半月ほどたったある日、班員と机を囲んで食事を取っていると、テリミアさんが私に質問した。
「シナって今何してるの?」
班員全員が聞きたかった内容らしく、素っ気ないふりをしながら耳を傾けてきた。どうやら、私が午後の訓練に全体で別れて何をしているのか聞かされていないらしい。
特別隠すことでもないため、教官長と勝負をしていることを告げると、ふーん、じゃあ今度はあたしと勝負しようよ、と誘われた。それを聞くと、ペンギンの縦ロールが反応して、ペンギンからも勝負を申し込まれ、雪崩れるようにして班員全員に勝負を望まれた。
この班は成績上位者であるテリミアさんとダチョウさんがおり、他にも視覚化できる部分で測れない戦闘面での強さとしても秀でていると噂の人が多い。タイマンは楽しくなるだろう。総当たりをしてみても良いかもしれない。
しかし、現実的に訓練で時間が足りず、勝負はできないことを教官長から言い渡された。
「それともなんだい。訓練が足りてないなら増やそうか?」
「「「えっ」」」
教官長の悪魔じみた提案に対し、遠慮する形で班員は私との勝負を取り消した。私も少々残念である。
二ヶ月も寝食をともにする、とそこそこ皆を知ることができて、寝る前の習慣、訓練の真面目さ加減、徴収前の故郷のこと、悪魔に対する思いの丈、などなど見聞きすることができる。
特に、悪魔に故郷を焼かれたダチョウの獣人は、元の性格の真面目さも相まってか、若干空回りしているように見える程度には人一倍訓練に励んでいる。
自身が上位層に入っているにも関わらず、私やテリミアさん、他の上位陣にどうすれば強くなれるのかをよく質問しては、アドバイスを貰っているところを目にする。しかし、私はともかくテリミアさんも魔術具の扱いは言語化出来るような工夫をしているわけではないらしく、ダチョウさんにはアドバイスらしいアドバイスができないでいる。
なぜそこまでして強くなろうとするのか訊いてみたところ、彼女は言った。
「今はこの訓練所の中では努力しているから上にいるだけ。実戦の場になって今サボってる人たちが生きるために努力したら、私はおそらく並んでしまう。そうならないために今からなるべく情報収集してんのよ」
だから、ちゃんと答えてよね。すぐに超すから。と正論で殴られた。私は負ける気はないが、なんとなく、早く強くなりたいという気持ちが強く前面に出過ぎている気がしてならない。
そして、同じ班員で私とよく話す人物はもう一人いる。さきの彼女とは対照的なペンギンの獣人はサボり魔で、縦ロールなお嬢様である。彼女は私のことをあねさまと呼び、よく私に寄りかかったり、膝枕をさせたりしている。この訓練所に来て一番親しいと言っても過言ではないほど、自由時間では話もする。
親しくなったきっかけは、同室ということもあるが、同じ海の生物であることが大きい。私が人魚の時点で彼女からしたら上であることが決定していたらしいが、呼び方については試行錯誤した上でこの形に落ち着いている。
姉様、と呼ぶからには私より年下なのか疑問を口にしたところ、23とだけ答えた。幼い容姿をしていたため同年代か少し年上程度に思っていたが8歳の差があったらしい。
「ちなみに、あなたと同じ馬車で来た赤い頭髪の人、いたのではありませんの?その方とは同年の級友で、親しくしていました。面白い方でしたでしょう?」
「はい、テリミアさんと長く話していたと思います」
「えぇ、学生の頃は口は災いの元を体現していた方で……あれ、涙が……。あと、余の姉様なのですから、敬語はなしでお願いします」
「分かりまし……分かったよ。でも、確かその人狼さんは27歳と言ってたと思うんだけど」
「……」
黙ったということは、確信犯か?一回りも上のようには見えないが。
それでも姉様呼びは頑なに止めず、私も非常に不快というわけではないため、姉様呼びは続行という形になった。あと、膝枕をしているときに縦ロールを弄るのが楽しいということもある。
「訓練で脚が痛むので揉んでいただくことを所望しますわ」
「分かりました。脚を出してください」
「膝枕のままがいいですわ」
「無理です」
そう言って彼女の頭をベッドに乗せて、足の方に回り込み、揉み上げていく。彼女の細い脚を見ていると本当に訓練しているのか疑問に思えてくるが、彼女からしてみるとダイエット期間とのことらしい。ただ、頻繁に足を揉ませるので、魔術具に何か異常があるのではないだろうか。もしくは、人間に合わない部分が。
「仕方ないですわね……あと、敬語」
……私、基本丁寧語で話してるから、口調変えづらいんだよ。いや、テリミアさんとはタメ口で話しているため、そうとも言えないか。うーん、好感度が足りないのかもしれない。
好感度とか親近感的な意味で高いだろうと思えるのは、別の班だが、蜘蛛の獣人である。彼は訓練所にいる全員と面識があるのだろう人物で、魔術士間の通信システムを作った張本人である。訓練には積極的ではないものの、暫定日本人の竜人さんの手を借りて、所謂掲示板のようなものを作った。これで竜人さんことカナタ・ヤマダはほぼ日本人確定である。
蜘蛛さんは掲示板の運営を担っており、そこそこ書き込みも多いので勝手に好感度が吊り上がっていると思う。元々、好かれる人柄のようだから、当たり前といえば当たり前ではある。
知名度で言えば、訓練所全体121名、加えて教官や給仕の人数の計150名前後を合わせて、全員が見たことあると口を揃えて言う魔術士はもう一人おり、馬の獣人である。
