手近にいたコンガに二、三回斬りつけて飛び退く。
直後、四つん這いになって突っ込んできた別のコンガを踏み台にして、アルは宙を舞った。
眼下にいる数頭のコンガは無視だ。
目標は、今尚馬車に群がっているコンガ共。
「どけぇ!!」
吼えつつ、進路上にいる牙獣達を蹴散らしていく。
馬車までの距離は、そうない。残りはおよそ5メートル、といったところか。
あの中に人が残っているかはわからないが、とにかく急いだ方がいい。
もしも残っているのなら、モンスターに囲まれたこの状況は、恐ろしいほかないだろうから。
だが、馬車までの距離を残り3メートルまで縮めた時、逃げ遅れの有無を確認する必要はなくなった。横倒しになった馬車から、小さな影が飛び出すのが見えたのだ。
(冗談じゃねえぞ!?)
剣を振るいながら、眼を見開く。
影は少年だった。年の頃は5、6歳といったところだろう。
その小さな体で、群がるコンガ共に立ち向かおうというのか。少年の手には、肉厚の包丁が握られている。
だが、そんな物でモンスターが傷付くハズがない。仮に傷付いたとしても、致命傷にはなるまい。
加えて体格差だ。少年は10歳にも満たないであろう子供。対するコンガは、分類的には小型モンスターだが、立ち上がればアルよりも背が高い。
恐怖は当然あるのだろう。少年の手は震えていた。
それでも、視線は真っ直ぐに。
自分の倍以上の大きさを持つ牙獣へ、その刃を突き立てる。
「ブモォォ!?」
刺されたのは、アルに視線を向けていた一頭。
予期せぬ方向からの攻撃に、コンガが悲鳴を上げる。
それでも、致命の一撃にはなり得ない。
少年は追撃をかける訳でもなく、その場でただ立ち尽くしていた。
見ると、包丁は半ばから刀身が欠けてしまっている。
いや、仮に刀身が無事だったとしても、恐怖の中で彼が動けるかはわからなかった。
刺されたコンガが、少年へと振り返る。
それに呼応するように、他の牙獣の意識までもが少年に殺到する。
少年の目には涙が浮かんでいた。
牙獣の、その太い腕が振り上げられる。振り下ろされた長くとがった爪が、少年のやわらかい皮膚を────、
「っせるかぁ!!」
間一髪。牙獣の爪と、少年との間に片手剣を滑りこませる。
そのまま刃を引き寄せるようにして、アルはとがった爪を牙獣の腕ごと両断した。
「クソガキ! 冗談じゃ………、ねえぞっ!!」
盾を構える手で少年を抱き寄せ、コンガを瞬殺。
だが、馬車の周りは未だコンガの群れに囲まれている。状況は予断を許さない。
「っ、放せよ! 邪魔すんな!」
「ああ!? ふざけんなクソガキ! 大人しく馬車の中で縮こまってろ!」
腕の中の少年に怒鳴り付ける。
今は戦闘中。故に『優しく諭す』なんて余裕はない。
「嫌だ、母ちゃん守るんだ! だから放せよ!!」
「母ちゃん守るだあ? そのてめえが死んだら意味ねえだろが、いいから大人しく……、」
目の前のコンガを斬り伏せる。
死体の影から飛び出た別のコンガをかわして、上空に目を向けた。
視線の先には、跳躍したコンガ。
まずい。落下点だ。
かわすことは容易い。腕の中の少年を度外視すればの話だが。
「ちっ」
舌打ちして、盾を構える。
片手剣の貧弱な盾と、自分の細腕でどこまで衝撃を殺せるか。
ある程度の負傷を覚悟して、アルは歯を食い縛った。
瞬間。割って入る紅い影。
直後、爆炎とともにコンガが絶命する。
「楓!」
「気持ちはわかるが先行しすぎだ」
「……悪い」
静かにたしなめられて、高ぶっていた気持ちが少し落ち着く。
「そいつの他に人は?」
「馬車の中に母ちゃんがいる!」
楓の質問には、少年が答えた。
言われて二人で馬車の中を伺うと、確かに誰かいるのが見える。
「あまり怖がらせてもいけない」
「そうだな」
「一気に蹴散らすぞ」
「ああ!」
右手に剣を。
左手には守るべき命を。
負けない。
負けられない。
その意志を以て、刃を振るった。
牙獣達はその数を半分まで減らしたあたりで、散々になって逃げていった。
ちなみに、馬車から飛び出してモンスターに挑む、なんて無茶を敢行した少年には、彼の母親とアルが二人がかりで説教を行った。
