カヤがワーカーホリックに。
あ、ちなみにですがアリウススクワッドは救われますよ。アリウススクワッドは、ね。
リョナ注意……に、なるのかな?
その夜、補習授業部の拠点でナイトプールが設営された後。ヒドリはプールサイドで、何やらジャンクパーツを組み立てていた。
「“ヒドリ、何してるの?”」
「……」
「“えっと……?”」
先生の声に全く反応しないヒドリ。便利屋68はその状態とパーツを見て、いつもの靴の製作ではないことを察する。目を閉じても改造できるくらい組み立ててきた靴に、ここまでの集中をすることがないのだ。
「ヒドリ、新しい武器を用意するみたいだね」
「そうね。あの感じだと……ガントレットかしら?」
アルが言う通り、彼が作っているのはガントレットである。銘を【NABERIUS-TYPE-Ⅰ】。ヒドリはこのガントレットに三つの特徴を持たせるつもりだ。
一つ目は靴に組み込まれたパイルバンカーを小型化して打撃版に。一度目の打撃に、二回のインパクトを重ねるようなイメージである。
二つ目は小型ジェネレーターを利用した加速装甲。これを付けるために肘の辺りまで作る必要があったが、許容範囲だ。この加速装甲はパイルバンカーの威力の底上げだけではなく、体を無理矢理別の方向へと動かす時にも使える。
三つ目は圧縮変形機構。オーパーツを使うことで可能とした変形機構であり、制服との癒着剥離を自在に行えるようにする他、コンパクトな籠手へと変形させる目的もある。ちなみにこのオーパーツ、なぜか神秘を『吸収して蓄積し、圧縮して解放する』という四つの力が込められている。まるで、強大な何かに備えるためのパーツのようだとヒドリは思った。
ガチャガチャとジャンクパーツを組み立てること約三十分。ヒドリの新たな武装のガントレットが完成した。
「“早ッ!?”」
「こんなものかな、初代は」
ガントレットを手に装着し、挙動を確認するヒドリ。ジャブ、ジャブ、ストレートの繰り返しから始まり、足技を混ぜた演舞のような攻撃へ。流れるような攻撃モーションを行い、両手の拳を握って頷く。
「うん、大丈夫そう」
体術と耐久という点において、キヴォトスで最も強力なのはヒドリだろう。そもそも彼には、ある程度神秘を纏った攻撃でないとダメージが通らないのだ。
そんなヒドリがガントレットの調子を確かめ終えた頃、彼の近くに置いてあった時計が鳴り響く。
「……もうそんな時期でしたか」
「“ヒドリ、何かあった?”」
「いえ。特に問題はありませんよ」
直後、ヒドリの纏うオーラが膨れ上がった。ヒドリが普段から抑え込んでいたものが、一部放出される。これはいわゆるガス抜きの一種……ヒドリという人の形をした怪物を押さえ付ける枷を嵌め直す際に起こる現象だ。
現在、ヒドリに嵌められた枷の中で、最も重要なのは便利屋68のメンバー四人にちなんだものである。
右翼を縛る第一拘束具【紫紺の忠義】はハルカ。左翼を縛る第二拘束具【純白の明晰】はカヨコ。脚を縛るのは第三拘束具【白銀の友愛】はムツキ。そして、首を縛る第四拘束具【深紅の恩寵】はアル。
上記の四つは、解錠するために便利屋68の許可が必要となっている。どれか一つでも外せば、ヒドリは強大な力を得ることになる。キヴォトスを片手間で滅ぼすような、そんな力を。
「前にも緩んだけど、最近は特にね」
ジャリッ、という鎖が擦れる音の後にガチリ、と施錠するような音が響く。ヒドリから放たれていた夕焼けよりも赤い神秘と恐怖は消え去り、先程のヒドリが戻ってくる。
「不知火防衛室長にも言われましたよ、それ」
「彼女とまだ交流してたんだ」
「はい。僕は嫌いじゃないですよ、あの人」
キヴォトスには必要だと思います、ああいう人も。と笑うヒドリの言葉に、先生は連邦生徒会防衛室長不知火カヤの顔を思い浮かべた。
不知火カヤ……本来であれば少々超人への憧れが先行してしまった少女であった。だが、偶然の出会いが彼女を変えた。『そんなものに憧れている暇があるなら、発掘調査で発覚した超兵器やら何やらの対応や、キヴォトスの治安維持が最優先。ところで私の徹夜用深煎りエスプレッソはどちらに?』────という考えへとシフトしているのが今の不知火カヤという少女である。
お陰で先生が挨拶に行った時、
