身体を旋回させる攻撃も、獲物に食らい付く攻撃も、山なりの火球もついばみも。そのどれもが、今しがた見たばかりの物だ。
そんな攻撃には当たらない。
それらの連続であったとしても、何か致命的な異変が無い限り、もうアルには当たらない。
「ふっ」
肺に溜めた息を吐き出すと同時に、大怪鳥の足を斬りつける。
鱗を数枚弾き飛ばす程度の攻撃力だが、この攻撃も無駄ではないとアルは確信していた。
僅かばかりの痛みに、怪鳥の意識が揺れ動く。
その僅かな隙を、剛剣が抉り、刻み、薙ぎ払う。
アルの攻撃は言わば、『レオルドが斬り込む隙を誘発』する為のものだ。決定打には程遠く、隙を作ることもまた、容易くはない。
それでも、今ここでアルが出来ることはそれだけであった。
だからそれをきっちりやろうと、自分に言い聞かせて剣を振るい続ける。
怪鳥が身体を振るう。
アルとレオルドが身体を引く。
木々をも薙ぎ払う攻撃は、しかし二人をかすめることすらなく空振りに終わった。
「おおっ!!」
「……っ!」
旋回の静止を待たずに、レオルドとともに左右から同時に踏み込む。
大怪鳥の足を中心に、片手剣と太刀を交錯させるようにすれ違う。
同時に受ける逆方向からの衝撃に、怪鳥の足元がぐらつく。
直後、怪鳥の頭部に弾丸が突き刺さった。
「退がれ!!」
「!」
背後から聞こえた声に、反射的に従う。
怪鳥が、引き下がろうとするアルに食らい付く────、
「クアァァアア!?」
凶悪なクチバシがアルに届こうかという瞬間、怪鳥の頭部に刺さった弾丸が爆発した。
────徹甲榴弾
獲物に食らい付いた後、爆発によって標的を蹂躙する凶悪な弾丸である。
思い返せば、先の攻撃からレオルドを救った最初の狙撃。あれも恐らくは徹甲榴弾だったのだろう。
脚部の関節を砕くような一閃の直後、ぐらつく身体を整えさせる間もなく頭部への狙撃。
この連携に、遂にイャンクックの身体を支える両足が悲鳴をあげた。
果たして大怪鳥は、アルに攻撃が届くか否かという地点で、横合いに吹き飛ぶように倒れたのだった。
「こ、の……、ビビったじゃねえか!!」
後退の指示は、怪鳥が転倒するのを見越してのことだったのだろう。あのまま足元に残っていたら、あの巨体に押し潰されていたかも知れない。
その点で指示は的確だったのだが、やはりビビるもんはビビる。
あの巨体が、急にどしーんとか。
それ以前に、離脱しようとしたアルに追いすがった怪鳥にもビビった。
要するに、『二重の意味でビビったぞ、どうしてくれるこのやろう』という心境である。
「行くぞ」
わめくアルを尻目に、レオルドが疾駆する。
あれだけの巨体だ。一度倒れてしまえば、立ち上がるのは容易ではないだろう。それは言うまでもなく、こちらから一方的に攻撃出来るチャンスだ。
「お、俺も!」
この機を逃す真似はしない、と斬り込むレオルドに一歩遅れて、アルが怪鳥に肉薄する。
やや回り込んで、レオルドが怪鳥の胴体へ。
対して、アルは正面から。怪鳥の顔面を真っ直ぐ見据えて、剣を執った。
堅い甲殻や、皮膚を隙間無く被う鱗。
それらの硬度は、アルの手持ちの武器ではどうしようもない。
だが頭部。その一ヵ所だけは、“目に見えて”その守りがなかった。
つまりそこならば確実に、有効なダメージを与えられるということ。
身長差と、飛竜の正面に立つリスクから今まで狙っていなかったが、怪鳥が転倒した今なら届く。
「う、おおぉぉぉ!!」
軽い跳躍から、怪鳥の脳天に一撃。
剣を通じて思いの外、堅い感触が返ってくる。
が、それでも他の部位より圧倒的に軟らかい。やはりこの部位なら、アルの腕力と武器でもどうにか太刀打ち出来る。
「ギャアアアァァアアッ!?」
二撃目を繰り出す直前に怪鳥が絶叫した。
横倒しになった怪鳥の腹部。その間近でレオルドの太刀が、風を巻き込みながら血潮を啜る。────否、血を貪る。
彼の剛力から繰り出される攻撃の前には、怪鳥の防御など無いに等しい。
加えて甲殻を吹き飛ばす爆撃だ。
恐らく、ジェイがレオルドを援護するべく狙撃しているのだろう。
斬撃で生まれた傷を拡げるような狙撃と、拡げた傷をなぞるように斬撃を繰り出す二人の連携は、見ていて美しささえ感じてしまう。
(すげぇ……!)
