砲撃の雨が、飛んでいたヒドリに降り注いだ。ヒドリの落下によって屋根に穴が空いてしまったラーメン柴関の建物の中には、先生と大将、そして便利屋68のメンバーとアビドス高等学校廃校対策委員会の面々がいた。
今日は先生から────ひいてはアビドス高等学校廃校対策委員会の依頼があると伝えられたため、クライアントとの打ち合わせに来ていたのだ。交渉はスムーズに進み、アビドス高等学校廃校対策委員会の面々は強力な武力と移動手段を、便利屋68はカイザーから支払われる予定だった金額よりも高額な報酬を手に入れた。
その際、嫌な予感がしたヒドリは空から巡回していたのだが……それが見事に的中。
「……痛い」
「“痛いで済むの!?”」
「ん、ヒドリは凄く頑丈」
「いや、これは頑丈どころじゃないでしょ」
ヒドリの体はとてつもなく頑丈だ。だから砲撃の雨が降り注いでも痛い程度で済んでいる。
「大将さん、ごめんなさい。穴が……」
「いや、いい。怪我はねぇか?」
「大丈夫です。それより……全員移動を。僕が囮になってる間に。……これは、便利屋68の問題なので」
「ヒドリ……やっぱり来たんだね」
「はい。風紀委員会です」
敵が来たことを伝えたヒドリは、翼に力を込めてもう一度飛び立つ。今度はジグザグに、ハヤブサを思わせる速度で飛び回る。ヒドリには政治も、正義も分からない。ただ、美味しいものを皆で食べるとさらに美味しいということしか知らない。
先の砲撃で家族同然の少女達が傷付く可能性もあった。その怒りは……もちろんある。あるが、それ以上に許せなかったのは、先程の砲撃が一般人がいることを想定していない砲撃であったことだ。
別世界で認識災害と呼ばれていたヒドリにとって、自分を認識するあらゆる存在が餌になる。自然界で例えるのなら頂点捕食者……食物連鎖の頂点に立つ存在だ。そこに便利屋68の社長たるアルの善性、ムツキの友愛、ハルカの忠義、カヨコの思慮深さが混ざった。緋色の鳥────認識の鳥が赤時ヒドリでいられる枷。彼女達から一般人をなるべく傷付けてはいけないと言われ、今までそうしてきたからこそ、先程の砲撃が許せなかった。
「僕だけなら……いい。皆は怒るけど」
砲撃を行った存在を捕捉したヒドリは急降下を開始する。亜音速へと到達した落下攻撃に反応できる者はおらず、改造されたFlaK18が爆発した。
「無差別に傷付けるのは、許さない」
「て、敵しゅ────」
「だから……」
「ゴボッ!?」
「僕が倒す」
内臓が揺れるようなボディブローを喰らい、泡を吹いたゲヘナ学園風紀委員の一人。ヒドリの蹴りをまともに喰らえば、一般人であれば血反吐を吐くだろう。腐っても風紀委員の一人。頑丈である。
一人、また一人と薙ぎ倒していく。戦車装甲を切り裂くブレードが使われた爪先も、戦艦の分厚い甲板をぶち抜くパイルバンカーも使わず、巨大な翼と拳、そして頑丈な頭を使って次々と潰していく。
「た、助け────ヒィアイイイイアアアアア!!?」
「いやぁああああああああ!!?」
時には風紀委員を掴んで天高くまで飛び上がり、亜音速一歩手前で急降下……を気絶するまで繰り返したりもしている。その間に銃撃を何度も喰らうが、ヒドリには傷一つ付かないし、びくともしない。
「赤時ヒドリ……!」
「まさか、これほどとは……」
「……まだ続けますか、イオリ先輩、チナツさん」
ヒドリの強襲から約五分。風紀委員会の部隊の半数以上が気絶に追い込まれた。
風紀委員会からの評価は、極めて温厚なゲヘナ学園生徒だが、便利屋68所属のため、一応注意すべし、だった。しかし、この状況を単騎で作り出したのは、ヒドリその人。イオリが彼の戦闘能力の修正を行う中、チナツはいつもヒドリが腰に吊るしている物に対して、違和感を覚えていた。
なぜ、いつも懐に入れているはずの頑丈な紙を、文字が見えるように腰に吊るしている?