『こんにちは先生、挨拶はこのくらいにして早速仕事をお願いしますね。ええ、シャーレにワカモを所属させるのであれば手綱をしっかり握っていただきましょう私は仕事がありますので失礼……っと、こんにちは七神連邦生徒会長代行、例の件についての書類が完成したので明日の14時までに確認を』
と隈を化粧で消している彼女に息継ぎもせずに捲し立てられた。リンやアオイも戦慄するくらいには仕事を回しているらしい。
「“カヤとは付き合いが長いの?”」
「私達を省いたら、一番付き合いがあるかもしれません……」
「“そんなに長いんだ!?”」
付き合いの長さであれば便利屋68、不知火カヤ、給食部、阿慈谷ヒフミ、風紀委員会、万魔殿の順番である。面白い縁だ。
「……あ、そういえば先生」
「“何かあった?”」
「後ろの軽食類、皆さんで食べてください。僕はちょっと用事があるので」
そう言って翼を広げて空へと羽ばたくヒドリ。先生が首をかしげる中、便利屋68の四人らはすぐに納得する。もうそんな時期かと小さく頷いて、軽食とノンアルコールカクテルの準備を始めた。
「あら、このコーヒー……ふふ、いい報告ができそうね。先生、これ飲んでみて」
「“うん? ────────美味しい”」
「くふふっ、ヒドリ君ってば、またコーヒー淹れるの上手になったんだね」
今日は満月。今日は喫茶店が店仕舞いをした日。だからだろうか……用意された軽食の数々が全て、かつての喫茶店で出されていた料理であるのは。
────────────────────────────────────
そこに降り立ったヒドリは、鞄に入れていた食べ物や飲み物を取り出す。
「店長、こんばんは」
ヒドリが訪れたのは、小さな────それでいて丁寧な装飾がされている墓であった。そこに眠っているのは、ヒドリがコーヒーを飲むようになったきっかけであった人である。
「今日は満月ですよ。懐かしいですね、満月の日限定のセットとか」
墓前で楽しげに話すヒドリは、あの頃よりも人を理解している。感情を理解している。
『ヒドリさん……あなたは、たくさんのものを見てみるといいかもしれませんね』
『そうすればあなたのオリジナルコーヒーも、もっと美味しくなってくるはずですから』
『ただの老い耄れのお節介です。忘れてしまっても構いませんよ』
「昔、あなたが言っていたこと、何となく分かるようになってきました」
口にするのは、いつものコーヒー……ではなく、ヒドリが焙煎、配合したオリジナルブレンドのコーヒー。細いお湯で、少しずつ抽出したコーヒーからは、コーヒーの香りの奥からカカオのような香りがする。
最初は飲めたものではなかったそれは、店主の指導によって少しずつ矯正されていき、今に至る。
「……それで、いつまで後ろにいるつもりですか」
「……やはり気付かれていたか」
ヒドリの翼が不機嫌そうに動く中、現れたのはガスマスクを装着した集団だった。そんな集団を見て、ヒドリはつまらなそうに、酷く嫌そうに口を開く。
「何の用です? こっちは死者を悼む気分なんですが」
「赤時ヒドリ、貴様を連れ去れとマダムから指示されている。同行してもらおうか」
「嫌ですけど」
即答である。何の逡巡もない即答に対して、ガスマスクの集団は銃を構え、そのまま墓へと発砲。墓石が砕ける。
「抵抗するのであれば────多少、痛い目を見てもらうぞ」
「そうですか。……まぁ、驚いてますよ、正直なところ」
ぞろぞろとヒドリを囲むように現れるガスマスクの集団────アリウス分校の生徒達。彼女達から放たれているのは、強い憎悪と憤怒の感情……本来であれば感情を喰らう性質上喜びそうなものではあるのだが。ヒドリはとてもつまらなそうな表情を崩そうともしない。
彼の呟きに、アリウス分校の生徒が口を開いた。
「……それは負け惜しみか?」
「それとも自分への言い訳か、忌々しいゲヘナめ」
「はぁ……全部言わないと分かりませんか?」
ガシャコンッ、とガントレットが戦闘形態となり、ヒドリの両腕を覆い尽くす。それと同時に靴もヒートブレードがオンラインに。
「……ああ、本当に、分からないんだろうなぁ……」
酷く嫌そうに、心底忌々しそうに、苛立ちを隠すこともなく、赤い瞳を大きく開き、構えを取る。ヒドリは枷を締め直した直後のため、祝詞を書いた紙を取り出さねばあの力を振るえない。だというのに紙を取り出さずに構えを取る、ということは彼にとって喰う価値もない存在であるということの証明だ。
「この程度の神秘と武力で僕をどうにかできると思ってるその低能ぶりに驚いてるんだよ、ゴミクズ共」
