幻想世界の火を追う十三人   作:白木蓮人

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猫との絆はお金で買える?・1

 旅人たちがケビン宅の玄関をくぐると、奥の廊下の曲がり角では、住民二人のせめぎあいが発生していた。

 

「フェリス、あの人たちに何をしたんだ?」

「いやいや、なんにもしてないって~……」

 

 ケビンは、今にも離れたそうにするフェリスに詰め寄っていく。

 

「本当に?」

「ホントだって! ほら、この曇りない目を見て。ケビンの旦那は、私のこと疑ったりしないよね!?」

 

 圧するような視線に、うるうるとした上目遣いが返される。しばらく見つめあった後……ケビンは身を起こして視線をそらした。

 フェリスは自身の勝利を確信し、にんまりと笑むこととなった。

 

「信じてたよ! やっぱりケビンの旦那は最高のカモ……じゃなくて、家主様だね!」

 

 ケビンは口元を覆う手でため息を受け止めながら言った。

 

「ああ、よく分かったよフェリス。つまり、あの人たちに魔物から助けてもらったのに、なんにもせず帰ってきたわけだな」

 

 フェリスはあんぐりと口を開くことになった。

 

「なんでばれちゃったの!?」

「泥だらけ、かつ汗ばんで帰ってきただろう。そこからカマをかけてみただけだ」

 

 がし、とフェリスの首根っこが掴まれ、旅人たちのほうに連行されてくる。

 

「あーっ、また逃げられなかったー!」

 

 蛍はそのやりとりを、興味深そうに眺めていた。

 ……彼らの関係性が、いまいち掴めない。友達や知り合いと呼ぶには、同居しているようだし……

 

(さて、どう問おうか)

 

 >二人は親子? 

 

「……君には僕が四十歳前後に見えてるんですか。いや、フェリスが十歳以下に見えるのか」

「いやいや、旅人より私の方がちょっと背が高いんだよ? ケビンの旦那が堅物なせいだって」

「旅人、そりゃ流石にないだろ。二人揃って同年代の若者ってところじゃないか」

 

 >二人は夫婦? 

 

「……ありえない。仕事も家事も任せっきりにしてくる嫁を迎えるつもりはありません」

「私だって、結婚するならもっとお金持ちな人がいいな~。それに好きなだけお昼寝させてくれて~、何をしでかしても甘やかしてくれて~」

「そういうの、確か『ヒモ』って言うんじゃなかったか……?」

 

(……なるほど)

 

「ともかく、彼女はいわゆる居候です。いえ、食費すら稼いでこない上に、こうして問題事を起こしては僕に後始末をさせてくる散々な寄生生物をこう呼んでは、居候の方に失礼かもしれませんが……」

「いつも助かってますぜ旦那~」

 

 フェリスは調子のいい顔つきで、ケビンに揉み手する。

 ケビンは頭を重たげに押さえつつも、旅人たちに席につくよう促し、自分たちは立ったままフェリスに厳しい視線を向ける。

 

「とりあえず今は、旅人の方々に謝りなさい。でないと晩ご飯抜き」

「えー!? じゃあ、今のうちに盗み食いしておかないと!」

「……衣食住、抜き」

「ごめんなさい反省してます許してください!」

 

 ケビンの凶悪な物言いに、フェリスは即座に地べたに膝をついて許しを乞いはじめた。

 

「僕じゃなくて、あっち」

 

 そのままずりずりと蛍のほうへ寄ってきた。

 小首をかしげて機嫌を窺ってくる。

 

「……怒ってる?」

「いや、別に怒ってはないけど」

「だってさ、じゃあいいよね!」

 

 フェリスはぴょんと跳びあがって、奥に駆けていった。

 

「おい待てフェリス。お客さんをもてなそう、という気はないのか」

「私がいても気まずくなるだけだよ。だから目の前から消えるという形で、おもてなしに貢献するの」

 

 それを聞くとケビンは表情を曇らせて、不安げな声になった。

 

「フェリス、消えた方がいいなんて、そんなこと言って逃げてたら……」

 

 その言葉を遮って、フェリスは高い声を出す。

 

「そうだ! ケビンの旦那が、そこの旅人さんたちから貴重で面白いものを買ってくれたら、考えてもいいけど」

「……うちにそんな余裕はありません」

「報酬が無いなら働かなーい!」

 