「これだけの大部隊……僕達を拘束するためじゃない、ですよね?」
「……」
「ましてやパトロールでもない。……一体いつからゲヘナ学園風紀委員会はアレキサンダー大王の真似事を?」
挑発、ではない。イオリもチナツも、ヒドリがそういう煽りを行わない生徒であることを知っている。純粋に問いかけて、純粋に批難しているのだ。その証拠に、言葉の所々に怒気が混ざっている。
「明らかに越権行為……ここはアビドス。演習だとしたら許可は取っているんですか? 砲撃は? 市民への被害は? 損害賠償は? 保障は?」
「ぐ……それは……」
「僕達便利屋68が原因なのは……何となく分かります。けど、砂漠地帯で仕掛けることもできたはずだ」
イオリとチナツの首筋から冷や汗が流れる。温厚な人間ほど怒らせると恐ろしい。今のヒドリはそれを体現していた。
「僕だけに砲撃を当てて良かったですね。……あそこには、アビドス高等学校の方々もいました。……意味、分かりますよね」
「「……!!」」
「戦争になってましたよ、あのままだと」
しかも宣戦布告のない奇襲による攻撃。どちらが叩かれるかなど、明白。人の口に戸は立てられぬ。エデン条約が締結する前にこのような事態となれば、トリニティの格好の餌になってしまうだろう。
「戦争。いい響きですよね。1人食べれば殺人、半分食べれば英雄、全員食べたら神となる。どれだけ食べても怒られない。勝てば官軍、負ければ賊軍の世界」
(食べる……?)
チナツが感じた言葉の違和感。ヒドリの言葉の使い方が、普通ではない。
「僕としてはそれでもいいんですけど……もっと美味しいものが食べられなくなるのは嫌です。お祭りだって控えてます」
今回は牡丹料理のフルコースですよ、と笑うヒドリの得体の知れなさに、イオリとチナツ────合流してきた風紀委員会の面々は冷や汗が止まらない。まるで、空腹のライオンがいる檻に放り込まれたような感覚を味わっていた。
「ああ、伝え忘れてました。僕は赤時ヒドリ。便利屋68社員兼足係。今は────」
『アビドス高等学校廃校対策委員会の協力者でもあります』
「そういうわけです。よろしくお願いしますね?」
通信回線が開き、仮想モニターにアビドス高等学校廃校対策委員会のメンバーその一人、先生のように小さく笑みを浮かべている奥空アヤネが投影された。
「僕達はアビドス高等学校からの依頼でアビドスに訪れています。簡易なものですが、風紀委員会にも、万魔殿にも報告書を提出しています」
『正式な文書は先程提出しました。責任者はシャーレの先生です。武装を解除し、許可のない発砲、砲撃について詳しくお聞かせください』
アヤネの口から放たれる最終勧告と共に、地の利を持つアビドス高等学校と便利屋68が顔を見せる。ヒドリだけに目を向けていた風紀委員会は囲まれていることに気付いていなかった。学園最強戦力だけに目を向けた結果がこれである。
『この作戦の最高責任者の方に繰り返し、勧告します。直ちに武装解除を行い、許可のない発砲、および砲撃について詳しくお聞かせください』
「ヒナ先輩じゃないですよね。あの人がこんな無駄なことするわけがない」
「む、無駄……」
「はい、無駄です。あの人なら自治区を出る前に仕掛けてます。どうしてゲヘナ学園の自治区の外に出る前に仕掛けないんですか?」
「うぐ……」
「目的の人間がゲヘナ学園自治区にいないから、ですよね?」
ヒドリは便利屋68の英才教育を受けた人間だ。たくさんのものを乾いたスポンジのように吸収していく彼を面白がって、四人が自分の知ることを吸収させた結果、ハイブリッドが生まれた。カヨコの教えた情報処理能力の面目躍如である。
ヒドリのパイルバンカーについても、ムツキとハルカが監修した。爆発の威力がしっかり杭に乗るように教え込んだのだ。
「じゃあ誰を狙ったのか。……自由に動けるシャーレの先生。あわよくば僕の拘束、ですね」
「そしてこの作戦を発案したのは風紀委員長じゃない。……そうでしょ、行政官天雨アコ」
通信越しに聞いているであろう行政官に対し、ヒドリの言葉を引き継いだカヨコが告げる。数秒の沈黙の後、仮想モニターに青い少女が投影された。
『厄介ですね、便利屋68』
「“……君が、行政官?”」
『ええ、初めまして、先生。私は天雨アコ。ゲヘナ学園風紀委員会行政官……まぁ、委員長の補佐です』
「? カヨコ先輩、補佐って仕事を増やすのが仕事なんですか?」
