幻想世界の火を追う十三人   作:白木蓮人

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辺境までの道のり

 蛇紋蔦が分布しているのは、モンドのとある辺境だ。

 そこには『浚雲村(さらぐもむら)』という村もある。辺境というだけあって、外部との交流もほぼなく、無事に暮らしてるかすらちょっと心配……というのはリサの言だ。

 とはいえ、定期的に騎士が巡回しにいくため、まったく知る者が皆無というわけではない。担当の騎士たちいわく、豊かではないが平和で、人見知りするが気のいい人たちが住む場所なのだとか。

 そこで、現地人に協力を求めれば、蛇紋蔦を手にいれるのはそう難しくないだろう……

 蛍はこのように算段して、依頼にかかっていた。

 が、しかし。

 

「邪魔!」

 

 蛍は敵の腹を蹴り飛ばすことで首に刺した剣を引き抜き、すぐさま上に掲げた。

 ガン、と。次の瞬間には、頭上を覆い尽くすほど巨大な斧が、蛍の剣と競り合う。まともに受けたことで、振動が体の芯まで響いた。

 ……力で押し返すこともできる。だが、余計な消耗は避けるべき。

 そう判断するや否や、蛍の周囲に風が集まり、厚手のベールを作り出す。そして腕の力をフッと抜くと……ガクンと体ごと斧に叩き折られた……かに見えて、突風にあおられる木の葉のように、斧が押し出した風に乗る形で距離をとっていた。

 そのまま風のベールを発散させ、反作用で体幹を整える。一呼吸ついた蛍の目前には、木の棍棒や石の斧を振り回す蛮族、ヒルチャールの集団がいた。

 

 蛍は自分の後ろの様子を見る。

 先程、息も絶え絶えにヒルチャールから逃げてきたファートンは、既に遥か遠くに退けているようだった。

 ブン、と腕を振って、前から殴りかかってきていたヒルチャールを見もせずに切り捨て、集団に向き直る。

 

「蔓延せよ」

 

 くるりと剣を逆手に持ちかえて、地面へと突き立てた。

 するとヒルチャールたちの足元で、草元素の花が咲く。にわかに蕾が開く様はまた、何かの顎のようでもあり……それを見て勘のいい者は跳びのいたが、逃げ遅れた者は鋭いツタに股から脳天までを貫かれた。

 

 ヒルチャールの戦士たちは、脱落者に奪われそうになる視線を蛍へと正し、走り出す。

 だが間合いにも入らないうちに、蛍の姿は紫電だけを残してかき消え、代わりに隣にいた戦友の首がとんだ。バチンという音と、焦げつく臭いをさせながら。

 もう一人の戦士はもはや、ただ直感にまかせて棍棒を振り回す。やぶれかぶれの行動に、蛍は一度距離を離さざるをえない。それでも構わず余力を残そうともせずに突撃してくる戦士に対して、蛍はツタに串刺しにされたヒルチャールの後ろに隠れた。

 手が止まってしまう戦士とは裏腹に、蛍はためらうことなく剣を突き出し、()ごと相手を貫きにかかった。戦友の死体から飛び出てきた切っ先を、戦士は棍棒でなんとか防ぐ。

 

「雷よ」

 

 剣の上で紫電が不吉にのたうつ。

 すると、雷を通されて激化したツタが更に成長して、無数の茨の奔流と化す。それは、悲鳴すらあげさせずに戦士を呑みこみ、彼までをも無残な苗床に変えた。

 

 最後に遺されたヒルチャールの暴徒は、全身の筋肉を怒らせて斧を握りしめ、唸りながら蛍へと高く跳びかかった。

 振り下ろされる斧に、蛍は風圧を凝縮させた左手の甲を合わせる。破裂音と同時に斧の軌道が逸れて、横の地面に深々と突き刺さった。

 暴徒は急いで引き抜こうとするが、その前に蛍の足が斧頭を踏む。そのまま岩元素で硬い鉱石を産み出し、決して抜けないように固めた。

 固まった斧を前に、両者の視線が交差する。

 片や、味方はいなくなり、武器は使えなくなっている。

 片や、そんな無防備な敵の命を握ったうえで、ここで逃げるかなお立ち向かうか、冷たい瞳で問いかける。

 

