幻想世界の火を追う十三人   作:白木蓮人

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雲の壁の向こう側

 ディルックが冒険者たち……もとい、ファートンの手綱を握ってくれたため、これまでの牛歩が嘘のように旅は順調に進んだ。

 そして遂に、目的地である地域……『浚雲村』周辺に差し掛かった。

 だが一行の顔つきは喜ばしくない。

 不自然なまでに濃厚な霧が急に立ち込めて、一歩先すらまともに見えなくなっていたからだ。

 

「皆、はぐれないようにしてね」

 

 蛍はパイモンの手をとりながら、後ろにも声をかける。

 姿は見えないが、ディルックとファートンの声がしてきた。

 

「君たち、僕のコートの裾を持て。この高級な服を泥から護衛するんだ」

「え、いやしかし俺の計算によると、あっちに金銀財宝ザックザクの秘境がババーンと現れる確率がバリ高い……」

「チップはいらないか?」

 

 ピーン、とディルックの方からコインを弾く音がした。

 

「……フッ、まさか。小さなことからコツコツ積み上げていくのが、聡明な賢者というものですよ」

「あ、私はこちらをお持ちしますよぉ。ええ、我が身に変えてでも汚れから守りますのでぇ……」

 

 このような形でディルックは、ファートンとポーカスの二人を御してくれる。

 蛍は内心、手を合わせて感謝する一方で、どれだけの額がチップとして彼の懐から出ていったのかを考え……必ず埋め合わせをしようと誓った。

 

「向こうは定員オーバーみたいね。じゃあ……あたしは先輩のスカートの裾を持っちゃおうかしら!」

「ちょっと!? どこ持とうとしてるの!?」

 

 エリシアがぴょんと背後をとってきたのを感じて、蛍は慌てて跳びのく。

 後ろでは、くすくすとした笑い声がした。

 

「なーんて、冗談よ。女の子の大事な領域を破ったりなんてしないから、安心して?」

 

 ちょん、と蛍の手に何かがあたる。花びらのように滑らかで柔らかいそれは、エリシアの指。

 

「でも……スカートは駄目だけど、こっちはいいわよね?」

 

 それに、蛍は困ったように笑い、手を絡ませる。

 

「こんなやり口の詐欺があったような……」

「と、言いつつ握ってくれる先輩が好きよ」

 

 エリシアは相変わらず、自分を『先輩』と慕ってくれている。今なら悪い気はしないから、素直に受け取っておこう。

 

「おい! オイラを差し置いてイチャイチャするなよ!」

 

 右隣から、パイモンのキリキリした声が届くと、左隣のエリシアは甘い声を出した。

 

「あら~、じゃあパイモンとも手を繋いで、三角形になりましょう?」

「そういうことじゃない!」

「えっ……それってつまり、『三角関係』になるってこと!?」

「……お前、オイラをからかってるだろ!」

 

 コロコロと表情を変え、体を揺らす二人に、蛍は振り回されそうになる。

 

「二人とも、歩きにくいってば……あ、ディルック、コンパスを渡すから、炎を燃やしながら先導してくれる?」

「分かった。全員、光と熱を頼りについてきてくれ」

 

 と、ここでも二人が身を乗り出す。

 

「よし、旅人は両手が塞がってるから、オイラがコンパスを取ってやるぜ!」

「パイモン、ここは手足がすらっと長いあたしが担当するほうが適任じゃないかしら?」

「誰がちんちくりんだって!?」

「もう、そんな意図はこめてないわよ。パイモンには特別な魅力があるって、みんな思ってるでしょ?」

 

 言い合いながら、霧で場所の分かり辛いコンパスの位置を巡って、二つの手が蛍の身体をまさぐる。

 それは素肌までにも及び……

 

「変な所に手を突っ込まないで!」

 

 蛍は怒鳴って手を振り払う。

 そして自由になった両手で、コンパスを取ってディルックに渡しにいく。

 パイモンとエリシアは、霧に消えていった蛍の背中を、茫然と眺めていた。

 すぐに彼女は戻ってきた。二人は意気消沈した震える声で話しかける。

 