 フェリスは階段を音もなく素早く登っていった。二階で扉が閉まる音を最後に、彼女の気配は感じられなくなった。

 蛍とパイモンは、ひそひそと喋る。

 

「ここ最近、金銭にがめついやつとの縁が多くないか」

「似た者同士は引かれあうから……パイモン、お金の匂いに惑わされない訓練をしよう」

「……ここが人の家じゃなきゃ大声で抗議してたぞ、旅人……」

「ごめんごめん、冗談だよ」

 

 さわさわとパイモンの後ろ髪を撫でて宥める。

 二人の視線の先には、引き留められなかったことに無念さを漂わせているケビンの背中……パイモンは、話を切り替えるように元気よく言った。

 

「ここって、結構広いんだな!」

 

 ケビンの家は、村外れにあるにしてはかなり立派な家屋で、一人や二人で住むには広すぎるものだった。

 彼は振り返ると、仄かに笑いながら席についた。

 

「元は村長の家だったんですが……僕が広い家が欲しいな~、なんて言ったのを真に受けて、譲ってくれたんですよね」

 

 ケビンは少し申し訳なさそうに、同時に嬉しそうにそう語った。

 

 それを皮切りに、旅人たちとケビンは自己紹介など、初対面らしい交流をしていった。

 そして雰囲気が和み始めたあたりで、旅人たちは、この村に来た目的を話していった。

 友人の病気の治療のために、特別な花が必要なこと。それを手に入れるために、現地の植生に詳しい人に協力してもらいたいこと。

 ここまで説明し終わると、ケビンは腕を組んで唸った。

 

「それは難しいですね……」

「え、どうしてだ? まさか今は咲いてないとか、あるいは取っていったらダメとか?」

 

 心配そうにするパイモンに、首を横に振る。

 

「悪いことがあるわけじゃないんです……ただ、あれは特定の時期や場所で咲くようなものじゃない。だから詳しい人に聞いたとしても、『どこで咲いているか分からないから探し回るしかない』と答えるでしょう」

「ええ!? それじゃあ最悪、ずっと見つからないかもしれないじゃないか!」

 

 悲痛なうったえに、ケビンは目を閉じて、ゆっくりと口を開く。

 

「……いえ、一人、探し物の達人の心当たりが。みなさんもさっき顔を合わせた、あの人です」

 

 あの人、と言われて、旅人たちは目配せしあった。

 

「それって猫女……パルドフェリスのことか?」

「ええ。フェリスは誰にも見つけられないものでも、あっさりと見つけてしまえる才能の持ち主で。彼女の手を借りさえすれば、後は簡単かもしれません」

「そんなにか……」

 

 解決案を提示されたが、旅人たちは揃って難色を示していた。皆が思っていたことを、パイモンが代弁する。

 

「でも、あいつすぐ逃げ出すんだよな」

 

 するとケビンは、表情に哀愁をにじませた。

 

「悪気はないはずです。あの困った性格は……フェリスはどうも、恵まれた出自ではなかったようで、それが原因でしょう」

「恵まれた出自じゃなかったって……」

「僕も断片的な思い出話しかしてもらえていませんが……今まで親の顔も知らずに各地をさまよい歩き、物乞いや盗みを繰り返して食いつないできたそうです」

「え……」

 

 パイモンは言葉を失う。その横でディルックが、はたと顔を上げた。

 

「あの風貌、どこか心当たりを感じていたが……たしか地方で村々を荒らしてまわったとして、とある盗人が指名手配されていたはずだ。腰から豹のような尻尾が伸びているのに、未だに尻尾を掴めないと、酒の席で話題になっていた」

「ええ、それがパルドフェリスでしょうね」

 

 返答に、ディルックは神妙な顔になって立ち上がり、テーブルを回ってケビンに一歩一歩近づいていった。

 推し量るような目を向ける。

 

「君は今、僕たちの前で『指名手配犯を匿っている』と自白したわけだが……よく平然としていられるな?」

「……あんなのでも、面倒を見ると僕は決めた。手を出すなら覚悟してもらいたい」

 

