優しい龍   作:ハトスラ

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外伝3-4 姉弟

 肉のこびりついた骨を焚き火に投げ入れる。

 その数、7本。全てアーシアが食い散らかした物だ。

 

「それで、アーシアはどうしてこんな場所に?」

「ふがふが」

 

 骨の行方を見詰めながら、アーシアはデザートとして提供されたリンゴを頬張った。

 瑞々しい果肉と、鼻を抜ける爽やかな香り。ふっ、いいリンゴ使ってるじゃねえか。

 

 あの後、『カエデ』と名乗った女性に名乗り返して、アーシアは食事を再開した。胃袋はそこそこ満たされていたが、それはそれ。女の子たるものデザートは別腹です。

 

「旅の途中なんだ。少し気になることが出来て、散策していたんだけど」

「夜の森を一人でか? なんというか。それはまた、豪胆だな」

 

 呆れたように言うカエデに、近くに仲間がいたしね、と返してリンゴを飲み込んだ。皆一様に()は捨てるらしいが、ここはここで歯ごたえがあって美味しいとアーシアは思う。

 

「旅の仲間……。姉妹で旅をしている、といったところか?」

「……え?」

 

 確認するように紡がれた言葉に、ビクリ、とアーシアの肩が震えた。

 

 何故。何故、今宵出会ったばかりの人間が、アーシアに姉がいることを知っている?

 

 そんな疑問が表情に表れたのかも知れない。カエデは「寝言だ」と、あっさり言ってのけた。

 

「姉様は、違う。……今は別の人達と」

「そうか。では今は、姉とは離ればなれなのだな。それは寂しいだろう」

「平気だよ。今の仲間は賑やかだから」

 

 意識して明るい声を絞り出す。

 

 姉に関する話題。

 

 カエデに深い意図はなかっただろう。恐らく彼女のセリフは、一般的には当然の疑問と気遣いだった。

 それでも不意打ちに近いそれは、アーシアを揺さぶるに十分な衝撃を含んでいたのだ。

 

 声は震えていないだろうか。

 動揺が顔に表れていないだろうか。

 

 アーシアがカエデに返した言葉に嘘はなかったが、それでも思うところはあった。それが何なのか、アーシア自身に答えがないのも、昼間あった仲間との一件でわかっている。

 

「……私にも弟がいてな」

「え?」

 

 と、おもむろにカエデが口を開いた。

 自分のことで精一杯になっていたアーシアは、咄嗟にはカエデが何を話し出したのかわからなかった。

 

「家族は良いものだ。姉と弟ではまた違うだろうが、まぁ私はアレのことが好きだよ」

 

 少しばかり頭は弱いが、と着け足してカエデは微笑む。

 

「お前のような可憐な妹ならば、姉も幸せだろう。兄弟とは、姉妹とは、結局そういう物だと思うよ」

「……カエデさんは私に惚れちゃったのかな?」

「残念ながら恋愛感情ではないが……、お前のことは愛らしいと思うよ。それこそ妹に欲しいほどにな」

 

 ミルクか紅茶、どちらが好みだ? と、問われて『ミルクティー』と返す。

 

「だがそれは無理だろう? アーシアは、アーシアの姉だけの妹なのだし。……血は水よりも濃いと言う。ならば、私は君に親しい者にはなれんよ。残念だが」

「確かに水より血の方が色んな味がするね。だけど飲むならミルクティーだ」

「違いない。もっとも、私はストレートティー派だが」

 

 温めたミルクと紅茶を混ぜ合わせてカエデが言う。

 

「出来たぞ。人の為に淹れるのは慣れていないから、味の方に期待はしないでほしいが」

「ん、美味しい」

 

 一口含んで微笑んだ。

 口内から食道へ浸入した温かい物。

 揺れていた気持ちが落ち着いていくのがわかる。

 

 気を遣わせてしまったのかもしれない。きっと動揺に感づかれた。そうアーシアは思った。

 

 姉のことは、アーシアにとって深く踏み込んで欲しくない話題だった。けれど、あの流れでは仕方ないと思う。

 そも、彼女は元々アーシアに()()()()()()()のだから、動揺こそしたもののそれを理由に彼女を責める気にはならなかった。

 

「それは良かった」

 

