『ねぇ、どろどろさん』
『stereo future』
『Day After Day』
『シビュラ』
『ambiguous』
『不可逆リプレイス』
『My Dearest』
『VORACITY』
がパッと浮かんできた不思議。ヒドリ君の声は全く想像してないんですけどね。多分ネル先輩と同じかそれよりちょっと低いくらいなんじゃねぇですかね。
「ええ、はい。おはようございます、会場にお集まりの皆様」
グルメペロロ様の前でマイクを持ったヒドリは、会場に集まった人々に声をかける。
「今日でお祭りも最終日。ええ、今日は〆です。素晴らしい〆です。鍋ですよ、牡丹鍋」
なぜかパワーアップしてナイフとフォークを持ってハンバーグを食べているグルメペロロ様を囲むように配置されたイベント会場のテントでは、グツグツと煮込まれた鍋の数々。店員も、客も、今か今かと待ち望んでいた。
「いいですよね、鍋。皆でつつくと美味しいです。……まぁ、御託はこの辺でいいでしょう」
大きく息を吸って、ヒドリは笑う。
「お客さん、まだまだ食べられますか?」
「「「おおー!!」」」
「出店した皆さん、まだまだ作れますか?」
「「「おおー!!」」」
「はい、ありがとうございます。……それでは、最終日スタートです!」
歓声と共に、各テントから漂ってくる美味なる匂い。給食部を筆頭とした醤油ベースの牡丹鍋、味噌ベースの牡丹鍋、変わり種のカレー鍋やカツ鍋まで、食欲を刺激する匂いがあちこちから漂ってくる。
やはり人気なのは給食部の牡丹鍋。次にもつ煮を作る予定だった店が集合した牡丹鍋連合の鍋。夜になれば〆の雑炊やうどんなどが追加されて、全ての鍋が空になるのだ。ちなみに生徒の売り上げについては、後日食事券が送られる予定である。
開会式を終わらせたヒドリは、行列でごった煮している道を抜けて、給食部の用意したテーブル席に座っている便利屋68のメンバーに声をかけた。
「皆さん、お待たせしました」
「お疲れ様、ヒドリ」
労いの声と共にアルから渡されたのは、大きな木製の器に注がれた牡丹鍋。素朴さすら感じさせる給食部の力作だ。出汁のベースは昆布と猪の骨。白濁しないように仕込んだスープはよく澄んでいる。
「じゃ、食べましょう」
「「「「「いただきます」」」」」
まずはスープを一口。肉と野菜、そして出汁の香りや味がよくスープに溶け込んでいるスープだ。ヒドリは濃い味付けよりも、少し味が薄いものを好む傾向にある。もちろん濃い味付けも美味しく食べるが。
次に口にしたのはメインの牡丹肉。雑味のない濃厚な味が口一杯に広がるのを感じながら、香味野菜も口にする。ご飯が欲しくなる味というやつだ。
「今回はちょっと大変だったね」
「まぁ、すぐに解決しましたけどね」
「で、でも……よかったです……ヒドリ君の食事の機会が無くならなくて……」
あの後、主犯達の身元を調べた結果、ヒドリに石を投げたりしていたトリニティの人間であることが判明した。三大派閥の三つどこかに所属していたはみ出し者達である。ヒドリは全く気にしていないし、誰なのかも知らなかったが。
とにかく、ティーパーティーからすれば余計なことをしてくれた、という心情だろう。一派閥の一部であれば、末端が暴走したとして処理もできただろうが、まさかの三大派閥全てのはみ出し者がやらかしたのだ。ゲヘナ学園からの糾弾は免れない。
ティーパーティーの三名────
ちなみにこの件についての沙汰を任されているのは主催者のヒドリ────だったのだが、ヒドリが「じゃあ傷んだホルモンを半生で食べてもらいましょう。そうですねぇ……三ヶ月くらい」と笑顔で言ったため、先生が沙汰を決めることになった。
……のだが、やはりここでも問題発生。先生の判断が甘過ぎたのだ。反省させるための謹慎と食事制限、それと二ヶ月の奉仕活動という案を提案。さすがのアビドスとミレニアム、ゲヘナの全員がドン引いた事件であった。
その後、結局
「先生は凄い人だとは思うけど……あれは優しすぎよ」
「命の問題が無かったからこその判断だろうけどね。不謹慎だけど、祭りが台無しになるだけだったわけだし」
便利屋68は少なからず先生を尊敬しているし、その在り方も素晴らしいものだと理解している。だが、それでも家族同然の者がここまで大きくしたイベントが台無しになるかもしれなかった犯人の沙汰を、あの程度で抑えられてはモヤモヤするものだ。
「ヒドリ君的にはどうなの?」
「え? いえ、別に。ああいう考えの人だからこそ、誰彼構わず手を掴めるんでしょうし」