「わ、悪かった、旅人……」

「ごめんなさい……あなたがそんなに嫌がってたなんて……」

 

 蛍は黙って歩いてきて……怯える二人の手を、さっと握った。

 

「ほら、行くよ」

 

 蛍はそのまま手を引いていく。二人とも少し呆けた顔をしていたが、すぐ明るい声色を出した。

 

「おう!」

「はーい!」

 

 蛍が両手に感じる熱は、さっきより強くなっているようだった。

 

「……あのアメとムチの使い方は、天性のものなんだろうか……」

「コロッといく音が聞こえた気がしますよぉ……」

 

 ディルックとポーカスは、かくのごとく呟いた。

 

 

 

 霧は現れた時と同じように、突然立ち消えた。

 抜けた先は、薄暗く閑散とした雑木林。吹き抜ける風もどこか硬く軋んでいる。

 

 ディルックは前方と後方を見比べて、怪訝そうな面持ちになった。

 

「やはり不自然な霧だな。前の地形は見えるのに、背後の地形だけが見えない」

 

 言うとおり、前方は遠くの丘の頂まで見えるのに、後方は数十歩先の木の幹さえ見えない。

 蛍はあごに指をあてた。

 

「さっきまでの私たちは、霧の中にいたというより、雲の壁を突破してきたと言ったほうが正確なのかもしれない」

「雲の壁か……なるほど、言い得て妙だな」

「確かこれが『浚雲村』の特徴だったよな。騎士のおっちゃんが楽しそうに話してくれたぜ。『周りを雲に包まれて、別世界にいるような気分になる』ってさ」

 

 パイモンが事前調査で得た情報を話す。

 目の前に広がる不思議に、誰もが感慨に浸っていた。

 

「ひいいぃぃ──っ! なんで急にいぃぃ──!?」

 

 その時、女性の悲鳴が聞こえてきた。

 それなりに遠くのものだったが、閑散とした森に甲高い声はよく響いた。だがそれは長く続くことなく、木がメキメキと倒れる不吉な音にかき消される。

 こちらに、何かが草を潰し枝を折り、走り迫ってくる気配がする……

 

「うっ!?」

 

 田舎で多数の獣に遭遇してきたはずのポーカスが、唸り声をあげる。それほど、近づいてくる気配は獣の範疇を超えたものだった。決して侮っていいものではないと、首を伸ばしているファートン以外の全員が理解した。

 

 蛍は剣を手にし、ヒュンと風を切る。

 

「ポーカスとファートンは後ろでじっとしてて。パイモンはその見張りを」

「分かった! おいお前ら、何が出てきてもパニックになるなよ!」

 

 ポーカスはいまだにぼうっとしてるファートンを引っ張っていき、パイモンは上からそれを追い立てる。

 

「ディルック、大剣は振れる?」

「当然だ」

 

 ベルトにつけた神の目を予熱しながら、ディルックは身の丈ほどもある大剣を肩慣らしに振るう。経路上にあった低木は大剣から滲む炎によって一瞬で炭になり、ボロボロと砕かれていった。

 

「エリシア、後ろの守りをお願い」

「了解、岩元素の面目躍如ね」

 

 胸元の神の目が光り、元素力の高まりと共に、エリシアの周囲ではピンクの水晶の花が咲いては散っていった。

 

 臨戦態勢に入った一行のもとに、とうとう異音の源は到達する。

 青臭い藪の奥より木枯らしを吹かせ、落葉と梢がひび割れる道を六足歩行し、姿を見せるは色褪せた灰の魔物。

 樹皮に近い皮膚を持ち、長い胴に六本足を生やしている。それは這いつくばる大樹にも思えて、肥大化した昆虫にも思えた。顔は無く、声を出せる喉はなくとも、身体の節々が軋む音が威嚇として鳴る。

 およそ生物らしさの削げた、怪異。

 得体の知れない害意が、蛍の肌を(あわ)立たせた。

 

