多分次回は掲示板かお祭りです。おら、ゲマトリア、出資しろ。
ヒドリが目覚めたのは、ベアトリーチェとの戦闘から五日経過した頃であった。
(……傷は治ってる)
久しく使っていなかった鎧の顕現による神秘の消費はまだ回復していないが、動く分には問題ない。そう判断したヒドリは右手から神秘を放出して、とあるものを再現しようとする。
「……やっぱりダメか」
再現しようとしたのは、緋禽という銘を付けられた一振りの剣槍。緋色の騎士、赤時ヒドリが振るっていた得物であったが、その再現は不可能であった。理由は分かっている。あの剣槍はあの襲撃の夜に完全に死んだ。赤き原野にも残っていないそれを再現することは不可能なのだ。
緋色の騎士の力を発動する条件は『再現する存在に打ち勝っていること』と、『再現する存在の一部を喰らっていること』である。ヒドリは向かってきた者全てを喰らってきたため、多くのものを再現可能であった。父と母については、元々再現できていたため、直系の血族は能力の発動条件が若干違う。
(というか枷がある状態で再現は難しいな……神秘が足りなくなるかも)
制限下でやれるとすれば、一回の再現が精々だろう。そう結論付けたヒドリは、ベッドから降りて、便利屋68の四人が待っているであろうリビングへと向かう。
「あ、ヒドリ君……おはようございます……!」
「おはようございます、ハルカさん。……皆さんはどこに?」
「えと……事後処理に行ってます……私はヒドリ君を見ておくようにアル様から言われてます」
エデン条約を巡る戦争が終結してからまだ五日しか経っていない。その中心となった者達は後処理をしたり、裁判を行ったりとてんてこ舞いになっている。誰もかもが疲れを見せている中、便利屋68も働いているのだ。
「ヒドリ君、体は大丈夫……ですか?」
「神秘がまだ完全に回復してませんが、大丈夫ですよ」
ハルカの座っていたソファに座ったヒドリは、テーブルに広げられていた新聞を見て状況を把握していく。
「……なるほど。これがこの戦争の落とし所ですか」
新聞に掲載されていたのは、アリウス分校の生徒達のトリニティ総合学園またはゲヘナ学園への強制転校についてと、アリウス分校の理事長ベアトリーチェが保釈金を支払ったことで牢獄から出所という内容。この落とし所に至るまでに何度も審議が交わされたようだった。
「アリウス分校の生徒達にはGPSも取り付けられて、定期的なカウンセリングをしながらの経過観察処分……」
「どう思いますか……?」
「悪くないと思いますよ。死者がいなかった戦争の落とし所としては」
正直なところ、アリウス・スクワッドをもう一度殴りたい気持ちがないわけではないが、負傷させられたアル本人がどうでもいいと言っていたため、その気持ちは捨て置くことにしている。
「死人が出ていれば、角が立っていたかもしれませんが……重傷者が何名か出ただけで終結してますし」
「そう……でしょうか……?」
「ベアトリーチェが本気で殺しに来ていたら、間違いなく誰か一人は死んでました」
その気になれば何人か殺されていた。特に先生はキヴォトスの中で最も弱いと言える存在。先生が死んでいた可能性は高い。運が良かったと呟くヒドリの隣にいるハルカはふと、あの戦争を終結させた戦いでのことを思い出す。
「あの、ヒドリ君……あの時の銃って……?」
「銃……ああ、ロンゴミニアド。出しますか?」
「あ、いえ。それはいいです……」
ハルカが思い出すのはあの感覚。まるでその銃を長年使ってきたかのような、手に馴染むあの感覚だ。あんな銃をハルカは一度だって使ったことがないはずなのに、なぜ。そんな疑問を持った彼女に対して、ヒドリは口を開く。
「僕は三つの側面があります。認識の鳥の赤時ヒドリ、人間の赤時ヒドリ、そして緋色の騎士の赤時ヒドリですね」
「緋色の騎士……ああ、あの鎧ですか?」
「はい。あれも、もう少し装甲があったんですけど……まぁ、それはそれとして。あの時の僕は認識の鳥としての力が使えなくなります」
