優しい龍   作:ハトスラ

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外伝3-2 悪夢からの覚醒 ~そして交錯する~

「────はっ!?」

 

 苦悶に顔を歪めながら、ロイドは目を覚ました。

 背には嫌な汗がびっしょりと浮かんでいる。どうやらよほど嫌な夢を見たらしい。

 

 ロイドは腕利きだ。いやむしろ右利きだ。

 そのロイドをして震え上がらせる悪夢とは、お化けの夢か、最強オカマ貴公子とニャンニャンする夢か、好色ブラックドラさんの背中からノーロープバンジーする夢くらいしかない。

 多い。

 ロイドは自己分析して泣きたくなった。

 

 しかし、今回の夢はそんなレベルの夢ではなかった。

 断片的にしか覚えていなかったが、具体的には著作権法に引っ掛かってこの章消えるんじゃね? みたいな夢だ。

 

「というか、あの配役だと俺は金ぴかに串刺しか、自刃か、心臓を美味しく頂かれてしまうじゃないか」

 

 ロイドが震え上がった理由はそっちだった。どの最期も報われないのだ。主人公なのに、これ如何に。

 

「どうした? よほど恐ろしい夢を見て、頭のネジが外れたか?」

 

 戦慄するロイドのすぐ側から、低く響く男の声がした。

 誰か、なんてわざわざ確認しなくても分かる。この渋い声は『親バカ甘党ギルドナイト』、ルトガー・レッドフォートだ。

 

「いや、問題ない。俺は正常だ」

 

 息を吐きつつそう返す。

 

 ちなみにすぐ近くから声が聞こえたのは、彼のすぐ近くで眠っていたからに過ぎない。

 いや、怪しい意味ではなく。単純に位置関係の問題で。

 ルトガーには妻子がいるし、ロイドにそういう趣味はない。そういう()()()()()状態になるなら、こんなオッサンよりも眼帯中二美少女や妹系くの一、黒髪ご奉仕系メイドさんがいい。

 

 とある事情から旅を続けているロイド達一行は、現在、砂漠の街ネルダから温泉郷セルノリアへ向かう山道の途中にいた。

 この山道では昼間色々あったので、今日は無理せずにここで夜を明かす運びになったのだ。

 

 旅のメンバーがロイドをはじめとするハンターだけならともかく、昼間仲間の一人であるオカマがさらってきた(本人は否定)金髪美少女が一緒では強行軍は無理な話であること。

 仲間の内から『折角ここには山小屋があるんだから、ちゃんと寝れる時に寝ようよ』という意見が出たことが主な理由だった。

 

 しかし山小屋があると言っても、ここは山の中。四六時中警戒しなければならない状況ではないが、完全に気を緩めてしまう訳にもいかない。

 そんな訳で、現在はルトガーが見張りの番。ロイドがその近くで寝ていたのは、『目を離すと夜這いをかけにいくだろう』という理由での監視だ。監視対象は言うまでもなくロイドである。

 

「交代まではまだ時間がある。寝ていろ」

 

 見張りの順番は、ルトガーの次がロイドだった。

 

「いや、妙な夢のせいで目が冴えてしまった。このまま交代しよう」

 

 彼の気遣いは嬉しいが、あんな夢を見た後では正直眠れる気がしない。

 ロイドはルトガーに眠るように促した。

 

「そういえば、アーシアはどうした?」

 

 起き上がって、眠っているメンバーを確認した時、仲間の一人がいないことに気が付いた。

 見た目はクールな黒髪眼帯美少女。その実体は中二病腹ぺこキャラ。属性盛りすぎなくらいキャラの濃い、魔女っ子天使系ハンターことアーシア・セイクリッドである。

 

「彼女なら、夜風にあたると出ていった」

「何故一人で行かせた、夜の森は危険だ。くっ、俺がついて行ってやれば」

「アーシアもハンターだ。危険になれば合図を送るくらいのことはやってのける。遠くに行き過ぎないことを約束させたし、問題はないハズだ」

 

 というか、夜の森でお前と二人きりにする方が危険だ、とルトガーは付け加えた。

 そんなことはある! と、ロイドはたくましい胸を張った。頭の中は既にピンク色だ。

 

「しかし、少し遅い気もするな」

「……昼間の件もある。やはり俺かアンタが探しに行くか?」

 

 この辺りにはモンスターだけでなく山賊が出るらしい。

 闇に潜み、人の知性で襲いかかってくるなら、ある意味モンスターよりも質が悪い。

 

「それがいいかも知れん。頼めるか?」

「心得た。ついでにニャンニャンしてくるさ」

「殺されんようにな」

 

 ルトガーの言葉は冗談ではなく、本気だ。

 アーシアは可憐だが、苛烈なのだった。

 ちなみに、この場に残って『安らかな寝息を発てているルトガーの娘に手を出す』、という選択肢を選んでいた場合、ロイドはあっさり肉塊に変わっていただろう。ルトガーの手によって。

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 違和感。

 

「何か、嫌な感じだね」

 

 一言そう呟いて眉根を寄せる。

 山小屋を離れてしばらくして、アーシアを襲ったのは強烈な違和感だった。

 

