銀木犀(ギンモクセイ)   作:西風 そら

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 今日はカヤにとって最低続きだった。

 良い事を二つだけ挟んだけれど、ラストの最低が大きすぎて、今カヤは、乾いた瞼で夜空を見上げて、トボトボと歩いている。

 

 まず先に良い事を思い出そう。

 一つは、木漏れ日の下、ウスゴの群落やサルナシがたわわの蔦のドームを発見して、胸が踊った事。

 二つ目は、姉や従姉たちはそのドームを見られなかった事。

 あのあと皆で川を渡ったが、何故かあんな素直な場所にあったドームに行き着けなかった。

 白い花の群落も無い、あの子もいない。

 カヤはドームの事はもう教えなかったが、ウスゴの木は何処だと今度は髪を掴まれた。

 結局十人がかりで探しても、何ひとつ収穫出来なかった。

 それは……その時のカヤにとっては、()()()()()()()だった。

 

 大量の最低な事たちに、その少しの良い事を塗り潰された。

 まず、四つも上の従姉が勝手に川で転んだのを、カヤのせいにされた。

 彼女が風邪をひいたのも、カヤのせいにされた。

 一所懸命働いて成果も挙げたのに、台無しになった。

 十人みんなの収穫が少なかったのが、何でかカヤ一人のせいにされた。

 晩ご飯を抜きにされた。

 話も聞かれずに外に置かれた。

 

 それから

 

「下の二人じゃなかったの?」

 というカヤに、大好きだった母の、

「あの子たちは小さすぎて可哀想でしょう? カヤはしっかりしたお姉さんだもの、ね」

 という、悪魔みたいな言葉。

 そんな理屈で、街に奉公に出される話を進められた。

 

 大人の都合で、話を聞く価値もない子供にされたりしっかりしたお姉さんにされたり。

 

 話の主導は案の定、従姉の父親である長兄。次男のカヤの家族はいつも言いなり。

 お金持ちに貰ってもらうんじゃない、どっちかというと売られる

 父親の後ろで汚い笑いを浮かべている四つ上の従姉に(呪われろ!)と、願を掛けた。

 

 家の事情は分かっている。誰かが口を減らさないと冬を越せない。昨日のカヤなら渋々ながらも承知しただろう。

 だけれど今日のカヤは、もう違う者になっている。

 

 ウスゴ採りからの帰り道。七つ上の姉と五つ上の姉は、近寄って声を掛けてくれた。カヤの気持ちも少しは分かると。

 でもそれだけ。声を掛けたのは自分の気持ちを軽くしたいだけ。お嫁に行った姉さまみたいに、本気でカヤを庇ってはくれない。

 

 

 だから今、カヤは夜の草原をトボトボと独りで歩いている。

 皆が寝入ってから、持っているだけの僅かな衣類を身に着けて、外へ出た。

 羊小屋の裏の木の下で、従姉に取られないよう隠していた『宝物』を掘り出して、懐に入れる。

 

 切り捨てられるのは承知した。

 でもあの人たちに支度金は落とさない。

 自分の身は自分の物だ。

 

 

   ***

 

 

 この道を歩くのは今日三回目。カヤの足はもう、泥をひきずるように重かった。

 でも今は、足手まといにならないようにと気を使わなくていい。疲れたら休んで、好きなペースでノロノロと歩いた。

 そうしたら意外と早くに、昼間の川に到着出来た。皆と歩くのは如何に疲れる物なのかと、つくづく思った。

 

 星明かりに、昼間渡った中洲が見える。こちら側は靴も濡らさず岩の上を歩けた筈。

 カヤは星の僅かな光を頼りに、夜闇の川を慎重に渡った。

 

 中洲の林を抜けると、川を挟んで向こう岸が見えた。

 こちらは水に入らないと渡れないが、明るくなるのを待つか? 考えながら岸に寄ってみると。

 

「あれ?」

 

 暗くてよく分からないが、水の音がドウドウと激しい。冷たいしぶきも飛んで来る。

 どう考えても、昼間の緩い流れとは違っている。

 上流で雨でも降ったのだろうか。さっきの箇所は変わらなかったのに。

 

「…………」

 

 見上げると、山向こうの空が白んでいる。明るくなるまでそんなに時間は掛からないだろう。

 カヤはその場に座り込み、靴を脱いで疲れた足を投げ出した。

 さすがにもう動けない、そして眠い、お腹もすいた。

 膝を抱える。

 

 いつもはカヤが食事抜きにされても、姉の誰かがこっそり何かしら届けてくれた。野菜の芯でも鍋の端のお焦げでも。

 昨日はそれも無かった。お陰で最後の決心が付いた。

 

(あっちに渡ったら、サルナシ、食べられるかなあ……)

 実はサルナシが一番好きだ。木の実の中で一番甘い。

 ウスゴと一緒で木に雄雌がある。実のなる木はとても珍しい。

 本当に、見せてあげようなんて思わないで、すぐに採って口に入れてしまえばよかった。

 

 そんな事を考えながら、カヤはしばらく、水が岩を打つパシャパシャという音を聞いていた。

 ――と、規則正しい中に、余分な音が混じり出す。

 

 パシャパシャ、ザフン

 パシャパシャ、ザブッ

 

 背を丸めて顔を埋めた腕の間で、まんじりともせずに聞き耳を立てる。

 

 ザブッ、ザブッ

 

 気のせいじゃない、足音だ、獣だったら嫌だなあ。

 ――でも

 ふわり、

 流れて来る甘い香り。

 カヤは思わず顔を上げる。

 

 星を映した川面の中、白い姿が立っている。

 

「やっと来てくれた、遊ぼう」

 

「…………うん、ごめん、遅くなって」

 

 

 

 

 

 

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