特長的な大きく、円い鶏冠。
巨大な身体は、周囲の緑に馴染まぬ桃色。
どちらかというと、ツルリとした印象すら受ける甲殻。
そして何より、“ここにいる”という圧倒的な存在感。
(これが、飛竜……)
思わず喉を鳴らす。
無論、飛竜を見るのは初めてではない。
遠目になら何度も目撃していたし、一度は背中から追い掛けられたりもした。
だからこの威圧は経験済みのハズだ。
だが────、
(討伐、か……)
そう、今回のこれは、逃げきればそれでおしまいではないのだ。
あの存在感を放つものに、自ら立ち向かって行かねばならない。
その緊張感が、知らずアルの身体を硬くする。
「行くぞ」
短く呟いて、一歩前にいたレオルドが駆け出した。
大怪鳥との距離はそうない。走破はあっという間だろう。
にも関わらず、怪鳥がこちらに気付いている様子はない。
三人が三人とも、意図せずに怪鳥の死角に立っていたらしい。
「ガキ、始める前に言っとくことがある」
「……なんだよ?」
レオルドが狩猟を開始した段階で話なんて危険じゃないのか、という想いとは裏腹に、アルは若干気が抜けていくのが分かった。
話しかけられることで、場の空気──というかイャンクックの存在感に飲まれそうな自分を引き戻すことが出来たから。
「旦那に巻き込まれるなよ、死ぬぞ」
「……ああ」
それは死ねるだろう。簡単に。
なにせモンスターを一撃で屠ることができる攻撃力なのだ。巻き込まれれば、アルの身体なぞ容易く両断される。
「それから、連係が無理だと思ったら遠慮せず引け。旦那のあの調子なら、クック相手に負けるこたぁねえ。いざとなったら俺もいる」
「俺はあてにしてないってこと?」
「いきなりで連係が成立するなんて考えちゃいねえだけだ」
アルの少し拗ねたような言い方に、ジェイは呆れたように断ずる。
考えるまでもなく当然のことを言われて、アルは自分の子供っぽさを実感した。
「そんでもう一つ。旦那の調子が悪そうだと思ったら、お前が離脱させろ」
「俺が?」
「立ち位置の問題で俺は無理だ。せいぜい離脱までの時間稼ぎがいいとこだな」
「……」
戦闘中に他者を気にかけて、それを離脱させるなんて自分に出来るだろうか?
「頼んだぜ」
言って、ジェイはアルの肩を軽く叩いた。
それで覚悟を決める。
やれるだろうか、ではなく、やってみせると。
その間に、既にレオルドは怪鳥へと肉薄していた。
追い付くべく、アルも疾走を開始する。
怪鳥がレオルドの気配に気付いたのはそのタイミングだ。
威嚇するでも、おののくでもなく、無造作とも言える動きで、その尾を振るう。
怪鳥の巨体からすれば不釣り合いなほど細い尻尾だが、あれを人間がくらえばただでは済まないだろう。最悪、それだけで立ち上がれなくなる可能性もある。
まさに自然が生み出した『凶器』が、風を切り、木々を薙ぎ払ってレオルドに襲いかかった。
が、レオルドの攻撃は、それよりも速い。
走りこんだ加速の勢いのまま、上方から太刀を振り抜く。
紫電を纏った刃は、怪鳥の甲殻を弾き飛ばし、その内側にある肉を切り裂いた。
直後、怪鳥の尾がレオルドの頭上を素通りする。
タイミング的にはギリギリ。攻撃とともに身を屈めていなければ、直撃だったろう。
自分のことではないのに、アルの背に嫌な汗が吹き出た。
「クアァァアア!!」
尾を振り切った勢いで、丁度レオルドを見据えるように怪鳥は体勢を整えた。
レオルドの背後に追い付くべく走っていたアルのことも当然視界に捉えたハズだ。
声は切りつけられたことによる悲鳴というよりは、むしろ威嚇だった。
ランポスを一撃で屠る刃を受けて無事なハズがないが、この底無しの体力こそが飛竜ということだろうか。
しかし、レオルドには底無しの体力も、剥き出しになった敵意も関係がなかった。
振り下ろした刃を水平にもたげ、浅い踏み込みとともに突き出す。
威嚇を続けていたイャンクックの顔面に、蒼白い火花。
堪らずに大怪鳥は悲鳴(そう今度こそ悲鳴だ)をあげた。
「しっ……!!」
突き立てた刃をそのまま返し、下段から上段へ跳ね上げる。
