優しい龍   作:ハトスラ

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もう一度、ここから

 気が付いたら、ベースキャンプにいた。

 

 飛竜──リオレウスに見つかってから、がむしゃらに駆けたせいで、何をどうやって、どこをどのようにしてキャンプまで帰ってきたのかは覚えていない。

 胸を苛み続けた恐怖は、狩り場の中で唯一安心して休めるベースキャンプに着いてようやく収まり始めた。

 

 安堵。

 そうだ、安心できるということは自分は恐怖を感じていたということ。

 

 初めて見た飛竜。

 ランポスなど、取るに足りない存在に思える程の脅威。

 

 自分は、もっと動けると思っていた。

 未熟であっても、この身はハンターなのだ。

 戦えないまでも、隙を見て逃げ出すことくらい容易いと、そう思っていた。

 

 だが、突き付けられた。

 どう足掻こうとも、お前は未熟だと。臆病者だと。

 リオレウスを見た瞬間に沸き上がった恐怖に、どうすることも出来なかった。

 

「く、そ……」

 

 吐き出した声は、未だ震えて。

 恐怖と情けなさ。

 打ち砕かれた自信と突き付けられた未熟。

 

「こんなんじゃ、俺は……」

 

 ハンターとしてはやっていけない。

 

 後に続くその言葉は何とか飲み込んだ。

 吐き出したら最後、ギリギリ立っている何かが折れてしまいそうだから。

 

「アル」

 

「……っ」

 

 どれくらいそうしていたのだろうか。

 不意に背中からかけられた声に、過剰に反応する。

 

 声の主は楓だった。

 当然だ。アルを除けば、この狩り場に人は彼女しかいない。

 

「どうやら、互いに無事のようだな。安心したぞ」

 

「あ」

 

 そう言われて、思い出す。

 

 アルとリオレウスの間に割って入った何者か。

 あれは楓だ。直後にアルの影が引き伸ばされたのは、彼女が閃光玉を投げつけたからだろう。

 激しい光が飛竜の目を焼き、その場にいる者の影を引き伸ばしたのだ。

 

 改めて楓の姿を見る。

 紅い鎧に、蒼いガンランス。皮膚はおろか、その装備にすら傷らしい傷は見受けられなかった。

 

 

 空の王者・リオレウスの足止めをして無傷。

 

 

 その事実に、衝撃を受ける。

 

 傷を負って欲しかった訳ではない。

 だが、『これが本当のハンターなのだ』と、自分との差を見せ付けられて心穏やかでなぞいられない。

 

「……アル? どこか痛めたのか?」

 

 にもかかわらず、アルに問いかけてくる彼女の声はどこまでも優しい。

 

 その事実に、今まで抑えていたものが決壊した。

 

「お、俺は……、おれ、は……!!」

 

 込み上げてくるのは理性的な主張ではなく、ただの衝動。

 故に、脈絡もなければ自分が何を言いたいのかもわからない。

 

 この場に第三者がいたのなら、自分の未熟を彼女に当たっているようにも、彼女に懺悔しているようにも見えただろう。

 

 

 

 そんな、嗚咽にも似た独白を、楓は黙って受け止めてくれた。

 

 

 

 ランポスとの戦いの折、うまく楓の援護が出来なかった。

 信頼を預けてくれたのに、その信頼に応えられず、結局フォローされた。

 せめて卵の運搬で役に立ちたかったのに、楓がいなければ満足に逃げ出すことも出来なかった。

 楓のお陰で逃げ切れたのに、声をかけられるまで楓のことを思い出せなかった。

 

 恐怖で何も考えられなくなった。

 死ぬのが怖かった。

 飛竜と対峙する勇気が、この身には全くなかった。

 

 

 多分、そのようなことを延々と話したのだと思う。

 決壊したのは恐怖と不安と嫉妬と涙腺で、涙に濡れながら紡いだ言葉は、非常に聞き取り辛かっただろう。

 加えて、ぐちゃぐちゃの脳内では順序だてての会話が出来ない。

 

 それでも楓は文句一つ言わず、最後まで耳を傾けて、こちらが僅かでも落ち着いてから微笑みをくれた。

 嘲りも呆れも失望もない、ただ純粋にアルを安心させるための笑み。

 

「飛竜と相対したのは初めてだったか」

 

「……うん」

 

「怖かったのか、泣くほどに」

 

「……」

 

「それを恥ずかしいと、情けないと思ったのか」

 

「そう、……だよ」

 

 再び溢れそうになる涙を堪えて頷いた。

 情けない姿のハズなのに、楓の表情は穏やかなままだ。

 

「私は、情けないとは思わないがな」

 

「え?」

 

「飛竜を前にして懐く恐怖は本能だ、仕方があるまい。むしろ、その恐怖がなくなった時こそ、ハンターとしてはやっていけない」

 

 聞いたことがあった。

 否。教え込まれたことがあった。

 

 恐怖を懐かなくなったハンターは、ハンターとしてはやっていけないと。

 それは人ではなく獣であり、また死人だ。

 恐怖と勇気を持つものこそがハンターなのだと。

 

 楓もそう言いたいのかもしれない。

 けれど───、

 

「けどっ、楓は向かっていったじゃないか!」

 

 そう。それこそが大きな違い。恐怖に震えるだけなら誰でも出来る。

 そこから一歩踏み出せる彼女と、アルとでは開いた差はあまりに大きい。

 

「ああ、向かっていったな。

 ……だが、怖いものは怖いさ。それこそ、足を止めたくなるほどに」

 

 楓が、飛竜を怖いと言う。

 あんなにも強く、果敢にモンスターに向かっていける彼女が。

 

「だったら、どうして向かっていけるんだよ!? 怖いんだろ? あんな……あ、あんな相手に挑めるなんて」

 

「必要だから。恐怖はある、それでも前に進む勇気がそれを上回った。それだけの話だ」

 

 必要だから。

 落ち着いた声で、静かに語る彼女のそれは、どうしようもなくハンターの言葉だ。

 そうやって割り切るだけの強さが、アルには無い。

 

「俺には、無理だよ」

 

「何故だ?」

 

「俺は楓ほど強くない! 飛竜を前にして、どうすることも出来なかった! 楓が割って入らなかったら死んでた!」

 

 そうだ。ランポスの群れを掃討したのは誰だった?

