ランポスの死骸は、無惨なものだった。
アルが見下ろしているのは、レオルドに左側から襲いかかった個体だ。
薙ぎ払いで一蹴された内の一頭だが、アルの記憶している限り、こいつは“浅く斬られた”程度だったと思う。
切っ先が僅かに胸にとどいた程度。致命の一撃ではなかったハズだが……。
まず、頭部がない。
次いで、その下にあるハズの胴体もない。
胸があっただろう位置を境に、そこから上が“消し飛んだ”ような死骸。
一体どれほどの力ならば、切っ先が触れた程度でここまでの死体を創りだせるのか、アルには想像も出来なかった。
そうして、かろうじて無傷で残っていた皮を剥ぎ取る。
ここまでの死体に更に手を加えるのは気が引けたが、このまま素材を無駄にすることの方が、アルにはバチ当たりに思えたのだ。
「どうだい旦那、腕の調子は?」
「悪くはない。痛みも感じないしな」
「全快か?」
「……四割程だな」
────これで、四割。
武器の差があったとしても、アルの全力はレオルドの四割にも満たないということか。
剥ぎ取りながら聞こえてきた二人の会話に気が遠くなる。
レオルドが全快ならば、一体どれほどの力だというのだ。
「待たしたな、剥ぎ取り終わったぞ」
「そうか、では行くぞ」
「って、旦那急ぎすぎ! ちっとくらい休憩しましょうよぉ!」
やる気でなーい。とかいう意味不明なポーズをとりながら、ジェイが抗議する。
アルとしては休憩なんて必要がない。というか戦ったのはレオルドだけなので、ジェイが疲れているハズがないのだが。
「いや、狩りの感触が残っている内にやってしまいたい。変に感覚を開けると、鈍りそうだからな」
「うっわ! ホント固いよこの人! 生真面目すぎだっつの!」
そう言いつつ頭を抱えるように、ジェイは自らの髪をかき上げた。
────かき上げた?
「なぁ、ジェイ」
「あ? 何?」
「お前、兜は?」
自分の兜を軽く叩きながら問う。
目の前の男は、どういう訳か頭装備を身に付けていなかった。
どのような装備品で身を固めるかは個人の自由ではあるのだが、人間にとって頭は重要な気管である。そこを剥きだしでは非常に危険なのではないだろうか?
そんなアルの疑問に「ああ」と軽く返して、ジェイは自分の
「兜ってゴツいじゃーん? 重いし、視野は狭くなるし、カッコ悪いしな」
「……カッコ悪い、ってお前」
「だから、コイツだっつの! 分かりやすく指差してやってんじゃん」
「あ、ピアスね」
どうやら彼が指差していたのは耳ではなく、その耳に着けていた
ハンターの身につけるピアスは一般的な装飾品とは異なり、装備者に特殊な能力を付与させると聞く。単純な防御力では兜に軍配が上がるだろうが、ピアスによって与えられる特殊能力を加味した場合、狩り場での有用性についてはどちらが優れているとも言い難い。。
「オシャレさーん、だろ?」
「でもそれ、見てて不安になんぞ」
ジェイの言うとおり、頭と顔の大部分を覆う兜と違って、素の顔が良く見えるピアスは確かにオシャレアイテムではある。
だが、やっぱり“剥き出しの頭部”が防御力のなさを強調しているように思えて、アルは不安だった。
「当たらなければ、どうということはない」
「それ、レオルドの真似か?」
「いんや、彗星の真似だよ」
「……お前達」
水性マジックがどうこう、と言った話題で盛り上がりかけた二人を制するように、それまで口を閉ざしていたレオルドが口を開いた。
苛立っている、という訳ではなさそうだが、まあ言わんとしてることは分かる。緊張感というものがあまりにも足りないのだ。
仮にもここは狩り場のど真ん中なのだから、それではまずい。
「……悪い、つい」
「あー! かったいねぇ!! 少しは心に余裕を持てないかね、この人は!!」
前者がアルで、後者がジェイだ。
(……うわ、コイツ反省してねえ)
アルは呆れたが、それはレオルドも同様だったようだ。
表情にこそ表れないが、僅かに息を吐いたのが分かった。
「へーへー、分かりましたよ。やる気出せばいーんだろ」
「じ、じゃあ行くか」
やれやれといった感じで答えたジェイに、フォローを入れる形でアルが促す。
というか、そのうちレオルドがキレそうで怖い。よく今までコンビを組めていたな、と逆に感心してしまう。
まあ何はともあれ、これで進軍できる訳だ。
が、いざアルが動こうと思った時、何を思ったか、レオルドはその場を動こうとはしなかった。
「レオルド?」
狩りの進行を求めたのは彼のハズだ。ジェイのようにやる気が出ない、という訳ではないだろうに。
それともやはり、負傷していた右腕の調子が思わしくないのだろうか?
「動く必要はなくなったな」
「……え?」
アルがレオルドの調子を確認するよりも早く、彼自身がポツリと漏らした。
と、同時に鼓膜を叩く、何か巨大なものが“羽ばたく”音。
「!?」
反射的に顔を上げる。
逆光に目を眩ませながら、中空に確認出来たのは一つの巨大な影。
「おいでなすったか」
アルのすぐ隣でジェイがボウガンに弾を装填する。
一歩前でレオルドが太刀の柄に手をかける。
狩り場の空気が、徐々に張り詰めていく。
そうしてその巨体を隠しもせずに、それは降り立った。
そう“降り立った”のだ。
それは何の比喩表現でもない。
圧倒的な巨体と、生態としての飛翔を兼ね備えるもの。
すなわち飛竜の登場。
そして、今、この狩り場にいる飛竜は一種類だけ。
それはつまり────、
「イャンクック!!」
この狩りでの最大の目的。
大怪鳥との闘いが始まったことを意味していた。