば彼我の権力差から断れない。
「わ、分かりました」
「ありがとう。そこのあなた、オッタルと席を変わってくれるかしら」
「は、はい、喜んで!」
フレイヤに指名されたアルスの隣に座っていた顎髭のヒューマンは急いで席から離れて、すたこらさっさとばかりに遠巻きにこちらのテーブルのチラチラと様子を伺っている
空いた席に巨体に比べれば小さな椅子に窮屈そうにオッタルが座る。その斜め後ろ、アルスに近い側にフレイヤが立つ。
「仕方ありませんな。ところで、
過去に拘って耽溺しても意味はないと一瞬で気持ちを切り替えた
「そうね。じゃあ、あなたと同じにするわ」
「は?」
「私が勝ったら『ヘスティアファミリア』を貰い受けるわ。代わりに私が負けたら、そうね…………一つだけどんなことでも勝者の言うことを聞いてあげる」
「っ!? そ、それはどのような願いであってもですか?」
「ええ、フレイヤファミリアが欲しいというならその通りに、他には私の体が欲しいというのなら好きにするといいわ」
「…………例えば、例えばですが、一晩だけ私の愛人になって頂くというのが願いであっても?」
愛人、と
あまりにも一瞬過ぎて冒険者ではない者達には悪寒としか感じられなかったが、ヴェルフ達はオラリオ最強の威圧に我知らず一歩下がっていた。そんな中、アルスの目はただカードを見つめていた。
「勝負ですもの。私の
「御心のままに」
物凄く不服そうに頷いたオッタルの肩からフレイヤは手を離す。
「これでいいかしら?」
「…………ふ、ふふふっ、ははははは!! ええ! ええ! その条件で構いませんとも! ならば、私めに言うことはありません。よろしいですかな、皆様方!」
真っ先に構わないと頷いたアルスに続いて、どうなっても自分達が不利益を被ることは無いので
「おい、アルス――」
→心配するな、
フレイヤ様を好きに出来る…………ゴクリ
「ありがとう。ところで、後ろで見ているだけというのも味気ないから私に
ヘスティアファミリアの実権を譲り渡すことになるが、仮にフレイヤに負けても
「…………いいでしょう。しかし、
「仲間内で良くしていたから慣れているわ」
「分かりました」
脳内で皮算用を立てた
「では、ゲームを始めましょう!」
ちょっと楽しそうなフレイヤに
各々が裏返されて渡された手札を確認し、カードを
(カードを見ない? 勝てないと悟って勝負を捨てたか)
アルスの不可解な行動に不審を覚えつつも、
「ああ、君。アルテナワインの三十年物を頼む」
獣人の老紳士が給仕を呼び止めて言った言葉に、
「
符丁から獣人の老紳士の手札は同カード三枚上位のフルハウス。
符丁を知る
「おや、どうやらこの老いぼれと冒険者の方々の勝負のようですが、どうなさいますか猛者、『
「…………
オッタルは余程手札が良いのか、一拍置いて次のアルスの出方を見てから勝負するかを決めることにしたようだった。
→
「「「「「はぁっ!? 」」」」」
突然のアルスの
(ここに来て、いきなり
(
アルスの表情は動かない。目に動揺はなく、感情の色は見受けられない。
(それほどに自信がある? だが、手札を見ることなく自信など持てるはずがない。まさか透視などのスキルを持っているのか?)
Lv.4ともなれば何らかのスキルや発展アビリティに目覚めているはずで、カードを透かして何の手札か分かったのならば強気になれると分かるが、そうなると今までの一人負けする理由がない。
「は、ははは、よろしい。では勝負といきましょう」
フルハウスならば早々負けるはずがないと、老紳士は表情を引き攣らせながらも引かなかった。
オッタルも引き下がらず、
「三人とも、手札の開示を」
フレイヤの指示に三人が手札を公開する。
「俺はストレートだ」
「私はフルハウスです」
まず真っ先に出されたのは、オッタルの様々な絵柄の4から8の数字が並んだストレート。そして獣人の老紳士が出したのはオッタルより上位の
この時点でオッタルの敗北は決定しており、初戦での予想外のオッタルの引きの強さに流石はオラリオ最強の冒険者と感心した
「……っ!? こ、これは一本取られましたな」
獣人の老紳士のフルハウスを超えるアルスのストレートフラッシュの
勝利したというのにアルスは特段の反応を見せず、手札を回収して慣れた手付きでカードシャッフルを行っているフレイヤの手元に注視している。
まるで自分のことなど興味もない言われているようで、獣人の老紳士が屈辱に燃えている間に次のゲームが始まろうとした瞬間、アルスは
(手札を見ることなく、今度は勝負すらしないだと? どういうことだ……?)
理屈に合わない。理由が分からない。
過去情報
①ベルは生まれ持っての幸運持ち
②祖父はベルほどではないが運命力を持ち、かつ負けず嫌いなのでイカサマ上等なタイプ
③アルスは祖父以下の幸運力。幼い頃はほぼ一人負けの状態(気を遣った祖父が代わりに負ける)。だが、アルスはこのことに直ぐに気づいた。負けず嫌いなので、こと勝負事に関する記憶力はずば抜けており、上級冒険者になって更に効果は上がっており、一般人には目視出来ないカードの細かな傷を覚えて把握してしまう。