「どういうつもりだ、テメエ! 死にてえのか、あぁ!?」
「……っ」
胸ぐらに掴みかかってきたジェイに怒声を浴びせられる。
そうされても仕方がないことをした。そのぐらいの自覚はアルにもある。
アルはこちらを睨みつけるジェイから視線を外すと、「悪い……」と一言だけ呟いた。
「『悪い』だぁ? 下手すりゃ死んでたんだぞ!」
「ジェイ」
「止めるな、旦那! こういうことはハッキリさせとかなきゃならねえ!!」
結局、大怪鳥はこちらの追撃を振り切って飛び去ってしまった。
まだ『狩り場』の中にはいるだろうが、探し出すのには苦労するだろう。ジェイが声を荒げているのは、その辺りの苛立ちも手伝っているのかも知れない。
「何で急に立ち止まったりした!? 何か言い訳があるなら言えよ、ほら!」
「……、」
「てめえっ!」
「ジェイ。もうよせ」
振り上げられた拳をレオルドが阻む。
アルがあんな位置で立ち止まったせいで、一番危険な目に遭ったのはレオルドのハズだ。
何せ、本調子ではない腕で飛竜の相手をして、未熟なアルを庇ったのだから。
殴られても仕方ない。
そう思っていたのに、ジェイの拳を阻んだレオルドからは、まるで怒気を感じなかった。
「……怖かった、んだと思う」
「あ?」
ジェイに胸ぐらを掴まれ俯いたまま、アルは自らの感じたことをポツポツと語り始めた。
せめてそのくらいのことはしなければ。ともに狩りに赴き、迷惑をかけた彼らには、あの時のアルの状況を知る権利がある。
「イャンクックと目が合った瞬間に、あいつの『生きたい』って気持ちが伝わってきて……、たぶんそれが怖かったんだ。……俺は」
「なめてんのか。初めて狩る訳じゃあるめえし、そんな理屈が────」
「ジェイ。もうよせと言ったぞ」
「旦那! ……ちぃ、クソ!」
その感情を隠しもせずに、ジェイはアルを解放した。
急に支えを失ってバランスを崩したアルは、倒れる寸前でレオルドに抱き止められる。
「……すまねえ」
「いや。……それよりも、一つ訊いておきたいことがある」
レオルドの声は静かな物だったが、その分アルの中にズシリと響く重い物でもあった。
「イャンクックを狩るのは────いや、ヤツと闘うのは初めてだな?」
「……っ!?」
「はぁ!? ちょっと待ってくれよ旦那。そんな訳ねえだろ!」
見透かされた。
そう感じ、口をつぐんだアルに代わって、ジェイがレオルドに応じる。
彼の口から飛び出したのは、『有り得ない』という感情のこもった言葉の羅列だ。
「初めての相手に、あの立ち回りは有り得ねえだろ。
もしマジで初見だったとしたら……」
「どうだ? アル」
伝えていなかったこと。
特に訊かれた訳ではなかったからといって、狩りの経験を伝えていなかったのはマズかったのかも知れない。
アルは隠し事をするつもりも、嘘をつくつもりもなかったが、結果的にそうなってしまったのかも知れない。
「ごめん……。俺、アイツと闘うの初めてだ」
「そうか」
予測していただけのことはある。
レオルドの声は、最前の時と寸前違わず、静かで重々しく落ち着いたままであった。
対称的にジェイにとっては完全に予想外だったのだろう。
僅かに目を見開くと、驚きを含んだ表情のまま、まくし立てる。
「待てコラ。じゃあてめえは、初見でイャンクックと殺り合ってたって言うのかよ」
「ああ」
「事前情報無しで? あの立ち回りを?」
「火を吐くとか、尻尾を振り回すとかは聞いたことあったし。
……それに俺より先にレオルドが闘ってたじゃんか。あれ見てりゃ、大体の動き方はわかるだろ?」
「お前、それ本気で?」