「それは……褒めてる……んですか?」
「褒めてますよ。あの人は撃たれたとしても助けるんじゃないですかね」
料理に舌鼓を打ちながら会話を続ける便利屋68。スープも具材も食べ終えた後、次の味を試す。味噌、塩、カレー、カツ鍋……そしてまた醤油に戻ってくる。一周するだけで便利屋68の四人は問題なかったが、ヒドリは五周してようやく満足した。
口直しにレモネードを飲みながら、ヒドリは祭り開始直後から感じていたことを口に出す。
「ところで……カヨコ先輩、やっぱり嫌な夢見てますよね?」
「……どうしたの、いきなり」
「あ、でも、それは皆さんもですね。どうしました?」
余韻に浸っていた便利屋68の四人が目を細める。自分達が同じような夢を見たなどと、ヒドリには言えない。ましてや、灰色になったヒドリが自分達の亡骸を抱えて泣いている夢を見たなど、冗談話の類いにもならないのだから。
「僕には言えない感じですか?」
「いえ、そうじゃないけど……そう、あれよ。昔、カップ麺を四人で分けてた頃を夢に見たのよ!」
「私は、爆弾でちょっと失敗しちゃった時の夢だったな~」
「わ、私はその……昔のいじめられてた頃を夢に見て……」
「私は昔、改まった所に行ってた頃の夢」
だから、隠そうとした。しかし、ヒドリに隠し事は通じない。
「僕が何かやらかす夢でも見ましたか?」
「……!」
「図星ですね、社長」
ヒドリは家族同然の者に嘘を吐かれたことに怒っても悲しんでもいない。彼女達なりの気遣いだったのだろうことを理解しているからだ。だが、同時に分からない。夢程度で何を隠そうとしているのだろう、と。
「そこまで隠されると逆に気になるんですけど……」
「アルちゃん、話してもいいんじゃない? ヒドリ君気になってるみたいだし」
「けど………………いいえ、そうね。くよくよ考えるよりも、隠すよりも聞けばよかったわ。今までだってそうしてきたのだし」
レモネードを飲みながら、アルは夜に見た夢の内容……というよりも、疑問に思っていたことを口にする。
「ヒドリ、あなた灰色になることはあるの?」
「灰色……ああ、鈍色の鳥ですか?」
「……知ってたのね」
「自分のことですからね。……まぁ、あれは条件が満たされない限り成れませんけど」
それは、世界そのものとなる。誰もいない認識、存在するはずのない世界全てが埋もれる。あらゆる灰がそれの下にしだかれる。灰は全て土でもあるのだ。この世界に存在の境界は本来無い。
「僕が全てを食べ尽くした先、餌はもうありません。探しながら、あらゆる所に消化物を置いていく」
「……食べ尽くしたら、成るってこと?」
「さぁ? 僕も成ったことがないので、分かりません。……それが世界そのものであり、宇宙の中にある知性と最終的なエネルギーの特異な現象になる」
全ての知性は、一つの根源的サイクルの模倣であり、それがそうしているから、生命もそうするに過ぎない。
種から芽吹く全ては、種の前の構造と知性を憶え、根源的サイクルの存在する無意識野に於いて模倣を実行する子機知性に過ぎない。
その知性の一つが、やがては誰かを見つける。
灰色の世界を歩き、僅かな輝きを集めて飲み込み、種を残して去って行く。
際限なく太りながら、また際限なく痩せてゆく。全てを喰らいながら、全てを産む。
それが生物。生物が模倣する形がここから生まれている。世界が知性で満ちている。
「それは最後に来たるもの、それは最初に眠るもの。────鈍色の鳥。それが僕が至る可能性のある存在です」
オカルトよりもオカルトしている説明。ヒドリの言葉はいつも分かりやすいものが多いが、自分のことを説明する時だけはよく分からない。便利屋68と出会った時、自身を知った四人への説明も七割以上が俯瞰した場所からの説明のようだった。アル、ムツキ、カヨコ、ハルカはもはやフィーリングで聞いている。
「まぁ、条件が満たされない限りは成りませんよ」
「その条件は?」
「え? んー……一つは満たされてますけど……残りは無理かと」
「もう一つは満たされてるの!?」
「はい。僕がここにいる時点で」
第一の条件は認識の鳥が誰かに見つけてもらえること。第二、第三とまだまだ条件があるが、ヒドリにはその条件が分からない。そもそも枷がある時点で、本当の意味で飛び立つことすら難しいのだ。
「それにしても……四人全員が同じ夢を見るなんて、面白いこともあるものですね」
「多分ただごとじゃないよね~。あ、ヒドリ君は夢って見るの?」