 威圧に対してもケビンは一切揺らがない。相変わらず、ただの農夫とは思えない肝の据わり具合……と、蛍は身じろぎし、いつでも机を蹴飛ばせる準備をした。

 ディルックは手袋を固くつけなおす。その拍子に、手首の隙間から炎が漏れ出た。

 一方ケビンの右手は横に開かれ、冷気と共に宙に現れようとする氷剣を待ち構える……

 

「私たちは争いにきたわけじゃない。ケビン、このことを話した理由を教えてくれない?」

 

 蛍は毅然として告げた。

 二人の目が蛍に集中し……もう一度だけバチ、と互いに視線を交えた後で、ディルックは退き下がり、ケビンは話を再開した。

 

「……僕がこうして話したのは、君たちの人徳を見込んでのことです。ありふれた言い方にはなりますが……本当は悪い人じゃないんです」

「うん……」

「フェリスはああいった産まれ育ちだから、悪癖が身に染みついていて、光が当たる場所からも逃げようとする。でもだからといって、彼女はたった一人でいることが平気な性格でもないことを、僕は知っています」

 

 彼は蛍の目を見て言った。

 

「ここに来て最初にフェリスに出会ったのは、なにか運命じみていると思うんです。だから、彼女を頼ってみてくれませんか?」

「……私たちがフェリスを頼ることで……」

「彼女に良い変化があるかもしれないと期待することは、悪い事じゃないはずです」

 

 ケビンの口調からは、まるで身内に向けるような、思慮深い優しさが感じられた。

 信じてみてもいい、と蛍は思った。

 

「分かったよ……ディルックも一旦様子を見てくれない?」

「君の判断に従おう」

 

 言いながら彼は蛍の後ろに控えた。

 

「じゃあ、彼女の部屋まで案内してもらいたい」

「あ、いえ、もう既にこの家にはいなくて、外に逃げたと思います」

 

 あっけらかんに言われて、蛍は喉を詰まらせる。その横で、パイモンは呆れかえった。

 

「野良猫って称した意味が分かるぜ……」

 

 

 

 

 昼を過ぎて太陽が傾けば、崖の多いモンドの大地は日向と日陰が入り混じり、まだら模様になる。

 ケビン宅の庭は、日向の方だ。蛍は皆を集め、声を出す。

 

「というわけで、役割分担する。パルドフェリスを探して協力を仰ぐ班と、普通に周囲を探索する班の二つ」

 

 早速、エリシアが身を乗り出す。

 

「猫ちゃん捜索隊は、もちろんあたしと先輩よね! とっても綺麗な女の子であるあたしたちにかかれば、どんな人とだって仲良くなれるはずよ」

 

 自信満々な彼女に、パイモンが流し目をおくる。

 

「今さらだけど、自分で自分を綺麗って褒めすぎじゃないか?」

 

 するとエリシアは、しゅん、と泣きそうな顔になる。

 

「そんな……パイモンはあたしのこと、綺麗じゃないって思ってるの……?」

「え、いやいや! そんなことないぞ!?」

 

 慌てて首を振ると、エリシアはケロっとした顔に戻って、

 

「なーんだ、じゃあ大丈夫ね。あたしを綺麗だって認めてくれてありがとう」

「……なんか、またしてやられた感じがするぞー!」

 

 叫ぶパイモンに、エリシアも蛍もくすくすと微笑んだ。

 コホン、とディルックが咳を挟む。

 

「それはそれとして、エリシアの意見には賛成だ。大の男が複数人で押しかければ警戒されるだろうからな。こちらは、謎の魔物の件も含めて別方向を探っておこう」

 

 それでいいな、と顔を向けられたポーカスとファートンも、うんうんと頷いた。

 

 役割分担が決まったところで、蛍は再び元素視覚で足跡を追いかける。

 

「薬品の効果はまだ残ってるし、相手も気づいてないみたい……あとは、ケビンに教えてもらった方法があれば、今度こそいけるはず」

「そうと決まれば行きましょう。あたしも元素視覚を使って、こういうことしてみたかったの」

 

 エリシアはずんずんと森の中に入っていく。

 ……優美さを前面に押し出すわりに、なんだか泥の中にでも楽しそうに突っ込んでいきそうな人柄だ。

 ……しかし、丈の長い白い服がまるで汚れないのは、どういう仕組みなんだろうか……と考えながら、蛍が彼女の背中を追いかけようとすると、突然、地面からシュー、と霧が吹き出てきた。

 

「これは……もしかして」

「うわ、なんだこれ!?」

 

