優しい龍   作:ハトスラ

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第一章 《運び屋》
船酔いハンター


 中天高く昇る太陽からの陽射しが心地いい。

 中腰の姿勢で作業をしていたアルは、その手を休めて伸びをした。

 

 ここはハンター達から『密林』と呼ばれる狩り場だった。

 名前の通り木々が密生する狩り場で、その穏やかな気候からか多くの動植物達がここで暮らしている。

 

 見上げた空は青々として、一目で今日が快晴だとわかるほどだが、空を遮るかのように張り巡らされた無数の枝のせいで、どこか少し薄暗い。

 もっとも、そのお陰で本来なら“クソ暑い”陽射しが“心地いい”程度に収まっているのだが。

 

「あー、くったびれたなあ!」

 

 頭を覆っていた『ギアノスヘルム』を外して、アルはそう叫んだ。

 解放された黒髪を、密林を吹き抜ける風が弄ぶ。尻尾のように長く伸ばした襟足部分の髪が、風に揺られてアルの視界へと入った。

 

 ふう、と一息つく。

 本来なら狩り場で、不用意に大声を上げるなど愚の骨頂である。それも兜まで外して、だ。

 

 それぐらいのことは、まだまだ駆け出しのアルにもわかっていたが、ずっと座りながらの作業をこなしていた身としては、これくらい許されて然るべきだとも思う。

 それに、今この密林に大型モンスターがいるという情報はなかった。近くには数頭、草食性のアプトノスがいるのみである。

 こいつらはおとなしいことで有名で、こちらから仕掛けでもしない限り、ずっと草を食ってるだけだ。

 

 要するに何が言いたいのかというと、今、取立ててこの場には驚異となりえるものはいないということ。

 油断をしている訳じゃあないが、もし何か危険な状況に陥ることがあったなら拠点に戻ればいい。そのくらい、ベースキャンプは目と鼻の先にあった。

 

「うーん、採掘はまた今度でいいか」

 

 とりあえず、さっきまで採取を行っていた場所を確認すると、アルは誰に言うでもなく呟いた。

 

 今回ここに来た目的は、既に達成していた。

 『特産キノコの納品』という、およそハンターらしくはない依頼ではあったが、仕事は仕事だ。

 アル個人としては、大型モンスターを狩ってみたいという欲求もあったのだが、新人ハンターにそんな依頼を回すほど、ハンターズギルドは甘くはなかった。

 

 ハンターに仕事を斡旋するこの組織は、独自に定めた基準を元に、その人物がその依頼を達成できる能力があるかどうかを判断する。そしてその基準をクリアしていると判断すれば、そこで初めてハンターに仕事を引き受けることを許可するのだ。

 つまり依頼を達成可能だ、と判断されなければ仕事を受けることさえ許されない。強いモンスターと戦いたければ、難しい依頼を受けたければ、多くの経験を積み、強くなった上でギルドに認められろ、ということなのだ。

 

 それになんだかんだ言っても、この手のクエストを受けることは、アルに狩りを教えた人物との約束でもある。

 

 そんな訳で、アルが故郷の村を出てエルモアの街にやってきてから、これが通算十八回目のキノコ狩りになる。

 なんというか、何度もこなしたせいで、すっかりキノコの生えている場所や、上手なキノコのとり方を憶えてしまった。キノコ採集なら他のハンターには負けないんじゃねえの? と自惚れてしまうほどである。

 

 

 ──ぐぅー…

 

 

 と、キノコの一杯入った袋と、ギアノスヘルムを抱えた時、何かが鳴いた。いや、鳴った。

 

「……腹もへったし、帰るか」

 

 完全に自分の腹の虫だとわかっていたので、特に気にすることもなく、アルはベースキャンプへと引き返した。

 

 

 

 

 

 

 密林からエルモアの街までは、片道でおよそ半日だ。

 危険指定された狩り場と、人の大勢住む街との距離としては驚くほど近いが、だからといって、この街が特別危険という訳でもない。

 街と密林の間には巨大な河が流れていて、陸上に棲むモンスターでは移動が出来ないのだ。

 

 無論、河に生息する水棲モンスターが街を襲う危険はあるのだが、そこは海沿い、河沿いの街ならば危険度はどこの街でも同じである。

 一応、港の大きさを制限しモンスターの侵入を阻むといった対策や、定期的にハンターズギルドの人間が見回りにくる、といった対策も取られている。それにどうやら、この河にはエルモアの街が設置した守りを突破できるような大型のモンスターはいないらしかった。

 

 