「見ませんよ。脳の情報処理は起きてる時に全部終わりますし」
ヒドリの脳のスペックは人間を凌駕している。その大部分を食事や便利屋68のことなど使っているため、普通の人間よりも賢い程度に留まっているが、それらを排した時のスペックは今の状態を容易く凌駕するだろう。
「ということは……本当なら寝ることも必要ない?」
「本来ならそうですね。皆さんに引っ張られて寝るようになってますけど」
そもそも精神世界に存在する認識の鳥は、睡眠など取らないのだろう。しかし、家で飼っている猫などが飼い主の生活バランスに引っ張られるようになって、夜行性ではなく昼行性に寄るように……ヒドリも便利屋68の生活バランスに引っ張られていた。
ヒドリは────認識の鳥は、緋色の鳥は、間違いなく人間としての自我を、生活習慣を手にしていた。
「というか皆さん、あれ使わないんですか? 作りましたよね?」
「ああ、あれですか……」
ハルカの言うあれ、というのはヒドリの羽を使った羽毛布団のことだ。夏が近付いているとはいえ、まだまだ夜の冷たさが厳しいこの季節。全員が被れる大きさの羽毛布団を作ったヒドリは、なぜあれを使わないのかと首をかしげる。
「ヒドリ君の翼だけでも……十分温かいからでしょうか……?」
「でも寒がってるじゃないですか、皆さん」
「この季節は難しいのよね……」
布団を被れば暑く、被らなければ寒い。そんな季節に苦心する面々。暑かろうと寒かろうと問題ないヒドリには分からない悩みであった。
「翼のサイズ大きくしましょうか?」
「できるの?」
「背中の面積までなら大丈夫ですよ」
尾羽を仕舞っているのと同じ要領で、翼のサイズも変更可能だ。ヒドリの服の背中にはそのためのジッパーが付けられており、どのサイズにもできるようになっている。
「そのサイズは後で調整してもらうとして……ヒドリ」
「はい?」
「次のお祭りは何をするの?」
暗かったり、調整が必要だったりする話ばかりでは肩が凝る。アルはそんなことよりも、次の祭りについて問いかけることにした。
「次ですか……次は……そうですねぇ……テーマは夏、なんてどうでしょうか」
「漠然としてるね」
「食材を決めてもいいんですけどね。夏だと……何でしょう?」
そう言いながら鞄から取り出したのは、季節の食べ物が記録されている分厚いルーズリーフのノート。
野菜であればトマト、きゅうり、ナス、とうもろこし、オクラ、ズッキーニ、ゴーヤ、ミョウガ、スイカ、メロンが旬となる。果物ならば桃、梨などが旬だ。
魚介類であればアジ、アマダイ、アユ、カサゴ、ガザミ、カマス、キス、クルマエビ、コハダやスズキ、タチウオ、ウナギ、ハモ、マゴチなども上げられる。
「やはり食材を決めない方が良さそうですね」
「このノート……こんなに厚かったっけ?」
「増やしました」
次の祭りのことを考えながら、ヒドリ達便利屋68の一日は過ぎていく────はずだったのだが。
「よう、そこの赤色のゲヘナ学園生徒」
「ん? 僕ですか?」
メイド服の上にスカジャンを羽織っているという奇抜な格好をした、ミレニアムサイエンススクールの学生証を着けた少女によって、それはぶち壊される。
「……えーと……?」
小学生と見間違うような小柄な体格だが、人相は険しく、纏う雰囲気が普通のキヴォトスの生徒とは全く違う。
「クライアントからの依頼でな。ちょっと面貸してくれるか?」
「……んー……?」
「んだよ」
「いや、何だか僕と目付きが似てるなぁ、と。鍋食べます?」
「はぁ? 鍋は食うけどよ」
器を受け取り、ドカリと座った少女。並んでみると、目付きや顔付きが似てなくもないような気もする。背丈は全く違うが。
「……ん、うめぇな」
「美味しいですよね」
「ああ……って、そうじゃねぇ。面貸せって話なんだけどよ」
「祭りが終わったらいいですよ。一応主催者なので」
「あ? この祭り、ゲヘナ学園が開いてんじゃねぇのか」
「新規さんですか? おすすめはあそこの鍋ですが、あえてシシカツを食べに行ってもいいですよ」
新規顧客ゲットに余念のないヒドリ。そこに熱意があることが伝わってくるため、断ろうにも断れない緋色の少女。そんな彼女を見て、カヨコはアルに耳打ちする。
「社長、あの人確か……ミレニアムサイエンススクールの最強生徒だよ」
「ええ……!? そ、そんな人がヒドリに用って……何事なの!?」
祭りは終わって眠りがやってくるが、キヴォトスは眠らない。まだまだ問題は、終わらないようだ。