 暴徒は、戦士の誇りをとった。

 

 彼は素手で蛍に殴りかかった。

 黒く太い腕が、切り飛ばされて空を舞った──

 

 

 

「ファートン、こっちにこい」

 

 戦闘が終わって開口一番、蛍はそう言った。

 申し訳なさそうに歩いてくるファートンを見る彼女の目は、氷のように鋭かった。

 

「勝手な行動をしないでと、何度も忠告したはず。なのに単独行動して、ヒルチャールの集落を刺激して、それを私に押し付けた」

「お、押し付けたというか……」

「どうしてこんな行動をしたのか、説明してくれない?」

 

 ギリギリと剣を握る音を聞いて、ファートンは目を泳がせながら弁明しだす。

 

「それはその……向こうに面白いものがある確率がそこそこあったので……」

「そう、面白いものはあった?」

「……ありませんでした、が! しかし冒険者である以上、未知へ挑戦する心は持っておくべきでしょう? 大丈夫です、次こそは必ず!」

 

 そう熱弁しても、ピクリとも動かない蛍の表情を見て、ファートンが冷や汗を流しだした時、また遠くからヒルチャールの雄叫びが迫ってきた。

 蛍はため息をつき、丘の上に位置取った射手へと駆けだした。そんな彼女を撫でるように、後方から何発かのピンクの光線が追い越していった。

 蛍はハッっとして足を止める。

 鋭く速く、正確無比に撃たれた矢は、命中地点でたちまち大きなピンク色の水晶になって、射手を中に閉じ込めた。

 しかる後に、水晶にはピシリと亀裂が入り、内容物ごと粉々に砕け散る。

 輝く塵が、風に吹かれて消えていった。

 パチパチと、拍手する音がしてきた。

 

「先輩、そこまでにして、こっちでお話しましょう? あなたの可愛い顔をもっと見たいわ」

「エリシア……」

 

 蛍が振り返ると、エリシアが弓をおろして、ゆっくりと拍手しながら歩み寄ってくるところだった。

 

「それにしても噂に違わない腕前よね。あたし、すっかり感心しちゃったわ」

 

 至近距離まで近づいたエリシアは、そのまま蛍のことをジロジロと眺め回す。その様子はまるで、好奇心旺盛な明彩鳥のようだ。桃色の飾り羽が、彼女の後ろで陽気に揺れる。

 

「な、何……?」

 

 エリシアは、急に感動したように息を呑む。

 

「あーもう、何度見てもビックリ! 各国で英雄と呼ばれている旅人が、こんなに素敵な美少女だったなんて!」

 

 手放しの称賛だったが、蛍の顔つきは芳しくない。

 

「……エリシア、それもう何度も聞いたよ……」

「美しいものを愛でることに、やり過ぎなんてないわ。くすぐったいなら、先輩もあたしにやり返していいのよ? 『エリシア最高! 可愛い! 美少女!!』、みたいな感じで褒めてもいいのよ?」

 

 押し寄せてくるエリシアの綺麗な顔面に、蛍はどうしていいのか分からなくなる。

 そこに、ポーカスまでもが揉み手しながら近寄ってきた。

 

「いやはや、まったくエリシアさんの言うとおりですよぉ! 栄誉騎士さまの実力のなんと素晴らしいことか……ここで会ったのも何かの縁、自分を部下として採用していただくとかどうでしょう……?」

「あー、ズルい! あたしだって先輩とお近づきになりたいわ。だから先輩、あたしが優秀だからって放っておいたら、拗ねちゃうわよ?」

 

 ぐいぐいと距離を詰めてくる二人の冒険者を左手で押し留めながら、そろそろと逃げていく一人の冒険者を右手の剣で牽制しながら、蛍は絞り出すように言う。

 

「分かったから……分かったから、はやく進むよ……」

 

 

 