「モンドにあんなのが……」

「いるわけない……はずだがな。旅人、僕が前に出よう」

「ディルック……」

 

 ディルックが隣を通り過ぎ、前に出る。

 落ち葉の積もる道が、レッドカーペットに見えるのかと思うほど堂々とした歩み。

 それを脅威に感じたのか、あるいは範囲に入れば例外なく襲い掛かるのか。灰の樹虫は六足で体を前に押す。後ろの二足で踏ん張って、前半の四足を敵に向けて広げた。そびえる巨体は、人間こそが矮小な虫であるかのような錯視を引き起こす。

 人を潰すに不足ない四本の木槌が、ディルックを無惨な姿に変えようと振り下ろされ、彼は大剣で迎えうつ。

 

 はたして、四本の腕を、一本の剣で凌ぎきれるものか。

 樹虫は駄々をこねる子のように無茶苦茶に、腕を叩きつけまくる。その度に地面が均され、痺れる振動が足に伝わってくる。人の身で受ければ、どれほどの傷を残すことだろう。

 怒涛の連撃は崖崩れのように。防ぐのが精一杯の落石が、おびただしい勢いで降り注ぐ。

 ディルックは鋭い刃と熱い炎で対抗していく。けれど頑丈かつ燃えにくく、一方で木材の弾力も備える外皮は、そう易々と削れない。

 

 やはり、怪物が優勢。

 なのにまだ、仕留めきれないのか。

 

 片側の二本の腕で薙ぎ払うと、ディルックは後ろに下がりながら一本を弾く。すると二本とも地面を擦った。

 人で言えば肘をべったり地面につけている、不安定な姿勢のまま、残りの二本を振り下ろす。微妙に角度をつけて弾かれると、妙なところに腕を打ちつけることになった。そのせいで、起き上がりがもたつく。

 彼が用いるのは、単純な防御ではなかった。ディルックが攻撃を弾く方向は、相手の支えの弱い方向。弾く方法は、相手の武器が傷つく方法。

 そのため樹虫はあちこちに体が泳ぎ、満足に腕を振るえないでいる。その上、腕には切り傷と火傷が徐々に増えていく。

 

 それでもやはり、怪物の優勢は変わらない。

 槌に傷をつけたところで、叩き潰すのに困ることはないから。

 

 樹虫に痛覚はないようだった。あるいは痛みを感じても、それに対する恐怖が欠如しているのかもしれない。

 腕の皮が剥がれ落ちていくことも厭わず、また叩きつける。飛び散った土塊が、ディルックのこめかみを打つ。

 凌ぐばかりのディルックに、敵を仕留めきるだけの余裕はない。であれば、痛みを感じない樹虫と、傷ができれば動きの鈍る人間の、どちらが先に疲弊し、劣勢になるのかは明白。

 いまだ遠く、しかし確実に迫りくる敗北を。彼は知ってか知らずか、横顔は毅然としたまま。

 一本の腕が、ついにディルックをまともに捉える。大剣を盾にしてなお体が浮いた彼が次に相対したのは、胴体そのものを棍棒にした樹虫渾身の攻撃。振り下ろされるそれは、正面から受け止めざるを得なかった。

 

「……かなり危険な膂力だな」

 

 倒れてくる大樹を、大剣を間に挟み両手で抑えるディルック。

 樹虫はいま、蝋燭消し(キャンドルスナッファー)のごとく、小さな炎を潰しにかかる。

 ディルックは細く息を吐き。

 

「だが頭の方はお粗末らしい」

「ディルック、いくよ!」

 

 木々を跳び移って回り込んでいた蛍が、彼らの頭上に躍り出る。

 これまで、敵の動きを観察し、傷から質感を想定し、勝てる条件を逆算し、そして敵の動きの硬直という、これ以上ない機会を確保した。

 もはや蛍は迷いなく跳びかかり、望み通り、樹虫の背中に深々と剣を差し込んだ。樹皮に僅かにあった弱点……細い割れ目を貫く、見事な技だ。

 流石に堪えたのか、樹虫は背中の蛍を取り除こうと身を回す。

 蛍は落ちるまいと踏ん張りながら、草元素を剣を通して内部に迸らせる。

 

