優しい龍   作:ハトスラ

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船酔いハンターⅡ

 ジェイとレオルド。二人に同行して狩りを行う舞台は『密林』。

 エルモアからは目と鼻の先。必然的に、エルモアを活動拠点にするハンターたちが、最も多く訪れることになる狩り場である。

 実際に、アル自身も、何度もこの場所で狩りを経験してきた。地形的な不安はない。

 

 ない、が────、

 

「ぐあー…………」

「吐くなよ? 絶対に吐くなよ?」

 

 エルモアから密林は、“河を挟んで”すぐの場所である。

 それはつまり、移動時間の短縮のために、移動には船を使うということで。

 

「うっ……ぷ、上、陸準備を……」

「アホか、大人しく寝てろ。俺と旦那でやっちまう」

 

 とどのつまり、狩り場に到着した直後のアルは使い物にならない、ということである。

 非常に情けないのだが、船酔いは体質的な物なので、この先一生治らない気がする。

 

 吐き気を堪えてもんどりうってる間に、船は岸部へと接岸を果たした。

 情けないことに────本当に情けないとは思うのだが、アルは接岸してから浜辺にあがるまでの間、何も出来なかったのである。

 

「あー、あー」

 

 真白い砂浜と、青々と繁った緑。陽光を照り返して煌めく波間は、絶景と言って差し支えない。

 ここが狩り場でさえなければ、『キャッホウ』とか叫んで海に飛び込みたくなる景色だ。

 

 ────景色だが、やはり何度も来てると感動も薄れてくる。

 というか、船酔いのせいで意識事態が朦朧としている。

 

 その絶景をきちんと認識できる頃には、いつの間にやらレオルドがいなくなっていた。

 

「あうー……、レオルド、は?」

「辺りを見てくるとよ。つか、テメエそんなんでよくハンターなんぞやってんな?」

 

 呆れたようなジェイのセリフに、アルは口を閉じるしかない。

 わざわざ他人に言われずとも、情けないことは自覚していた。

 

「んで? もう動けんのか?」

「……もう、ちょいかかりそ……う」

 

 無理して動けば吐く。絶対に吐く。

 狩り場では命懸け。そんな場所に、こんなコンディションで挑む訳にはいかないので、正直なところを伝える。

 

「そうかい。

 ……なら、動けるようになるまでの間、こっちの『事情』ってヤツを説明しといてやる」

 

 

 ────事情。

 

 

 そう言えば彼らがこの仕事を受けたのには、何らかの事情があるようなことを言っていた。

 

 それを思い出して、アルは段々と吐き気の治まってきた体で、続くジェイの言葉を待つ。

 うん。どうやら他人の話をまともに聞けるレベルまでは快復したようだ。

 

「今回のコレはな、旦那の()()()()なんだ」

「リハビリ……? ……って、あの?」

「それ以外にあるか。……旦那のヤツ、半年くらい前に右腕をやっちまってよ」

「腕をっ……!?」

 

 驚愕に、思わず声が出た。

 ハンターに怪我は付き物だ。だが、リハビリという言葉が必要なくらいの怪我ともなれば、それはハンター生命が終わってもおかしくない。

 それも、負傷した箇所が箇所だ。

 ハンターが────それも剣士が腕を負傷するというのは、それほどまでに致命的なことである。

 

 先日の様子では、彼の動きにぎこちなさはなかったが、それは日常生活での話。狩り場での肉体への負担は、日常生活のそれとは訳が違う。

 

「だ、大丈夫なのかよっ!?」

「それを確認にきてるんだろうが」

「うっ」

 

 間を置かずに言い返され、アルは自分の浅慮を恥じた。

 

「あの怪我からたった半年で、日常生活に耐えられるレベルに戻した。正直いって、あり得ねえ快復速度だ。

 だからこそ、“本当に狩りに挑めるレベルなのか”を確かめる必要があんだよ」

 

 

()()()()()()

 

 

 半年という期間は、アルにとっては、とてつもなく長い時間に感じられる。

 だが、それを『たった』なんて言い切れてしまう辺りに、アルはレオルドの傷が相当に深刻だったことを認識した。

 

「話は、なんとなくわかった。……けど」

「けど、なんだ?」

「だったら、何でこんな依頼を? もっと楽な仕事あったろ。ランポスの間引きとかさ」

 

 動きの確認をするために狩りに訪れているのなら、飛竜のいるような仕事を選ぶべきではない。

 万一の事態になれば、リハビリどころか、命を失ってしまうだろう。

 それは飛竜相手でなくても変わらないが、飛竜がいるかいないかで、やはり危険度は段違いだ。

 

