優しい龍   作:ハトスラ

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※外伝開幕。

基本的には本編と比べて緩い話になります。



外伝
外伝 《初々しい?》


 気まずい。

 

 卵を運び出した森丘は既に遠く、竜車(馬車の荷車を草食性のモンスターに引かせるのだ)はエルモアの街に向かって、ゆっくりと歩み続けている。

 

 もう一度言おう。気まずい。

 

 竜車を駆るアイルー(二足歩行の喋る猫、保護欲を掻き立てる)は、荷車の外で牽引するモンスターを操っている。

 故に、竜車の中には二人きり。

 

 自分の他には、荷車の端に座ったもう一人。

 白い色の鎧を着込んでいる彼は、外したヘルム小脇に抱えている。そのおかげで、完全装備している時には隠れがちな顔がよく見えた。

 襟足だけを長く伸ばした黒い髪に、少年と青年の中間くらいの顔つき。

 瞳は髪と同じく黒色だが、雪国出身のせいか、対照的に肌は白かった。

 

 彼に目を向けると、僅かに頬を染めて顔を逸らされてしまう。

 

「はぁ……」

 

 その様に、思わずため息が漏れた。

 意識するな。とは言わないが、こうまであからさまだとどうしたものか。

 

 別に狭い空間に二人きりだから意識している訳ではない。

 その証拠に、二人は昨日までごく普通に会話していたのだし。

 

 今回の狩り場であった森丘を発って、既に六日。予定では、じきにエルモアの街に帰れる。

 それまでの辛抱と言えばそれまでだが、このままにしておくのも問題が残るだろう。

 

 この気まずい空気の原因はわかっている。

 まず間違いなく昨日の『アレ』だ。

 

 『アレ』を引き起こした原因の一端は自分にあるのだが、どうにも彼はそうは思っていないらしい。

 さっさと忘れてくれた方が、こちらとしても助かるのだが。

 

 ああ。それにしても気まずい。

 大切なことなので何度でも言うが、気まずいのだ。

 どうすれば、この気まずさを払拭できるだろうか?

 

 とにかく、原因となった事件を思い返してみるとする。

 

 

 

 

 

 

 

 移動に片道一週間。

 街の外にはモンスターが闊歩していることを考慮すれば、移動は慎重に行うことは当然であった。

 故に竜車は、日中になるべく街道沿いを移動し、夜間は極力移動を避ける。移動しない夜間は、基本的に休息に充てる。

 

 狩り場と街はギルドの竜車で移動出来るといっても、そこはそれ。竜車に乗っているのは、人間をはじめとして生き物なので、当然休息は必要なのだ。

 

「うまー」

 

 そんな訳で、現在絶賛休憩中。少し遅めの夕食を、アルと楓とで楽しんでいた。

 

「うまうまうまー」

「馬がどうした?」

 

 幸せ。といった風な表情を浮かべながら、意味不明な言葉を口走っているアルに、楓は首を傾げた。

 ちなみに御者のアイルーは竜車を止めてすぐ、食事も取らずに眠ってしまっている。

 どうやら見張りやらなにやらは、こちらに丸投げらしい。

 

「やっぱ、焼き方にコツがあんのか? この肉うまいよー」

「間近で見ていたとおり、別に何もないのだが」

 

 狩り場でも訊かれたことだが、楓は別段特別な調理法で肉を焼いたわけではない。個人個人で焼き方にクセは出るだろうが、多くのハンターと同じ肉焼き器を使って、一般的とされる焼き方で普通に肉を焼いただけである。

 それでも、しきりに頷いて肉を頬張るアルを見ていると、楓の表情も自然と緩んでくる。

 ああ、自分が焼いて良かった。と。

 

「でも悪いな、食事の準備させちまって」

「何、気にするな。お前には依頼を手伝ってもらったし、卵の運搬のコツも聞いた。これくらいしないと割には合わんさ」

「いやぁ……、手伝うってのは微妙だったけどさぁ……」

 

 彼は後頭部をかきながら、複雑そうに笑う。

 

 とにかく移動中は暇で、竜車の中では雑談を交えた狩りの話を、二人で行っていたのだ。内容はやはり今回の狩りと関わりが深い運搬の話がメインで、楓は彼から卵運びのコツを教えてもらったりもした訳だ。