「根づき宿れ!」

 

 無数の緑の枝がメキメキと、樹虫の皮を突き破って生えてこようとする。

 あまりの暴挙に樹虫のもがきは勢いを増し、蛍は耐えきれず上空へと放り出された。

 代わりに、今度はディルックが跳びあがり、元素力を漲らせる。

 

「はあっ!」

 

 ディルックは人であれば顔面があるあたりに、炎元素を纏った大剣を叩きこんだ。

 表面に深い切れ目、そして焦げ目がつく……だけだったはずが、今度は激しく燃えはじめた。

 内側に満ちた草元素を薪にして、樹虫は紅葉もかくやというほどに燃焼していく。

 

「皆、目と耳に気をつけて!」

 

 頭上から蛍の声がする。

 炎に呑まれないようにしろ、という意味ではないと察したとき、ディルックは後ろにさがって大剣を盾にした。

 

「鳴り響け!」

 

 上空で雷鳴がとどろき、地上に稲妻が光った。そうと認識した次の瞬間には、聴覚と視覚が消える。

 圧倒的な閃光と轟音に、誰もが怯んで身を固くする。

 ただ、炎と雷が反応を起こしたことによる爆裂が、樹虫の存在を消し去りにかかったことだけは確かだった。

 

 ……最初に焦げ臭いにおいが感じられて、次に訪れたのは静寂。

 彼らが閉じた目を開けると、そこにあったのは、立ち尽くす燃え尽きた木炭だった。

 

 爆風で滞空していた蛍は、落ちながら下を睨んだ。

 目指すは銀色に輝く一点、敵の背に突き刺さった剣。

 頭上の大地が押し寄せてくる中、手を伸ばして……それを掴み取った。

 臍から二つに体を引き裂かれそうな負荷がかかる。それでも歯を食いしばって、握りしめた柄に思いきり腕力と体重をかけた。

 

「せ……ええぇぇい!」

 

 ザン、と蛍の足が地に着き。

 ゴトン、と鈍い音をたてて、樹虫の胴体が落ちてきた。

 しばしの残心の後、蛍は武器をおさめる。

 ディルックは武器を地面に突き立てて、樹虫の遺骸をしげしげと眺めていた。

 

 ……ザアァ、と全身から煤をなだれさせて、樹虫が残された腕で四足歩行の姿勢をとった。

 驚愕に目を見開き、蛍とディルックはたたらを踏む。怪物は千切れかけた足で地面を打って、二人めがけて突進してきた。

 

「こいつ、まだ動くか……!」

「くっ……」

 

 二人は咄嗟に横へ逃れる。

 巨大な怪物は恐ろしい。同じく武の達人も恐ろしい。しかし戦場においては、死を恐れぬ者こそ最も恐ろしい、と。歴戦の二人は知っていた。

 生還を度外視した突撃に、無理に立ち塞がらなかった。それは、自らの身を守る上では最上の選択だった。

 だが、彼らの後ろには無防備な人々がいた。

 

「う、うわ、こっち来るぞぉ!?」

「これは……ヤバイ確率がヤバイですよ!」

 

 ポーカスとファートンは青くなって後ずさりする。

 

「……っ、旅人!」

 

 パイモンは、まともな対処など望めない彼らの様相を見て、ひたすら旅人に視線を送る。

 伝えられるまでもなく、蛍とディルックは駆けつけようとしていたが……どう考えても追いつける距離ではない。

 

 失敗、悲惨、絶望。人々がそんな言葉を思い浮かべる時。

 エリシアは、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「あたしに出番をくれるなんて……あなた、気が利くのね」

 

 暴走する灰色の怪物の前に、彼女が立ち塞がる。

 麗らかに構えられた弓矢の後ろには、艶やかに笑む瞳。

 その矢も、その華奢な身体も、幾本束ねたところで脆弱すぎる。

 けれど、胸元に揺れるのは黄土色の神の目。不動の(いわお)、堅牢の(みね)、盤石の象徴たる岩元素。

 エリシアは元素力で構築された矢を放つ。矢は分裂して樹虫の四肢にぶつかるが、弾ける(つぶて)なぞお構いなしに敵は突撃してくる。

 