 彼女の言葉は真実、心から出たものだったのだろう。

 だからこそ、アーシアの心は痛みに軋む。どれほど言葉を尽くして貰っても、姉のことは自身で決着をつけるしかない。

 それがわかっているから、彼女の笑顔が、言葉が、同情が、煩わしくて、痛ましくて、眩しかった。

 

 だから、アーシアはこれ以上心配をかけないように笑う。軽口を叩く。

 

 カエデはきっと良い人だ。だけど、出会ったばかりの人に────いや、誰であったとしてもこの胸の内を開かす気はなかったから。

 

「良い腕だ。どう? 私付きの執事にならない?」

「従者というなら、執事よりむしろメイドだろう? もっとも、私にそれらは勤まらないだろうが」

 

 言って紅茶(カエデの分はストレートだ)を啜る彼女は、アーシアの姉についてそれ以上追及しなかった。

 

「メイド服あるよ? 取ってこようか?」

「残念だが寸法が合わんさ」

 

 軽く肩をすくめてカエデが言う。

 もっともな意見だ。アーシアのサイズでは、カエデには小さいだろう。今度からは大小様々なサイズが必要だ。

 

「それで、話を戻すが。旅の仲間というのは、もしや『ロイド』という名前か?」

「あれ? 話したっけ?」

 

 疑問を口にしてから、ハタ、と気付いた。

 まさか、考えたくはないが、また寝言だろうか?

 

(それじゃ、まるで私が夢の中でさえロイドのことを考えてるみたいじゃないか!!)

 

 先程の比ではない程に、アーシアは動揺した。

 というか、彼女は気付いているだろうか?

 ()()()()()()と、わざわざ前置きするということは、普段からロイドのことを考えている、という事を肯定していることに。

 

「というより、私と見間違えただろう? それで、だ」

 

 ちなみに、アーシアは知り得ないことだが、カエデはアーシアが倒れた瞬間にも『ロイド』という名前を聞いている。そこに触れられていた場合、おそらくアーシアの精神は大変なことになっていたと思われるが、まあ仮定の話は考えても詮無いことである。

 

「ああ、ごめん。ロイドと見間違えるなんて、失礼だった」

「いや、それに関してはお互い様だ」

 

 そう言って苦笑するカエデに小首を傾げる。お互い様、というならカエデもアーシアを誰かと見間違えたということだろうか。

 しかしカエデはそこには触れず、アーシアに新たな問いを投げかけた。

 

「それよりどうだ? そんなにも私は『ロイド』と似ているか?」

「全然似てない」

 

 即答する。

 強いて言うなら髪色と鎧の色が似ているくらいか。

 

 まず性別が違うし、ロイドの方がよっぽど大柄だ。

 肌の色も、ロイドは褐色だが、カエデは白に黄色を混ぜたような色。

 『和国人』に多く見られる肌の色だが、何か関係があるのだろうか? そういえば『カエデ』という名前も、それっぽいと言えばそれっぽい。

 

「そうか。まあ名前から察するに男性だからな」

「男、というよりケダモノだよ。なんていうか節操がない」

「色情狂ということか? ふむ。名前といい、それではまるで何処かの王子だな」

「王子?」

 

 ロイドはいつのまにやら王位継承券ルートに入っていたらしい。そうなると、彼の父親である博識なガンランサーは王様だ。

 

「たしか南大陸だったか……。ヴェルなんとかという国の第二王子がロイドという名前だ。

 好色なことで有名でな。第一王子が行方不明になったせいで、実質的に王位を継ぐのは彼だろう」

「それはご愁傷さま」

 

 ロイドが王様になったら国が傾く。アーシアには確信があった。

 

「さて、と」

 

 ミルクティーを飲み干すと、腰掛けていた丸太から立ち上がった。次いで愛剣を腰に挿す。

 ついつい雑談に花が咲いてしまったが、そろそろ戻らなければ。

 親切にも倒れていたアーシアを介抱して、その上食事まで用意してくれた彼女と別れるのは寂しいが、なるべく早く帰らないと仲間たちが心配してしまうかもしれない。

 

「あまり長居すると仲間が心配するから、そろそろ帰るよ。出来れば私が倒れた場所まで案内してほしいんだけど」

「…………」

 

 アーシアが告げた言葉に、それまで微笑で応じていたカエデの表情が僅かに曇った。

 

「今は、やめておいた方がいい」

「どうして?」

 