 夜。

 晩御飯に作ったスープの残りが、ふつふつと蒸発していく音が響く。砂金の髪にゆらめく焚き火を映しながら、蛍は頭を垂れていた。

 今頃は、目的地に着いているはずだった。

 実際の進行具合は、予定よりかなり遅れている。旅に不慣れな新人のペースに合わせて歩き、彼ら……いや、主にファートンが起こす問題事にいちいち対処していれば、遅れもするだろう。

 まだ半分。いや、帰りのことも考えれば、四分の一にも満たない……

 見回りに行っていたパイモンが、蛍のもとへと帰ってきて、心配そうに語りかけた。

 

「大丈夫か、旅人……?」

 

 蛍は顔を上げず、片手をあげることで答えた。

 パイモンは蛍の後ろに回って頭に乗っかり、彼女の髪を手櫛しはじめた。

 その手の動きを感じながら、蛍はここ数日のことに思いをはせる……

 

「なにもしてないのにテントが壊れたんです」

「えっと……組み方が滅茶苦茶なだけで、壊れてはないかな」

 

 ファートンの隣にある布の塊を解きながら、そう話していた。

 

「本当に何もしてない?」

「ええ、私の論理に基づいて最適な組み上げ方を考案し、試みたのですが……」

「うん、それは『何かしてる』ね」

 

 そのまま正しい組み上げ方を実践してやると、ファートンはノートに素早く書き込んでいく。

 ファートンは、かなり挑戦的な性格をしている。学者のような口調だが、実態はとりあえず直感に従って突っ走るイノシシだろう。

 まあ、冒険者らしいと言えば、そうなのかも……? 

 

 草むらから、ポーカスがカゴを持って出てきた。そして、いつものように鼻の下が伸びた顔で喋った。

 

「栄誉騎士さまぁ、心ばかりですが、ハーブとおやつを採取してきましたよぉ」

「ありがとう。料理の飾りつけに使えそうだね」

「いやぁ、こういうとき田舎育ちはよかったと思いますよぉ」

 

 カゴの中身をざっと見たところ、中々の選別眼を持っているに違いなかった。食べられたり、香りがいい実用的な植物しかないのはもちろん、質も全体的に高めだ。

 ポーカスは、細々としたことに気が利く。危険な場所には他人を先に行かせるなど、利己的でずる賢いところもあるが、そういう人がいたほうが、全体の生存率は上がったりするものだ。

 

 ポーカスたちに残りのテントの設営を任せて、カゴを持って野営地の中心に移動すると、エリシアがいた。彼女は自身の鞄の上に腰を下ろして、焚き木と向き合っていた。

 隣に座りながら話しかける。

 

「エリシアの鞄の形、なんだか変わってるね」

「ああこれ? フォンテーヌ産の『キャリーバッグ』ってものなの。どうかしら?」

 

 エリシアは立ち上がって、絵になりそうなポーズをきめた。

 下部についた車輪と、上部に伸びる持ち手とで、牽引できる鞄というのはいいけれど……

 

「うーん、野外で使うにはちょっと不向きかも?」

「もう、そこはあたしとキャリーバッグという優雅な組み合わせについて褒めてほしかったわ。でも確かに……背負えるように、ちょっと改造するのも悪くないわね」

 

 エリシアはまた鞄に座り直して、地面の焚き木の世話に戻りつつ、小首をかしげる。

 

「どう? 上手にできてる?」

「うん、その調子で松ぼっくりで焚き付けていけば、焚き火ができるよ」

「やった! これであたし、いつでも焚き火できるわね!」

「それと同時に、火の始末も大事だからね。そっちも後で覚えよう」

「はーい先輩!」

 

 エリシアは、純真であり聡明だ。あらゆることについて素直に受け入れ、かつ要領を掴むのが早い。実は前々から出来ていたのではと思うほどに。

 

 火の周りにめいめいが集まって、各々の成果を持ち寄る。

 そして彼らに教えていく。動植物の注意点と可食部、料理を一番美味しく作れる火加減、道具の点検・修理・代用のための知恵……

 教えを実践しようとする、たどたどしい所作を見守り、改善を促して、少しずつ変わる姿を眺める。これぞまさに、教育の楽しさに違いない……

 

 ……そんな、ほのぼのとした道中が、蛍には遠い昔のように思えていた。

 

 ファートンの実態は、諸悪の根源だった。

 彼という人間は、根拠のない自信によって歩き回り、災難に遭遇しやすい体質によって問題事を引っ張ってくるという、最悪な習性を持っていた。

 小さな子供みたく、ちょっと目を離すと消えてる。

 置いていくわけにもいかないから、みんなで足を止めて彼を探す。

 するとファートンは叫び声をあげながら、ヒルチャールや遺跡守衛をはじめとした魔物から逃げてくる。という流れが何度も繰り返された。

 ……今までどうやって生きてきたのだろうか? 