「使えなくなる……?」
「えーと……使えなくなる、というよりは変化する、ですかね?」
緋色の騎士となったヒドリは緋色の鳥としての力が変化する。認識した者を喰らうのではなく、喰らった者の力を抽出し、吐き出すような能力になるのだ。どちらかと言えば緋色の鳥というよりも、鈍色の鳥に近い。
「あの鎧の状態の時、僕の力は【認識再現】。再現するものの経歴、記憶、歴史、何もかもを再現します。そして他者に与える場合はその武器に対する認識を植え付けます」
「……あ、だからあの時……」
「はい。ハルカさん達が使いこなせた理由はそれです」
ヒドリが遥か昔、最強と謳われた理由はこの力と、能力にかまけることなく研鑽を積んだ点にある。生身では徒手空拳、鎧では剣と槍────銃が扱えないヒドリは近接戦闘を極めたのだ。
「…………ところでヒドリ君……」
「なんですか?」
「記憶、戻ったんですか?」
「はい、戻りましたよ。戻ってもこんな感じですが」
ハルカは内心ホッとしていた。ヒドリが記憶を取り戻したことにもだが、一番は記憶を取り戻したことによる精神状態の変化がないことにだ。ヒドリを保護した初期の頃の精神状態が戻ってくる可能性もあったから。
「僕は捨てられていなかった。逃がしてもらった側だった。それが知れた。十分です」
「そう、ですか……?」
「それに、皆さんがいます。過去がどうであったとしても、僕は変わりませんよ」
その答えにハルカは小さく笑う。記憶を取り戻したヒドリは全く変わっていないようだった。
ヒドリとハルカの二人が三人が帰ってくるまでに風呂やら食事やらを用意しようと決め、雑談しながら準備を進めていると、事務所のドアが開く。
「ただいま────あら、ヒドリ。おはよう」
「おはようございます、社長。……なんか窶れてますね」
「寝坊助さんだったね、ヒドリ君」
「案外元気そうだね」
「お二人もなんか窶れてますね。お風呂沸いてるので入ってきてください」
少し窶れた表情で帰ってきた三人を風呂場に放り込み、ヒドリは冷蔵庫の中を確認する。ハルカは三人が風呂場で気絶しないように監視をしに向かっている。
(四人がお風呂から上がるまで大体三十分……まぁ、簡単なものなら色々作れそうですね)
今日は例年より早い梅雨明けだったためか、六月中旬だというのに朝から中々暑い日。さっぱりとしたものならスルスル口に入るだろう。
そう思ってヒドリが取り出したのは、梅干しと鰹節とわさび。梅干しの種を取り出したあと、全て包丁で叩き合わせる。この他に薬味で大葉、ミョウガ、生姜、ネギも刻む。
次に用意したのはきゅうり、メカブ、釜揚げしらす、オクラ、ナス、ピーマン。きゅうりとナスを細かく刻み、メカブと釜揚げしらすと共に混ぜ合わせる。ここに塩、醤油、ストックしていた出汁を混ぜ入れ、ゴマを入れて完成。ここにそうめんや蕎麦、うどんを入れてもいいし、ご飯を掻き込んでもいい。
「……そういえば豚肉もありましたね。……結構ギリギリだ」
大葉とチーズを豚肉で巻いて、熱したフライパンの上に乗せて蓋をする。焼き目が付いたらひっくり返し、しっかり火を通したら皿に盛る。味付けはシンプルに塩コショウのみ。
冷凍庫に入っていた猪チャーシューをタレと一緒にじっくり煮込んでいる間に、ヒドリは電子レンジに放り込んでいたじゃがいもの皮を剥いて潰す。そこにマカロニ、マヨネーズ、醤油、炒めた玉葱、塩揉みしたきゅうり、黒胡椒、パセリ、ベーコンを入れて混ぜ合わせる。窪みを作り、卵黄を乗せてポテトサラダの完成だ。
「……チャーシューもいい感じ」
チャーシューの具合を確かめ、問題なさそうだったため、大皿に盛り付ける。ここにはチンゲン菜と白髪ネギを添えるだけ。
最後に棚から取り出したのは、少し前にキヴォトス一のワーカーホリックこと不知火カヤが贈ってきたそうめん。スーパーで見るような袋に入ったものではなく、木箱に入っているそれを表記通りのお湯で時間通りに茹でる。風呂場からドライヤーの音が聞こえてくる辺りでそうめんが茹で上がり、すぐさま冷水で締める。