「「「ッッッ!!?」」」
断られた後すぐに退けば、ヒドリは見逃した。死者を悼む気持ちを学んだ緋色の鳥は、喰う価値もない存在よりも喫茶店の店長を優先したはずなのだ。
しかし、アリウス分校の生徒達はヒドリを攻撃することを選んだ。しかも、脅しのために墓石を撃ち抜いて。彼女達は、頂点捕食者の逆鱗に触れた。獅子の尾を踏み抜いた。────さて、不機嫌な猛獣にちょっかいをかけた者はどうなるだろうか? 誰でも分かる答えに行き着く。
「ゴッボォオオ────オオエエエエエエッッッ…………!!?」
最初の犠牲者は、墓石を撃ち抜いた少女であった。鳩尾に叩き込まれた一撃は二重の衝撃を与え、内臓を揺らし、ガスマスクの中を吐瀉物で溢れさせる。
「ギュブッ!!」
二人目の犠牲者はその横にいたグレネードランチャーを抱えたアリウス分校の生徒。顔面に重い一撃を叩き込まれ、頑丈なガスマスクを砕かれながら地面に叩き付けられた。
「イ゛ッ゛……ギィイイ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!!!?」
三人目は、皮膚が剥がれるほどの一撃────鞭打を受けてこの世のものとは思えない悲鳴を上げて悶絶する羽目になる。焼けるような痛みによる絶叫は相当のもので、痛みによる支配を受けてきた彼女達にとって日常的なものであり、最も恐ろしいものだ。
反抗的な者はあらゆる拷問を受けるが、その時に聞こえてくる叫びよりも耳を塞ぎたくなるほどの絶叫。刑罰として与えられる鞭打ちとは違うそれが、アリウス分校の生徒達の耳に響き渡る。
「覚悟してたんだよな、お前達は」
「ヒッ……!?」
「僕を連れていくために、武力を使うなら……」
一人、また一人と殴られ、蹴られ、斬られ、打たれ、叩き付けられ、振り回され、掴まれ、引き摺られ、潰されていく。百人はいたはずのアリウス分校の部隊はどんどん消えていく。
それだけならまだ────まだ、抵抗する気力が湧いただろう。憎きゲヘナを倒すため、マダムからの指示を遂行するために。
「ぶっ潰される覚悟は、してるんだよな?」
ヒドリは笑っていた。認識の鳥は嗤っていた。全て無駄だと言わんばかりに、弾丸は弾かれ、また一人犠牲となる。
「クソッ! これならどうだァッッ!!」
「ん? ああ、面白いもの持ってるなぁ」
「ガギャアアアアッ!?」
神秘を────ヘイローを破壊するという爆弾を投げようとした瞬間に接近され、爆弾を握る腕を小枝を折るかのようにへし折られたアリウス分校の生徒。なお、綺麗に折られているため、しっかり治療すれば後遺症は残らないだろう。
「まぁ、こんなので僕はやられないけど」
わざわざ上空まで飛び、爆発を受けて無傷であることを見せつけるヒドリ。あらゆるものを嘲笑うかのような行為は、便利屋68の四人が見ていれば咎めたかもしれないが……残念ながらこの場に便利屋68のメンバーはいない。
「あーあ、残念でしたね」
「こ、の……化け物────ごはっ……!」
「? 何を今更」
枷を締め直した直後のパワーダウンをものともせず、アリウス分校の生徒達と戦闘開始後、僅か200秒ジャストで殲滅。アリウス分校の被害、合計百名の生徒の重傷。対するヒドリは墓石を破壊されたのみ。
圧倒的な、悪夢のような蹂躙であった。
ただし、他のアリウス分校の生徒が犠牲になるとは言っていない。良かったね。君達へのリョナは無くなったよ。サオリ、アツコ、ミサキ、ヒヨリ、あなた方は押し付ける側です。アリウスは皆、教訓と痛みと絆で繋がっている。きっと彼女達も本望ですよ。…………ああ、素敵だ、ご友人。四人を救うために彼女達を犠牲とする道を示してくださったのだから。私も悩んだんですよ、アリウススクワッドの救い方。報いは受けるべきですが、救われなくてはならない。しかしヒドリ君がそれをできるかと言われると難しい気もする。ならば、報いを受ける者を四人以外にしてやれば、他の面子も溜飲が下がるというものでは?……ええ、非人道的かもしれませんね。しかし、アリウスは罪を犯した。死者が眠る墓標を傷付け、死者の尊厳を辱しめた。それに罰がないのはおかしいのでは?
ああ、その憎悪する表情も、嫌悪感を剥き出しにしている表情も素敵だ、ご友人。私は感謝していますよ、ご友人。お陰で報いと救いの釣り合いが取れたのですから。(責任転嫁はお家芸)