まぁ、それはそれとして。感想、いつもありがとうございます。全部確認させてもらっています。わりと淡白な返信にはなってしまっていますが、しっかり見ています。
さて……ところで皆さんはヒドリ君引けましたか?(存在しない記憶) 私は完凸天井しました。(存在しない記憶&白目)
猪の肉を盗んだ人間の話をしよう。彼女は、彼女達は、巷を騒がせている慈愛の怪盗の真似事をしている存在だ。そこに美学など存在しない。慈愛の怪盗を超えるほどの名を上げるため、手始めにこの牡丹肉を狙ったのである。
ゲヘナ学園、その最強戦力の一人が主催する祭りの妨害。これに成功すれば、赤時ヒドリの顔に泥を塗るようなことになり、それを成功させた自分達の名が世間に響く。そういう計画だった。
「上手く行ってるわね!」
本当に上手く行っている。怖いくらいに上手く行っている作戦。便利屋68に恨みを持っているゴロツキを唆したこともあって、肉を保管している冷蔵庫を爆破しても気付かれなかった。
「この後、あの肉はどうするんだっけ?」
「海に捨てて、私達の名を────」
「聞き捨てなりませんね、それ」
赤い光が、彼女達の真横を通り抜ける。ギャギャギャギャギャッッ、とヒートブレードを地面に突き刺して減速、完全停止した存在を見て、彼女らは目を見開く。
「あ、赤時ヒドリ……!!」
「な、なんで……!? まさか、バレた!?」
「ああ、はい。バレましたよ。残念でしたね」
怒っていた。怒髪天を突く勢いで、ヒドリは怒っている。髪が、翼が、尾羽が揺らぎ、空気が悲鳴を上げているように歪んでいるようにすら感じさせた。心なしか、ヒドリの目も……いつも以上に赤い。
「で、肉はどこに?」
「……遅かったわね。もう船に到着しているはずよ」
「ああ、そうですか。………………ところで、その船はこちらの船ですか?」
仮想モニターに映し出されたそれ。それは爆煙を上げて沈んでいく船と────そして、それをやったであろう便利屋68と、どさくさ紛れに肉をつまみ食いしようとしたのか風紀委員会に縛られている美食研究会。
そして……アビドス高等学校廃校対策委員会と、ミレニアムの変態────エンジニア部を連れた連邦捜査部シャーレの先生が、袋詰めにされている牡丹肉の山をコンテナに詰め込んでいる姿が。
「「「……それですね」」」
「そうですか。残念でしたね」
あまりにも早すぎる終幕。自分達が練り上げた計画の全てが、たった数十分で泡沫の夢に消えた。呆然として立ち尽くす彼女達は気付くべきだった。計画が破綻したことを理解した時点で投降するべきだった。
「徹底抗戦よ! 抗ってやるわ!」
「ここまで来て、引き下がれません!」
「私達だって……私達だって……!!」
そうすれば、そうすれば────────
「あ、そうですか。なら……食べられても文句はありませんよね?」
喰われることも、なかったのに。
「あかしけ、やなげ、緋色の鳥よ……」
その声が水路に響いた瞬間、ぞぶっ……と、アサルトライフルを手にした少女の足が食い千切られたように消える。
「ひっ……ギイィイイイイイイイイイ!!!?」
続いて、ショットガンを持っていた少女の視界が黒く染まる。
「見えな……見えない……!! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!」
そして最後に、ハンドガンを持っていた少女の腕が消えた。
「────────────────!!!???」
「……どうしました? 手足を押さえたり、目を押さえたりして」
「「「はっ……?」」」
気付けば、無くなったはずの手足や目が戻ってきている。だが、あの喪失感は……あの想像を絶する痛みは、間違いなく自分達が感じたもののはず。
「え? は? 何、が?」
「まぁ、次は内臓にしましょうか」
やって来たのは腹の中をぐちゃぐちゃに掻き回される感覚。叫ぶこともできず、ブチッ、ブチッ、と啄まれ、引きちぎられる感覚が襲いかかる。痛みもある。血が噴き出すような感覚もある。なのに、気付いた時には戻っている。
何か、何か得体の知れないことが己に起こっているのだ。それだけは分かる。
えもいわれぬ恐怖から逃れようとして、三人は走り出す。しかし遅い。恐怖で縛られた人間は思ったように本来のパフォーマンスを発揮することができない。
脛を喰われた。元に戻る。腿を喰われた。元に戻る。肩を喰われた。元に戻る。腹を、背骨を、腸を、心臓を、脳を、耳を、肝臓を、腎臓を、あばら骨を、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。喰われて、喰われて、喰われ続け、貪られ続けて。それでもやっぱり次の瞬間には元に戻っているのだ。