 

 楓だ。

 

 ドスランポスからアルを庇い、決着を着けたのは?

 

 楓だ。

 

 飛竜の卵を運んでいる間守ってくれたのは誰だ?

 

 楓だ。

 

 リオレウスに殺されかけたアルを助けに入ったのは?

 

 楓だ。

 

 そもそも、この狩りを受けるきっかけは何だった?

 

 楓だ。

 

 そして足を引っ張り続けたのは誰だ?

 

 ───俺だ。

 

 

 結局はそういうこと。

 楓がいなければ何も出来ない。自分の未熟さ加減に、自分ですら嫌気がさす。

 

「いや、お前は大した奴だよ」

 

 なのに、楓はまだそんな風に言う。言ってくれる。

 

「私との連携がうまくいかない? 当然だ、初めて共闘する相手に合わせられるハズがない。

 私にフォローされた? 手の届く者が、そうでない者を助けるのは当然だろう。

 飛竜に恐怖を感じた? 本能的な恐怖は消せない。それが初めて見たものなら尚更だ」

 

「だけど」

 

「お前が言っているのは、全て当然のことなんだよ」

 

「だけど、だけ……、ど」

 

「お前は」

 

 抗う声は、静かな声に遮られる。

 静かな、だが重みのある声に。

 

「初めての相手と精一杯共闘しようとした。

 私に出来ない卵の運搬をやってくれた。

 飛竜に恐怖を懐きながらも、逃げることを『選択』出来た」

 

「……怖かっただけだよ」

 

「いいや、それは違う。恐怖に負けたものは逃げることすら選択出来ん。

 だが恐怖の中、お前は選んだ。そうして私に出来ないことをやった。

 そうやって選ぶ力がある以上、私はお前をハンターなのだと信じられるよ」

 

 そう、なんだろうか。

 

 アルがやったことなんて、卵を持って逃げ回ったことだけだ。

 それでも、楓の言うように何かをやったことになるのだろうか?

 

「自信を持て。逃げる選択が出来たなら、きっと挑む選択も出来るようになる。

 それにな、散々色々な言葉を尽くしたが、お前の持っている『それ』が、お前がハンターである何よりの証だと証明してくれているハズだ」

 

「え?」

 

 間の抜けた声を上げて、楓の指差した先を見る。

 

 そこにはずっしりと重く、楕円形で、独特の匂いを放つ、いましがた全力で逃げることになった原因。

 

「飛竜の、卵……? なん、で」

 

「泣きながらも、手放さなかった。お前がやり遂げたことだ」

 

 恐怖と自己嫌悪で失念していた手の中の重みが、思い出した途端に帰ってくる。

 手は震えて、足だってもう立っているのがやっとで、涙に濡れながら消えてしまいたいと何度も思って。アルはそんなヒドい状態なのに、そのアルが抱えた卵は傷一つないままで。

 

「は、ははっ……バカだぁ、俺」

 

 疲れても、怖くても、情けなくても。これだけは決して手放さなかった。手放せばもっと楽になれると知っていたのに、今すぐ放り出して倒れてしまいたいクセに、こんなにも重い卵はずっと腕の中にある。

 泣き笑いのような声に、楓はただ微笑んで、

 

「さあ胸を張れ! 依頼は完遂、怪我もない。これ以上の成功はないだろう!」

 

「……………ああ!!」

 

 その彼女に叫ぶように返して、卵を納品箱に放り込む。

 

 

 今はまだ、どうしようもなく未熟で、どうしようもなく弱虫な自分。

 

 だけどきっと変われる。変わってみせる。

 

 最後まで放さなかった卵が、お前はハンターなのだと言ってくれたから。

 もう少しだけ、頑張ってみせる。

 

 

 

 ───さあ、本当の恐ろしさを知ったここから、もう一度始めよう。




※これにて一章終了。以下、言い訳のようなあとがき。基本的にスルー推奨です。



修正前のこのお話を書いたのは、もう何年前になるのかわからないのですが執筆後、ゆうきりん先生のモンハンシリーズの存在を知りました。
当時、たしか氷上先生のモンハンシリーズを購読していた流れで、巻末の広告に目がいったのだと思います。

やっぱりプロの作家が書かれるモンハンシリーズは面白いなあ、と。
氷上版とはまたちょっと違った魅力の作品を噛みしめながら一気読みでした。

たぶん、ここまで書けば小説版モンハンシリーズを読んだ方にはわかると思いますが、衝撃の最終巻。
『エッグ・ラン』
読了後しばらく、「あ、どうしようこれ」という気持ちでいっぱいでした。

内容が、というか運搬時のアレコレの展開が……。
とはいえ、既に書きあがっている上、ネット上にupしていたので引っ込みがきかない。こちらの内容を差し替えればよかったのかもしれませんが、そんなことできる腕もなく。

偶然の一致なので仕方ない、のか? と悶々。
こちらにお引越しする際に今後の展開を変えようかとも思いましたが、相変わらず当方の腕の問題が。
モンハンネタで運搬ネタなんだからかぶることもあるだろう、と開き直りつつ。今後、ネタとか展開とかかぶらないよう注意しろという戒めのために、当時の展開のまま掲載させていただくことにしました。
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