『膝と足首はやわらかくして、衝撃を与えないように歩くんだ』
大丈夫。
『視野は広く。敵との距離は、普段の安全圏より多めに見ること』
覚えている。
『スタミナは温存。走るのは敵に追われた時だけ』
ああ、こんなにも彼の助言は正しい。
そう、気付けばベースキャンプの前。後は、卵を納品すれば依頼達成だ。
時間はかかった。
移動した道のりは変わらないハズなのに、彼の二倍以上の時間を費やしている気がする。
移動中は緊張の連続だったのは言うまでもない。なにせ両腕が使えず、足下も見えない。何度も転びそうになった。
それでも。
そう、それでも。
今、私はここにいる。
無傷の卵とともに。
ハンターになって初めて、卵を抱えた状態で納品箱の前に立っているのだ!
後はこれを納品箱の中に放り込んで、フィニッシュだ!
────メキャ
──
─────
────────
───────────────割れた。
「う、うおおおおおおっ!?」
『あー、一番笑えねえのは、納品箱の角にぶつけて割っちまうとかだよなあ』
ま、いくら何でもそれはねえかー、あはははは。なんて笑った彼の顔が脳裏に浮かんだ。
直後、両腕で抱えこんだ卵を思い切り振りかぶって─────、
「うおおおおおおおおおっ!!」
私の思いの丈をすべてぶつけるように、無用の長物となった卵を遠投した。
依頼:飛竜の卵を運搬せよ
報酬金:3000z
契約金:300z
指定地:森丘
目撃モンスター:リオレイア・リオレウス
失敗(飛竜の卵がすべて破壊されたため)
備考:リオ夫妻の討伐成功
飛竜の卵遠投記録:7㎞(推定)
「お疲れ様でした」
「ああ、本当に疲れたよ……」
珍しくげっそりとした表情で私の所にきた彼女を見て、『あ、またかな』という考えが頭をよぎる。
その予想に違わず、彼女の報告は残念なものでした。
「え、と……、あまり気を落とさないで下さいね?」
「ああ。わかっているよ、シエル」
狩りの失敗はどんなハンターでも堪える物。
目の前の彼女────カエデさんも、やはり落胆は隠しきれていない。
まあ、彼女の場合は単なる失敗というよりも根が深かったりするから、余計に凹んでいらっしゃるんでしょうけど。
果実酒をたのむ、と言って、カエデさんはカウンターからテーブル席に引っ込んでいきました。
うん。おつまみくらい、サービスしよう。
そう決めて、果実酒とクズ肉のジャンコーネギ和えを用意する。
それらをトレイに乗せてカエデさんの所に向かうと、彼女は数人のハンターさんたちに声をかけられているところでした。
赤い鎧はザザミシリーズ。その隣にいるのは、鎧から突き出た角が特徴的なディアブロシリーズ。他にも数人、見ただけで実力者なのだとわかる装備に身を包んだ男の人たちが、カエデさんの側にいます。
カエデさんは同性の私から見ても、思わず目を奪われるほどの美人です。さぞ男性の目を引くことでしょう。
加えて、ここは酒場で。当然、少なからず酒が入っている人が多くいらっしゃいます。
さらには、今現在カエデさんが身に着けている装備は、いつもの『紅い鎧』ではなく、『チェーンシリーズ』と呼ばれる代物でした。
運搬という種別のクエストを受けるに当たって、普段の『戦闘用』から『運搬しやすい』装備に切り替えたらしいのですけど、この装備は比較的駆け出しのハンターさんが好んで装備されている印象があります。
美人が酒場に一人。
酒の入った男が数人。
女は男達よりも実力的には下に位置している。
ナンパだ。と私は思い至りました。すぐに止めないと、とも。
カエデさんは(今の)装備からは及びもつかない実力者です。だから、こんなことくらいは簡単にあしらってしまうでしょう。
────けれど、それはいつもならの話。
だって今日の彼女は珍しく気落ちしてるのだ。
そんな状態でナンパなんかされたら、されたら────、
(男の人達、全員ぶっ飛ばされちゃいますよぉ!?)