背の高い男で、顔に覆面をしている。誰も理由を聞かないし、聞ける雰囲気ではないため、誰も覆面をする理由を知らないが、彼は個性的な見た目と成績上位者ということもあり、知名度は高いと思われる。まぁ、正確には名は知らないので、認知度とかその類の言葉になるのだが。
私は彼とはそこそこ会話する機会が多く、某年某月某日、私にとっては重大な事実が発覚した。
私のよく読む本の作者だったのである。
漫画やアニメもなく、インターネットに準ずるものもないこの世界で、日本らしきものを見つけてしまうと思わず手に取ってしまう癖があり、この本との出会いはその癖によるものだった。
文字と絵を同時に使用するこの本のスタイルはラノベの文庫本に近く、私の目を惹きつけた。内容は日本で言うところのフェチを捉えた作風で、前世での昨今のラノベに引けを取らない。そうして私は、この人の一読者となった。
そういうわけで、作者と分かったときにはとても興奮したが、その時は隠して通した。隠す必要もなかったので、今度、機会があったらファンだということを伝えることにする。
そんな調子で、テリミアさんを含め、私が自由時間に話す人はこの5人に固定されてきた。班員とも世間話はできないことはないが、他の班ともなると、めっきりと話す機会が減る。
元々、よく話す人間ではないため、自ずと話す人は減ってくる。午前中は全班合同の筋トレに充てられ、午後は教官長との訓練がある。あるにはあるが、午後の訓練時間の全てを使うまで教官長と勝負をやることはなく、私は自由時間が他の訓練員に比べて多い。一応、訓練時間ではあるので何か手伝いをしようと思ったのだが、この性格のため気軽に話せる人は少なく、行動に移すことはなかった。
そこで、私が訓練時間の暇つぶし的に考えついたものが、天使の加護の対象者拡大である。
天使の加護とは、無敵の赤い光を無効にする力を魔術士に与え、魔術士の健康状態が遠隔で判るというものである。この効果を期待できるため、天使は魔術士を統率し魔術士全員に加護をかける必要がある。
けれども、私が与えられる天使の加護の枠は4人と少なく、効率的に使わなければいけない。私は有り余る自由時間を使って考えた。
例えば、私のように空中を飛べない魔術士だが高い攻撃力を持っていたとする。もう一人、飛べるが攻撃手段がない魔術士もいるとする。この二人を上手いこと組み合わせると、飛べて攻撃力の高い魔術士が完成する。
実際には体重が倍になり、しかも独立して動くため姿勢の維持が難しかったり、攻撃手段が飛行手段と相性悪かったりするため、相性のいい二人のタッグというのは難しいかもしれないが、これがクリアされたとして、天使としては1人分の加護を使いたいところである。
態々二枠分の加護を使って、現実的な魔術士としては1人分で数えなければならないのは割に合わないのである。ところが、天使の加護に対象とする範囲というものがあるとするのならば、その範囲を広げることで、1人の魔術士を起点に複数の魔術士に加護を与えることが可能である。
しかし、仮定の部分である天使の加護に対象の範囲というものがないのならば、この試みは水泡に帰すので、確かめる必要があるのだが、私はあると思っている。
根拠はあり、実際に加護をかけてみると、魔術士にのみ加護をかけられるのが分かるが、もう少し精度良く加護をかけることができる対象を絞ると、魔術具であることがわかった。理由としては、魔術具の破損度合いによって私に戦闘不能が伝わるというのと、魔術具からの攻撃にのみ天使の加護がかかっているということだ。逆に、ペンギンさんが筋肉痛でいくら動けないと喚いても、私には戦闘不能と伝わらないし、私の素手による攻撃には天使の加護がかかっていない。
状況的に、肉体に加護がかかっているということはないため、残る可能性としては魔術具が浮かび上がる。もちろん、概念的な何かに対して加護がかかっている場合も考えられなくはないが、同じ加護という言葉を使う精霊の加護は肉体に対してかかっているため、魔術具に対して加護がかかっているものと思われる。
では、魔術具のみ置かれている状態で加護をかけられるのか、を試してみるも、それはできなかった。つまるところ、肉体が必要ということである。
よって肉体と魔術具が接続しているときに天使の加護をかけることができることがわかった。つまり、1つの魔術具に対して複数の肉体が接続しても、一枠分の加護で済むのでは、という仮説が浮かび上がる。こうなってくると、複数の魔術士に1つの加護というのも突飛ではなくなってくるように思える。
ただ、結論としては机上の空論だった。
まず、1つの魔術具を分配するのは可能だが、同じ適性を持っていなければ魔術士になることはできず、組み合わせの数は限られてくるということ。次に、その後、それぞれの魔術具の得意な部分を装着しなければならないのだが、謎の力によって反発してしまい、別の魔術具を装着してキメラのようにはなれないということ。最後に、一部の魔術具を付けた状態では、天使の加護で戦闘不能と伝わってくるということ。この3点によって、実戦投入は不可能なものになった。
したがって、アイデアは解決策にはならなかったのだが、副産物的に分かったこともある。天使の加護は拳にはかからないため、赤い光の源であるコアを壊すには魔術具が必須ということと、パーツの多い魔術具ほど分配すれば、多くの肉体に天使の加護を分け与えることができるということだ。後者はともかく、前者は悪魔と戦う上で注意したほうが良いだろう。