補習授業部の拠点がゲヘナ学園自治区にある。うーん、火薬のかほり。
補習授業部の合宿一日目、最初の授業はヒドリが担当する古語であった。
補習授業部のメンバーは以下の通り。
オープンスケベの痴女浦和ハナコ。なぜか既に水着である。
問題集とにらめっこし続けている白洲アズサ。その机にはスカルマンのぬいぐるみとペロロ博士。
ムッツリスケベで耳年増のエリート(仮)の下江コハル。参考書の下にはR-18作品。
そして最後に史上最強のペロキチ、阿慈谷ヒフミ。モモフレンズ絡みとなれば誰にも彼女を止められない。
以上、カオスなメンバーの補習授業部。ヒドリは全く顔色を変えずに口を開く。
「古語担当の赤時ヒドリです。正直古語は簡単なのでちゃっちゃと覚えましょう」
「簡単なのか?」
「はい、アズサさん。簡単ですよ。所詮は古い言い回しと文字を使ってるだけなので」
黒板に書かれた古語。それは補習授業部の手元にある問題集の中にもあるものだ。ハナコは読めているようだが、ヒフミを含めたアズサ、コハルの三人の頭には疑問符が浮かんでいる。
「ヒフミ先輩、単語は理解していますか?」
「前の言葉だけなら……確か、女性を指す言葉ですよね?」
「正解です。コハルさん、あなたはどうでしょうか」
急に当てられたことに驚いたコハルは、黒板と問題集を見比べて、呟く。
「……後ろの言葉一つだけなら。傘を差している、でしょ?」
「素晴らしい。アズサさんはどうですか?」
「…………すまない、分からない」
「いえ、大丈夫ですよ。ハナコ先輩、いかがでしょう」
「確か……真ん中の言葉は────~を、~は……ですよね?」
「お見事です」
ヒドリは答えてくれた全員を称賛しながら、黒板に重要なポイントを書いていく。それは、ヒドリが古語を覚えた時に使った手法である。
「ぶっちゃけると、接続詞は放っておいてもいいです」
「えっ!? どうして!?」
「接続詞の前後の言葉で何となく伝わるんですよ」
黒板の古語を和訳すると、『女性は傘を差して男を待っている』となる。ヒドリが持ってきた問題集は、テスト範囲の言葉に書き直した古語の恋愛物語。この作品、書き直したとはいえ、ニュアンスが分かりやすいものばかりなのだ。
「女性、傘差して、男待っている。……ある程度は伝わるでしょう?」
「た、確かに……」
「あとは言葉に合うようにニュアンスを整えてあげればいいんです」
幸いなことに~は、~を、~がという接続詞は古語には一つしかないのだ。最適な接続詞を組み合わせてやれば、確実に伝わる言葉となる。さらに言えば、古語のテストはマーカー式。ある程度のニュアンスが分かっていれば答えるのは簡単だ。
「古語は基本的にこんな感じです。今日覚えてもらいたいのは、接続詞の前後を理解すること。それだけです」
あとはこれを読んで、テスト範囲と噛み合わせればどうとでもなります、と言い切ったヒドリ。読めないということで苦手意識を持っていたアズサとコハルは、これなら何とかなりそうだと内心呟き、ヒフミはケアレスミスが怖いなぁと苦笑する。そして────────
「ところで……この問題集はどうして恋愛物語なのですか?」
「「「え?」」」
「? 一番分かりやすいものがそれだったんですよ。特に意味はありません」
「それにしては、生々しいお話もある作品を選びましたね?」
「そんな話ありましたっけ?」
頭をこねくり回して、生々しい描写のある場面を思い出そうとするヒドリ。
「…………………………ああ、もしかして五章と最終章のシーンの話をしてますか? 問題集は一章の一部抜粋したものですよ」
確かに存在する、生々しいシーン。五章で行われる男女の交わりと、最終章のディープキス……確かに存在するが、ヒドリにはそれを行う理由が分からない。単なる生殖行為、それを盛り上げる意味は理解していないのだ。
「あら、そうでしたか?」
「はい」
ちなみに、ヒドリはハナコの愛読書たるカーマ・スートラを三日で読破している。
そんな『カーマ・スートラ』は、七部三十五章に渡って書かれており、第二部は赤裸々に性行為について綴ってあるため、特に有名である。
そんな本を読んでも、ヒドリは「人間って不思議だなぁ」とか、「性欲の研究って、不思議だなぁ」程度の感想しか浮かばなかった。
つまるところ、ヒドリに下ネタなどをぶつけても首をかしげられるか、「そういう考え方もあるんだなぁ」としか思われないのである。
そもそも、美少女ばかりのキヴォトス。そんな中で毎日のようにアル、ムツキ、カヨコ、ハルカというそれぞれ系統が違う美少女達に囲まれていても、裸を見ても、認識の鳥は何も感じない。普通にスルーしてシャンプーの詰め替えもする。つまり何が言いたいのか────────ヒドリにR-18系の話を仕掛けても何も起こらないのだ!!