 その折に楓はアルから、『実は初めて見た飛竜は、先日のリオレウスではない』と聞かされた。

 本人が言うには、『遠目で見たことは何度かあった』だそうで、リオレウスは『間近で見た初めての飛竜』だったらしい。

 そのことが、彼の自己嫌悪に拍車をかけていたらしいのだが、どうやら立ち直ったようで安心する。

 

「さて、食事が済んだら後は眠るだけだが」

「あー、じゃあ俺から見張りやるわ」

「そうか。では私は、この辺りを一回りしてから休ませて貰うよ」

 

 安全な街の中とは違い、現在はモンスターの闊歩する野外だ。いつ襲撃を受けてもおかしくない状況で、見張りもなしで休めるハズもない。

 先に見張り役を引き受けてくれたアルにそう言って、楓は肉のぶら下がっていた骨を焚き火に投げ入れた。

 

「俺も行くか?」

「いや、軽い見回りだ。一人で充分だよ」

 

 立ち上がりかけたアルの頭を軽く叩いて座らせると、楓はその足で竜車から離れていく。

 

 見回りは習慣だ。モンスターを牽制する意味でも必要なことなので、安心して野宿するために軽くでも辺りを回る。

 

 そう、初めは軽く回ってすぐ戻るつもりだったのだ。本当に。

 なのに、

 

「泉、か」

 

 目の前には背の高い草むらに囲われた泉。

 狩り場のベースキャンプにも水場があったので水浴びは出来たのだが、

 

(それも既に一週間程前か……)

 

 移動中は大した運動はしていないのだが、やはり汗はかく。

 エルモアの街までは後二日。

 

 …………後二日もある。

 

 まあ、ハンターと言っても人間。それも女性ともなれば気になるのだ。

 その、臭いとか。

 

 僅かに逡巡する。

 辺りには特にモンスターの気配はしなかったが、ここは野外だ。いつ。どこからモンスターが沸いてくるかはわからない。

 それに竜車にはアルを待たせている。あまり長居するのはまずい。

 

 まずい、のだが……。

 

「…………」

 

 ……結局誘惑に負けてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 愛用のガンランスだけを手元に残し、鎧とインナーは泉の脇に。

 簡単に言えば、今の楓は一糸纏わぬ姿というやつだった。

 

「ふぅ」

 

 軽く濡れた髪を払って息をつく。

 一週間ぶりの行水は、やはり気持ちがいい。

 問題は少し水温が低すぎることくらいか。あまり長く浸かっていると風邪をひいてしまいそうだ。

 

「ふむ」

 

 今宵は満月。

 月光に照らされた水面が美しい光を放っている。

 

 今の楓は下半身を泉に浸しているだけだが、光源がある以上、もう少し深いところまで行けそうだ。泳いでみるのも面白いかもしれない。

 そう思考して、しかし楓は首を横に振った。

 

「……それはまた、次の機会だな」

 

 今はアルを待たせているのだ。

 少し見回ると言った手前、あんまり時間をかけすぎると心配させてしまうかもしれない。

 そう思って、泉から岸に上がる。

 女性の入浴にすれば短すぎる時間だが、水温と状況を鑑みると長居は出来ない。何より、とりあえずの砂と汗は落とせたので良しとする。

 

 泉の脇に置いたポーチの中からタオル(汗拭き用。一旦、泉で洗った)を取り出し、水に濡れた身体を拭く。それが済めば、今度はさっさとインナーに身を包む──途中で、何者かの気配を感じた。

 

 とりあえず穿きかけだった下半身用のインナーを上げきり、側にあったガンランスに手を伸ばす。

 着替えが間に合わなかった上半身は、武器を持つ側とは逆の腕で被って体裁を繕った。

 

 モンスターだろうか。

 

 草の背丈は、成人のそれと同程度なので大型モンスターということはないハズだが。

 

(先手をとるか? ……いや、やり過ごせるならその方が良い)

 

 一瞬浮かんだ考えを自分で取り下げて、気配を絶つ。

 もちろん、向こうがこちらに向かってきた時の為に武器は手放さない。

 

 楓が固唾を飲んで見守る中、凝視し続けた草むらは一度大きく揺れて、

 

「あ」

 

 何とも間の抜けた声を上げて飛び出してきたのは、呆けたような表情の楓の相方だった。

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