「シナも通知届いた?」
「合格だって」
「良かった、馬車で昼頃お迎えがくるって」
私たちはどちらも合格していた。村全体を見渡しても私たちだけである。そう、村人全員が試験を受けて、その中で私たちだけである。テリミアさんは私に向かって紙のような魔法でできた通知届を私に見せた。
『魔術士適性合格通知届』と書かれたそれは、学校のような教育施設の合格通知ではなく、魔術士の適性があると判断された通知であるらしい。
なぜ、学校ではなく魔術士適性の試験を受けたのか。遡ること5日前のことである。
――――――
「疎開運営委員会?」
「うん、そんなこと言ってた」
あの夜以降、一週間ほどして朝、ミナラレ国直轄のミナラレ領地から同国のテリミア領主へ遣いが来た。内容を要約すると、先週の岩石で交通の便が滞り、農作物や狩猟の獲物の納税が不可能と判断されたため、疎開という形で領民の一部を受け容れるよう努力義務を課されたらしい。なにやら、ミナラレ領では納税として納められた食物や、市場に売り出さられる食品でしか食を得られず、物理的に道が塞がってしまうと生活もままならないらしい。
そんなわけで、空き部屋や客室を貸さなければならなくなった。私たちとしては、試験日程がどうなるのかによって空き部屋が2つ増えるかが変わるため、質問したいところである。
「それでなんだか、魔術士適性?ってのを測りたいとかなんとか言ってたと思う」
テリミアさんが盗み聞きで得た情報を話してくれる。魔法というのは聞き馴染みがある普及したものだが、魔術士というのは聞き馴染みがない。魔術士が何なのかまでは聞き取れなかったそうで、なんだろうね、と首を傾げている。
――コンコンコンコン
玄関からノックの音がした。いま両親は農作業に出ているので、家には私たち二人である。この時間帯に家に訪れる候補としては、テリミアさんの送迎が私的第一候補である。
「はーい」
「……こちら、疎開運営委員会と申します。国の方針で疎開にご協力くださる空き部屋の聞き取り調査を実施しています。ご両親の方はどちらにいらっしゃいますか?」
扉の前に立っていたのは、見知ったテリミアさんの送迎役の人ではなく、噂の的となっていた委員会の役員だった。彼は私たちを一瞥して、すぐに両親が家のいないことを察したのか畑の方を見た。
「ここから2つ目の角を……案内しますね」
「お願い致します」
魔法が使えるため効率化され、一人の農家の耕地は徒歩での移動は難しい距離になっている。説明は困難なため、ここはその魔法が使える私が案内役をかって出たほうが良いだろう。
その魔法というのは、空中にレールを敷きその上をトロッコのようなもので走るというものだ。格子状の道がある畑にはそれぞれの格子点で番号が振られてあり、それを指定するだけで自動で連れて行ってもらえる。
「すみません、窮屈ですが……」
「いえ、お気遣いなく」
「しゅっぱーつ」
トロッコの爽快感が好きとのことで、案内役の私とただ乗りたいだけのテリミアさんと役員の方の3人でトロッコに座り、魔法を作動させる。
するとトロッコは上昇しながら徐々にスピードを増していき、水平になったときには時速60kmほどで等速で走り出した。この魔法は領主の自作らしく、村に普及している。
ふと私は、最初は空中でこのスピード感は慣れないもので、驚いたり怖かったりするものだが、説明せずに乗せてしまって大丈夫だろうか、と心配になり役員の方を見てみると、その点は問題ないようだったが、テリミアさんの長い髪に彼の顔が飲み込まれていた。
流石に失礼だったため、髪を抑えるとテリミアさんは、この浮く感じが良いのに、と言ってトロッコの脇に頭を突き出してそこで髪を風に煽らせた。まぁ、これなら彼の顔に当たることはないだろう。一先ず安心して、暇つぶしの質問をする。
「私たち、この年始めに受験するんですけど、学校の試験ってありますか?」
「教育関係ではないので詳しくはわかりかねますが、現状国内の入試等は中止されています」
「なるほど、教えていただきありがとうございます。もう一つ、魔術士適性というのを風の噂で聞いたんですけど」
「おや、ご存知でしたか。到着次第、ご両親と共に詳しく説明致しますので、どのような噂だったか教えていただけませんか」
「いえ、単語だけしか知らないので、他には特に……」
両親と共に、しかもその場で説明できる程度に単純な話でもあるらしい。トロッコに乗る都合上、体育座りをしている彼の足の上に置かれた鞄の中には参考書2冊分くらいの厚みがあるが、本当にすぐ終わる話なのだろうか。
徐々に減速して下降していくトロッコに内蔵が浮くような浮遊感を覚えながら停止し、テリミアさん、私、役員の方の順で降りていく。テリミアさんはボサボサになった髪を整えながら、私の両親のいる場所へと畑の中をズンズンと歩いていく。
要件を伝えたらしく、両親とテリミアさんが歩いてくるのを待ち、声の届く距離になったところで彼から話し始める。
「お仕事中失礼します。わたくし、疎開運営委員会のリヴィーテと申します。国の方針で疎開にご協力いただける空き部屋の聞き取り調査を実施しております。後日、疎開についてはテリミア領主より詳しい説明がありますので、簡単に要点をまとめますと、一軒につき一人以上の受け容れと……」
これは回想なのであまり魔術士に関係ないところは省くと、彼の話はここから先が重要である。
「それともう一件、突然で申し訳ありませんが、魔術士適性調査を開始します。こちらの調査は疎開とは一切関係ないのですが、体が不調でなければ受けて頂く必要があります。魔術士については後日、領主より詳しい説明がございますが、適性が確認されたとしても魔術士になる必要はありません」
