「────はっ!?」
苦悶に顔を歪めながら、ロイドは目を覚ました。
背には嫌な汗がびっしょりと浮かんでいる。どうやらよほど嫌な夢を見たらしい。
ロイドは腕利きだ。いやむしろ右利きだ。
そのロイドをして震え上がらせる悪夢とは、お化けの夢か、最強オカマ貴公子とニャンニャンする夢か、好色ブラックドラさんの背中からノーロープバンジーする夢くらいしかない。
多い。
ロイドは自己分析して泣きたくなった。
しかし、今回の夢はそんなレベルの夢ではなかった。
断片的にしか覚えていなかったが、具体的には著作権法に引っ掛かってこの章消えるんじゃね? みたいな夢だ。
「というか、あの配役だと俺は金ぴかに串刺しか、自刃か、心臓を美味しく頂かれてしまうじゃないか」
ロイドが震え上がった理由はそっちだった。どの最期も報われないのだ。主人公なのに、これ如何に。
「どうした? よほど恐ろしい夢を見て、頭のネジが外れたか?」
戦慄するロイドのすぐ側から、低く響く男の声がした。
誰か、なんてわざわざ確認しなくても分かる。この渋い声は『親バカ甘党ギルドナイト』、ルトガー・レッドフォートだ。
「いや、問題ない。俺は正常だ」
息を吐きつつそう返す。
ちなみにすぐ近くから声が聞こえたのは、彼のすぐ近くで眠っていたからに過ぎない。
いや、怪しい意味ではなく。単純に位置関係の問題で。
ルトガーには妻子がいるし、ロイドにそういう趣味はない。そういう
とある事情から旅を続けているロイド達一行は、現在、砂漠の街ネルダから温泉郷セルノリアへ向かう山道の途中にいた。
この山道では昼間色々あったので、今日は無理せずにここで夜を明かす運びになったのだ。
旅のメンバーがロイドをはじめとするハンターだけならともかく、昼間仲間の一人であるオカマがさらってきた(本人は否定)金髪美少女が一緒では強行軍は無理な話であること。
仲間の内から『折角ここには山小屋があるんだから、ちゃんと寝れる時に寝ようよ』という意見が出たことが主な理由だった。
しかし山小屋があると言っても、ここは山の中。四六時中警戒しなければならない状況ではないが、完全に気を緩めてしまう訳にもいかない。
そんな訳で、現在はルトガーが見張りの番。ロイドがその近くで寝ていたのは、『目を離すと夜這いをかけにいくだろう』という理由での監視だ。監視対象は言うまでもなくロイドである。
「交代まではまだ時間がある。寝ていろ」
見張りの順番は、ルトガーの次がロイドだった。
「いや、妙な夢のせいで目が冴えてしまった。このまま交代しよう」
彼の気遣いは嬉しいが、あんな夢を見た後では正直眠れる気がしない。
ロイドはルトガーに眠るように促した。
「そういえば、アーシアはどうした?」
起き上がって、眠っているメンバーを確認した時、仲間の一人がいないことに気が付いた。
見た目はクールな黒髪眼帯美少女。その実体は中二病腹ぺこキャラ。属性盛りすぎなくらいキャラの濃い、魔女っ子天使系ハンターことアーシア・セイクリッドである。
「彼女なら、夜風にあたると出ていった」
「何故一人で行かせた、夜の森は危険だ。くっ、俺がついて行ってやれば」
「アーシアもハンターだ。危険になれば合図を送るくらいのことはやってのける。遠くに行き過ぎないことを約束させたし、問題はないハズだ」
というか、夜の森でお前と二人きりにする方が危険だ、とルトガーは付け加えた。
そんなことはある! と、ロイドはたくましい胸を張った。頭の中は既にピンク色だ。
「しかし、少し遅い気もするな」
「……昼間の件もある。やはり俺かアンタが探しに行くか?」
この辺りにはモンスターだけでなく山賊が出るらしい。
闇に潜み、人の知性で襲いかかってくるなら、ある意味モンスターよりも質が悪い。
「それがいいかも知れん。頼めるか?」
「心得た。ついでにニャンニャンしてくるさ」
「殺されんようにな」
ルトガーの言葉は冗談ではなく、本気だ。
アーシアは可憐だが、苛烈なのだった。
ちなみに、この場に残って『安らかな寝息を発てているルトガーの娘に手を出す』、という選択肢を選んでいた場合、ロイドはあっさり肉塊に変わっていただろう。ルトガーの手によって。
※※※
違和感。
「何か、嫌な感じだね」
一言そう呟いて眉根を寄せる。
山小屋を離れてしばらくして、アーシアを襲ったのは強烈な違和感だった。