現在は、横倒しになった馬車からの荷物の搬入中である。
「さあ、お前の積み荷を数えろ」
「言われなくても数えとるわ」
前者がアルで、後者が少年のものだ。
馬車が横倒しになる。ということは、馬車に積まれていた荷物も横倒しになるということで。加えて言えば荷物は面白いくらいに散乱してしまっていた。
それを四人がかりで片付けて、楓達が乗ってきた竜車に積み替えたのだ。一応、搬入洩れがないか確認してもらわなければならない。
「しかし災難だったな」
「ええ、本当に。お馬さんも逃げていってしまったし、困ってしまうわぁ」
等と、全然困っている風にみえない調子で答えたのが、少年の母親だ。
なんでも、近くの村からエルモアまで荷物を運ぶ途中だったらしい。
恐らくは積み荷が食料品だったせいで、コンガに襲われてしまったのだろう。馬車を牽いていた馬は、その時に逃げていってしまったらしい。
馬が逃げては馬車が引けないので、荷台はここに棄てて、荷物だけを竜車で運ぼうという結論が出た訳だ。
「本当、ありがとうねぇ。貴女達のおかげで、おばさんもうちの子も無事だったわぁ」
「あれを見過ごせる程、人間を捨てていなかっただけだ。それに、こういうことは持ちつ持たれつだからな。あまり気にしないでくれ」
楓がそう返すと、母親はふんわりとした笑顔で「ありがとう」と感謝を重ねた。
のんびり過ぎる印象はあるが、悪い人物ではなさそうだ。と、脳内で適当に評価を下す。
視線を移した先では、少年とアルが戯れていた。
外見から察するに、アルと少年の間には相当な年齢差があるハズなのだが、何だかんだで打ち解けているあたり、アルの精神年齢も低いのかもしれない。
と、そう言えば、竜車の中であったあの居心地の悪さは既にない。
コンガとの一件でうやむやになったか。楓にとってはそちらの方が都合が良かったが。
「アル」
呼ばれた彼が振り返る。
そこからは竜車の中で見せたような反応は見受けられない。
楓は安心して微笑むと、続けた。
「さっきの闘い、良く動けていた。私の援護は必要なかったな」
「いや、そんなことねえよ。やっぱ楓がいてくれる、って思うと心強いし」
「そうか? そう言ってもらえるならば、私もそれなりのものだな」
少しおどけたように言うと、アルもつられたように笑顔を向けてくる。
もう完全に昨日のことは忘れてくれたようだ。
「それなりっていうか、楓はすげえんだよ。……なんて言うか────、」
「美人だしな!」
言いかけたアルにかぶせるようにして、少年が口を出す。
「そうそう美人だし、スタイルだって────、」
その流れで続けたアルの言葉が不意に止まった。
何かに気付いたように、しばし思考して────、
「あ」
鼻血が出た。
そのまま前のめりに倒れてくるアルを受け止めると、楓は天を仰ぐように溜息を吐いた。
「ちょっ、お前どうしたんだよ!?」
少年が叫ぶが、既にアルには聞こえていないだろう。
アルは何か顔を赤くして、鼻血を流しながら気を失ってしまっている。
「………いい加減忘れてくれ」
結論。
年頃の少年にあの映像は少々刺激が強すぎたらしい。
ぎこちなさが抜けるまで、もう少しかかりそうです。
[キャラ紹介]
名前:アルバート=L=メモリ
性別:男性
年齢:17歳
身長:155cm
武器:アサシンカリンガ
防具:ギアノスシリーズ
※データは一章開始時点。
主役。愛称は『アル』。
黒い髪を襟足だけ長く伸ばした、駆け出しの片手剣使い。
狩りの基本を学んでからエルモアの街にきた。
駆け出し故か、片手剣士故か、他の武器の造形に明るくない。
とはいえ、ランスとガンランスを間違えてしまうのは、もはや困ったちゃんでは済ませられない。
採集クエストを中心に、実力に見合った討伐クエストを受けていた慎重派。
それ故、大型モンスター狩猟の経験は少ない。
因みにギアノスシリーズ一式を揃える為には『ドスギアノス』を狩る必要があるのだが、彼の師匠が瞬殺したせいで、アルはこの獲物と戦えていない。
身長が低いことと、細身なことがハンターになってからの悩み。
好物は『米』。