「あ……ひ……」
「ひひ……ひひひ……」
「ひゅー……ひゅー……くひゅっ……」
「あれ? もう壊れちゃいました?」
心底つまらなそうに呟いたヒドリは、記憶を飲み込む。喰われた記憶は無くなって、気付いた時には牢屋の中だろう。糸の切れた人形のように沈黙した三人を縄で縛り、ヒドリは通信を行う。
「社長、主犯格三名の捕縛、完了しました」
『そう、よくやったわね。……記憶の処理はした?』
「はい」
ヒドリの本来の力は、祝詞を聞いた、祝詞を見た、祝詞を唱えた、祝詞を知った者を赤き原野へと誘い、何度も食い荒らしてその記憶を消してまた食い荒らすというもの。だが、何の間違いか現世に産み落とされた認識の鳥であるヒドリは、肉体と精神の境目を曖昧にする力を手にしていた。
彼女達が喰われたのは、精神世界の体。だが、境目が曖昧になれば、肉体も痛みを感じるようになる。精神が忘れても、肉体が痛みを覚える。肉体が忘れても、精神が痛みを感じる。本来ならば、忘れるはずだが、ヒドリはあえてそれをしなかった。壊れてからすぐに記憶の処理を行ったため、精神は無事だろう。
少女達はヒドリと戦闘を行ったはずなのに、気付けば牢屋に入っていた状態だ。
「それで、どれくらいが無事でしたか?」
『七割と言ったところかしら。残り三割は内臓系ね。傷み方がちょっと酷かったわ』
「そうですか」
ヒドリは小さく息を吐いて、内臓の破棄を指示する。加熱すれば食べられないこともないのだろうが、それでも味は落ちてしまう。下手をすれば食中毒だってあり得る。肉と骨が無事だっただけ良しとすることにした。
『お店にはどう説明する?』
「僕から伝えておきます。皆さんは肉と骨を持って祭りの会場へ。僕は……もう少し警戒しておきます」
通信を切り、靴に搭載した排熱機構が閉じていることを確認。クールダウンが終わったそれの調子を確かめながら、現れたタキシードの少女を見る。
「それで……あなたは?」
「はじめまして、赤時ヒドリさん。私は慈愛の怪盗。そこで伸びているお嬢さん達が真似ようとしていた本物……と言うべきでしょうか?」
「そうですか。それで、何か? 僕、今忙しいんですよ」
店に連絡をしないといけないため、忙しいのだと話す彼に対して、慈愛の怪盗と名乗った少女は微笑みを浮かべたまま話す。
「今回は私の偽物────模倣犯が失礼を。私が後始末をするつもりでしたが……どうやら解決してしまったようですね」
「……律儀なものですね」
「美学もない者が私の真似事など、許せなかっただけですよ」
だから後始末をしようとしたが、その前に動いたヒドリ達が解決してしまった。そう話す慈愛の怪盗に、ヒドリは便利屋68のような気配を感じ取る。ハードボイルドや真のアウトローを目指すアルにも似た、美学を信条に宿す人間の輝きを。
そして、知っている匂いであることも。
「用件はそれだけです。それでは……また会う時があれば」
「……あ、最後に一つ」
「何でしょう?」
「お祭りはどうでしたか、先輩」
はじめまして、ではなかった。ヒドリのテントに必ず現れていた少女だ。正体がバレるとは思っていなかったのか、少し驚いた素振りを見せながらも、彼女は笑みを浮かべる。
「………………ええ、いつも楽しませてもらっていますよ」
「そうですか。では、三日目も────二日目はまだ残っていますが、楽しみにしていてください」
そう言って、ヒドリは主犯三名を引きずりながら来た道を戻る。店への電話をしながら。
「……あ、いつもお世話になってます、赤時ヒドリです」
『おう、便利屋の
ワンコールで繋がったのは、某ヴァルキューレ局長がいそうな屋台の店主である。
「えと……明日のもつ煮なんですけど……キャンセルできますか?」
『ん? 何かあったのかい?』
「いえ、僕の管理不足と冷蔵庫の故障で内臓系がダメになってしまいまして……」
『ありゃりゃ……珍しいねぇ、兄ちゃんが食材をダメにするなんてよ』
ヒドリの言葉に心底驚いた様子の店主。彼もまた、ヒドリがよく利用する店で、毎回この祭りに出店してくれる店でもあった。
「本当にすみません」
『いいって、いいって! 他の連中にはこっちから伝えとくよ』
「え、いや、僕から────」
『牡丹鍋枠になったってな!』
「え」
キャンセルどころか、出店はそのままにして牡丹鍋を出すと言ってきた店主に、目を開くヒドリ。肉は確かに大量に残っている。牡丹鍋を作ってフィニッシュになるように調整しているためだ。三日目、全店舗に肉を配っても問題ないくらいには残っている。