 パイモンも一緒に、あっという間に濃い霧の中に閉じ込められる。

 白い壁に、白い天井。音もせず、出口も見えず。それは、一瞬にして密室に迷い込んだ気にさせる。

 ゆらり、と誰かが霧の中から出てきた。

 そして、しわがれた声で喋りはじめた。

 

「本当によいのか? ここは一人で住むには広いし、村から遠くて寂しいぞ?」

 

 その老人は、誰もいない場所に向かって話していた。

 誰かの返事を持つように、少し黙った後で、

 

「まったく心にもないことを。おぬしときたら、わしの家が欲しいなどと口では言うが、実際はわしが寂しがっているのを覚えておったのだろう?」

 

 あくまでにこやかに、そこに誰かいるかのように喋り続けている。

 どうやら彼はこの家の持ち主で、それを誰かに譲る場面らしい。

 蛍には、先程のケビンが家を手にいれた時の話が思い出された……この光景は、彼らが家の受け渡しをした時のものなのだろうか? 

 

「……おぬしは優しい子じゃな、ケビン。ならこれ以上はなにも言わぬ。その善意を遠慮なく受け取らせてもらうよ」

 

 老人……おそらく村長はうつむきがちに、喜びを噛みしめているようだった。

 

「ああ、おぬしの家に住めば、みんなと会うのに長々と歩かずに済むだろう。ありがとう」

 

 頭を下げながら立ち去っていく。

 曲がった腰、小さな背中を見せながら、旅人たちをすり抜けて、霧に溶けていく。

 

「すまぬ、ケビン……」

 

 その間際に、ほとんど誰にも聞こえないような呟き声が、蛍だけに届いた。

 

「村のために、わしはおぬしの自由を奪う……」

 

 先に消え去ったのは、最後の言葉と村長の幻影、一体どちらだったか。

 確かめる間もなく、霧は晴れた。

 

「なあ旅人、今のって……」

「地脈による過去の再現だね」

 

 パイモンと蛍は頷きあった。

 

「話からするに、この家はケビンが無茶言って譲ってもらったんじゃなくて……むしろ、村長のために自分の家を譲ったってことなのか?」

「そうなるね」

「なのに家を手にいれた経緯をあんな風に説明するなんて、謙虚なやつだな!」

 

 パイモンは、にやつきを浮かべつつ森へと飛んでいった。

 旅人たちにとって、この手の現象はもはや馴染みのあるものだ。さして追究することもなく、蛍もそれに続く。

 けれども蛍の目には焼きついていた。村長が最後に浮かべた表情が。

 罪悪感で真っ黒に染まったあの顔が……

 

 

 

 追跡を開始してしばらく。

 やはり、途中で足跡を見失ってしまった。

 だが、ここまでは織り込み済み。

 そこで蛍はエリシアと別れ、二手での捜索に移った。ケビンから教えてもらった『秘策』を片手にして……

 

「なあ、本当にこんな手段で釣られてくるのか?」

「パイモンだって()()()手段で釣られたでしょ?」

「自分のことを棚にあげやがって……でも猫の耳はよく聞こえるから、オイラたちよりずっと簡単に引っかかる……」

 

 ピーン、ピーン、と。蛍は先程から、モラでコイントスして、お金の音を響かせていた。

 ケビンから授けられた秘策……『フェリスは金品で釣れますよ』という助言に従って、旅人たちは練り歩いていた。するとフェリスは簡単に見つかる……

 

「……って、んなわけないだろ!」

 

 パイモンの呼び声が森の中に吸い込まれていく。

 

「いいか旅人。普通に考えて、お金が鳴る音にフラフラと寄っていくほど考えなしなやつ、いるわけないぞ」

「え……ということは、罠だったの!?」

 

 その返事は蛍の声ではなかった。

 二人が目を向けると、木の裏からひょっこり顔を出した猫耳の女、フェリスと目が合う。

 彼女は目を丸くすると、慌てて身を翻して逃げていった。

 

「……こうはならないだろ!!」

 

 パイモンは頭を抱えた。

 

「なったんだから、追いかけるよ」

 

 再度の追跡劇が開始される。

 風と共に流れる霧をかき分けながら……




いつの間にか一か月たっててビックリ。
もっとズババババっと書けたらいいのに……
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