 ともかく、ファートンがいるかぎりこの道程は、彼の捜索と救難によって、いつまでも向かい風の中だ。

 

 一方、ポーカスとエリシアは大した問題は起こさないでいてくれる。初心者のちょっとした失敗や、旅のアクシデントに数えられるものばかりだ。

 ただ、自分への接触が日に日に熱烈なものになっていくのは……ファートンのせいで余裕のないこの状況では、申し訳ないけど単純に疲れてしまう。

 

 これから、一体どうすれば遅れを巻き返せるだろうか……

 

「うう、まさかここまで面倒だなんて……ちょっと野営の人数が増えるだけかと思ってたオイラがバカだったぜ! なあ、もうあんなやつら放っておこうぜ!」

 

 パイモンの声が、蛍の意識を引き戻す。

 

「ありがとうパイモン……でも仕事は放りだせないよ」

「そうは言っても、こっちはジンの無事がかかってるんだぞ!」

 

 パイモンは身を乗り出して、蛍の顔の上から声を落とす。

 

「悩んでる場合じゃないぞ、旅人。みんなには悪いけど、『新人を教えられる能力がありませんでした』って断ろうぜ。これならキャサリンも正当な理由として認めるはずだろ?」

 

 蛍は長らく悩んだ。パイモンがずり落ちるほど首をひねってから……ようやく答えを出した。

 

「……うん、分かったよ、パイモン。このさき不測の事態が起こる可能性も考えると、そうするべきだね」

「そうしようぜ……うう、ここから引き返すなんて、とんだタイムロスだ!」

「本当に、人を教え導くということを、軽く見るべきじゃなかった……」

 

 脳裏にスメールで教鞭をとっている知り合いを思い浮かべ、彼ら彼女らへの尊敬の念を高めながら、蛍はその夜を越していった。

 

 

 

 翌日の朝。蛍はある程度の食料を調達しつつ、依頼中断のことをどう伝えようか考えていると、ファートンが駆け寄ってくる音がした。

 反射的にゾクりとしてそちらを見るが、幸い後ろに何も引き連れてはいなかったため、一旦胸をなでおろす。

 野鳥を片手にぶら下げながら、何があったのか尋ねると、

 

「えっとですね、旅人さんを追ってきたという方がいまして……」

「……なるほど」

 

 蛍は、隣に浮くパイモンにだけ聞こえるように呟く。

 

「私の行き先を知ってるってことは、冒険者協会の人かな」

「それなら、もしかしたら依頼破棄を受けるついでに、あいつらのこと連れて帰ってくれるかも!」

 

 二人は目を見合わせる。すぐ後に、蛍はファートンに向けて頷いた。

 

「分かった、案内してほしい」

 

 案内されて旅人たちに会いにきたのは、一人の貴公子の青年だった。

 緋色の頭髪と瞳を持ち、質のいいコートに身を包んでいる。その上品で余裕のある振る舞いの中に、どこか炎の猛々しさも感じられた。

 旅人たちと貴公子とには面識があった。パイモンが驚きの声をあげる。

 

「ディルックの旦那!?」

 

 朝一番にやってきた思わぬ来客、ディルックは、前髪を整えながら歩いてきた。

 

「おはよう旅人、パイモン。元気そう……いや、うん、無事そうでなによりだ」

「ごめんね元気がなくて……」

「こいつは今ちょっと、大変な依頼をこなしててな……ディルックの旦那はオイラたちに用があるのか?」

「ああ、君たちに訊ねたいことがあってきた。心当たりはあると思うが……例の、騎士選定大会(・・・・・・)のことだ」

 