そう言って役員は鞄の中から紙とペンと猫耳を付けた人形を取り出した。
――――――
回想終わり。
その調査の合格通知が今送られてきたのである。ちなみに、魔術士についての領主からの説明は3日前のこと。要約すると、先の赤い光たちは"悪魔"と名付けられ、その悪魔たちが世界各地に岩石やら氷塊やらを落としたり洪水や噴火を巻き起こしたらしい。そして、その悪魔には物理も魔法も通用せず、対抗手段はないかのように思われたが、魔術士という、絶滅した"亜人"と呼ばれる種族の力を手にした者が一部地域で悪魔を退けたらしい。そのため、その魔術士になるための適性を測り、適正のあるものは悪魔を退ける魔術士になる権利が与えられるらしい。つまり、魔術士になるもならぬも、自分が決められるということだ。
それで、その魔術士というものにテリミアさんと私はなることに決めた。今後は、騎士団直轄となる魔術士隊に入隊し、まずは3ヶ月の魔術士の訓練を積み、その後実戦という流れとなるらしい。悪魔はあの夜以降も頻繁に現れるが、一斉攻撃ということはなく一部地域を重点的に攻撃しているらしいので、一先ず、それに対抗し得る戦力を培うことが目的らしい。
「ぁ、馬車きたよ!」
「わかった」
いよいよとなって両親に別れを告げる。二度目とはいえ産んでくれて、愛してくれた両親だ。疎かにする理由もないだろう。
早い家出ね、寂しくなったら帰ってくるのよ、と母が涙を流しながら語りかける。一年もいなかったら寂しくて一人増やしちゃうかもしれないから、と父が告げる。おい、うちの両親、分かっていたことだけどちょっとおかしいぞ。
挨拶も済ませたので、先に乗ったテリミアさんの隣に座る。見た目に反して意外にも広い車内は魔法で広げたものだとみえる。出入り口に向かってまた、じゃあね、と挨拶をして両親と別れる。馬車が進むと親の顔が見えなくなって、完全に別れた。
「こんにちは、初めましてテリミア領主様の娘さんですよね。お名前はなんて言うんですか?」
気を遣って別れの間は邪魔しないようにしてくれていた車内も、完全に別れると赤い髪の女性だけはテリミアさんに興味を隠せなくなった。車内は私たち含め5人。私とテリミアさんと、5日前の役員の人、赤い髪の女性、同い年くらいの男性、である。役員の人以外の2人もこの村では見ない人なので、テリミア領の他の村の人なのかもしれない。
「ネルカ・テリミアです」
「じゃあ、ネルカちゃんって呼ぶね。お隣の子は?」
「シナ・リリシャレンです。あなたは?」
「そうだった、自己紹介がまだでした。あたしはセレナ・セシェイスト。27歳、家事全般できます。隣の背の高い男がガーレン・リヴィーテ。その奥の少年がカナタ・ヤマダ。よろしくねリリーちゃん」
自然に丁寧語を外してきたコミュ力お化けはテリミアさんの隣に移動し、会話を始めた。きっと、他の村で仲の良かった子の知り合いとかなのだろう。初めましてと言っていたが、面識自体はあったのかもしれない。
それはそうと、日本人転生者的に気になるのはカナタ・ヤマダの存在だ。漢字で書けばおそらく山田 彼方だろう。日本人感満載である。
しかし、産まれがこっちならば、こっちの世界での名前となっているはずなので、日本人転生者夫婦から生まれた可能性を考えなければ、日本人"転移者"という可能性が浮上する。どちらにせよ、日本からの異世界人は俺の他にもいるということである。偶然ということもなくはないが。
「お久しぶりですね、リヴィーテさん」
「えぇ、今回はわたくしが案内役兼訓練所での指導要員です」
「ということは、魔術士だったんですか?」
「えぇ、戦闘は初戦以外参加していませんが、あくまで知識と魔術士隊での生活を教えるだけですのでご心配なく。実戦では今も前線で戦っておられる方が初めのうちは付き添ってくれますよ」
ということは、魔術師であっても必ずしも戦うということではないらしい。亜人については御伽噺程度で複数の種族がいることはわかっているが、そのうちで戦闘向きの種族と非戦闘向きの種族がいるのだろう。
「そういえば、試験の際、人形を取り出していましたが、あれは今はないんですか?」
どちらかというとリアルよりの等身に猫耳を付けた、いかにもオタクチックな品である。なぜ両親やテリミアさんが笑わなかったのか不思議に思っていたが、どうやら見えていなかったらしい。
「人形、というより魔術士にとっては"精霊"と呼ぶことになっています。わたくしは今見えていませんが、馬車のどこかにはいるようです」
精霊について掘り下げて聞いてみると、どうやらあの調査では、魔術士の他に天使適性というものも測っていたらしい。精霊が見えたり触れたりできることが、適性ありと判断される要因らしい。
「訓練所に到着するまでに諸々説明しますが、あと二人の魔術士適性者を迎え入れるまでお待ちください」
現状、亜人や精霊、天使などについて分からないことだらけである。おそらく、他の魔術士適性者も同じ状況であるため、一斉に説明するのが効率良いのだろう。
なんとなく話が途切れたので、話のネタを探すため外を見てみると今は森の中を走っているようで、処理されていない岩石が散らばっているのが見てとれる。
ところで、なぜ前に見た猫耳の精霊は出入り口の枠に、蝉のように張り付いているのだろうか。気づかなければ潰してしまいそうである。いや、入ってくるときには気づかなかったから、潰したあとなのかもしれないけども。