眼光が鋭い少年が、誰もいない夜の食堂で黙々と出された食事を食べ続けていた。給食トレイには、彼が支払った分の目玉焼きとハム、ボウルサラダに山盛りご飯と味噌汁。
「美味しいと思うけどなぁ、この料理」
その呟きは、少年が食堂で食事をする度に呟く言葉だ。鷹のように鋭い眼光────というか半分真っ赤な鳥なのだが────を持っているとは思えないほどの穏やかな声だ。
「おかわりもあるからね、ヒドリ君」
「あ、ありがとうございます、フウカさん。ジュリさん、このケーキ二枚くれます?」
「はい、どうぞ!」
毒々しい色をしたケーキだろうが、何であろうが笑みを浮かべて食べ続ける緋色髪の少年────
「ごちそうさまでした。今日も美味しかったです」
「お粗末様でした。本当によく食べるね、ヒドリ君」
「気持ちのいい食べっぷりでした。あ、ところでヒドリさん、今日のケーキなんですけど……」
「生姜と柚子が入ってましたね。斬新な発想でした」
緋色の翼を揺らしながら料理の感想を述べるヒドリに、給食部の二人は心穏やかに、そして複雑そうに笑みを浮かべた。忙しくて少々雑な料理であっても美味しく食べてくれるいい子なのに、所属している部活が────
「便利屋68……大丈夫なの?」
「まぁ、そこそこ楽しいですよ」
ヒドリの顔が苦笑一色に染まる。己が所属している部活が、どのような活動をしているのかを理解しているからである。ヒドリもその所属ではあるため、一応各方面から警戒はされているのだ。
しかし、直接的な被害がない分、警戒レベルは低い。ヒドリの温厚さは、血の気の多い者が複数いるキヴォトスでも珍しいのだ。
揉め事に巻き込まれないようにしたり、巻き込まれたとしてもできる限り戦闘を行わなかったり……トリニティの生徒に馬鹿にされても気にせず穏やかに笑っている。
とにかく、そういった点とゲヘナ学園でも珍しい非暴力性がヒドリを、ゲヘナ学園の突然変異個体と呼ばれる由縁となっている。
「感情がたくさんあって飽きません」
たくさんの感情、美味しそうで楽しいよ。そう言って笑うヒドリに対して、フウカとジュリは首をかしげた。感情が美味しいとはどういうことなのか、と。
「楽しいってことです。色とりどりで────あ、ごめんなさい」
ヒドリが電話を確認すると、電話の相手は己の上司たる少女。フウカとジュリに一言断りを入れて電話を取ると────
『ヒドリ、今どこにいる?』
「あ、カヨコ先輩。お疲れ様です。ゲヘナの食堂にいますよ」
『すぐに事務所に来て。仕事だよ』
「あ、はい。分かりました」
電話が切れたのを確認し、ヒドリは次の献立を考えている二人に声をかける。
「すみません、仕事が入ったので失礼します」
「あ、分かった」
「気をつけてくださいね」
「はい。じゃあ行ってきます」
大きな緋色の翼を揺らして食堂を後にするヒドリ。鍛えられた脚力によって階段を飛び抜けていき、すぐに屋上へと到着。クラウチングスタートのように助走と加速を乗せ────柵を飛び越えながら翼を広げた。己を覆い尽くすくらい大きな翼は風を掴み、ヒドリを空へと導く。
「えーと……事務所は確か……変えたからあっちか」
バッサバッサと効果音が聞こえんばかりに翼を動かすヒドリは、自身が所属する便利屋68の事務所へと飛翔する。キヴォトスでは翼の生えた者も少なくないが、ヒドリのように飛べる者はいない。
空を飛び始めてからものの数分で事務所前まで来た緋色の彼。換気のために開かれていた窓を通り抜けて事務所内へと降り立つ。
「あら、予想より早かったわねヒドリ」
事務所に訪れたヒドリを最初に迎えたのは、コートを着た赤髪の少女。便利屋68の社長である陸八魔アルその人だ。ヒドリが便利屋68に所属している理由であり、ヒドリがヒドリであるための支柱の一つである。
「こんにちは、社長。仕事、あるんですよね?」
「ええ。カイザーPMCからの依頼よ」
「えー……」
「何か不満でもあった?」
「あ、ムツキ先輩こんにちは。……カイザー、結構なヤバい企業ですよ? 甘苦いドロドロした感情の匂いが無くならないですし」
ヒドリの言葉を聞いた便利屋68全員の警戒レベルが一気に上がる。ここにいる四人全員が、ヒドリの秘密を知っている。キヴォトス人とは少々異なる人間であることや、体質、その身が抱える化け物が何者なのかも。
ゆえに、彼の感覚の正確さはキヴォトスの中で一番よく知っていると言っても過言ではない。
「あ、あの……ヒドリ君……食べてません、よね?」
「食べるなら全身丸ごとですよ。お腹減ってないので食べませんが。美味しくなさそうですし」
ハルカの質問に対してこの発言。無自覚に生物としての違いを見せつけているのだから、質が悪い。
「本当に食べてないよね?」
「もちろんですよカヨコ先輩。こんな僕でも節操はありますから」
緋色の翼をパタパタ動かしてカラカラ笑う彼の姿に、カヨコは呆れ半分に苦笑した。
「キヴォトスは美味しそうなのが少ないですからね。食べてもいい研究者とかいないかな」