「もう、乱暴ね。でも避ける気がないのなら、少し痛い目をみるわよ!」

 

 エリシアは続けて、手前の地面を狙って矢を放つ。そこを起点に、赤紫の水晶が芽生えて、またたく間に巨大な塊に成長した。

 突如、斜め上へ隆起する鉱物。それは疾走していた樹虫にとって、石に躓くを通り越して、岩の拳を繰り出されたも同然だった。

 重いものが硬いものにぶつかる、聞いてる方が痛くなる、鈍い音が鳴り響いた。

 大きくのけぞった樹虫の下へと滑り込んでくるのは、空を阻む黒雲を撃ち抜かんと、片膝をついて矢を番えた少女。

 

「先輩、きっと期待に応えてね!」

 

 その言葉を聞いた蛍の目に、尖った結晶に貫かれて宙に浮きあがる樹虫が映った。

 脳裏に閃きが走る。

 背後から飛んできた人間を、スレスレで躱しながら風の力でさらに後押しする……そんなことをした放浪者がいたはずだ。

 蛍は振り返り、ディルックの目を見る。

 目配せは一瞬、それで十分。

 ディルックはその場で足を止めて、蛍は前に向き直って樹虫へと跳躍した。

 放物線を描く樹虫の軌道を読み、身を捻って僅かに逸れる。そして、あの放浪者の動きに倣って、すれ違いざまに手をあてて、風の力で吹き飛ばした。

 

 放物線から直線へと軌道を変えた樹虫の向かう先。そこは逃げ場ではなく、あるのは断罪の場だった。

 執行人は、暁の貴公子。

 ディルックは大剣を下段に構える。周囲の空気を歪めるほどの火炎が噴き出て、彼を陽炎の中へと置き去りにする。

 飛んでくる樹虫は重く風を唸らせ、まるで落ちるギロチンのようだ。

 であれば迎え撃つ彼は、鉄をも溶かす焼却炉だ。

 ディルックは鷹の目で樹虫を射抜き……その瞬間、炎の大剣を振りぬいた。

 

 太い木が破裂するような、およそ物を斬ったとは思えない音が鳴った。

 爆炎が消えるまでの一時だけ、薄暗い森が真紅に染め上がった。

 

 巨大な樹虫は大きく二つに割れて、いくつもの燃え滓と灰を撒き散らしながら、ディルックの後方へと転がっていった。

 

「さて、今度こそ終わりにしよう……」

 

 ディルックが振り返ると同時に、矢が樹虫の欠片に突き刺さった。そして水晶の中へと、燃え残りごと封じ込めた。

 

「火の始末も大事。そうよね先輩?」

「うん、よくできました」

 

 弓と剣を持った二輪の花が、身を寄せて微笑み合っている。

 ディルックは肩の力を抜いて大剣をしまった。

 

 

 

「あのぉ、ディルックさんって、護衛必要なんですかぁ……?」

「偉そうに指図するからには、それなりの実力は備えておく。というだけのことだ」

 

 ポーカスの疑問に、ディルックは軽く武器の手入れをしつつ平然と答える。

 とりあえず集めておこう、と樹虫の素材を回収していた蛍が戻ってくると、パイモンは皆に提案した。

 

「それじゃ、悲鳴がした方を調べに行こうぜ。誰か助けを必要としてるかもしれない」

「うん、たしかあの辺りだったよね……」

 

 蛍たちが現場に辿り着くと、草むらから、人の下半身が生えていた。

 また、その腰からは長めの猫っぽい尻尾が生えていた。

 何気なく旅人が尻尾を引っ張ってみると、短い悲鳴がした。普通に生きているようだ。

 土の下から、こちらの機嫌をとろうと精一杯愛想をよくした女の声がしてきた。

 

「あの……できれば何も聞かずに引っこ抜いてほしいな~、なんて……あ、尻尾は掴んじゃだめだからね」

 