「キャンセルじゃなくていいんですか?」
『おうよ。というかキャンセルなんてしようとしたら、連中怒るぜ?』
ヒドリ主催の祭りに参加したことで、あまりウケていなかった料理が脚光を浴びるようになった。たんぱく質はもちろんのこと、ビタミンの豊富さや糖質の低さから、某ミレニアムのトレーニング少女もホルモンを食べている。また、肉と比べると安価に入手できるため、購入している生徒も増えているとか。
下処理は大変だが、塩揉みや酒に漬けるなどすれば臭みは取りやすい。あとは好みの焼き加減で焼くなり、好きな味付けで煮込んだり。ゲヘナ学園の食堂でもホルモンは実装されている。
『ま、任せておけって。んじゃ、俺は連絡と下拵えするんでな。んじゃ、明日は期待してくれや』
「あ、はい。分かりました」
通話を終えて、ヒドリは考える。少し考えて、そしてその後。
「まぁ、これはこれで解決……になるのかな」
解決したことにした。時には考えないことも大切なのだ。
────────────────────────────────────
「クックックッ……ご無沙汰しています、先生」
ゲヘナ学園食事祭り二日目の夜。祭りの様子を一望できる屋上テラスにいた先生の前に現れたのは、黒いスーツを着込んだ存在。
体は影の様に黒く無機質で、右目にあたる箇所には発光部があり、そこから顔全体に亀裂が走っている。また、黒い手袋を着用しており、手袋と袖の間の地肌のような部分にも同様に亀裂が確認できた。
キヴォトスの外側に存在する謎の組織、ゲマトリア。そこに所属する黒服が、そこにいた。
「“……何の用だ”」
「いえ、これと言って用事はありませんよ。ただ、この祭りの様子を眺めていただけですので」
「“信用できない”」
「クックックッ……嫌われたものですね」
先生が黒服を睨むが、黒服は笑みを浮かべて祭りの様子を眺めるのみ。何かするつもりもないようだ。
「先生、素晴らしい盛り上がりだとは思いませんか」
「“……”」
「クックックッ……この祭りは、最初はこのような規模では無かったのですよ」
先生は何も言わず、黒服と同じように祭りを一望する。夜の9時まで行われているこの祭り。出店しているプロだけではなく、生徒も楽しそうにしている。そこにどの学校の生徒、という枠組みはない。
「最初は……そう。ただの恩返しから始まりました」
「“恩返しだって?”」
「ええ……お世話になった方々へ、少しランクの高い食事を振る舞う。それだけの催しだったのです」
黒服は知っている。最初は卵料理────卵を主役とした料理を振る舞うだけだった。そこから一つ、また一つと協力者が増えていった。
「その次はカレー、その次はラーメン、その次は寿司……多種多様な食文化を、テーマ食材と共に振る舞う催しとなったのですよ」
「“妙に詳しいね”」
「クックックッ……それもそうでしょう。────私は、この祭りのファンでもあるのですから」
「“嘘でしょお前”」
「事実です」
驚いて顔が引きつる先生は、黒服が何のためにこの祭りのファンをやっているのかと疑問視する。黒服は典型的な悪い大人だ。嘘は吐かないが騙さないわけではないという大人。清濁併せ呑むことを知り、表と裏を上手く使い分けるような存在。生徒を実験の対象としか見ていないはずのやつが、なぜ。
「私はね、先生。見たいんですよ。あの認識の鳥が……どこに至るのかを、ね。これは経過観察のようなものですよ」
「“認識の鳥?”」
「おや……ご存知でなかったとは。……まぁいいでしょう。ところでご存知ですか、先生? この祭りでは────」
「お届け物です」
「この屋上や、向こうのビルの屋上に料理を運んでくれるサービスがあるんですよ」
「“ヒドリ!?”」
二十階建て以上あるビルに突然降り立つヒドリ。その手には、湯気が出ている何種類かの料理が。夜の部で便利屋68が作っていた汁無し担々麺に、麻婆豆腐、焼き肉定食……さらには飲み物の無糖レモネードとデザートの杏仁豆腐だ。
「今回も屋上とは。たまにはその足で購入してみては?」
「クックックッ……この成りですからね。ヴァルキューレに捕まるのがオチでは?」
「そうでしょうかね。……では黒服さん、先生。ごゆっくり」
落下するようにビルから飛び立ったヒドリを見送り、黒服はテーブルに置かれた料理を配膳していく。
「料理も来ました。食べましょう、先生」
「“……今回だけだ”」
何だか釈然としない先生であった。