「え? あ、うん」
何かマズかったのか。
質問するだけ質問して、急に口を閉ざしてしまったジェイに、アルは不安を覚えた。挙げ句、何やら思案し始めたようですらある。
「……待て、待てよ。てめえは、アルバートで間違いねえんだよな?」
「それは……、そうだけど?」
ややあって発せられた次の質問は、それまでと方向性が異なるものだった。
脈絡が無い上に、意味があるのかわからない質問である。
「旦那、俺達は受付嬢に……」
「検索条件は『この依頼に最適なハンター』だったハズだ。別に嘘はあるまい」
「あぁ……、ちっ、そうかそう言うことかよ!」
何やら二人の間でだけわかる会話のようで、アルにはついていけないが、どうやらジェイの認識と何かが食い違っていたらしい。
彼はその輝く金髪を乱雑に掻き乱すと、ギロリとアルを睨むように見据えた。
「お前、これ以上やれるのか?」
「……え?」
「こっから俺達はイャンクックを追撃する。そうなりゃ、また殺意を向けられるんだ。お前に、それを超えられるのか?」
「……」
ジェイの質問は、確認しておかなければならない最重度の物だ。
先刻のようにアルが立ち止まってしまえば、狩り場にいる全員に危害が及ぶ。
それを避ける為に、彼は質問しているのだ。
ある意味、最後のチャンスとして。
ここで無理だと答えれば、アルはイャンクック狩りから外されるだろう。
悔しいが、正しい判断だし、アルも生き死にを決める質問に嘘をつくつもりは無い。
あの怪鳥の必死な目を思い返し、アルの手は微かに震えた。
殺意も敵意も執着も。そのどれもが圧倒的だったあの目。
再認して、震えて、そしてアルは口を開いた。
「俺、やるよ。あの目を、超えてみせる」
「次も助けてやれるとは限らねえ。それでもやるのか?」
「……ああ。ハンターならいつか超えなきゃならないことだろ? だったらやってやる。でないと俺は……」
「でないと何だ?」
この二人にも、いつかの『彼女』にも追い付けない。
その言葉を辛うじて飲み込むと、アルはジェイの目を見詰め返して口を開く。
「なんでもない。信用はしてもらえないだろうけどさ、やらせてくれ、俺に」
「……」
と、背中に軽い衝撃。
何事かと振り向く前に、レオルドがアルを追い抜いて歩き去って行く。
「はい?」
何だったの今の? と首を傾げ、レオルドの背中を見送った。
何だ。まさか信用出来ないから置いて行くってことだろうか?
「期待してるとよ」
「え?」
「行くぞ。旦那に置き去りくらっちまう」
「お、おい。それじゃ、俺は闘っても……」
言いかけたアルに、ジェイは大袈裟に溜め息を吐いて言う。
「戦力には数えねえ。すぐにどうにかなるなんざ、思えねえからな。けど、てめえは超えるつもりなんだろ? だったら見せてみろよ」
置いてくぞー。と、気のない声を残してジェイもレオルドの後を追う。
「戦力外か……。でも、しゃーないよな」
薄く笑って呟く。
右の拳を堅く結んで、アルは二人の姿を追った。
※※※
「近いな」
先行するレオルドが短く呟いた。
あの後、アルは密林中を歩き回って怪鳥を探し直す羽目になるかと思っていたのだが、追跡自体は意外なほどあっさりと可能であった。
飛び去る怪鳥に、ジェイが撃ち込んだ弾丸。
俗に『ペイント弾』と呼ばれる物の成果である。
ペイント弾は、対象に着弾すると強い臭いを発生する。
ある程度の訓練を受けたことがあるハンターならば、この臭いを辿って獲物を追うことが可能であった。
ちなみにペイント弾と同様の効果を持つアイテムとして『ペイントボール』と『ペイント瓶』が挙げられる。
