プロローグ
──それは一つの“災い”だった。
業火の残り火と、焼け落ちた都市。
かつてこの場所に住んでいたものですら、ここが栄華を極めた都だったなどとは思えまい。そこかしこに積み上げられた瓦礫の多さだけが、かつてこの場所に都市があったことへの証明へと成り果てている。
その瓦礫の合間から覗く血塗れの腕。業火に焼かれ炭化した何者かの手足。ひび割れた石畳に焼き付いた亡霊めいた影。
およそ人の姿など保ててはいないそれらこそが、かつてここに住んでいた者たちの成れの果て。
すでに都市は都市としての形をなさず、そこに住む者たちは残らず死に果てた。
ここには“死”しかなかった。
誰が見ても、生存者がいるなどと、浅はかな希望は持てはしない。
それほどの絶望、それほどの破壊、それほどの業火だった。
だが、その中に、たった“2つ”の動く影。
眼下を見下ろすこともなく、この地獄から飛び去る黒く禍々しい龍。
業火に身を焼かれながら、飛び去るそれを見上げることしか出来ない男。
男の腕の中には、かつて人だったものの亡骸が眠る。
それを、かつて“誰よりも愛した者”だったそれを、力一杯抱き締めて、男は虚空へと消え去る黒き龍を睨み付けた。
この地獄を創り出した“災い”そのものといっていい存在と、その地獄の中で喘ぐことしかできないちっぽけな男。
天と地ほども隔たるその力の差を前に、男は自身の全てをかけて叫んだ。
「てめえは絶対に、俺が……、俺の、生涯をかけて、殺してやるッ!!」
果たしてその叫び声は、黒き災いに届いたのか。
龍の姿をかたちどる災いは、男の声に振り返ることも、その黒き翼を休ませることもなく、とうとう虚空の彼方へと消え去った。
やがて、災いが連れてきた禍々しい色の空は、それの移動とともにその色を変えてゆく。
邪悪で濁った色から澄みわたる蒼へ。
それを、いずこかへ消え失せていた雲が覆い隠す。
瞬く間に表れた曇天は、もうすぐ雨が降るのだと告げていた。
雨が降れば炎は消える。
そうすれば、やがてこの灼熱地獄も消え去るのだろう。
けれど、失われた命は戻らない。壊された都市も直ることはない。
業火の中、男が胸に灯した復讐の炎もまた、消え去ることなどありはしなかった。
やがて、ぽつぽつと降り始めた雨の中、業火と災いの姿を胸に男は意識を手放した。
その瞬間まで離さなかった愛しい者の亡骸。
これから離さないだろう今日という日の記憶。
──これが黒き災いと復讐者の最初の出会いだった。