 そうして絞り出された言葉に、アーシアは首を傾げた。

 

「アーシアはこの森の名を知っているか?」

「知らない」

霞の森(かすみのもり)、というんだ」

「言われてみれば霞がかってるね」

 

 密林を覆い隠すように薄い(もや)のようなものがかかっている。

 この森が常にこの常態ならば、なるほど。確かに『霞の森』だ。

 

「それも由縁の1つだが……、それよりも注意しなければならないことがあってな」

「……?」

 

 首を傾げたアーシアに、カエデは困ったように微笑んだ。

 

「この森には、霞龍が出るんだ」

 

 

※※※

 

 

 霞龍。

 古龍と呼ばれる生物(生物と定義していいのかすらわからないが)で、その生態は多くの謎に包まれている。

 

 分かっていることと言えば、強靭な肉体を持っていること。どうやら毒を吐くらしいこと。

 

 一般的にはその程度の情報しか出回らない。

 

 情報が出回らないということは、遭遇したときの対処法がわからないということ。それはその相手が強靭であればある程に、遭遇時の死亡確率が上がるということだ。

 

「そんなのが、ここにいるって?」

 

 古龍といえば、それがどのようなものであれ、その棲息地すらわからないのが通例ではないのか。

 だというのに、この場所には『霞の森』なんて名前がついている。彼の龍の棲みかがここだと言っているようなものである。

 

「棲みかかどうかは知らんが……。目撃例が異常に多いんだ。一般人ならともかく、()()()()()()()()()程のハンターからのな」

「へぇ……、それは確かに」

 

 信憑性は高い。当然、危険度も。

 

「目撃例は夜が圧倒的だ。野営にしろ、行軍にしろ、夜のこの森は避けるべきだよ」

「そんな危険な森で、カエデさんは何をしてるの?」

「私は仕事終わりさ。商隊の護衛でエルビスまで。ギルドを通した依頼ではないから、帰りの移動が徒歩なんだ」

 

 徒歩での移動では、どんなに頑張っても、森を抜けるのに1日かかる。困ったものだよ、とカエデは苦笑を浮かべる。

 

 だがアーシアは、その言葉の後半部分を聞いていなかった。

 一瞬で、話を聞くだけの余裕をなくしてしまっていた。

 

「エルビス?」

「ああ。聞かない名か? 小さな町だから無理もないが。……そうだな、エルモアからこの森を挟んで北の町だ」

「…………っ」

 

 愕然とした。

 何だそれは、と思った。

 『エルビス』も『エルモア』も、そんな街の名前はアーシアの記憶には()()()()()

 

「この山を越えたら……、セルノリアじゃ、ない……、の……?」

「聞かない名だ。それはどの辺りにある街……、地名だ?」

「……山道を越えてすぐ」

「山道? どの山だ?」

「……っ」

 

 今度こそ、アーシアは絶句した。

 考えてみれば彼女との会話の中で、違和感はあった。

 

 カエデはこの場所を『森』としか呼ばなかった。

 アーシアはこの場所を『山道』だと思っていた。

 カエデは『エルビス』から『エルモア』に帰る途中だと言った。

 アーシアは『ネルダ』から『セルノリア』に向かう途中だった。

 

 カエデはこの森には霞龍がいるかも知れないから、無闇に動くのは危険だと言った。

 アーシアの仲間は、誰一人そんなことを知らなかった。

 

「カエデさん」

「うん?」

「ここは、何処?」

 

 それはきっと、『貴女は誰?』のすぐ後に問いかけるべき言葉だった。

 自分のいた場所から、さほど離れてはいないと思ったアーシアは、この質問をしなかった。

 

「霞の森だが?」

「そうじゃなくて……! この辺りの地図、ある?」

「ああ……?」

「見せて!」

 

 怪訝な顔をしたカエデから、地図をひったくるようにして借り受ける。

 受け取った地図を、アーシアは親の敵を見るようにじっと見詰めた。

 

「……アーシア?」

 

 カエデの声がどこか遠くに聞こえる。

 脳が痺れてしまったのかも知れない。

 マトモな思考が出来ない。

 

「……ねぇ、カエデさん」

「ああ」

「ごめん。やっぱり私を見つけたって場所まで連れていって」

「いや、だが────、」

 

 言い澱むカエデを、アーシアは強く、意思を込めた瞳で見詰めた。

 

「お願い」

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