 さて、密林で狩りを行うハンターは、大概の場合この河を船で横断して狩り場を目指す。

 陸路を使えば、倍以上の期間を移動に取られることになるので、ある意味でそれは当然のことと言えた。

 

「あー……、気持ちワル」

 

 だがまぁ、たとえ半日だったとしても船酔いはする。

 加えて言えば、たかが河を渡るのに半日は長過ぎる。

 

 ふらつく足に気合いを入れて、街にたどり着いたアルはそう思った。

 

「おぅ、ボウズ! まーた、船酔いか!?」

 

 あ、吐きそう。

 ハンターズギルドの管理する船から降りてすぐ、アルはそう感じた。そのアルの背中にバカデカイ声がかかる。

 

「あ、おっちゃん」

 

 正直、振り返るのも少し辛かったのだが、無視するのもマズイ。

 振り向くと思った通り、そこには漁師のオッサンがいた。

 

「うるへー、体質なんだからしゃーねーだろ」

 

 もう顔馴染みになってしまった漁師のオッサンにそう応える。オッサンは、男のクセに情けないぞ! と実にイイ笑顔でおちょくってくれたが、それを一々相手するほどの元気は、今のアルには残されてはいなかった。

 というか、最初の頃は『吐きそう』どころか簡単に吐いたんだから、自分ではかなりの進歩だと思う。

 とりあえずオッサンにはぞんざいに手を振りつつ、アルはハンターズギルドに向かって歩き出した。

 

 

 

 あまり激しく動くと間違いなく吐くので、アルの歩みは普段のそれより随分ゆっくりだ。

 とはいえ港から街の中心に入るころには、吐き気は相当治まってきた。

 これも、もういつものことで、吐き気が完全に治まると同時に酒場に入る。

 

 時間は丁度夕暮れ時で、飲み始めるには良い頃合いだ。だが、アルは別に飲もうと思ってここに来たわけではない。この酒場自体がハンターズギルドと一体なのだ。

 ハンターはここで依頼を受け、狩りの成果を報告し、食事をして帰る。

 

「おーっす」

 

 酒場の入り口を通ったアルは、その喧騒に負けないように声を張り上げた。

 

 酒場の中は昼夜問わず、酒を飲んでいる者が多い。

 アルコールが、彼らの感情のタガを外す手伝いをするのだろう。

 あり得ないくらいテンションの高い者や、逆に暗すぎる者、さまざまいるが、その浮き沈みの理由が『狩りの成果』だという辺りは、さすがにハンターだと思う。

 

「あ、おかえりなさい。アルさん」

 

「おう、シエル。相変わらず繁盛してんな」

 

 かけられた声に、アルは片手を挙げて応じた。

 アルに気が付いたのは、ギルドの受付嬢だ。アルよりも小柄な少女で、赤く染められたエルモアハンターズギルドの制服がよく似合っている。名をシエルという彼女は、この辺りの地方では珍しい黒い髪が特徴的だった。

 シエルはまだ新人だそうだが、この街にきて日が浅いアルの顔を覚えていてくれるあたり、記憶力はいいのかも知れない。

 

 シエルも含めた受付嬢たちは、ハンターへギルドからの依頼の紹介をするほか、酒場の給仕も任されているらしく、今も数名がテーブルの合間を忙しなく動き回っていた。

 

 それを横目に見ながら、アルはキノコのつまった袋をかかげて、カウンター席に腰掛ける。

 

「依頼達成、報酬を受け取りにきたぜ」

 

 笑みを浮かべてそう言うと、すぐにシエルは袋の中身を確認して、契約書にサインを走らせた。

 

「お疲れ様でした、ご無事で何よりです」

 

「いや、キノコ集めで怪我とかマヌケすぎるよ……」

 

 笑顔で報酬を手渡してくるシエルに苦笑する。

 

 が、狩りに絶対はない。

 それを、自分のような新人にも配慮してくれる辺り、シエルには頭が下がる思いだった。

 

「何か食べていきますか?」

 

「じゃあ、いつものやつ。それと時間が空いた時でいいから、俺でも受けれるクエストリストを持ってきてくれると助かる」

 

 俺はあっちにいるからさ、と騒ぎの中心になっているテーブル席を指差して立ち上がった。

 報酬を受け取った今、いつも忙しい受け付けの前に、いつまでも陣取っているのはマズイと思ったからだ。

 

「わかりました。それじゃあ、両方あとでお持ちしますけど……」

 

 シエルは、そこでいったん言葉を切ると、少し上目遣いでこちらを見つめてくる。

 

「たまには、ちゃんと休んでくださいね?」

 

「わーってるよ。じゃ、よろしく」

 

 軽く手を振って、アルは喧騒の中心へと潜っていった。

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