 珍妙なその光景を、四人は眺める。

 

「オイラ知ってるぞ。こういうの稲妻だと『頭隠して尻隠さず』って言うんだよな」

「単に、狭い穴につっかえてるだけじゃないかしら?」

「女性のようだから、旅人、頼めるか?」

「まかせて」

 

 蛍は脚を掴んで引っこ抜く。

 

「あ、痛い、もうちょっと優しくして」

「辛抱して」

 

 ズボ、と泥まみれの女が出てきた。

 彼女は、胸周りと腰周りしか隠していない、露出度の多い装いをしている……といっても、ボロボロの生地から見るに意図してのものではなく、言葉通りに布面積が足りていないのだろう。

 亜麻色の髪は編みこんで短くしていて、それと同じ色の猫耳が頭の上についていた。

 みすぼらしい姿の猫女は頭を振って土を払うと、立ち上がろうとする。しかし片足を蛍に掴まれてるせいで出来なかった。

 彼女は振り返って、ひきつった愛想笑いを浮かべる。

 

「あのー、もう大丈夫だから、離してもらってもいいんだよ?」

「だめ。なんか逃げそうな気配がするから」

「いやいやまさか。命の恩人を差し置いて逃げようとか、考えるわけないって!」

 

 そう言われてゆっくり手を離すと、猫女は気まずそうに正座した。

 蛍は直感していた。彼女は、後ろめたいことのある人物だ。

 密売人や宝盗団といった輩は、自身の悪事を暴きかねない者を前にすると、きまってこのような振る舞いをする。目が口ほどに物を言うのなら、全身を見られながら心情を偽ることはもっと難しい。どうしても、挙動から不審な雰囲気が立ち昇るものだ。

 剣呑な顔つきの蛍を囲んで、場の空気は重々しくなる。誰もが猫女を観察する視線になっている。

 蛍が、どう口を割らせたものかと睨んでいると……猫女はバッと顔を上げて、明後日の方向を指さした。

 

「あーっ! あんなところに金銀財宝ザックザクの秘境がー!」

「なんですとぉ!」

「やはりありましたか!」

 

 約二名、猫女そっちのけで丘の上へと登りだした。

 エリシアが止めようと手を伸ばしつつ、呆れる。

 

「ちょっと二人とも、こんな単純な手に引っかかるなんて……」

「あーっ! あんなところに絶世の美少女がー!」

「え、本当!? どこどこ!? あたしの名前はエリシアよ、美少女ちゃーん出ておいで―!」

 

 約一名、ラズベリーの茂みに駆けだした。

 

「お前も引っかかってんじゃねーか! あと旅人、お前も視線が逸れたの見逃してないからな!」

「パイモンだって、金銀財宝のとき首が旋回した」

 

 蛍とパイモンは、お互いに額を合わせて言い争いはじめた。

 

 てんやわんやの状況に猫女は、まるで雑に投げた石が大量の鳥を落としでもしたかのような驚きの表情で、周囲を見渡す……

 

「……さらば! 私のことは忘れてねっ!」

 

 そしてあっという間に逃げ出した。

 

「しまった!」

 

 蛍が声をあげるが、もう遅い。

 一人だけ、腕を組んで立っていたディルックに、パイモンは衝突せんばかりに詰め寄る。

 

「ディルックの旦那、なんで見逃したんだよ!?」

「すまない。そういうフリだったのかと」

「振り……そうか! あえて逃がしてから後を追って、住み処を突き止める。そういうことだな!」

「……うん」

 

 彼のぼんやりとした返事も気に留めず、パイモンは皆を猫女の追跡にいざなった。

 

 しかしいざ追いかけ始めても、開始で出遅れたことが些細に思えるほど、ぐんぐん距離を離されていく。

 パイモンは全力で飛びながら声をあげる。

 

「あいつ速いぞ! 野生の獣かよ!?」

 