『ペイントボール』は弾丸ではなく『ボール』なので、ボウガンを持たない剣士にも使用可能である。
『ペイント瓶』については、やはりガンナー────その中の特に弓兵の武器でしか使えないのだが、まあ現状では、あまり長々と説明したところで意味はなさそうである。
閑話休題。
そういった訳で、彼らはペイントの臭気を追って狩り場を移動していた。
怪鳥は密林をぐるりと回りながら飛行したようで、飛行時間の割りに距離は離されていなかった。
先程、戦闘を行った位置は、ベースキャンプから森に入る道。
現在、移動している位置は、ベースキャンプから『浜辺』へ抜ける道。
移動距離もそうだが、ベースキャンプからの近さに、アルは少し気分が軽くなった。
いざというとき避難できる地点が近くにあると、精神的にはかなり余裕ができる。やはり、拠点が近いと闘いやすい。
「……いた」
白い砂浜。そこを突っ切ると、再び森に入る。
『密林』という呼び方をしているが、事実上は『孤島』に近いので、こういった砂浜も多いのだ。
怪鳥は、その砂浜のほぼ中央で休んでいた。
弾け飛んだ甲殻。剥げ落ちた鱗。傷ついた頭部に、ボロボロの翼膜。
その姿こそ、先に闘ったイャンクックに相違なかった。
「気付かれねえように、ってのは無理だな」
「ああ。……正面から行く。行けるか?」
前半部分をジェイに、後半部分をアルに向けてレオルドが言う。
やってやる。そう再認して、アルは頷いた。
「よっしゃ。そんじゃ、景気良くいってみっか!!」
直後、ジェイのボウガンが火を噴いた。
けたたましい音を挙げて、複数の弾丸が怪鳥に食らい付く。
「クワァァァァァ!?」
完全に不意を衝かれた怪鳥は、痛みにたたらを踏む。
アルとレオルドが攻撃の間合いに入ったのは、それと同じくしてだ。
「うおぉぉぉお!!」
雄叫びを上げつつ一閃。
手のひらへと返る、ガツリ、と岩を削ったかのような感触。
弱っているからといって、怪鳥の甲殻は軟らかくなったりはしない。
二、三回斬りつけて飛び退くと、対面でレオルドの太刀が翻るのが見えた。
悲鳴をあげる怪鳥が、苦し紛れに尾を振るう。
何度も見た攻撃を避けることは容易かったが、それで攻撃の手は止まった。
内心で苦い思いをする。
アルとしては、このまま押し切ってしまうのが理想だったのだ。
そうでなければ、怪鳥はまた飛び去ってしまうかも知れないし、アルはまた気圧されてしまうかも知れなかったから。
「焦るな」
「……わかってるっ」
怪鳥から距離を取った先で、レオルドにたしなめられる。
そう、そうだ。狩りに焦りは禁物なのだ。
「コアアァァァアア!!」
やがて尾を振り回し続けていた怪鳥の旋回が終了する。
そのまま向きを調整すると、怪鳥はアルに狙いを定めたようだった。
血走った金眼と、アルの眼が合う。
そこから感じるのは、先程と同じ────否、先程よりも凄まじい生への執着。
耳障りな声を挙げて、真っ直ぐこちらへ猛進してくる怪鳥に、アルは腰を抜かしてしまいそうになる。
けれど────、
(負け……、るか!)
そう、負けない。
視線は前へ。右手は強く、両足はただ前進の為に。
「クワァァァァァッ!!」
「負っける、もんかぁぁああっ!!」
巨体そのものを武器として、こちらを押し潰そうとしてくる怪鳥を、紙一重でかわす。
かわしながらアルの剣は、突進してくる怪鳥の脚に食らい付いた。
「ギャオオォォォ!?」
自重を支えていた脚のバランスを崩され、前進しながら怪鳥が盛大に転倒する。
その重さに、砂浜と波が弾けた。
「舐めんなよ。いつまでもやられっぱなしじゃ、いられねえんだ」