リオがちょっとだけ(当社比)人を信用している。合理主義だけど一応鑑みるところはある。(当社比)
とある文献を見つけてしまっている。
ヒドリ君がいることでバタフライエフェクトならぬバードエフェクトが起きていますがそれはそれ。
ヒドリ君の絵を増やしたいけどあれが私の限界なんだよなぁ……
祭りが終わって二日後。よく晴れた日、ヒドリは緋色の少女────美甘ネルの後ろを追うようにして歩いていた。
(……こいつ、隙が無ぇ……!)
キョロキョロと物珍しそうにミレニアムサイエンススクールの廊下を歩くヒドリの前を歩くネルは、ヒドリの評価を上方修正する。何か下手なことをした場合、ヒドリを撃てとクライアントから指示されているため、一応狙撃手を待機させている。だが、ヒドリはその狙撃を躱すであろうという予感があった。
『リーダー、恐らく気付かれている』
「だろうな」
なお、ネルが所属するC&Cはヒドリを撃つつもりは毛頭ない。なぜクライアントがヒドリを警戒するのか分からないため、ポーズを見せるだけに留めている。
「ネル先輩、ミレニアムって、監視の目が多いんですか?」
「あ? いきなりどうした」
「ほら、監視カメラが多いですし……ドローンも飛んでるし」
「あー……そういや、初めて来るんだったか、ミレニアム」
ヒドリがミレニアムサイエンススクールに近寄らなかったのは、この監視カメラの数も理由の一つだ。しかも視線を常に感じるため、できるだけ近寄ろうとはしなかった。ヒドリにとって、それは酷く不愉快に感じるものだったからである。
「大体が実験とかで使われてるやつだな。起動してるのはもっと少ねぇ」
「へー……」
「というか、マジで一人で来るとは思わなかったよ。警戒とかしねぇのか?」
「え? この程度で、ですか?」
ゾワリ。スコープ越しにヒドリを見ていた角楯カリンが、ネルが────監視カメラやドローン越しに見ていた者が感じ取った、異質な気配。赤時ヒドリという少年の言動は、笑みは、頂点捕食者のそれだ。
そして今更ながら、ネルは気付く。自分が今立っているのは、彼の間合いであると。
「ゲヘナ学園とかブラックマーケットの方が混沌としてますので。この程度なら警戒する必要もありませんよ」
いつもの靴は履いているが、その気になれば飛び去ることも可能なのだ。それは油断ではなく、余裕。確かにカヨコから説明されているが、ヒドリ的には「ヒナ先輩の方が怖いかなぁ」、であった。
キヴォトスの学園最強は五人いる。アビドス高等学校三年小鳥遊ホシノは神秘の最強。ゲヘナ学園三年空崎ヒナは最優の最強、トリニティ総合学園三年剣崎ツルギは消耗戦最強、そしてミレニアムサイエンススクールのネルは近接戦最強。そして────────ゲヘナ学園一年赤時ヒドリ。耐久性、機動力を鑑みて、最強とされている。
「逃げ場は結構ありますしね」
「あ? 逃げれると思ってんのか?」
「ええ、まぁ。神秘が籠ってないなら、どうとでもなるかと。その気になれば音速で飛べますし」
「どんな身体能力だよ!?」
ヒドリが戦う時は、便利屋68が受注した依頼を遂行する時か、正当防衛の場合。今のヒドリは戦うつもりはないが、攻撃してくるようなら抵抗するつもりだった。
「それで……そろそろクライアントについて話をしてくれませんか?」
「本題に行くまでの間が長いな」
「そうですか?」
首をかしげるヒドリが纏う雰囲気は、さっきとは違う穏やかな────そう、食事を終えて満腹になった肉食動物と同じような穏やかな雰囲気である。ドローンからの視線が消えたため、大分落ち着いたようだ。
「ミレニアムに知り合いは────一人はいますけど、その程度なんですよ。その人の連絡先は貰ってますし……僕を呼んだのは誰ですか?」
「もう少しで嫌でも会える。それまで待ってろ」
「いやぁ、事と次第によっては相応の対応をしないとですので」
そう言ってちらつかせてくるのは、ゲヘナ学園の生徒であれば誰でも使える
「頭が回るなぁ、おい。二日後って言ったのもそれのためか?」
「? 学区外に出るんですから、常備するのが基本ですよね? ミレニアムとかにはこういうの無いんですか?」
「あー……ねぇな」
「そうですか」
用意周到で、狡猾。それでいて大胆で純粋。ネルの中でのヒドリの評価はこんなところだ。締めるところは締めるし、礼儀もある程度できている。さらに度胸もあり、戦闘能力もそこそこ。
「ミレニアムにいたらスカウトでもするところだったぜ」