(さすがはいいところのそうめん……艶とかも全然違う)
皿に盛り付け、作った料理全てをテーブルに乗せたヒドリは、久しぶりの食事に心を踊らせる。テーブルに乗せられた山盛りの料理達。普通なら食べきれないかもしれないが、ヒドリや空腹の便利屋68は普通に食べきる。
「さっぱりしたらお腹空いてきたわね……」
「お腹空いた~! ヒドリ君、おかわりとかってある?」
「ありますよ。冷蔵庫の賞味期限近いやつ全部使いましたから」
「しばらく事務所にいなかったしね。ありがたいよ」
「いても一人ずつでしたもんね……」
久しく食べていなかったゼリー飲料を食べたという四人。ゴミは全て捨てられていたが、確かに棚の中にストックしてあったゼリー飲料が減っていた。それだけ仕事で時間がなかったのだろう。
テーブルを囲んだ五人は手を合わせて、同時にいただきますと言った後、そうめんに出汁をかけて食べ始める。
「ん……久しぶりの固形物は美味しいね。さっぱりしてて食べやすいし」
「このポテトサラダも美味しいわね! 前にも食べたことがあるような……?」
「フウカさんから教わったものですから」
給食部のフウカがヒドリに料理を作ったり、教えているのは便利屋68の中で周知の事実だ。先輩のはずなのに、なぜか先輩呼びではなくて、さん付けなのも。ヒドリ曰く、先輩というよりも料理教室の先生みたいだかららしい。
「この肉巻きも美味しいー! ヒドリ君、ご飯ある?」
「炊飯器に入ってますよ。丁度炊けてるはずです」
「チャーシューもしっとりしてます……! 梅出汁そうめんもさっぱりしてて……」
思い思いに食べ進める便利屋68の五人。少し前まで戦争していたとは思えないくらい日常を取り戻している。
「そういえば……建物の復興とはどこが担当するんですか? カイザーは潰れてますよね?」
「えーと……確か……」
「レッドウィンター連邦学園の工務部」
「おや、ミノリ先輩達が担当なんですか」
ヒドリがレッドウィンター連邦学園で知り合った者は工務部の人間以外にいない。ヒドリ主催の祭りに使う櫓や、木造ペロロ様なども彼女達の力があってこそだ。
ちなみに、安守ミノリを筆頭にした工務部だが、適正報酬や出来によってはボーナスなどを支払う便利屋68を善きクライアントとして見ているらしく、便利屋68が依頼をすると意外と融通が利いたりする。利かない時は全く利かないが。そういう時はプリンで釣る。
「お祭りの準備もありますし、そろそろ通知しますかね」
「あ、通知アプリ作ったんだっけ」
「はい。回るのもいいんですけど……時間が足りなくなったり、忙しい方もいますから」
そう言ってアプリを開いたヒドリは、運営からのお知らせ欄に祭りのお題とエントリー期日を記載、間違いがないかを確認した後投稿した。
「今回のお題は夏の食材。何が来るか楽しみですね」
「……あ、早速参加受付完了したお店がありますよ……」
次々に参加枠を埋め尽くしていく画面と鳴り止まない通知。戦争があったからこそ、人々は暗闇を蹴散らすようなイベントを欲しているのだろう。
「柴関も出ますね。夏のラーメン……ラー、メン……?」
「アビドスって年がら年中暑いわよね?」
「夏……? 夏の食材を使ったラーメン……ですか……」
イベント前日になるまで何が出品されるのかが分からないのも、この祭りの楽しみである。どんなお店が出るのかは分かるが、料理は分からない。前日のサイトが重くなる理由もそこにあるのだが、そこはミレニアムサイエンススクールが管理するサーバー。何とかなっている。
「トリニティのお店は……三店舗かな?」
「あ、増えた。十店舗……ギリギリに滑り込んだね」
「今回のお祭りは何もなければいいんですけど……」
戦争が終わり、祭りが近付く。キヴォトスは今日もある程度の平和を保っている。