 その猫女の速さたるや、整えられた雪山の斜面を滑っているかのようで、スルスルと森をすり抜けていく。

 旅人たちも追いつこうと足を速めるが、どうあれ実際は森の中。茂みに隠された崖もあるだろうし、枯れ葉に隠された穴もあるだろう。足元に気をつけながら進まなければ、どこで事故を起こすか分かったものではなかった。

 

 とうとう蛍は歯噛みして足を止め、腕を横に出す。

 後ろにいたディルックとエリシアも、そこで止まった。

 

「地形への理解が高すぎる。単純な速度で上回っても追いつけない」

 

 後ろの二人もそれに頷く。

 

「ああ。硬い木の根、絡んだ雑草、柔らかい地面、滑りやすい石……足を引っかける物の多い環境で、あれほど迷いなく疾走できるのは並大抵ではない」

「そうね。あたしが見るに、あの猫耳と尻尾には装飾品があるといいわね!」

 

 エリシアのとんちんかんな評価に、二人から白い目が向けられるが、彼女はとぼけてニコニコとした顔でいる。

 後ろからパイモンが追い抜きながら言い含める。

 

「エリシア、無理にこの二人の会話に加わる必要はないと思うぞ……」

 

 それでエリシアはとうとう表情をくずし、あざとく頬を膨らませた。

 

「だって玄人って感じがしてステキなんだもの!」

 

 その様子に笑みをこぼしながら蛍は、手に隠し持っていた小瓶を周囲に見せつけた。

 

「まあ実のところ、ちょっとした薬品をかけておいたから、元素視覚で追えるよ」

「うわ、抜け目ないなお前!」

「こういう面倒臭い展開には、散々うんざりさせられたからね」

 

 驚くパイモンに、蛍はウインクする。そして普通の視覚から元素視覚に切り替えると、高濃度に元素を凝縮した薬品が、光る足跡を作り出しているのが見えるようになった。

 一行は、引き続き追跡を行った……

 

「……で、結局見失ったのか」

「こんなはずでは……」

 

 手掛かりが途絶えた場所で、蛍はしゃがんでうなだれる。

 

「これに関しては、あの猫女の逃走技術が卓越しているだけだ。僕も物理的に足跡を辿ってみようとしたが、見え辛すぎてすぐ辿れなくなってしまう」

 

 ディルックもまた、諦める他ないと判断したようだった。

 顔をしかめる二人の後ろから、エリシアが大きな根っこを跨いできた。

 

「まあいいじゃない。そろそろ村にも着きそうだし」

「……それもそうだね」

 

 釈然としないながらも頷く蛍。

 丁度追いついたポーカスが、控えめに挙手する。

 

「あのぉ、なんで村が近くにあると?」

「え? 気配がするじゃない。人の営みの気配が、そっちの方から」

 

 と、エリシアはすまし顔である方角を指差す。

 ポーカスは頑張って目を細め、耳をすました。

 

「むむむ……よし、俺にも感じられましたよぉ!」

「あ、そっちじゃなかった、こっちよ。そうよね先輩?」

「そっちだね」

 

 先程とは九十度は違うであろう方角をエリシアは指した。

 

「……いや~、やっぱり俺もこっちの方からするって思ってたんですよぉ」

「あら、同じ間違いと正解をするなんて、あたしたち気が合うわね」

「そうですねぇ、あっはっは!」

 

 軽薄なやりとりに、パイモンはやれやれとしつつも、皆のほうへ向き直った。

 

「猫女の行方は気になるところだけど……そもそも追いかける理由もなかったしな。みんな、はやく行こうぜ!」

 

 そして一行は、村があるであろう方角へと足を進めていった。

 

 ……先ほどまで彼らがいた場所に、のろのろとファートンが歩いてきた。

 

「ふう、ふう……ああ、ようやく追いついたぞ……」

 

 既に息も絶え絶えになっていたが、顔を上げてまた絶望する。

 

「おお……遠ざかっていく……」

 

 膝をつきそうになったところで、がしりと腕を掴まれ引っぱりあげられた。

 

「もうひと踏ん張りしろ。護衛対象から離れる護衛がどこにいるんだ?」

「うぐごごご……」

 