「意外と初心じゃないんですね、ヒドリ君って」
「? 作品を読むのに初心とか関係ありますか?」
「あら……?」
「とりあえず授業を進めますね」
これがヒドリ。これが認識の鳥。茶化そうとしても、からかおうとしても、カウンターを喰らうか、そもそも相手にされない。ゲヘナ学園はそういうものに耐性があるとか、そういうものではなく、普通に通用しないのだ。あの先生ですら怯んだりしたというのに。
「あ、次のハルカさんの授業ですけどわりかしスパルタなので、注意してくださいね」
「「「「えっ」」」」
合宿が今、始まった。
────────────────────────────────────
「お、終わったぁ……!」
朝の7時から始まった授業は12時ピッタリ────いや、11時を少し過ぎたところで終了した。30分の授業を休憩やコラムを挟みながらやったため、疲労感は少ないはずだが、濃厚すぎる時間に押し潰されていた。
便利屋68の授業は、とにかく分かりやすく勉強できるように作られたものだ。ヒドリをここまで育てたのは便利屋68。レベルに合わせて授業のレベルを上げたり下げたりするなどは簡単にできる。間違いなく便利屋68の学力はヒドリが来る前よりも上がっているだろう。
「ヒフミ、ゲヘナ学園にはあんなに凄い人達がたくさんいるのか?」
「えーと……ヒドリ君達便利屋68は特殊な立ち位置ですけど……それでも色んな人がいますよ」
「ヒフミ、詳しいのね」
「あはは……お祭りにも行きますしね」
「そうですね。ヒフミ先輩はよく祭りに来てくれます」
バッ、と振り返った先にいたのは、昼食の準備をしていた便利屋68の社員兼足係のヒドリ。その手には山積みになった平べったい生地の乗ったトレーがあった。
「明日以降は皆さんで夕飯を作ってもらいますが……今日の昼と夜は僕達が作る予定です」
「あれ? ヒドリ君、もしかしてそれって……」
「はい、タコスです」
タコス。トリニティ総合学園の自治区にも一店だけある料理。トウモロコシ粉と小麦粉を合わせた生地からは、香ばしい匂いが漂ってくる。
「好きなものを好きなだけ乗せて食べる。そういう感じの食べ物よ」
「確か、前回のお祭りでもありましたね! 美味しかったです!」
続いてアル達が野菜やソースを運んでくる。テーブルに置かれたタコスのパーツ達に、空腹だったヒフミ、アズサ、コハルは目を輝かせ、その様子を見てハナコが微笑む。
「ライムはお好みでどうぞ」
「「「「いただきます!」」」」
タコスの生地にレタス、セロリ、チーズ、豚肉、炒めた玉葱、サルサソース、パクチーを乗せて、一気にかぶりつく。はしたないと言われるかもしれないが、これが一番美味しい食べ方なのだ。ヒフミに続くようにして、三人もかぶりついた。
「美味しいです!」
「パクチー、あんまり好きじゃなかったけど、これなら食べやすいかも……!」
「凄いな……これがタコスか……!」
「こういうのも、悪くないですね~」
サルサソースだけではなく、ワカモレソースも悪くない。変わり種と思われるかもしれないが、ワカモレもサルサの一種である。タコスに乗せる順番が違えば、かけるソースも好みで違う。ライムをかけるかかけないかでも味が変わるため、タコスは奥深い。
「午後は勉強じゃなくて、プールで遊びましょう。その方がメリハリができて効率的ですし」
「そうだね。ヒドリの泳ぐ練習にもなるし」
「ですね。いい加減クロールくらいはできるようになりたいものです」
アビドスの依頼が済んだ後、いい機会だからとキヴォトスの中でも大きなプールに遊びに行った便利屋68の五人。その時にヒドリがそこまで泳げないということが判明したのだ。アルはこれを由々しき事態と認定、泳ぐ練習が始まっている。来週末もプールで泳ぐ練習を行う予定であった。
「ヒドリは泳げないのか?」
「泳げませんね。浮かべはするんですが、クロールとか泳法はできません」
「あら……なら、手取り足取り教えて上げましょうか」
「ハナコ、あんた何するつもり……!?」
「うふふ……内緒です♡」
「だ、ダメ! エッチなのは駄目! 死刑よ!?」
「……? 社長達にも教えてもらいますけど……教えてくれるならお願いします」
ヒドリは何にも染まることがない。もう便利屋68という色に染まりきっているからだ。ゆえに、ハナコの提案も普通に応じるし、下心もない。トリニティでは中々いない純粋な存在は、ハナコには眩しく見える。醜いものを見て、触れてきたハナコにとって、この場にいる誰もが輝いているように見えた。
そんな感情をヒドリは感じ取っており、便利屋68も情報にある浦和ハナコとは似ても似つかないことに違和感を感じていた。自由と欲望による混沌の坩堝であるゲヘナ学園生徒は、力こそが正義。だが、トリニティはそうもいかないらしい。
「ところで、ここ、ゲヘナ学園の自治区だけど、よく借りられたね?」
「あはは……ナギサ様が便宜を図ってくれたようで……」
「トリニティの生徒会長が、ね……」
探りを入れたいところだが、ヒドリの知り合いのツルギはこの件についての裏を知らないだろう。ヒフミも恐らく知らない。ただ分かっているのは、ティーパーティーのナギサが何かをしようとしているということだけ。
しかし、情報がないまま憶測で話を進めるとろくなことが起きない。便利屋68は情報については専門家に聞くことにした。
「ヒドリ君、調理場に置いてある果物取ってきてくれる?」
「あ、はい。分かりました」
ムツキの指示に応じたヒドリは、そのまま部屋を出て調理場へと向かう。そしてスマホから知人へと電話をかける。その電話は数コール鳴った後に繋がった。
『珍しいね。君が連絡してくるなんて』
「こんにちは。皆さんにちょっと調べてほしいことがあるんですよ。……チヒロ先輩」
『はぁ……ジャンクパーツ五個は貰うからね』