「? ありがとうございます?」
「おう。……さて、着いたぜ。ここがクライアントがいる部屋だ」
案内されたのは、生徒会室。ミレニアムサイエンススクールのラボと応接室が混ざったような部屋の奥で、黒髪ロングヘアーの女性がヒドリを見据えていた。
部屋に入った瞬間から……いや、部屋のドアを開けた時から放たれる重々しい空気の中、二人は歩みを進め────────
「初めまして、赤時ヒドリ。私は調月リオ────ミレニアムサイエンススクールの生徒会長を務めているわ」
「こちらこそ初めまして。僕は赤時ヒドリ。便利屋68社員兼足係です」
名刺交換を行った。
「何で名刺交換してんだよ!?」
「? 名刺交換はマナーですよね? ネル先輩にも渡しましたよ?」
「当たり前のことよ、ネル。マナー講習は受けた?」
「あたしが非常識なのか!?」
素晴らしいツッコミが炸裂する。ネルのツッコミスキルが磨かれる音がした。
「それにしても、凄いところですね、ミレニアム。発明品とか、計算式とかがたくさんあって」
「ええ、自由に研究、創作して実績を出している子達が多いわ」
「ミレニアムの冷蔵庫、凄いですもんね。お祭りのために使わせてもらってます」
まずは世間話。軽いジャブとパリィの応酬を行い、ヒドリとリオは相手がどんな人柄なのかを確かめていく。身だしなみはお互いにほぼ完璧。第一印象はまずまずの印象といったところだ。
「古いもの、新しいもの、どちらにも良い面と悪い面があるから、良い面を取り入れていく努力をしている子が実績を出しやすいわね」
「なるほど。確かに料理も新しいだけじゃなくて、古い手法から良さを取り入れますね」
(この二人、まさか意外と相性がいいのか?)
ヒドリがバッドコミュニケーションを引かない限りは問題ないだろう。世間話をある程度行い、リオは本題へと移る。
「貴方を呼んだのは私よ。ネル達C&Cに依頼したのも」
「じゃあ、ドローンの監視とかも?」
「ドローン? 私はC&Cに依頼しただけよ。ドローンの監視はしていないわ」
リオは合理主義だ。自分の目指す未来に到達するための最短距離を行く。今回のヒドリとの邂逅についても、可能な限りヒドリを刺激しないように注意していた。その方が会話ができると考えたためである。
「スナイパーは?」
「あれは私の指示ね。何をするか分からないなら、監視の目は必要でしょう?」
「なるほど、一利あります。まぁ、それはそれとして。なぜ僕を呼んだんです?」
「貴方に聞きたいことがあるからよ。赤時ヒドリ────いいえ、認識の鳥」
直後、ヒドリの目が細められる。ヒドリの本来の姿、認識の鳥については、便利屋68とゲヘナ学園の一部以外は詳細を知らない秘匿情報の類いだ。認識の鳥、緋色の鳥、鈍色の鳥、そのどれらかを話す時、ヒドリは周囲の記憶を奪って秘匿している。祭りの会場で話をしていたのも、それがあるからこそだ。それをなぜ、目の前のリオが知っているのか。
「どこで知ったのかは省きますが……何を聞きたいんですか?」
「貴方がキヴォトスにやってきた理由は何か。それだけよ」
「僕が来た理由? 覚えてませんよ、そんなこと」
「覚えていない?」
「両親に捨てられたってことだけは分かってますよ。その前のことなんて知りません」
突然投下された重い過去にリオも、ネルも────近くに待機していたメイドも少々怯む。捨て子など、キヴォトスでも中々出会うこともない存在だったからだ。
「気付いたらキヴォトスにいました。その後は便利屋68に拾われて、ここまで生きてきましたよ」
「……なら、これから何をするつもり?」
「僕は便利屋68と共にいると決めました。それは誰にも邪魔させません」
何があろうとヒドリは便利屋68の四人と共にいると決めたのだ。寒い冬の日、拾われたあの日から、ヒドリはあの四人のために翼を広げると決めている。それを邪魔するのなら、神であろうとヒドリは牙を剥く。
さて、ネルはヒドリの正体について知らない。だが今、リオが名を告げたことで、知った。認識した。ヒドリの正体。赤き原野に佇む、鎖に縛られた一羽の鳥を。
先生も黒服に伝えられたことで認識したであろうそれは、真っ赤な瞳でこちらを見ている。動くことはなく、ただじっと見ているだけのそれは、やってきた者を追い返すように一鳴きした。そしてネルは自分がリオとヒドリが話す部屋にいることを思い出す。
(今の……まさか、この赤毛か!?)