手早く、淀みなく、互いが互いの最大威力を与えられるような連携。
1+1=2、という単純な計算ではない。
ともすれば見とれてしまいそうなコンビネーションを前に、しかしアルは自身による攻撃の手を緩めなかった。
それは『至近距離で怪鳥から目を放せば殺られる』という思いからだったのか、それとも『二人に負けないように攻撃を重ねよう』という思いからだったのか。
いずれにせよ、アルがレオルドとジェイの連携に見とれたのは一瞬で、その一瞬の後は、最前と同じように怪鳥の頭部に斬撃を叩き込むべく剣を振るった。
一撃、二撃、三撃、と同じ箇所を斬りつける。
怪鳥がアルの目前で悲鳴をあげるも、起き上がれないのだろう。痛みにのたうち回ることも出来ずに絶叫するだけだ。
四、五、六────、ここで軸足を支点に半回転。
遠心力の十分に乗った一撃を怪鳥の横っ面に叩き込む。
八、九、十────、普段以上の緊張と連撃の中、息を整えもせずにさらに右腕を振るう。
視線は、ただ真っ直ぐに攻撃する箇所を。
剣は的確かつ迅速に、攻撃に適したと感じた場所を抉り続ける。
────いける。
唐突にそう感じた。
油断も慢心もする気はないが、これならいけると。
レオルドとジェイの連携は圧倒的だ。
その上、怪鳥の状態は『死に体』と言っていい。
このまま剣を振るい続ければ、押し切れる。
否、押し切る。
そう決意して右腕を振りかぶった瞬間────、
「あ」
────怪鳥と眼があった。
血走った金の双眸がアルを映す。
いや、怪鳥からすれば初めから視界にアルがいたのだろう。アルはずっと正面から斬りつけていたのだから。
そのことにアルが気付いた、それだけの話である。
にも拘わらず、アルはその視線におののいた。
────殺意
────怨恨
────恐怖
怪鳥がアルに向けた視線は、そのどれもがあって、どれにも当てはまらなかった。
あえてその視線に込められた意思に名前を付けるなら、『生への執念』。死に恐怖し、生きることを渇望し、生きるためならば誰でも殺すことを決めた眼。
イャンクックから絶えず感じていた殺意は圧倒的であった。
それでもアルが怖じ気付かずに立ち向かえたのは、“かつて火竜から向けられた殺意”の方が尚、圧倒的だったことに起因する。
だが、ここにきてアルはイャンクックの視線に動きを止めた。
怪鳥の殺意が、生きようとする意思に変わった途端、頭が真っ白になり何も考えられなくなったのだ。
「あ、う」
言葉にならない声を漏らすアルの前には怪鳥の眼。
そう、生きようとする意思は何より強い。
ただ圧倒的であった“リオレウスの殺意”など、取るに足らない些末事にさえ感じられる。
「あ、あぁ……」
自分は恐怖しているのだろうか。
それとも、こんなにも懸命に生きようとする怪鳥を殺すことを躊躇っているのだろうか。
剣を握る右腕が痺れて動かない。
盾を持つ腕は僅かに痙攣し、両の足はそこに根付いてしまったかの如く、ピクリともしなかった。
呆然とするアルの前では、怪鳥がそのクチバシを大きく広げていく。
その真っ暗な口内には、まるで陽炎のように揺らめく灼熱が見えて────、
「止まるな! クソガキ!!」
「っ!?」
聞こえた声に、狭まった視界が急速に回復していく。
取り戻した景色に、しかし思考は追い付かず、半ば恐慌したままアルは剣を振るった。
「う、ああぁぁぁ!?」
剣は怪鳥の頭部を強かに打ち据える。
しかし怪鳥は止まらない。広げきった口内から今この瞬間、灼熱が溢れ出した。
「退け」
「うっ!?」
アルを飲み込むべく放たれた火炎は、彼の鼻先をかすめて逸れていく。
否、アルの方が火炎から身を放していた。
一瞬の浮遊感の後、背中を地面に強かに打ち付ける。
顔を上げた先には、怪鳥からアルを庇うように立っているレオルドの姿。
────放り投げられた
そう認識するより速く、怪鳥の雄叫び。
「チィッ!?」
舌打ちと共にレオルドが飛び退く。
その影から、姿勢を低くした怪鳥が突進してくる。
「しまっ!?」
状況を飲み込めないアルは、未だ立ち上がることが出来ずにいた。
レオルドに放り投げられる形で離脱したアルは、当然レオルドと射線が重なってしまっている。
レオルドに向けた突進は、そのままアルに対する攻撃にもなりえるのだ。
自力での回避は間に合わない。
盾を構えようにも、ざわめく思考は左腕を動かすことはなかった。
(死────!)
「手間かけさせんじゃねえ!」
迫る怪鳥に死を連想した瞬間、怒号とともに体を引き下げられた。
直後、桃色の巨体がアルの眼前を通りすぎてゆく。
間違いなく直撃コース。あのままなら死んでいた。
それを悟ったアルの背中に、嫌な汗が浮かんで消える。
「行かせん」
「クソ!!」
「うわっ!?」
突進の勢いのまま走り去る怪鳥を追って、レオルドが駆け出した。
その様を見て、ジェイが“アルを掴んでいた左腕”を放して、彼の後を追う。。
支えを失ったアルは情けない声をあげて、そのままその場に尻餅をついた。
アルがのろのろ立ち上がるのと、レオルドが怪鳥に追い付いたのは同時。
抜き放たれる太刀。
翼を震わせる怪鳥。
「チッ」
タッチの差で、レオルドの太刀は空を斬った。
羽ばたく。
アル達の前に現れたのと同じように、今度は離脱のために空を駆ける。
ふらつく飛翔は、しかし既に太刀の射程外であった。
「逃がすか!!」
レオルドの太刀にやや遅れて、ジェイのボウガンが火を噴く。
剣に比べて圧倒的な射程を誇る銃弾は、寸分違わず怪鳥の翼膜に突き刺さった。
それでも、懸命の離脱を試みる怪鳥が墜落することはない。ダメージを省みず羽ばたき続け、ついにはこの空域から飛び去って行った。