とにもかくにも、そういうことです。
カエデさんが無闇に暴力を奮うとは思いませんけど、やっぱり虫の居どころが悪い時もありますし。
「あの……ナン「人数が半端になっちまうからよ、参加してくれねえかな!? 腕相撲大会!」……え?」
ナンパを止めよう、と口を開いた私を遮って、ザザミ装備の男の人が紡いだ言葉は、予想の斜め上を行くものでした。
腕相撲? ヨソウガイデス。
「……腕相撲大会?」
「おう、腕相撲大会! いやぁ、偶数人数にならなくってよぉ! 参加費は100zで賞品も出るぜ」
「ほう」
男の人に適当に返答しながら、カエデさんは私のトレイから果実酒を受け取りました。
(あんまりやる気はないのかもしれないな……)
多分、この私の感想は正しかったんだと思います。「で、賞品は?」と返したカエデさんは、既に相手の顔すら見ていませんでした。
やる気も無ければ、普段のおおらかさも無い。
よっぽど運搬クエストで心を折られたらしいです。あ、何でか涙が……。
「おう、賞品は『飛竜の卵』だぜ!」
「な……、に?」
ザザミ装備の男の人が何とはなしに言った言葉。それにカエデさんが過剰に反応したように、私には見えました。
「どこぞのハンターが狩りの
そうだったよな、と確認してくる男の人に、私は曖昧に頷きました。
飛竜の卵がギルドの厨房にあるのは事実でしたし、鮮度の問題でさっさと食べてしまわないといけないのも事実でしたから。
「そこで参加費を元手に『飛竜の卵のフルコース』を頼もうって訳よ! 普段食えない料理ってのは魅力的だろう?」
飛竜の卵は高価だ。
それだけに普通の人は、あまり口にしない。
ハンターであってもそれは同じで、一般人より食事を大事にする彼らには、より魅力的な代物に見えるのかもしれません。
「ついでか……、そうかついでか……」
けれど、何やらブツブツ言っているカエデさんには、既に男の人の声は聞こえてなさそうです。
……というか、何か怖い。
「で、やるかい?」
「挑むところだ」
そう言ったディアブロ装備の人にカエデさんは即答。呑みかけていたお酒を一気に煽って、そのまま試合を行うテーブルまで移動していきます。
「私が最後の参加者なら、組み合わせは決まっているのだろう?」
「モチよ! 第一試合になるけどそれでも──」
男の人の言葉は、バンッ、という音に書き消されます。
何事かと思えば、カエデさんが参加費をテーブルに叩きつけた音でした。
「さあ、私の相手は誰だ?」
「威勢がいいな姉ちゃん! 相手は俺様よ!」
目の据わっているカエデさんに応じたのは、大柄な男の人。
あれは……、コンガシリーズでしたっけ? それを着込んだ彼は、見るからに腕が太くて力が強そうです。
そして、二人は腕を組み合います。
男の人に比べると、ホントにカエデさんの腕が枝か何かにしか見えませんでした。
組み合った腕に、レフェリーの腕が重なり、いよいよ試合の準備が完了です。
「ああ、最初に忠告しておこう」
「あん?」
重なった腕が、二人の腕から離れる。
「ファイト!!」と、その言葉で試合が始まった瞬間────、
ドゴンッ、という轟音が、ハンターズギルドに鳴り響きました。
その場にいる誰もが、何が起きたかはすぐに理解出来なかったように思います。
呆けたような表情で、床に転がるコンガ装備の男性。
その半ばから砕け散ったテーブル。
呆然とする私達の中、ただ一人当然のように立っている人物。
「今日の私は、虫の居どころが悪い」
その彼女が口を開いたことで、一瞬だけ止まっていた時間が流れ始める。
「相手をするつもりなら、相応の覚悟を持って挑むがいい」
そうして凄絶に────それでいて鮮やかに笑った彼女に、そこにいた人間は思わず生唾を飲み込みました。
ああ……。彼女を前にした飛竜の気持ちって、きっとこんな感じなんですね……。