 その「騎士選定大会」言い方は、それが嘘だと分かりきってのものだった。

 

「最初はガイアに訊ねたんだが、『これに関しては最高機密だ。あの栄誉騎士(・・・・)を呼び寄せるほどにな』……などと仄めかされたため、君の足取りを追ってきたというわけだ」

 

 ……ディルックは、モンドの酒造業に携わる者であるが、騎士団と浅からぬ縁があるようでもある。騎兵隊長のガイアの取り計らいもあるし、ここは巻き込んだ方がいいかもしれない……

 そう考えて、蛍は自分の受けた依頼について話すことにした。

 ジン団長が病気になり、その薬の材料は辺境にあること。そして、民を不安にさせないために、病気のことは内密にして、自分に助力を依頼したことを。

 

 一通り話を聞いた後、ディルックは腕を組んで歯噛みした。

 

「相変わらず、騎士団のとる行動は傍から見るだけでも苛ついてくるものだな」

 

 話し終えるや否や辛辣な彼に、パイモンは苦笑いする。

 

「ディルックの旦那も相変わらずの辛口評価だな……」

 

 ディルックはそっぽを向き、鼻を鳴らした。

 

「ジンが話した内密に事を進める理由も……はたしてどこまでが『ジンの言葉』なのやら」

「うん? どういうことだ?」

「騎士団は大団長や代理団長の意志だけで動くわけじゃない。そして、彼女らに次ぐ騎士団上層部の連中は、名誉ばかりにかまける愚物共だ」

「うーん、否定もしづらいな……モンドを守ってただけの『闇夜の英雄』すらも、自分たちのために監視下に置こうとしたもんな」

 

『闇夜の英雄』という言葉にディルックは少し眉を動かしたが、それ以上の反応はせずに続ける。

 

「突然、代理団長が難病に罹ったとなった時……奴らはさぞかし焦っただろう。無論、ジンの安否を心配してではなく、自分たちの足元がぐらつく方を心配してだが」

「……ってことは。まさか、そいつらが病気を秘密にするよう、ジンに迫ったのか!?」

「さて、どうかな。僕は騎士団の内情を詳しく知っているわけではない。だが、そういう可能性も考えられるという話だ」

「だとしたらひどい! ひどすぎるぞ! 病人をなんだと思ってるんだ!」

 

 パイモンは空中で地団太を踏む。

 それとは逆に、ディルックは落ち着いた口調で言った。

 

「話をした僕が言うのもなんだが、気をおさめてくれ。これは単なる推測だ。伝えたいのはそこじゃない……」

「そこじゃないの?」

「……ジンが旅人たちを頼ったのは、なにも便利だったからというだけではない、と思ってもいいということだ」

 

 そう言われて、体のみならず、心も弱っていたジンの姿を、蛍は思い出す。

 ディルックの推測を聞いて、その姿がより鮮明になった気がする。病気になってまで、自分以外のことを気にかけなくてはいけなかった心労は、想像に余るものだっただろう。

 ……やはり、早く助けなくてはならない。蛍は両手のひらを眺め、握りしめた。

 

「私たち、ジンの心の支えになれるかな?」

「間違いなく、なっただろう。気になるならこんな厄介事は早く片付けて帰ろうか」

 

 と、動きだしそうな雰囲気をディルックが(かも)しだしたため、パイモンは期待に満ちた目を向ける。

 

「お? もしかしてディルックの旦那も手伝ってくれるのか!?」

「ジンが倒れるのはモンドの大きな損失となる。それに君たちも困っているようだし、友人として手を貸すのは当然のことだ」

「あ、そうだった。実はオイラたちも……」

 

 と、今度はパイモンが蛍の抱えてる問題について話す。

 言うことを聞かず問題を呼び寄せたり、必要以上に距離を詰めようとしたりする、新人冒険者たちを教育することになっていると……

 

 ディルックはそれらを真剣な面持ちで聞いて、頷いた。

 