首をかしげるヒドリの言葉に吹き出しそうになる便利屋68の面々と、シリアスな空気を消し飛ばすような天然発言に驚くアビドスと先生。風紀委員会は心の中で「ごもっとも……!」と叫んでいた。
『し、失礼ですね赤時ヒドリさん。これもエデン条約での面倒を避けるため────』
「え? そういう政治関係は
純粋な言葉による殴打。アコに約100のダメージ。
「そもそも朝にアビドス行きますね、っていうメール出しましたよ? 万魔殿からは返信が来てましたけど、風紀委員会から来てません。……もしかして、ご覧になってないんですか?」
目の敵にしている万魔殿を引き合いに出されての言葉の殴打。風紀委員会に200のダメージ。
「風紀を守る人達がどうしてルールや風紀を乱すような行動をしてるんですか?」
風紀委員会に300のダメージ。
「ところで、そろそろ定期テストがありますけど、勉強してますか? シフト制だとしても、皆さんが教室にいるところ、あんまり見ないんですけど……」
「「「ガフッッッ……!!!!」」」
ゲヘナ学園生徒に6868のクリティカルダメージ!! やはり風紀委員会であっても学生は勉強が嫌いであった。
「え、衛生班────ッッ!!」
「便利屋68に所属してること以外はわりと品行方正な赤時君による正論の殴打……! 心が削れる……!」
「おいしっかりしろ! 傷は深いぞ!」
「そういえばどうして私達はアビドスまで赴いてるの……? 喉渇いた……」
「ちくわ大明神」
「誰だ今の。てかありったけの経口補水液持ってこい! 熱中症で倒れてる人いるぞ!?」
ゲヘナ学園の中でも品行方正な部類で、ゲヘナ学園の公式食事会主催者のヒドリからの言葉は、ことごとく風紀委員会のメンバーに突き刺さっていた。
「うへぇ、言葉の暴力だねぇ……君こそ勉強はしてるの?」
いつの間にか合流していたホシノがヒドリに問うと、彼は当たり前のように頷く。
「参加できない時はリモートで受けてますよ。分からないところも、四人に教えてもらってます」
「おおー、偉いねー。おじさん感心しちゃうよ」
「ありがとうございます。あ、アビドスの問題が片付いたらぜひゲヘナ学園へ遊びに来てください。来月にお祭りがあるので」
「お? ありがと。皆で行かせてもらうねー」
「ぜひぜひ。────あ、先生、僕、水配ってきますね。アコ先輩との交渉はお願いします」
「“え、あ、うん。分かった”」
さっきまでの圧は何だったのかと思うほどに、ヒドリはカラッとして向こうに歩いていった。いつから持っていたのか分からない籠の中から大量の経口補水液と、ソルティ◯イチを覗かせて。
「……命拾いしたね、アコ」
『……何のことです?』
「あのまま進んでたら、ヒドリ、読み上げるつもりだったよ」
「“……読み上げる?”」
カヨコの言葉に首をかしげたのは先生だけではなく、彼女らの会話を聞いていたアビドスの面々もだった。心なしかアコの血色が悪いのは気のせいだろう。
「“カヨコ、読み上げるって、何をだい?”」
「……聞かない方がいいよ、先生。ヒドリだって未遂だったし」
『カヨコさん、それはヒドリさんの腰に吊るされたものですか?』
「ああ、あれね。あの何だっけ……確か、あかしけやなげ────」
「セリカさん、ダメです!!」
セリカの口が祝詞を告げようとした直後、ハルカが咄嗟に口を塞いだ。
「むむむむ!?」
「すみませんすみませんすみません……! でも、それはダメなんです……! 見るならまだしも、読んだらダメです……!」
切羽詰まったハルカと、便利屋68のメンバーに気圧されてセリカが頷く。その行動だけで、あの腰に吊るされていたものがどれだけ危険なのかを知らせてくる。
「あれは祝詞よ。ヒドリが飛び立つための、呪詛と言ってもいい」
「ヒドリ君の精神安定剤でもあるけどね。読み上げたらダメ。招かれちゃうから」
「招かれる……ですか? どこに?」
「……知りたいなら、ヒドリに聞いて。多分、答えてくれるから」
アビドスも、先生も、アロナも、向こうで飲み物を配っているヒドリを見る。ヘイローが無いはずなのに、銃弾を弾き、砲撃を痛いで済ませる彼が抱える秘密に疑問を抱えて。
「“ヒドリについては────”」
「これは、どういう状況?」
不意に、威厳のある声が響いた。カツ、カツ、と軍靴の音が響き、全員が振り向く。そこには────
「あ、ヒナ先輩。お疲れ様です。ソルティラ◯チ飲みます?」
「気持ちだけ貰っておくわ」
ゲヘナ学園最強の風紀委員長、空崎ヒナが立っていた。