「なあシエル」
「はい。何ですか?」
カウンターの向こうから聞こえた声に、私は資料を整理する手を止めました。
声をかけてくれたのは、やはりアルさんで、今日は『雪山米の卵かけご飯』を勢いよく掻き込んでいます。
「一昨日、俺が採ってきた卵どうなった?」
「あ、あれですか? ……ええと、ちょっと言いにくいんですけど……、食べちゃいました」
アルさんが言っている『卵』とは鶏のものに非ず。天下の『飛竜の卵』なんです。
「あー、そっか。鮮度悪いって言ってたもんな」
「……ごめんなさい。食べさせるって約束でしたのに」
そうなんです。
普通、飛竜の卵みたいな、『素材』とは言えない特殊な物は、採ってきたハンターからギルドが買い取ることになっています。
それを一般流通させたり、内々で使用したりするのですけど。
今回のは鮮度というか。孵化までの時期を考えると、素早く処理しなければならなかったのです。
そんな訳で、いつも頑張ってるアルさんに振る舞おうと思っていたんですけど。
「気にすんな! まあ、珍しいもんだから興味はあったけどな。貴族向けの卵の味ってやつ」
「でも、採ってきたのはアルさんなのに……、一声かけるべきでした」
「いいって、俺が来るの待ってたら卵ダメになってたかも知れないし。食べたかったら、また適当に採ってくるからよ」
「……はい。そうですね」
『適当に採ってくる』
この言葉は、アルさんが口にすると、ものすごく説得力があります。
「それに、卵の方も、俺一人に食われるより、みんなに食べられた方が喜ぶだろうしな」
「そ、そうですね! あ、あははは」
朗らかに笑う彼に、私は渇いた笑みで返した。
飛竜の卵は巨大だ。あれだけの大きさならば、一つでも大人数の料理が作れるのです。
実際、飛竜の卵は貴族のパーティー用に使われることが多いんですけど……。
(い、言えません。あれ、一人が全部食べちゃったなんて)
「で、シエル」
「は、はい?」
「昨日、何があったん?」
アルさんは、自分の座っているカウンター席の奥────、テーブル席
散乱した机と椅子。それだけなら未だしも、テーブルのいくつかは半ばから真っ二つになってしまっていたり。
「あー……、昨日、腕相撲大会をしてまして」
「うわぁー、何だよそりゃ。しまったー、そんな楽しそうなん参加すりゃ良かった」
アルさんは心底残念そうに言いました。
けど、これだけの惨状を見て『楽しそう』って言うのはどうなんでしょう?
ハンターって、みんなこういう騒ぎが好きなんでしょうかね?
「で、優勝者ってどんなやつなの? やっぱゴッツイ野郎? そりゃ机潰すくらいだから、とんでもないやつなんだろうけどさ! 片手剣使いとかだと、俺にも希望があるっていうかさ!」
目を輝かせて言う彼に、私は困り顔。
優勝者の顔はきちんと思い出せますし、名前も勿論なんですが……。
明らかに『厳つい男』を想像してそうな彼にはちょっと答えづらい。
だってあの人もやっぱり
知り合いから『ゴツい』なんて思われたくないでしょうし。
「あんまり聞かないほうがいいですよ?」
「……へ?」
間の抜けた顔をしたアルさんに間髪入れずに笑いかける。
「あの人、意外と乙女ですから」
[キャラ紹介]
名前:
性別:女性
年齢:不明
身長:169cm
武器:蒼いガンランス
防具:紅いドレスのような鎧
※データは一章開始時点。
ガンランサー。
実力者だが、運搬が苦手。
因みにアルと『初めて』対面した時の防具は、亜種のギザミシリーズ。
美しい外見とは裏腹に、飛竜に正面から向かっていく豪胆さを持つ。
長い銀髪が特徴的だが、鎧の印象からアルは楓の『色』と言えば、紅だと思っている。
重量武器を扱う割りに細身。
おおらかな性格。というよりは、少々他人に甘い。強く優しく美しくを地で行く。