 アーシアたち一行が一泊を決めたあの山小屋。アーシアにとっては何か寝苦しくて、暑苦しかった。

 いや、逆か。暑苦しくて寝苦しい。アーシアは暑さに弱いのだ。

 

 とにかく火照った身体を少し冷まそう、とそういう理由で外に出たのだが……。どうやら、寝苦しかったのは山小屋のせいではなかったらしい。

 最初、人の密集した場所で眠っていたせいかと思っていた暑さは、山小屋を離れても尚、付きまとう。

 

 加えて、この違和感だ。

 どこがどうおかしいのか説明しろ、と言われてもうまく答えられない。が、確かに何かがおかしい。

 

 例えば、体力を徐々に奪っていく砂漠にいるような。そんな感覚。

 無論、暑いとは思っていても、この山の気温がそこまで高い訳ではない。

 それに奪われているのは体力よりも、むしろ()のような感じだ。『降竜儀』や鬼人化を使用した時とは比べるべくもないが、それでも気を削がれていく感覚というのは気持ちいいものではなかった。

 

 当然だ。生命力そのものと言っていい気。何もしていないのにそれを削がれていくなら、それは緩やかに人を殺す毒を浴びているのと同じなのだから。

 

 だが、付きまとう違和感はそれが原因ではなかった。

 何もしないのに気を削がれていく。それが原因だというなら、アーシアは仲間に忠告し、この場を離れる選択をする。

 

 アーシアがそれをしないのは、ただ()()()()()()()()()()()ことに、気が付いていたからだった。

 

 それゆえの違和感。

 確かに気を、体力を奪われている感覚があるのに()()()()()()()()()()()()()()()()こと。

 

 異常な感覚と正常な感覚が、ギチギチとアーシアの中でせめぎあう。

 不快だ。と、アーシアは我知らずこぼした。

 

 問題があるのか無いのか、何度自問しても答えはない。

 

 否。答えは既にあるのだろう。本当に気に働きかける異常があるのなら、アーシアの友人である『くの一』が気が付かないハズがない。彼女の感知能力はアーシアよりもずっと優れているのだ。

 それはつまり、この場に危険が無いことを示している。無論、()に関することのみだが。

 

(……強くなってきた)

 

 違和感は歩みを進めるごとに強くなる。

 不快感に眉を歪めながらもアーシアは歩みを緩めない。

 

(この違和感に気付いているのが、私だけなら────)

 

 そう、もしもそうならば、アーシアが調べる他にないだろう。

 

 違和感の正体がアーシアの勘違いならいい(その可能性は低いだろうが)、アーシアだけに向けられた攻撃ならば、誰が、何の目的でこんなことをしているのかを探る必要がある。

 

 攻撃で無いにしても、これだけ不快な目に遭わされて黙ってはいられない。生憎とアーシアの心はそんなに広くない。

 

「あれ?」

 

 と、疑問符とともにアーシアの足が止まった。

 

「ここ、……何処だろ?」

 

 魔法少女アーシアの属性を変更! 記憶喪失系腹ペコヒロインへ! ────なんてことはない。

 

 単に道に迷っただけである。

 いや、それも少し語弊があるかも知れない。

 

 彼女の名誉のために言わせてもらうなら、アーシアは優秀なハンターだ。密林を始めとして、砂漠、凍土、火山など様々な狩り場での狩猟経験がある。

 それは複雑な地形を記憶し、自分の有利な地形で戦闘を行うという経験が豊富だということ。それ故に、この程度の距離で道に迷うなんてことは、まずあり得ない。

 

 にも拘わらず、アーシアは道に迷った。

 否、()()()()()()()()()()()()()()()

 

(地形が……、変わった?)

 

 アーシアが歩いていたのは山道だ。草木が生い茂ってはいたものの、密林のそれには遠く及ばなかった。

 

 だが、今はどうだろう。

 

 アーシアの背丈程の雑草が生い茂り、木々の密度は先程の比ではない。山道特有の傾斜も感じられなくなった。

 

 思わず背後を振り返る。

 アーシアの目には、今まで歩いてきた()()が続く。

 それが余計に違和感を掻き立てた。

 

 まるで、ある瞬間から『全く別の場所』に繋がっているような。

 それが証拠に、臭いが、大地の固さが、草木の色が、僅かに、だが確実に変わっている。

 

 ただ唯一、身体にまとわりつく暑さだけが同じで────、

 

 

「──────あ?」

 

 

 途端。アーシアは膝から崩れ落ちた。

 別に何が起きた訳でもなく、誰かに何かをされた訳でもなく、ひとりでに身体から力が抜けていく。意識を保っていられない。

 

 白濁しはじめた意識の中で、彼女が想うのは自身の不覚。

 そう。異常を感じたのなら、何故最初から仲間に相談しなかったのか。何故、自分一人で調査などしようと思ったのか。

 

「ロ………イド」

 

 取り返しのつかない後悔を懐きながら、アーシアが呟いた言葉に、どんな意味があったのだろう。

 

 届かない言葉は風に消えて。

 アーシアの意識はそこで途絶えた。

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