アーシアたち一行が一泊を決めたあの山小屋。アーシアにとっては何か寝苦しくて、暑苦しかった。
いや、逆か。暑苦しくて寝苦しい。アーシアは暑さに弱いのだ。
とにかく火照った身体を少し冷まそう、とそういう理由で外に出たのだが……。どうやら、寝苦しかったのは山小屋のせいではなかったらしい。
最初、人の密集した場所で眠っていたせいかと思っていた暑さは、山小屋を離れても尚、付きまとう。
加えて、この違和感だ。
どこがどうおかしいのか説明しろ、と言われてもうまく答えられない。が、確かに何かがおかしい。
例えば、体力を徐々に奪っていく砂漠にいるような。そんな感覚。
無論、暑いとは思っていても、この山の気温がそこまで高い訳ではない。
それに奪われているのは体力よりも、むしろ
当然だ。生命力そのものと言っていい気。何もしていないのにそれを削がれていくなら、それは緩やかに人を殺す毒を浴びているのと同じなのだから。
だが、付きまとう違和感はそれが原因ではなかった。
何もしないのに気を削がれていく。それが原因だというなら、アーシアは仲間に忠告し、この場を離れる選択をする。
アーシアがそれをしないのは、ただ
それゆえの違和感。
確かに気を、体力を奪われている感覚があるのに
異常な感覚と正常な感覚が、ギチギチとアーシアの中でせめぎあう。
不快だ。と、アーシアは我知らずこぼした。
問題があるのか無いのか、何度自問しても答えはない。
否。答えは既にあるのだろう。本当に気に働きかける異常があるのなら、アーシアの友人である『くの一』が気が付かないハズがない。彼女の感知能力はアーシアよりもずっと優れているのだ。
それはつまり、この場に危険が無いことを示している。無論、
(……強くなってきた)
違和感は歩みを進めるごとに強くなる。
不快感に眉を歪めながらもアーシアは歩みを緩めない。
(この違和感に気付いているのが、私だけなら────)
そう、もしもそうならば、アーシアが調べる他にないだろう。
違和感の正体がアーシアの勘違いならいい(その可能性は低いだろうが)、アーシアだけに向けられた攻撃ならば、誰が、何の目的でこんなことをしているのかを探る必要がある。
攻撃で無いにしても、これだけ不快な目に遭わされて黙ってはいられない。生憎とアーシアの心はそんなに広くない。
「あれ?」
と、疑問符とともにアーシアの足が止まった。
「ここ、……何処だろ?」
魔法少女アーシアの属性を変更! 記憶喪失系腹ペコヒロインへ! ────なんてことはない。
単に道に迷っただけである。
いや、それも少し語弊があるかも知れない。
彼女の名誉のために言わせてもらうなら、アーシアは優秀なハンターだ。密林を始めとして、砂漠、凍土、火山など様々な狩り場での狩猟経験がある。
それは複雑な地形を記憶し、自分の有利な地形で戦闘を行うという経験が豊富だということ。それ故に、この程度の距離で道に迷うなんてことは、まずあり得ない。
にも拘わらず、アーシアは道に迷った。
否、
(地形が……、変わった?)
アーシアが歩いていたのは山道だ。草木が生い茂ってはいたものの、密林のそれには遠く及ばなかった。
だが、今はどうだろう。
アーシアの背丈程の雑草が生い茂り、木々の密度は先程の比ではない。山道特有の傾斜も感じられなくなった。
思わず背後を振り返る。
アーシアの目には、今まで歩いてきた
それが余計に違和感を掻き立てた。
まるで、ある瞬間から『全く別の場所』に繋がっているような。
それが証拠に、臭いが、大地の固さが、草木の色が、僅かに、だが確実に変わっている。
ただ唯一、身体にまとわりつく暑さだけが同じで────、
「──────あ?」
途端。アーシアは膝から崩れ落ちた。
別に何が起きた訳でもなく、誰かに何かをされた訳でもなく、ひとりでに身体から力が抜けていく。意識を保っていられない。
白濁しはじめた意識の中で、彼女が想うのは自身の不覚。
そう。異常を感じたのなら、何故最初から仲間に相談しなかったのか。何故、自分一人で調査などしようと思ったのか。
「ロ………イド」
取り返しのつかない後悔を懐きながら、アーシアが呟いた言葉に、どんな意味があったのだろう。
届かない言葉は風に消えて。
アーシアの意識はそこで途絶えた。