身体のバネを使った攻撃は、怪鳥の肉を裂き、鮮血を撒き散らした。
疾走からの三連撃。
しかし、イャンクックもただ黙ってやられている訳ではなかった。
血を撒き散らしながら、特長的なクチバシでレオルドに食い付きを試みる。
巨大で凶悪なクチバシはしかし、レオルドが後方へ下がったことによって空振りした。
「ギァアアアア!?」
故に悲鳴は怪鳥のものだ。レオルドは傷一つ負ってはいない。
紙一重のタイミングで攻撃をかわしたレオルドは、ただ避けただけではなかったのだ。
跳ね上げた太刀を、半円を描くようにして一閃。
太刀の重心移動に伴って、自身の身体を数歩分後方へ。
攻撃と回避を両立させた妙技は、レオルドにとって当然のことなのだろう。表情に変化はなく、しかし攻撃はより鋭くなっていく。
「クアァァアア!!」
凄まじき剣圧にさらされながら、イャンクックはついに痺れを切らせた。
まとわりつくような斬撃を振り払うのを諦め、半ば強引に突進に移ったのだ。
「……っ」
怪鳥の正面で攻勢に出続けていたレオルドも、これには堪らず後退する。
レオルドが舌打ちしたその直ぐ脇を、イャンクックが疾走した。
────仕切り直し
一気呵成になどいくわけがない。
ないが、あれだけの攻撃を強引にねじ伏せてしまえる飛竜の体力に、アルは呆れとも驚愕とも言えない感情を抱いた。
そのアルを尻目に、レオルドは開いてしまった怪鳥との距離を詰めるべく再び駆け出す。
同時、レオルドへと振り返った怪鳥が大きく身体を仰け反らせて、まるで頷くように頭部を上下させた。
そのクチバシから覗くのは赤い赤い────、
(ブレス!?)
アルの予想は正しく、僅かなタイムラグの後、山なりの軌道を描いて火球がレオルドに襲いかかる。
「レオルド!!」
そも、モンスターと通常の動物では身体構造が違う。
生態系の頂点。あらゆる者を蹴落として、その場に立つ。
飛竜はその最たる者だ。
故に外敵を滅ぼす機能なぞいくらでも備えている。
『火を吐く』なんて逆にメジャーすぎることでもあった。
しかし、知識として知ってはいても、アルの驚愕は途方もなかったのだ。
人が火を起こすのとは違う。当然の
底無しの体力と、圧倒的な力。空を駆ける翼に、外敵を葬る火炎。
一体自分は、何れ程の化け物を相手にしようとしているのだ。
大怪鳥のクチバシから放たれた火炎。
人体を呑み込む程の大きさのそれは、着弾した箇所を中心に弾けた。
生い茂る緑を焼き、大地を穿ち、熱波は離れた場所にいたアルにも届く。
しかして、レオルドは健在であった。
無論のこと、あの火球を受けてただで済むハズがない。
だからこそ、アルは舞い上がる土砂と熱波で視界を覆われながら、レオルドが紙一重でかわしたのだと、容易に理解出来た。
彼の疾走は止まらない。
はぜた大地を後方に、瞬く間に怪鳥との距離を詰めていく。
だから、それは運が悪かったとしか言いようがない。
レオルドが攻撃の間合いに入った瞬間、怪鳥がついばむようにクチバシを動かしたのだ。
火球をかわしたことで、レオルドの移動経路は僅かに制限されている。
そこに加えて、完璧なタイミングでの攻撃。まるでレオルドの攻撃を読みきったかのような連係。
怪鳥にしてみれば苦し紛れの攻撃が産んだただの偶然だろうが、人間にとってはたまった物ではない。何せ飛竜の攻撃は、その一撃一撃が致命的なのだ。
どんな生き物も、攻撃する時には隙が生じる。
抜刀の為に、『駆ける』ことから『踏み込む』ことへと、その足運びを変化させていたレオルドにはクチバシをかわせない。
受けようにも盾はなく、そも両腕は背に収まった太刀へと伸ばされている。
────直撃
アルの総身に寒気が奔る。
そう、このままでは直撃だ。
そしてそうなれば、レオルドは恐らくは立ち上がれまい。
(くっ……そ!! 冗談じゃ、ねえぞ!?)
いつしか止まってしまっていた両足に力を込めて、アルはレオルドの下へ走り出す。
わかっている。恐らくは────いや、絶対に間に合わない。
それでも、
(諦め…………、られるかっ!!)