 ジェイは、アルが言外に言おうとしていることを理解したらしい。

 一度溜め息のようなモノを漏らして、しかし首を横に振った。

 

「それじゃあ意味がねえのさ」

「え?」

「旦那が普段相手してたのは飛竜だ。以前の感覚を取り戻せたか確認するには、相手が飛竜じゃなきゃ意味がねえのさ」

「そいつは……」

 

 ジェイの言うことは、アルにも理解出来た。

 

 取り戻したいのは以前の感覚。

 その為に必要なのは、飛竜との戦い。

 

 だがそれは、やはり多大な危険を孕んでいると思う。

 

「その為に、俺がいる」

 

 思考に墜ちかけたアルは、その声にハッとした。

 そうだ。彼は────レオルドは決して独りではない。

 

「旦那は死なせねえ。……あんな思いは、二度とゴメンなんだよ」

「お前、まさか……」

「……ああ。旦那が傷を負った時、俺もその場にいた」

「……、」

 

 まさか、というよりも、やはり、という方が正しいのだろう。

 彼らはずっと以前から、コンビを組んでいたのかも知れない。ジェイは、レオルドのことをよく知っているような口振りだったのだし。

 そして、だからこそジェイは、責任のようなモノを感じているのかもしれなかった。

 

 想像する。

 もし自分の目の前で仲間が傷ついたら、自分は自分を許せるだろうか、と。

 

 恐らくは無理だろう。

 きっと、直接の原因が自分になかったとしても、自分自身のことを責める。傷ついた仲間が大事であるなら、大事である程に。

 

「旦那が無理だと判断したら、俺がすぐに代わる。アイツにゃ無茶はさせらんねえ」

「お前……」

「……ま、深刻に考えても仕方ないわな」

 

 アルが何か言いかける前に、深刻そうだったジェイの表情が一転。緩く薄い笑顔を浮かんでくる。

 

「きちんと事前に保険もかけたんだしよ」

「保険?」

「そ、保険」

 

 そう言って、ジェイは笑顔のままアルを指差した。

 

「は? 俺が、保険?」

「旦那のリハビリに必要な相手は?」

 

 ジェイはアルの質問には答えず、代わりにとばかりに質問で返してきた。

 アルとしては不愉快な対応だったのだが、なんとなく答えない訳にはいかない気がする。

 

「飛竜との戦いだろ?」

「今回の相手は?」

「イャンクック」

「んじゃ、今回の依頼は?」

「そりゃ────、」

 

 クックの討伐。

 そう答えかけて、アルは口をつぐんだ。

 

 違う。今回は────、

 

「────肉食竜の卵運び」

「よく出来ました」

 

 アルの返答に、ジェイは気持ちのまるでこもっていない拍手を浴びせる。

 

 同時、アルは唐突な疑問を懐いた。

 

「なあ……」

「ま、そういうこった」

 

 疑問はジェイに届いたのか、彼は薄く笑っている。

 

「欲しかった条件は、飛竜と戦える環境。

 そして求めた難度は、『最悪、俺一人で片が付く』レベル。

 さらに、万一、相手が手におえない強さだったとしても、『依頼を達成出来る』状況。

 ま、俺が望んだのはこんなところか」

 

 つまりは、彼はレオルドが使い物にならない状況でも、自分だけで何とかなる相手として、イャンクックを標的に選んだ。

 そして、仮にクックが倒せなくても、依頼を達成出来るように“討伐クエスト”ではなく、“飛竜の現れる採集クエスト”を選んだ。

 確かにこれならば、必ずしも飛竜を倒す必要はない。

 

「けど、俺が保険って意味はわかんねえんだけど?」

「簡単だろ? 旦那がダメで、俺もクックに手一杯になった時の保険。そん時は、卵運び期待してるぜ?」

 

 そこまで言われてようやく、「ああ」と、納得することが出来た。

 つまり、俺は保険の保険か、と。

 

「さぁって、そろそろ良いだろ」

「ん、もう大丈夫だ」

 

 ジェイが動き出すのを機に、アルもまた体の調子を確かめながら立ち上がった。

 

 吐き気は既にない。身体の芯もしっかりしてる。

 これならば、問題なく狩りに挑める。

 

「ちゃちゃっと、旦那に追いつかねえとな」

「わかってる。ロスさせた分は、これから返す」

 

 アルの言葉に、ジェイは笑う。

 笑って、そしてアルの背中を、ばしこーん、と叩いた。

 

「……って!?」

「良く言ったなガキ。期待してるぜ」

 

 不意の一撃に背中をさすりながら、文句を発しようとした時には、ジェイはさっさと歩き去ってしまっていた。

 

「ちょっ、お前、少しは待てよ!」

 

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