 半ば肩を貸す形で、ディルックはファートンを連れていった。

 

 

 

 今、蛍がいる急斜面の下、というより段差の下に、民家があるようだった。そこでは一人の人間が野良仕事をしている音もする。

 こんなところに、急に大人数で押しかけて、迷惑ではないだろうか……と蛍が思案していると、氷水が顔にかかったような感覚がして、本能的に身を躱す。

 ガキン、とすぐ横の岩に氷の剣が突き刺さった。痛いほど冷たい氷元素が、頬に触れる。

 

「……逃げないということは獣じゃないな」

 

 下から低い男の声がする。

 

「何者だ。出てこないなら問答無用で攻撃する」

 

 気配の察知から、正確な攻撃まで。こんな辺境に相当な実力者がいたことに舌を巻きながらも、蛍は片手をあげて斜面をずり落ちていった。

 

「怪しい者じゃない。冒険者だ」

 

 蛍がそう語りかけた相手は、畑に佇む一人の青年だった。

 まず目をひかれるのは、揺ぎない寒色の眼光。氷の剣を構えていてなお、その眼こそが最も玲瓏(れいろう)で鋭利なものだと思えるほど。

 農夫らしい簡素な衣服の下に、剽悍(ひょうかん)な体つきが見てとれる。真っ白な髪は素早い風に吹かれた雲のようで、爽やかにカットされていた。

 そして、左手にだけ手袋をしている。氷の神の目が取り付けられたグローブだ。

 青年は、蛍の風変わりな装いからか、まだ怪訝そうにしていたが、何かに気が付いたように眉をあげる。

 

「金髪の異邦人、宙に浮く謎の白い生物……まさか、噂に聞く栄誉騎士……?」

「おう! こいつは旅人だが、そんな呼び名もあるな!」

 

 蛍の隣に降りてきていたパイモンが得意げに胸を張る。すると青年は一息ついて、氷剣を雪に変えて手放した。

 

「……攻撃は取り下げます。でも次から気をつけてください。そんな場所から顔を出す人は、そういないんですから」

「ごめん、配慮が足りなかった」

 

 蛍は頭を下げる。

 パイモンも身ぶり手振りしながら弁解する。

 

「悪気はなかったんだ。怪しい猫女を追いかけてるうちに、ここに辿り着いちゃって……」

「怪しい猫女……」

 

 その単語を呟くとき、白髪の青年の顔は苦々しげだった。

 しかし肩を緩めると、フッとにこやかな表情になった。

 

「まあとりあえず、あがっていってください」

「え、いいのか?」

「客人を立たせっぱなしにはできませんし……野盗うんぬんのことなら、こんな村外れに住んでる僕も悪いところはありますから」

 

 後ろからも様子を窺いつつやって来る一行に、青年は白い歯を見せて笑う。

 

「まだ申し訳ないと思うなら、皆さんの旅の話を聞かせてください。それが面白ければ、貸し借り無しということで」

 

 好青年という呼び方が相応しい所作に、パイモンの高度が上がる。

 

「お前……いいやつだな! オイラはパイモン、よろしくな!」

「ええ、僕はケビンといいます。この村に住む、なんてことのない農夫です」

 

 白髪の両者は、がしっと握手を交わす。

 

「じゃあ少しここで待っていてください。ちょっと片付けますので……」

 

 と、ケビンが家の方に足を向けると、他にも誰か住んでいたのか、にわかに扉が開く。

 

「ケビンの旦那~? なんか騒がしいけど、何が……」

 

 ひょっこりと顔を出したのは、さっきの猫女だった。

 ……そっと扉が閉じられた。

 

「あの人は?」

 

 蛍が訊ねると、ケビンはしわの寄った眉間を押さえて答えた。

 

「……パルドフェリスって名前の……最近住み着いた野良猫です、はい」




キャラが続々でてくる。名前もたくさん増える。
そのような事態は、ここで一旦ストップする(はず)。
今いるキャラを覚えてもらえるよう、ねんごろに印象づけていきたい。
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