時間にして数秒。いや、一秒にも満たないであろう刹那に選択する。
同時、とてつもない無力感がアルを苛んだ。
一瞬後の未来など容易に想像できる。
しかし、だからこそ両足に込める力を強めて────、
怪鳥の頭部が爆発した。
「え!?」
「クアァァアアアアッ!?」
驚愕は、アルより怪鳥の方が大きかったであろう。
突然自分の頭が────より正確に言うなら顔面が爆発したら、どんな生物でもビビる。
そしてその驚愕が僅かにクチバシの軌道を逸らす。
レオルドにはその僅かがあれば十二分だった。
背の太刀を一気に抜刀し、そのまま大怪鳥の鼻先に叩き付ける。
血潮が舞い、火花が踊る。
この一撃で、イャンクックは決定的に攻撃を逸らすことになった。誰もいない空間に、巨大なクチバシが空しく刺さる。
怪鳥がレオルドに向き直ろうとした時には、既に彼はその場にはいなかった。より深く斬りつける為に、怪鳥の足元へと移動していたのだ。
イャンクックが不思議そうに「コッコ?」と喉を鳴らす。
その様があまりにアレ過ぎて、アルは場違いにも吹き出しそうになった。
そんな怪鳥の様子に構わず、レオルドが死角からの攻撃を実行する。
火花めいた光りと血飛沫が、レオルドの一撃ごとに舞い散り、怪鳥の体力を奪い去ってゆく。
攻撃を受け続ける怪鳥も、ここまで好き勝手されれば流石にレオルドの位置に気が付く。
何処にそんな体力があるのかとツッコミたくなる動きで、レオルドの攻撃を振り切り向き直る。
自然、レオルドは大怪鳥と正面から向き合う形になった。
それでも、彼に焦りは微塵もなく。
そしてレオルドが踏み出した瞬間、辺りに銃声が響いた。
『誰』が『何』をしたかなぞ、姿を確認するまでもなく明白だった。
断続的に聞こえる銃声の後、怪鳥の身体に弾丸の雨が襲いかかる。
その雨を掻い潜るように、レオルドの太刀が嵐の如き苛烈さで怪鳥の甲殻を引き裂いた。
「ギャオオオォォオオ!?」
狙撃手を探そうとすれば斬撃が。まとわりつく人間を排除しようとすれば、弾丸が。それぞれが、それぞれの隙を埋め合うように交錯する。
思えば、
その彼が、一人無謀に怪鳥に突っ込んでいくレオルドを、黙って見ているハズがない。
正確で隙の無い連係は、二人の狩りの腕前と呼吸を示していて。
アルは唐突に、レオルドはジェイを信頼していたのだと思い到った。
これだけの連係をやってのけるなら、組んだ期間も相当だろう。
ならば、先の怪鳥のついばみを止めることすら、きっと二人には当然のことだったのだ。
「すげぇ……」
恐らく、絶えず移動しながら狙撃しているのだろう。
ジェイの姿は、怪鳥から離れた場所で見ているアルにすら捉えられない。
姿を晒しているレオルドにしてみても、アルにはその太刀筋がまるで読み取れなかった。
「けど……」
そう、けれど。
ここで二人にだけ任せる訳には行かない。
それではいつまで経っても
彼らにも。そして、あの
「いっく、ぞぉおおお!!」
自らを鼓舞しながら、駆け出す。
レオルドが、大怪鳥が、アルの声と存在に気付いた。
「クアァァアア!!」
紫電の斬撃を無視して、大怪鳥はアルにそのクチバシを差し向けた。
「おせぇ!」
ついばむように繰り出されたクチバシをサイドステップでかわし、怪鳥の脚部に斬りつける。
巨体を支える太い足は、まるで大木を斬りつけたような感触をアルへと返した。
「ぐっ……、おおおりゃっ!!」
アルの攻撃は、斬る、というより削るといった方が正しい。
目一杯力と速度を乗せた一撃は、しかし簡単には通ってはくれなかったのだ。
怪鳥が振り返る。
否、巨体を振り回す。
連動して動いた尾が、怪鳥に密着していた二人を襲った。
しなる尻尾が唸りをあげ、アルの頭上を素通りする。
対面でレオルドが、同じように身を屈めてかわしているのがわかった。
身体をその場で回転させた怪鳥の、足の動きが止まる。
瞬間、弾かれたように二人は怪鳥の足に斬りかかる。
風を巻き込む一閃が鱗もろとも肉を裂き。
一撃一撃削るような無数の斬撃が甲殻を削いでいく。
「コアァァアア!!」
怪鳥は、煩わし気に身体を旋回させるも、二人のハンターには効果がない。
唸る尻尾をやり過ごしてアルは叫んだ。
「その攻撃は、もう覚えた!」
※ちょっとした言い訳のようなもの。
本来は鳥竜な彼ですが、一般的には飛竜扱いされてるんじゃないでしょうか。
ハンターの登竜門。一番初めに戦うべき飛竜なんて言われてますし、2Gだとかの飛竜カウンターでも彼はカウントされてたように思いますし。
っていうか大きさと脅威のレベル的に飛竜クラスなら、本来鳥竜だろうが獣竜だろうが飛竜扱いでもいいよね、一般人的にも、ハンター的にも変わらない。変わるのは学者的な見解だけ。
そんな訳で作中では『みんな鳥竜だとわかってるけど、脅威のレベルと形が飛竜に近いから飛竜扱い』してます。アルたちがバカなんじゃないんだ。彼らにしたらどっちでもいいんだ。
モンスターなんて狩るか狩られるかの存在でしかないから。