「なるほど。しかしそこは塞翁が馬、というやつだな。正直、これほど簡単に旅人に追い付けたのは想定外だったんだが、彼らが君の足を引っ張ってくれたおかげらしい」

「そうなのか……そこはあいつらに感謝しよう、って思ったけど、そもそも悩みの種はあいつらだったな……」

 

 ディルックは少し思考を巡らせた後、また頷いて、こう言った。

 

「僕が彼らの相手をしよう」

「え、そりゃあ助かるけど……いいのか?」

「これでも旅の経験はある。冒険者へ心得を教えるくらいは問題ないだろう。処世術に関しては言うまでもないな?」

 

 ディルックはちらと背後を見て、身を寄せてくる。どうやら、内緒話をしたい様子だ。

 

「だが、急に教師役を部外者に任せるとなると、無責任な話になる。ここは君の面目を潰さない形で介入しよう。たとえば──」

 

 

 

 清々しい朝露の匂いと、朝食を焦がす煙の臭いとが混じっている。

 冒険者たちが集う朝の席に、気高そうな貴公子が立っている。

「誰だろうあの人」という心中の声が聞こえてきそうな面々をよそに、蛍はディルックを、このように紹介した。

 

「というわけで、教育内容を充実させるために、助っ人を呼んでおきました。『護衛対象』の役を務めてくれる、ディルックさんです」

「よろしく」

 

 ディルックの悠然とした挨拶を最後に、場が静まりかえる。

 そこに、エリシアがビシッと挙手した。

 

「はい先輩! 護衛対象役ってなにかしら?」

「いい質問だねエリシア」

 

 蛍は後ろで手を組んで頷く。

 

「冒険者は日々様々な依頼を受けるけど、その中には人や貨物を護衛し、指定の場所に送り届けるようなものもある」

 

 蛍は精一杯、教師らしい口調で話していった。彼らに反対されないよう、万全の説得力を求めてのことだった。

 

「護衛依頼は、人の命と財産を預かるもので……えっと、すごく大事なこと。だからこそ……その、頑張って練習する必要があるので、ディルックさんと練習しよう!」

「はーい、エリシア頑張っちゃうわ!」

 

 後半はしどろもどろな言い方だったが、エリシアの素直な返事によって、なんとか通し切ることができた。

 蛍は、後は任せる、という目線をディルックに送る。

 ディルックは目線に応えて、一歩前に出た。

 

「というわけだ。新人諸君には僕を護衛してもらうし、そのための指導も聞いてもらう。急にやるべきことが増えたと思うかもしれないが……無論、君たちのやる気を削ぐようなことはしない」

 

 その発言で、自分たちの仕事が増えたことに気付いたのだろう。どこかポカンとしていたポーカスとファートンは、面倒事かと顔を曇らせる。

 ディルックは彼らを一瞥しながら、懐に手を入れると、

 

「つまりだ。護衛の成果に応じて、チップを弾もう」

 

 輝くモラを取り出して見せた。

 二人は顔を見合わせて……また金色のコインを二度見すると、目の色を変えた。

 

「なるほどぉ……あっ私はポーカスと言いますのでぇ、ぜひよしなにぃ~」

「このファートン、感激しました。ディルックさんは良い人だということを論文にして生論派に送ります」

「護衛のやり方は適宜、指定する。ただし、僕の満足いく結果にならなければ、報酬は無しだ。真面目な取り組みを期待している」

 

 言いながらディルックがモラをしまうと、二人はさっと真顔になった。

 

「さしあたっては、身辺警護を任せる。周囲を警戒してもらうわけだが、僕の目が届かない場所にいった時点で失格と見なす。では、始めだ」

 

 ディルックが号令するや否や、二人は朝食片手に競うようにして野に散開していった。

 そんな様子を見て、パイモンが手を叩く。

 

「さっすがディルックの旦那! あの二人をあんなに大人しくするなんて!」

「ちょっとした人心掌握だ……もし旅人が、これからも人の上に立とうと考えるなら、身につけておくのはどうかな?」

 

 と、流し目で問いかけられた蛍は、苦々しい表情で答えた。

 

「いや……しばらくは遠慮しておくよ」

 

 それを聞いて、ディルックは綿毛のように柔らかく笑った。

 

「それがいいみたいだね」

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