「……あれ、ネル先輩は早いですね戻ってくるの。肉体強度とか関係あるのかな?」
「マジで何者だよお前」
「ネル先輩の見た通りですよ?」
力が制限されているからこそ、赤い原野から自力で脱出が可能だが、普通であれば祝詞を書き記さねばならない。さらに言えば、ヒドリは今満たされている。満たされているからこそ、餌はいらないのだ。
「さて、話は終わりですか? 今日、午後から予定が埋まってるんですよ」
「最後に一つだけ。……無名の女王。この言葉に聞き覚えは?」
「無名の女王? 誰ですかその人」
「…………そう。────聞きたいことはそれだけよ」
「なら帰りますね。あ、渡し忘れてましたが、これ、皆さんで食べてください」
鞄から取り出されたのは、紙に包まれたいくつかの箱……菓子折りであった。ゲヘナ学園の自治区にある洋菓子店の贈答用菓子────つまるところ高級洋菓子詰め合わせである。
「では、そういうわけで」
換気のために開け放たれていた窓に足をかけて、いつものように大空へと羽ばたいたヒドリ。本当に飛べるとは思っていなかったのか、見送った誰もが目を見開いていた。
(無名の女王……誰だろう?)
帰り道を飛ぶ中で、ヒドリはリオの問いかけに現れた存在について考える。
少なくとも、ヒドリの知り合いにそんな者はいない。昔、食文化を調べるために考古学などにも目を向けていたが、ヒドリの知る女王はどれも名前が付いていた。
興味本位でジャンクパーツで鎧を作ったことはあったが、女王の服っぽいものを作ったことはない。
「んー……」
考える途中、帰りに寄るつもりだったスーパーへ。午後セールで卵、豚肉、カンパチの頭、タイの頭、にんじん、ほうれん草、玉ねぎ、キャベツ、じゃがいも、果物各種、牛乳、天然塩、植物油、精油を購入。後ろ三つはヒドリが最近ハマっているバスソルトを作るための材料だ。ハーブは事務所の屋上にある植木鉢で育てている。
「……まぁ、いいか」
敵対するなら倒せばいいし、そうでないなら静観すればいい。ヒドリはそう結論付けて、帰り道を飛ぶ。今日の午後はバスソルトを作る予定なのだ。それとフルーツタルトを食卓に並べる。少し前にアルとムツキが読んでいた雑誌に載っていたタルトが美味しそうに見えたので、それっぽいものを作るつもりだ。
タルトの土台は出来上がっているため、あとはカスタードを作ってフルーツを盛り付けるだけ。ヒドリは夜な夜な起きてスイーツを作るという行為に、背徳的なものを感じるようになったのだ。バレないように毛布を被せているが、たまにカヨコにバレて、口止めのためにノンカフェインコーヒーやココアを淹れたりしている。カヨコが味を占めている感すらあるのは気のせいだろう。