「質が悪い冗談はやめなさい! ……とにかく、行くわよ。アビドスの砂漠へ!」
社長の号令によって便利屋68が動き出す。メンバーは人間四人鳥一羽。キヴォトスの人々からすればいつものメンバー、知る人が見れば異質な一羽と、それを従える三人だ。
「あ、社長。アビドスは580円のラーメン屋さんがありますよ」
「あら、いいじゃない。ラーメンは久しぶりに食べるわね」
「僕が奢りますよ。是非とも常連になってほし────?」
不意に、ヒドリの言葉が止まる。そして数秒後、緋色の羽や髪がザワザワと蠢き、真っ赤な瞳がギョロギョロと動き始めた。その兆候を、便利屋68は知っていた。知っていたからこそ、驚き、呆れ、頭を抱える。誰が彼を解き放つための祝詞を口にしたのか、と。
「聞こえる……聞こえた……でも……? 誰? 誰? 誰? 僕を呼んだ? 誰が僕の原野に招かれた?」
首をかしげたヒドリは、自分で持っている血に染まった紙を取り出して閲覧する。食事は済ませているのだから、食べる必要はない。そう結論付けて。祝詞が書かれた紙を見て、落ち着きを取り戻す。
あかしけやなげ緋色の鳥よ。くさはみねはみけをのばせ。
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百合園セイアという少女は夢を見る。夢、と言っても未来予知の類いなのだが、今回の予知夢は彼女の精神を揺らがせるほどのものだった。
キヴォトスの空が、赤く染まっている。血のように赤く染まった世界で、セイアは一人立ち尽くしている。
「何だ……これは……!?」
一人、二人、三人、四人。一人、また一人と啄まれ、飲み込まれ、食い尽くされていく。その中には抵抗した痕跡や、キヴォトスの実力者も含まれていた。
だが、嘲笑うように喰われていく。捕食行動は終わらない。赤い、赤い、空より赤い、緋色の鳥は、その大きな翼を広げて、一人、また一人と食い荒らしていくのだ。セイアの目の前で絶叫することすら叶わず喰われた者がいた。一口だ。一口で喰われていく。
「足りない……足りない……足りない……足りない……満たされない……こんなに……こんなに……」
たくさんの命を食べているのに!! ちっとも満たされない!!
嘆くように、寂しがるように、泣き叫ぶように、緋色の鳥は叫ぶ。つんざくような咆哮はキヴォトス全土に響き渡る。
「いない! いない! どこにも! 皆! 皆がいない!」
「君は……何だ……?」
「どうして! どうして! どうしていない! いなくなった!」
そして、夢はクライマックスを迎える。空より飛来する、謎の存在。■■と呼ばれた、外からやって来た、得体の知れない何かが。本来の世界であれば、彼女がそれを見るのはもう少し先で、ヘイローを破損しかける出来事になるはずだったが……
「アルも! ムツキも! ハルカも! カヨコも! フウカも! ジュリも! 皆を! お前が! お前が奪ったのか!? 皆を……返せェエエエエエエエエッッッッ!!!!」
皮肉にもそれ以上に恐ろしい化け物が怒り狂い、食い荒らすために翼を広げる姿が衝撃過ぎて、そうはならなかった。落ちても、墜ちても、何度でも挑み続ける。何度でも、何度でも。何度かの飛翔と共に────────
「……はっ!?」
セイアは目を覚ました。嫌な汗をかいている。喉も渇いて仕方がない。
「……あれは、何なんだ?」
夢に現れた、赤い、緋色の鳥は。あんな存在をセイアは知らない。あれについて調べようとして、思考が止まる。それは、生物としての本能だった。あれを知れば、後戻りができないものであると、本能が理解している。
あれは、キヴォトスを破滅させることができる代物だと。存在してはいけない代物であると、セイアは感じ取った。あれがいつ現れるのかは、分からない。だが、少しでも対策を練らなければ。
セイアは思考を回し、しかし止めてしまう。対策ができるものではないと理解したのか、本能が考えることを止めさせたのかは、分からない。とにかく、セイアは今夜眠ることはできず、思考が回らなかった。
だから、だろうか。枕元に、御守りとでも言わんばかりに、恐ろしいほどに美しい、緋色の羽が添えられていることに、気付かなかった。
あかしけやなげ緋色の鳥よ
くさはみねはみけをのばせ
なのとひかさす緋色の鳥よ
とかきやまかきなをほふれ
こうたるなとる緋色の鳥よ
ひくいよみくいせきとおれ
煌々たる紅々荒野に食みし御遣いの目に病みし闇視たる矢見しけるを何となる
口角は降下し功過をも砕きたる所業こそ何たるや
其は言之葉に非ず其は奇怪也
カシコミ カシコミ 敬い奉り御気性穏やかなるを願いけれ
紅星たる星眼たる眼瘴たる瘴気たる気薬たる薬毒たる毒畜たる畜生たる生神たる我らが御主の御遣いや
今こそ来たらん我が脳漿の民へ
今こそ来たらん我が世の常闇へ
今こそ来たらん我が檻の赫灼ヘ
緋色の鳥よ 今こそ発ちぬ
祝詞が長いよホセ。